第参話 イクサノヒビ
参.兢
スポーツ庁長官の室伏広治氏は、全柔連が小学生の全国大会を中止することを受けて〝(年齢が)早い段階から全国大会をやる意義はあるのかと個人的には思う。より健全で、生涯スポーツとして楽しめる取り組みが大切〟と支持する考えを示した。
「なるほどね、あの人は現役の頃、新生児の運動発達過程から応用したトレーニングを確立させた、なんて話もあるから、子供の発達に悪影響な要素を省くって感じで考えてんのかなぁ」
「そうなんだろうな、俺らがさぁ、子供の頃は根性論が優先されてたもんな、科学的なフィジカルケアやらメンタルケアなんて皆無な時代だったからな」
アラフィフの男二人が、家呑みをしているなかで、テレビのニュース番組で流れた話題に喰いついた。
「でもよぉ、ゆとり教育が出てきた時があるだろ、円周率が三.一四じゃなくなって、運動会のかけっこの順位もつけないとかさ、ケイゾウのお子ちゃんたちの頃だろ」
「うちの子の話はしたくないな、もう俺は独り身だから、その頃のことは思い出したくないんだ、悪いな、タケナリ」
「いやいや、こっちこそ、いちばんキツい頃だったもんな」
この二人の男は、大学が同じで、そこで友人となり、更には、二人ともバツイチである。だから、月に一、二度、どちらかの家で呑みの場を設けるようになった。
「いやいや、いいんだけど、それにしても、ゆとり教育ってなんだったんだろうな、今回の室伏さんは子供の身体と心の成長を考えてっていうなら、分かるんだけどな」
「ああ、まぁ、うちらの時は詰め込み教育でさ、学歴至上主義だの点数至上主義とかで、それからの弊害があるってことじゃないかな」
「ん、俺らの世代は人も多かったからな、線引きが必要だったろうから、それが変な方向にいったってか」
二人はこれまでに、このような内容の話をしてこなかったわけではないが、そのテレビの報道がきっかけで、教育制度についての会話が立ち上がった。
回想しながら、前にもこの内容に近い話をしたなと思っても、酒のアテには丁度良いとも思いながら話を続けた。
「ああ、タケナリ思い出したよ、これはまだ、話してないと思うぜ」
ケイゾウは嬉しそうにタケナリに左手の人差し指を腹側を床に向けて『ああ』という歓喜に合わせ揺らして、向けた。
すると、タケナリは新しい話題なのか半信半疑ながら強い期待をせずに半笑いになった。
「俺よう」
ケイゾウは首を傾げたり、目線を右斜め上に向ける等、マイペースで言葉を発し始めた。
「中学の時は荒れてたんだけど、体育祭と文化祭は隔年でやってたのよ、で、体育祭は俺の学年は中二の時にしかなかったわけ、けど、俺は体育祭出れなかったんだけど」
「なんだよ、厨二病《ちゅうにびょう》か」
タケナリは期待薄な話題が飛び込んできて、待ってましたとばかり、ツッコミを入れた。
「違うよ、いや、そうだったかもな(笑)、で、体育祭出たくなくなったから、わざと結膜炎になったわけよ」
「やっぱ、厨二病じゃねぇの」
二人は互いに笑った。
「ははは、だからな、体育祭の練習には出たんだよ、練習の時はやる気満々だったわけ、でも、棒倒しの練習でさぁ、二回目だったかな、相手の組がよ、五、六人束になってボコボコにしてきたんだ、卑怯だろ」
「げぇー、やられちまったのか、おめぇ一人を止めたってどうしようもないだろう、えっ、嫌われ者だったのか(笑)」
タケナリは初めて聞く話だと確信し興奮が高まった。
「そうだったのかもしれんけど、棒に登る登らないで抑えられるんなら分かるけど、確か棒の二、三メートル先ですんるだせ、卑怯だろ」
「知らんは、その場見てねぇんだから、でも、お前、相当ヤンチャしてたんだな、お前の存在がデカかったんじゃないか」
タケナリは差し支えないように対応した。
「で、その後はどうなったのよ」
ケイゾウがグラスに入った焼酎のロックを飲み干している途中にタケナリは煽った。
「ええ、そりゃ練習が終わったら一人一人ボコボコにしてやったよ」
「ははは、ははは、執念深いなぁ、やっぱ厨二病だよ」
二人は爆笑の渦を巻き起こし、一旦、会話は中断した。
「いやぁ、久し振りに笑ったわ、酒が旨いわ」
「おう、ウケたか、ボコボコからのボコボコ返し、でも、恥ずかしくなってきたや、本当にガキだよな」
「良いんだよガキだから、その程度のことは、お前にとって、それで体育祭を棄権したというか、辞退したというか、それで正直な気持ちを表したって思えたわけだから、ガキなんだから良いんだよ」
「でもよう」
ケイゾウがその懐かし話で渦巻いた空気を、鎮めるような声色に気がついたタケナリは、その言葉を耳にして、不意に目を合わせた。
「俺らの中学の頃は校則が 五月蝿《うるさ》かったじゃないか」
ケイゾウはそう続けた。
「いや、そうでもないぞ、俺らはそんな校則は簡単に破って、怒られて、また破って、イタチごっこでさ、それが良かったと思う、先生たちとのコミュニケーションの一つになっていたと思うぜ、今頃はよ、親とか周りの大人も一緒になって訴えていって、変態チックな校則とかは直ぐに晒されるから、子供たちを守ることはできても、主体性がなくなってないか」
「なるほどね、複雑だよな今の子の環境は、大人たちの考えに流されちまいそうだな、あっ、だからネチネチした虐めがあるのか、大人に気づかれないような」
ケイゾウは自分自身の思春期と現代の思春期の子らの心情を比較する展開に代えていった。
「どうなんだろう、形が変わっただけじゃないか、俺たちの頃の虐めは裏でどうにかするってのはなかったと思うけど、そうでもないか、たまにはあったか、でも殆ど、学校は隠蔽してたよな、警察沙汰にしないようにしてたよな」
「そ、そうだったな、今と比べるとあれは酷かったな、そいえば、タケナリ聞いてくれ、俺の地元の奴なんか、小六の時に三個上の中二年生一五人位にボコられて救急搬送されたけど、学校は警察沙汰にしなかった、あれは驚いたよ、背中をさ、そこが厚めのハイカットのスニーカーで血が出るまで殴られてよう、痛々しかったなぁ」
「傷害事件じゃねぇか」
二人の思春期談義は疲労感を覚えるまで終わらなかった。
「ひぃー、尽きないな」
いつの間にか二人のグラスの中の氷は融点を超え、グラスの底には池ができていた。
「でもよう、ケイゾウ、この国の教育体制って、軍国主義的思考が拭えきれないでいるんじゃねぇかな」
「進歩ねぇな」
続
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます