K.H 24

好きな事を綴ります

義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。⑥

2020-01-29 03:13:00 | 小説
⑥神路三姉妹はカルトなのか

 永井虎将のアジトをつきとめ、人身売買が行われる日時も知る事が出来、明日は研究所へ報告に行こうと思ってた矢先、電話が鳴った。
「もしもし、今、お電話いいかしら?」
 神路三姉妹の長女、姫子からだった。
「こんにちは。姫子さん、大丈夫ですよ。」
 二郎は答えた。
「絢さんから聞いたんだけど、外国人女性の人身売買の情報収集してるんですね。進捗状況はどうです?」
 姫子が聞いて来た。二郎にとって姫子から電話が来るのは初めての事だった。同じ女性が被害を受けてる事だから興味があるのだろうと思った。
「はい、それに関わってる半グレ集団のアジトと、人身売買が行われる場所と日時が分かりました。明日にでも益田さんに報告しようと思ってますけど。」
 二郎は言った。
「流石、二郎君ね。半グレ集団は、もしてして、永虎が頭のロンタイかしら?」
 姫子が聞いた。
「はい、そうです。姫子さん、永虎達の存在、ご存知だったんですね。他にも、色んな犯罪行為してるみたいですよ。」
 神路三姉妹も永虎が関わった事件を調査してるのかと思い、答えた。
「やっぱりそうなんだ。先月、恐喝事件の調査してたら、その集団の名前が出たの。手広くアンダーグラウンドを仕切ってるみたいね。それで、人身売買の現場と日時は?」
 姫子は聞いた。
「はい、再来週の火曜日に南港の5番倉庫前で23時からです。ここまでは分かりました。姫子さん、明日は研究に居ますか?妹さん達も。その現場を押えるの、警察に協力した方がいいと思うので、益田さんや加藤も交えて、プラン立てた方がいいと思うんですよ。」
 二郎達は、神路三姉妹と加藤志水の協力が必要と考え、姫子に言った。
「分かった、美里とサキも連れてくわ。二郎君は夕方よね、研究所に来るのは?加藤君に連絡しとくわ。」
 姫子は積極性を伺わせた。
「ありがとうございます。はい、明日は18時頃には行けると思います。宜しくお願いします。」
 二郎は言い、電話を終えた。
 翌日、防犯研究所に着いたのは、18時15分前だった。益田さんをはじめ、加藤、神路三姉妹は既に会議の準備をしてた。
「お疲れさん、二郎。姫子から聞いた。情報収集お疲れ様でした。」
 益田が真っ先に労った。加藤は右手でグータッチ。サキは抱きついた。姫子は笑顔見せた。美里はサキの腕を引っ張って二郎から離れるよう仕向けた。
「先ずは、永井虎将を見て下さい。」
 会議用テーブルにノートパソコンを置き、みんなが椅子に腰掛け、アヤナミが撮った永虎の写真をディスプレイに拡大して見せた。
「怖いぃ、この顔。私、嫌〜い。」
 第一声はサキだった。
「何だか、海の中から出て来そうだな。デカイ、手足も太い。そんなに腹は突き出てない。きっと普段から筋トレやってるぞ。」
 加藤が言った。
 永虎は、身長180cmはあり、体重が100kgを超えそうな、ラガーマンや柔道無差別級の選手達のような体格をしてる。
 スキンヘッドで、顔は眉毛を短くカットしてて、目と口が大きく、鼻は団子鼻。右の小鼻にダイヤのピアスが刺さってる。左右の耳にもダイヤのピアス。鼻ピアスの3倍くらいの大きさはありそうだ。この写真では、眉間に皺を寄せてて、怖い表情で写ってる。
「強そうね。」
 腕を組んでる姫子は、呟くように一言、言った。
「悪そうな顔つきだこと。力でねじ伏せて来たのね。」
 益田は言った。美里は、我、関せずと言った表情だった。
 次に、アジトの写真と、自宅で作った外観だけの簡単な見取図を見せた。そして、金網フェンスが老朽化してる事。日没に合わせて1人の男がフェンスと建物の出入り口を開けて、メンバーが集まり、最後にピカピカのキャデラックで永虎が来る事等、偵察に行った日の事を話した。勿論、口を破らせたバイクの男の事も話した。
 「取引まで、まだ時間があるから、このアジトから襲撃していいかも。」
 二郎からアヤナミに代わって、そう言った。
「真正面からでもイケるぜ。」
 シンジ君に代わって言った。
「拳銃とか機関銃とかあるとヤバイんじゃない。」
 益田は言った。
「大丈夫、俺も居るから。」
 今度は佐助が代わって言った。
「神路姉妹と加藤には、後方支援して欲しいんだ。我々が、正面から乗り込んで、それに気を取られている間に4人が後ろのフェンスを破って、左右のドアを開けて、側面の引き戸を開けて欲しい。中がどうなってるか分からないけど、4つの逃げ道があれば、僕らも身を守れるよ。相手も逃げるかも知れないから5m幅くらいで撒き菱を撒いてくれれば。恐らく逃げ出す人間は少ないと思う。2、30人なら倒せるよ。」
 一文字さんが代わって言った。
「もっと良いのがあるよ。ドローン、ミサイルが発射出来るやつ。足下狙えば、足だけは吹っ飛ぶけど。」
 姫子が言い、美里に目配せした。
「4機飛ばすなら、私と姫子で操縦出来るよ。命を奪わないって保証は100%は出来ないけど。」
 美里は今日初めて喋った。
「じゃあ、俺とサキちゃんで4つの出入り口は開けようか?」
 加藤は言った。
「良いと思うわ。それで行きましょう。取引にロンタイが参加しないのなら、当日は幾分、手間が省けるわ。」
 益田が言った。
「アジトへの襲撃は、せいぜい二日前がいいじゃない?あまり早過ぎると、情報が漏れて取引が中止にならない?そうなると、後2つの組織と外国人組織も摘発出来ないし、取引が延期になって場所が変わると、人身売買は終わらないわよ。」
 歌音が代わって言った。
「永虎自身から聞き出せると思う。他の組織の事は。でも、現場を押えるのが確実ね。」
 アヤナミが代わって言った。
「よし、5日前にしよう。今日を入れて6日後。アジトを襲撃して、アヤナミ達は確実に、外国人組織も含めて、情報を得る事。そして、女の子達を運ぶ船の情報も得る事。そうすれば、その船は洋上で、海上保安庁と警察庁が合同でガサ入れ出来るわ。私と定さんでかけ合えば大丈夫。そうしましょう。」
 みんな了解し、解散した。
「美里、サキ、半グレども、みんな殺すよ。ミサイルからマシンガンに替える事出来るよね?」
 姫子が研究所から自宅へ帰る、サキが運転する1991年式のターボエンジンに載せ換えしたイエローのミニクーパーの中で言い出した。
「出来るよ。姫子、私もそう考えてたの。あんな半グレ、生きててもしょうがないからね。」
 美里は、姫子と同じ考えをしてた。
「2人ともそう考えてたのね。私もよ。あの糞虎の首、ナイフで掻き切りたいわ。」
 三姉妹は、皆殺しを決意した。
「サキ、ナイフは5、6本持ってた方がいいわよ。直ぐ斬れ味悪くなるはずだから。」
 姫子は言った。
「徹底してるね。姫子は、新しく買わなきゃ。美里、ネットで、私ってバレないように買えるでしょ。お願いしていい?」
 サキが言った。
「分かった、家に着いたら、どのナイフか教えてよ。」
 美里が言った。
 自宅に着くと、早速、美里はドローンに装着する100連発式マシンガンを10丁とサキが指定した全長20cmのタガーナイフを10本購入した。2日後には納品出来る事になった。この三姉妹、最早、殺人カルト集団の趣きを漂わせた。
 一方、二郎は、久し振りに益田と食事に行くことになった。翔子も誘った。と言うのも、とても美味しい料理だか、例えば、煮込みや焼き鳥、揚げもの、刺身にしても、その店の1人前は、通常の3人前程あるからで、特に、煮込みは牛すじと根菜類、糸蒟蒻が具材であるが大量に作ってて、濃厚だが後味がスッキリしてる。焼き鳥は通常の3倍の大きさのモモ、ムネが揃ってて、とてもジューシー。刺身に関しては、マグロの赤みは分厚く、トロやブリ、脂の載ったものは、それの半分。鯛やヒラメの白身は赤みの1/3程の厚さで出てくる。とても、味が良く食べ応えがある。だから、益田はこの店、『めにぃでりしゃす』に行く時は誰かを誘うのだった。
「益田さん、翔子は後30分くらいで着くみたいだ。翔子が来たら、気にせず色んな料理注文出来るよ。なんせ、令高大のイーターオブクイーンだったからね。」
 二郎は言った。
「先ずはビールと枝豆頼もうか。」
 益田さんは仕事中の笑顔よりも可愛いらしい表情を二郎に向けた。
 ビールが運ばれて来た。この店は、生チュウがない。大ジョッキである。枝豆も5人前程。二郎は、食べながらも、テーブルに常備されてる取り皿に房から豆を出していた。
「二郎、豆だけ集めてどうするの?」
 益田は聞いた。
「うん、翔子は豆にマヨネーズをかけて、ちょろっと醤油を垂らして、一味をかけて食べるのが好きなんだ。うちら2人はこの1/3あれば、枝豆充分でしょ。」
 二郎は言った。
「翔子ちゃんのためにしてるの。ほんとに好きなのね。私も男欲しい。」
 大ジョッキの2/3くらいビールを飲んだ益田は、思わず本音が出た。
「定さんが居るじゃないですか。あっ、加藤がいいのかな。」
 少し笑いながら二郎は言った。
「おい、定さんはおじいさん。加藤はサキちゃんにメロメロなの。たまには私の相手になってぇ。何言わすのよ。もう。」
 そんな会話をしてると、翔子が来た。
「こんばんは、益田さんお久し振りです。先日は、お世話になりました。あっ、私も生下さい。」
 翔子が益田に挨拶すると、店員が近づいて来て翔子は直ぐに注文した。そして、大ジョッキが来ると、その店員に焼き鳥のモモ三人前、ムネ三人前、厚切りタン元を五人前注文した。「お疲れ様です。遅れてすみませんでした、カンパーイ。」
 翔子は大ジョッキのビールを2/3まで呑み干した。
「一気呑みしちゃうと思ったわ、翔子ちゃん。」
 益田が言った。
「少し、遠慮しちゃいました。テヘ。」
 翔子は、はにかんだ。
「可愛いね、翔子ちゃん。えっと、先に牡蠣フライと鶏唐は先に2人前注文したけど大丈夫?食べれるの?」
 益田がまた聞いた。
「はい、さっき注文したのは、私1人でぺろっといけますので。」
 満面の笑みで、翔子は答えた。
「益田さん、大丈夫、大丈夫、YouTubeの大食い動画見るみたいに楽しんで下さい。」
 二郎は言った。
「翔子ちゃん、『ゆりもり』さんだっけ?何度か一緒に出てたもんね。」
 益田が言った。
「今も、たまにLINE来ますよ。でも、私が時間合わせられないから、なかなか会えないんですけど。助産師してるの知ってるから。でも、赤ちゃんの写真送ってくれって。子供好きなんですよ、彼女。」
 翔子は言った。
 注文した焼き鳥と分厚いタン元が運ばれて来た。翔子は二郎や益田にも焼きそれを取り分けてた。そして、大きく口を開けて、通常よりも3倍もある大きな肉を口に入れた。頬を大きく膨らませて、しっかり咀嚼して飲み込んだ。
 タン元が2枚に減った時、鳥モモとムネを2人前、ハラミを5人前、追加注文した。
「翔子ちゃん、早いし、沢山食べれるし、でも、太らない。良いわね。幸せな身体よねぇ。」
 益田は日本酒に替えて、ちびりちびり、エイヒレを齧りながら頬を赤らめていた。
 二郎はハイボールに唐揚げで結構ハイペースで呑んでいた。
 そうやって、益田が翔子の食べっぷりを楽しみ、力を抜き、心もスッキリしたところで宴を終えた。
 二郎は、神路三姉妹を気になってたが、益田にその話しをするきっかけをみつけきれずに、翔子のマンションへ手繋ぎ向かい、その都度、翔子が話して来る事に相槌を打つだでいた。その日の夜は、しっとり二人で過ごす予定が、佐助が一変させた。結果的には悪くはなかった。翔子はストレス発散が出来たようだ。
 とうとう、永虎達のアジトを襲撃する日がやって来た。益田は、二郎に18時に現地集合と電話で伝えてた。
 それよりも1時間前に、神路三姉妹は動いてた。まだ誰も来てないアジトに着いていた。
 既に前日、6600Vの電圧を発揮出来るディーゼルエンジン発電機をレンタルして、迷彩柄のシートを被せ、敷地の後側にある草叢に設置していた。電流が10A流れるように調整した。
 まだ、誰も来ていないアジトの金網フェンスに電線を繋げた。そして、ドローンを五機スタンバイした。
 二郎が言ってたように、セドリックに乗った男が正面のフェンスを開けた。16時20分だった。次いで、バイクが6台、車が2台入って来た。最後に白のキャデラック。美里が発電機に向かい、姫子はドローンの操縦機にスタンバイした。サキは、正面から入っていった。建物の3m前で止まった。姫子が見える場所だ。
「どうしたお姉さん、なんか用かい?」
 中堅くらいに感じれる男が近づいて来た。サキは笑顔で仁王立ちした。
「兄さんどうしたんですか?」
 若いのも来た。
「ここは、ロンタイのアジトなの?キャデラックで来たスキンヘッドが虎さん?」
 サキは馴れ馴れしく話しかけた。
「姉ちゃん、失礼じゃないか。虎将さんの事そんな言い方すんじゃねぇよ。」
 若いのが言った。
「おい、待て。お姉さん、虎将さんに会いたいのか?急に来られてもなぁ。」
 中堅が言った。
「そうよ。会ってみたくて、強そうなんだもん。」
 ミーハーな感じでサキは言った。
「そんな理由で会える訳ないですよ。奥にいらっしゃるけど。お帰り下さい。」
 中堅が言った。
「ええぇ、そんな事言わないでよお兄さん。」
 と、言いながら2歩近づいて右手を腰に回し、タガーナイフを取り、中堅の喉を切りつけた。外頸動脈にヒットして鮮やかに真っ赤な血が吹き出した。すると、発電機のエンジンを美里がかけて、姫子の側に戻って行った。時刻は17時10分になっていた。
「おーい。」
 若いのが大声を出すと、サキはその男の喉も斬りつけた。10秒経たないうちに2人を殺した。同時にドローンが建物に入って行き銃声と悲鳴が響いた。後の左右のドアから男が出て来た。控えてたドローンが蜂の巣にした。建物の中は地獄絵図となった。次々と輩達は血塗れで倒れていった。
 パーテーションの中には、拳銃を保管してる棚があるも、誰1人手がつけられない。5分で、永虎と側近と思われる男2人。3人だけが生き残った。電流フェンスは意味を成さなかった。
 永虎と2人の男は、両手を上げて、サキに近づいた。
「殺さないでくれ、降参だ。もうやめてくれ。」
 美里は発電機のエンジンを切り、それを回収するようレンタル会社に連絡して、ミニクーパーでフェンスの中に入って来た。
 永虎は声も身体も震わせていた。勿論、2人の男達も同様で青白い顔になってた。
 ドローンの操縦を美里がミニクーパーの中で1人で始めると、ワルサーPPKを永虎達に向けて姫子が歩いて行った。
「3人とも頭の後ろに腕を組みなさい。」
 3人の後ろに周り姫子は言った。
 図体ばかり高い男達は震えながら腕を組んだ。
「こっち向いて、3歩前に出て、腹這いになりなさい。」
 姫子は銃口を向けたまま言った。3人が腹這いになると、サキが永虎の両腕を腰に回し、結束バンドで縛った。次いで、両足首も結束バンドで縛り、そのバンドの上のアキレス腱をタガーナイフで突き刺した。左右のアキレス腱を切断したのだ。永虎の右側の男が逃げようとした。姫子は引き金を引いた。その男に威嚇射撃を1発放った。
「早死にしたいの。」
 姫子は言った。
 その男は驚き、動きが止まった。また、腹這いになると、股下に水溜りを作った。
 サキは、それを避けながら、結束バンドで永虎と同じように縛りあげ、アキレス腱を切断した。悲鳴を気にせずに。左側のもう1人の男も同様に。
「こいつらから、取引に関わってる後2つの組織と外国船の情報聞いてて。」
 サキに言い、姫子は建物の中に入って行った。
 パーテーションの内側に回ると、ソファー2つにセンターテーブル、テレビと冷蔵庫、金庫と2段構えの棚があった。
 その棚の上段はガラスが入ってて、拳銃五丁とマシンガン二丁が並んでた。鍵がかかってたが、二つの針金を使って簡単に開けた。下の段の鍵も開け、扉を開けた。ここには三斤袋に入った白い粉が30袋入ってた。その武器類、麻薬と思われる白い粉をセンターテーブルに並べた。
「虎将君、棚の下の白い粉は何かしら?」
 姫子は永虎に聞こえるように言った。しかし、永虎は黙ってた。サキがタガーナイフで頬を軽く叩いた。
「シャブだよ。シャブ。」
 永虎は言った。
「素直になりなさい。」
 姫子は言った。
「あら、痛い思いをしないと素直になれないのかしら。」
 サキは言うと、永虎の左隣りの男の背中、左右の僧帽筋に沿って菱形になるラインをタガーナイフでなぞり切った。
「うわぁー止めてくれぇ、ぎゃあー。言う、分かった何でも言うから、何でも言うから。」
 その男は喚き散らした。
「じゃあ、話してくれるかな。後2つの組織は?」
 サキが聞いた。
「き、き、北九州のスネークポイズンってグループだ。俺のスマホに連絡先がある。スネポの田中ってのが連絡係だ。」
 サキは、この男のお尻のポケットからスマホを取り出し、スネポの連絡先を自分のスマホで写真を撮った。
「こんなに出血しちゃって、警察がきたら、救急車呼んでくれるよ。日本の警察は優しいからね。」
 サキはその男に言った。
「私も日本人だから優しいのよ。右の男、もう1つの組織は?」
 ドスを効かせ、低い声で永虎の右側の男に言った。
「へい、北海道のすすきのを縄張りにしてるホワイトフォックスってグループです。」
 右の男は声を震わせ、素直に答えた。この男からもスマホを奪い、連絡先をカメラに収めた。
「取引の時は、何人ずつ来るんだ。それと、外国の女の子は今度、何人?」
 サキは聞いた。
「お、俺ら3つのグループからは3人づつ出ます。女は10人予定してます。」
 永虎が苦しそうな声で素直に言った。
 サキは、徐々に怒りが込み上がって来た。
「お前ら悪党は許せないわ。」
 思わず呟いた。
「船名は?」
 サキは怒りを抑え聞いた。
「ピンクキャメル号だ。」
 永虎が言った。
「分かったわよ。」
 姫子に聞こえるように、サキは言った。
 その時姫子は、金庫を開錠してた。金庫破りを楽しんでいたのた。
 ドローンからの映像を見てた美里は、益田に連絡を入れ、ロンタイと別の組織が北九州のスネークポイズンと北海道のホワイトフォックスである事と、取引には3人づつ参加する事、外国船がピンクキャメル号であるのを伝えた。
 丁度、その頃、加藤と二郎がやってきた。時刻は17時50分だった。
「地獄絵図じゃないか、なんで。」
 加藤は言った。
「ご苦労様、我慢できずに先にね。」
 サキが笑顔で言った。
「戻ろうか。」
 二郎は絶句した。
 姫子は、金庫から1億近くある100万円毎に束ねられた札束とこれまで買い取った女性の名前、年齢、出身地が記された名簿をセンターテーブルに並べて戻ってきた。
「あら、お2人さん、お疲れ様。この奥に拳銃やら麻薬、現金が有ったわ。全部デーブルに並べてる。」
 そう言うとワルサーPPKで、3人の頭を撃ち抜いた。
「姫子、お前。」
 歌音に代わって、姫子が右手で持つワルサーPPKを手首を捻り奪い取り、弾丸を抜いて返した。
 「研究所で話し合いしようよ。この地獄絵図、大問題。信じられない。」
 歌音は言った。
 二郎と加藤、神路三姉妹が研究所に着くと、益田は笑顔で迎えた。
「姫子、二郎と加藤を待てなかったの?無理しないでいいのに。でも、警察庁と海上保安庁に連絡して、ピンクキャメル号を洋上で抑える手配が出来たわ。それと、今頃永虎達のアジトに捜査員が向かったはずよ。福岡県警と北海道警にも連絡が行くのも根回ししたわ。」
 益田は安心した面持ちで、5人に話した。
「それなんだけど、みんなで話し合わないと。奥に行こう。」
 二郎が言った。加藤も困った表情を益田に見せた。
「どうしたの?二郎何かあったの?」
 益田はただならぬ表情で聞いた。
「姫子さん達が皆殺しにしたんだよ。永虎達を。アジトは血の海で地獄絵図だよ。あんな無残な光景、見たことないよ。」
 二郎は言った。
「あれは、酷かった。夢に出そうだよ。」
 加藤は言った。
「あんな半グレ集団、生きてても無駄よ。」
 姫子は言った。
「世のため人のためよ。」
 サキが言った。
「えっ、皆殺しにしたの?どうして?そこまでやらなくても。しょうがないかしらね。」
 益田は言った。
「いや、人殺しは止めたほうがいい。どんな人間であっても殺したら駄目だ。」
 シンジ君に代わって言った。
「よく言えたもんねぇ。シンジ君、あなた自分の両親を殺したんでしょ。」
 姫子が言った。
「それも、9歳の時に。衝動に駆られてやったんじゃないの。」
 サキが言った。
「あなた達、私の金庫探ったわね。」
 益田が言った。
「えぇ、私達は両親と兄が殺されたから。身近な存在に。あまり、人を信用出来ないのよ。ここへ入社したのは、絢子さんは唯一信用が持てた人、それでも、何もかも信用しては無かったの。だから、林田二郎と加藤志水はしっかり身辺調査したのよ。」
 美里が言った。
「確かに、俺は二郎の両親を殺した。二郎を助けるためにね。俺は、正義の味方が大好きだった。仮面ライダーにウルトラマン、宇宙刑事シャバンとかね。だから、二郎を助けてやれたと思って、スーパーヒーロー気分さ。酔いしれたよ。ドーパミンが大脳皮質を包んださ。今でもあの快感は忘れられない。忘れてはいけないんだ。それで、歌音と一文字さんに諭された。人を殺して、人を助けられたかも知れない。だが、殺された人の周りにも人が居るんだと。その周りの人は傷つく。中には、その悲しみで人格が崩れてボロボロになって生きたしかばねで、文化を持った人間の生活が出来なくなる。1人殺す事で多くの人の人生を歪めてしまう。それと、殺した側も同様だ。幸い、二郎は、児童養護施設に入れた。奇跡だよ。世間的に育ての父親は、人殺しの子の親なんて後ろ指指されなかったけど、酒に溺れた。種違いの兄貴はヤクザになった。身体に障がいを負わせたけどな、俺達が。死んでなくなるよりは、その障がいで兄貴は悪さする事はない。その反面、その兄貴と接する人の中には、同情し親切心が目覚める人が生まれる。少なくても一人以上は。介護産業が潤うなんて事じゃないぞ。罪を犯した罰として、不自由な身体になるんだ。そんな人間を世話しないといけない立場の人が生まれる。その人達は全うな人達さ。その全うさが、広がり、時には引き継がれる。俺らの社会で、そんな思想が広がるのが平和や幸福に結びつくんじゃないか。そう思うんだ。だから、姫子達、よく考えて欲しい。そして、人を殺す恐ろしさを気づいて欲しい。人間の優劣なんて、大した差はないだろ。」
 シンジ君は力説した。
「少し、綺麗事に聞こえるねぇ。シンジ君。」
 姫子は納得出来ない表情でそう言った。
「あのな、俺は二郎が9歳の時に人を殺した。俺は、歌音と一文字さん、アヤナミ達と、もう人殺しをしないと誓った。でもな、中学、高校の時、二郎は異性を意識する心が芽生えた。俺は嬉しかった。二郎が人間らしく成長したからだ。でも、俺は二郎よりもそれが強くなった。それを満たそうと、同級生の女子を殺してまでって衝動に駆られたよ。恐ろしかった自分自身が。辛かった。とても苦しんだ。そしたら、俺から佐助が分離したんだ。佐助が生まれたのは俺からなんだよ。みんな佐助を認めてくれた。特に、アヤナミは佐助が暴走しないように指導してくれた。そして、大学に入り、梅木翔子と出会い。佐助も優しく愛する心が確立した。歌音は、佐助はいずれ、二郎に統合するといったが、今の今まで、佐助が存在するのは、二郎の思いやりなんだ。佐助は性欲が強い反面、足が速くて身のこなしが軽い。そんな佐助が必要だ。そうやって、役に立ちたい佐助の思い、生きる目的を二郎は認めたんだ。翔子ちゃんもな。君らに理解は難しいだろうけど、俺ら6人格、1つの身体を助け合って使って、アイデンティティを築いたんだ。」
 シンジ君は涙を流し力説した。
「恐らく、三人は気が付いてないと思う。人を殺した快感を得るとね、大脳辺縁系と前頭連合野で構築したニューロンネットがその快感を増幅させるんだ。それを続けてると、そのニューロンネットに関わる神経細胞体や軸索突起も太くなって、数も増えるんだ。シナプス間の伝達物質もカテコールアミンしか放出出来なくなる、それしか受容しなくなるんだ。抑制できなくなるんだ。すると、辺縁系と前頭連合野の間のネットワークは殺しの快感を求めるようになる。人殺しを定期的に実行しないと苦しくなる。落ち着かなくなるんだよ。それでもいいのか。」
 声を強めに二郎が言った。
「なるほどね。簡潔に言い換えれば、殺人依存症ね。そうなると人間やめなきゃいけないね。」
 美里はさらっと理解した。
「姫子、サキ、私達危ないところだったわ。ただの殺人マシーンになってたところよ。」
 美里は、姫子とサキに言った。
「切り裂きジャックやテレビの特番で出てくる殺人鬼になっちゃうの。それは嫌だ。」
 サキは言った。
「みなさん、ほんとにすみません。私、そんな兆候を全く気づけませんでした。お詫びします。」
 涙を流し、姫子は言った。
「姫子、少し休むと良いわ。美味しいのを食べて、美味しいお酒を呑んで、身体も心も力を抜いて。ね。」
 歌音は優しく言った。
「私もまだまだね。今日で、勉強になったわ。防犯研究所所長として、今回の件は、何かあったら全力でみんなを守るから。絶対に。」
 益田が言った。
「みんな、俺だって道を間違える時があると思うから、その時は遠慮なくお願いします。」
 加藤は深々と一礼した。
 そんな加藤を見た姫子は、両手を出して、加藤と握手した。加藤の手に涙が数滴落ちた。
 当然である。加藤は日本を代表する空手家であった訳で、姫子は把握してた。そんな男が、素直に頭を下げるわけだ。姫子は、自分自身が調子に乗り過ぎた、慢心してたのを実感した。自己否定せざるを得なかった。
「今日は解散。いつ、何時、何があるかわからないので、自宅待機お願いします。失敗は成功の元。私は、みんなが事ある毎に議論するのが大好きです。頼もしいです。素晴らしい事です。これが人間の成長です。どうか、心穏やかに待機してて下さい。」
 益田は一生懸命、みんなを慰めようと意識して、話しを収めた。しかしながら、張り詰めた空気は和らがなかった。シーンと無音が鳴り響いてた。
 2日後、二郎と加藤に姫子からメールが届いた。『私の家で食事しませんか?』と。
 加藤は喜んだ。暗く、膜を貼ったような自分の心から這い出るきっかけが欲しかった。
 一方、二郎はシンジ君が人殺し呼ばわりされたのがショックだった。まだ、蟠りがあった。これを解消するために、翔子を誘った。
「よっ、二郎。翔子ちゃんも久し振り。まだたらふく食べてるのか?今日は楽しくやろうぜ。二郎、買い込んで来たのか?翔子ちゃん、1つ持ってあげるよ。」
 神路三姉妹の自宅前で二郎と加藤はばったり出会した。そして、二郎と翔子は両手に食料品が沢山入ったエコバックを持っていた。
「加藤さん、2つ持ってよ。食べる体力、温存しなきゃね。」
 翔子は、笑顔で加藤に荷物を渡した。
「凄いなぁ。この量。翔子ちゃんだから持てるだよ。怪力女王め。」
 加藤は翔子が持ってた荷物の重さに驚き皮肉った。
「いらっしゃい。どうぞ。」
 姫子が玄関を開け3人を迎えた。
「お邪魔しまーす。わっ、びっくりした。剥製かぁ、この梟。」
 2段ある上がり框の1段目の左端に、壁に取り付けられた木の枝に留まってる木兎を見て加藤は驚いた。
「加藤さん、梟じゃないですよー。木兎です。空手バカ一代ですねぇ。」
 翔子は皮肉った。
「お3人さん仲が良いのね。いっぱい買い物してきたの?あらら気を遣わせちゃったわね。一応、美里とサキがキッチンで盛り付けしてるけど。」
 ダイニングルームに案内しながら姫子は言った。
「いらっしゃーい。丁度、完成ですっ。星3つっ。」
 サキが陽気に言った。
「どうぞ、お掛け下さい。」
 ローストビーフを美里が優しい表情でテーブルに運びながら言った。
「凄い、豪華だぁ。肉に魚にエビ。美味しそうだぁ。でも、翔子ちゃん全然足らないよね。」
 加藤が言うと、神路三姉妹は、加藤を見て目が点になった。
「アハハ、大丈夫ですよ。追加の食材、持参してますから。」
 二郎は言い、対面式のシステムキッチンの大理石の天板にエコバックを置いた。
「じゃあ、お皿に盛り付けましょう。」
 美里は言った。
「すみません、お手数かけます。私も手伝います。」
 翔子は慌ててキッチンに向かい、そう言った。
 テーブルの上には、三姉妹が手作りした薄ピンクのカクテルソースが入ったガラスの器に10尾の海老がその縁に飾られたカクテルシュリンプが3つとシーザーサラダ、グレイビーソースがかかったマッシュポテトとブロッコリーのソテーが添えられた300gのローストビーフを半分まで3mm厚にスライスされたのが二皿、鯛とタコが交互に並び、レッドペッパーとケーパー、粗挽き胡椒、細かい粒の岩塩が散りばめられ、オリーブオイルが輝くカルパッチョ、肝のソースがかかった二つ分スライスされた焼き黒アワビが2皿。そして、二郎と翔子が買ってきたエビフライと胡瓜にレタスが入った太巻き5本、生春巻き10本、丸ごと一羽焼き上げたガーリックチキン三羽、カットされた豚カツ10枚。これらがテーブルを埋め尽くした。更に、ロング缶のエビスビール6本パックが2パック冷蔵庫に入れてもらった。
「えーっと、こんな光景は我が家で初めてで、動揺してますが、乾杯しましょう。加藤君、お願いね。」
 姫子が言った。
 二郎と加藤、翔子とサキはエビスビールを片手に。姫子と美里は、シャンパングラスに微炭酸の日本酒を注ぎ手にした。
「では、初めて神路家に呼んで頂いてありがとうございます。姫子さん、美里さん、サキちゃんは、驚いてるでしょうが、二郎と翔子ちゃんが居るので、この料理は残りません。楽しんでいきましょう。カンパーイ。」
 長めに加藤は、音頭を取った。
 翔子はエビスビールを半分一気に呑むと、ローストビーフから手をつけた。スライスされた分は3分もかからず胃袋に収まった。次はガーリックチキンの脚を取り高速で骨にして、5分で丸ごと一羽食べ終えた。
 翔子の食いっぷりに三姉妹は目が離せなかった。姫子は唖然とした表情。美里はマイペースでシーザーサラダとカクテルシュリンプを食べてた。サキは、それを肴にエビスビールを味わった。会話が始まらない。
「ねぇー、ねぇー、三姉妹で1番料理が上手いのは誰?」
 加藤が聞いた。
「はい、私。」
 頬張ったエビを少し飲み込んで、美里が言った。
「いや、私でしょう。」
 サキが負けん気を見せて言った。
「さぁ、どうかしら。私でしょ。」
 姫子は言った。
 加藤が余計な事を言ったお陰で、険悪な雰囲気になった。しかし、加藤はその雰囲気を治める術が見当たらなかった。
「3人が一緒に協力したからこれだけ美味しい料理になったんでしょ。私達のために作ってくれたから。姫子さんは、食材の組み合わせと味付けが凄いね。美里さんは、食材の下準備が素晴らしいですね。エビの背腸の綺麗な取り方、サラダの野菜のシャキシャキ感、マッシュポテトの滑らかさ、ブロッコリーの炒め具合。私の口の中はリズム良く動いて喜んでます。サキさんは、ローストビーフや黒アワビの焼き具合、漬けだれや肝のソースが一体化してます。なかなか、家庭では出せない味、3人がお互い分かり合ってないと出せない味ばかりです。神路三姉妹、絶妙なチームワークですね。そう、正にOne Team。こんなに美味しいの、私、平らげますよ。」
 翔子はそこまで話すと、どんどん料理を口に運んで行った。
「そうだね。なんだか、作ってるところから見られてた感じね。翔子さんありがとう。」
 美里はいった。
「食べるのが大好きなんだ、翔子ちゃん。そんな事も考えながら食べてたんだ。楽しそうね。」
 姫子は言った。
「私だって翔子ちゃんに負けないくらい大食いなんだから。」
 サキは満面の笑みで言った。
 翔子の発言で場は和んだ。加藤も安堵の表情を見せた。
「翔子の料理も美味しいですよ。翔子なりの料理で。お母さんの味付けに似てるね。」
 カルパッチョをエビスビールで流し込んだ二郎が言った。
「どれも旨いよ。旨いよ。」
 加藤は、翔子が買ってきた生春巻きを頬張りながら言った。やっぱり加藤はどこかズレてる。
 沢山あった料理もだいぶ減り、美里は空いた食器を洗い、姫子はカツオの酒盗とクリームチーズを肴に微炭酸の日本酒を二本目の封を切ろうとしてた。翔子は、休む事なく食べて呑んでた。そして、サキと二郎は加藤の武勇伝を聞かされていた。
 すると、食器を洗い終えた美里が席に戻ってきて話し始めた。
「私、格闘技、身に付けたいんだけど、誰か指導してもらえないかしら。」
 突然、誰もが思いもよらない事を言い出した。
「急にどうしたの?」
 姫子は言った。
「こないだの件なんだけど。私、機械ばかり操作して、体感出来ないと言うか、ゲーム感覚なの。確かに、やり過ぎだったのは理解出来たけど。体感出来ると、シンジ君が言ってた『怖さ』、人を殺したくなってしまう怖さが理解が深まるかと思って。武道を習うの通して、感じ取れないかなって思ったの。」
 美里は真面目な顔で言った。
「素晴らしい、気がついたのね。美里さんに武道が身につくと、この三姉妹、もっと洗練されるわ。そう思わない。歌音、一文字さん。」
 翔子の中のユキが言った。
「確かにそうだね。体感した事で相手の立場も理解しやすくなるからね。」
 二郎から歌音に代わって言った。
「美里さんは、太極拳から学ぶとどうかな。」
 一文字さんに代わって言った。
「え、え、ちょっと待って。翔子ちゃん、翔子ちゃんなの?」
 姫子は翔子の変化に気づき驚いた。
「すみません、出しゃばったわね。初めまして、私はユキです。翔子の守護人格です。もう1人、杏がいます。まだ高校生ですけど。美里さんに太極拳、合ってると思いますよ。」
 姫子は勿論、加藤に美里、サキも驚き、口が開いたままだった。
「私も1人じゃないんです実は。隠すつもりはなくて、ユキが判断して交代しました。みなさんの事、好きになったんだと思います。応援したくなったんだと思います」
 翔子に戻り、言った。
「翔子さんも苦労なさったのね。ありがとう。ユキさん。」
 美里は言った。
「僕らと違って、翔子は姿はそのままなんだけど、三人なんだ。ユキさんは、僕ら六人にも時々、アドバイスしてくれる。ありがたいよ。」
 二郎は言った。
「美里さん、太極拳良いよ。合ってると思う。今度、トレーニングルームで。アヤナミが上手く教えてくれるよ。姫子さんも一緒にどうです。」
 シンジ君が代わって言った。同時に二郎の蟠りが消えた。
「私は、私は。」
 サキが聞いた。
「サキちゃんは、八卦掌もう少しやった方がいいと思うけど、なっ、カトちゃん。」
 シンジ君は答えた。
「お、うん、だいぶ上達してきたけど、八卦掌覚えると、太極拳も理解しやすいと思うよ。」
 加藤は言った。
「そっか、私には八卦掌があったわね。難しいとこがあったのよねぇ、カトちゃん、また、ご指導お願いします。」
 神路三姉妹に謙虚さが見られて来た。身体を動かす事に全く興味がなかった美里が勇気を出して決断した事がこの三姉妹を変える、いや、両親と兄を殺された憎しみが浄化されるきっかけとなった。三姉妹の心はとても穏やかだった。姫子は涙さえ浮かべてた。
 すると、翔子以外のスマホに益田から一斉メールが届いた。
「何、何、どうしたの?」
 翔子は驚いた。
 また、新たな仕事が舞い込んできたようだ。『明日、10時研究所に集合願います。益田より。』
「明日、集合だって、益田さんから。僕は行けないので、みなさん宜しく。」
 二郎は冷静に言った。
「どんどん、仕事が舞い込んでくるな。自宅待機っても、すぐこれだ。一週間くらい休んでみたいよ。」
 加藤は言った。
 そのメールは、人身売買を洋上で防ぎ、ピンクキャメル号の乗組員を勾留した結果、黒幕が居たのが分かり、その対処を検討せねばならなくなった。
 益田でさえ、誰もが難渋する案件とは未だ知る由も無かった。

つづく




義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。⑤

2020-01-22 23:42:00 | 小説
⑤困窮を裕福へ換えたい慈悲と凶徒

ある片田舎で、夜になると酔ってご機嫌なセレブな男達と外国人美女で賑わう4階建てのビルがある。逆に昼間は静まり返り、ビールに焼酎、ワインやウイスキー、鮮魚に精肉、そして野菜にお米等々、食材を運搬する営業用の1BOXの車が数台、そこを行き来するくらいだ。至って静かな空間である。
 この四階建ての内訳は、1、2階にキャバクラが数軒あり、高級寿司屋、焼肉店、小料理屋が1軒づつある。この3軒は恐らく、キャバクラからの注文に追われてるのであろう、客が少ないものの、厨房は料理を作り続けてる。
 3階は雰囲気が一変し、廊下は薄暗くて生臭い空気が漂い、個室が10室築かれている。玄関の上には、部屋番号が書かれており、その右側に縦に並んだ赤と緑のランプが取り付けられている。赤く光ってる部屋は人が入ってて、緑色は無人である。両方消えてる部屋では、外国語を喋る年配のご婦人方が清掃し、ベッドメイキングしている。まるで、ラブホのようだ。
 4階はベランダに洗濯物が干されてて、人が住んでる生活感が漂っている。1、2階が賑やかな時は、真っ暗な部屋が殆どで、灯りが点いてる部屋には、外国語での会話、笑い声がする。決して若くない声が聞こえて来る。
 実は、キャバクラのキャバ嬢達は、その外国人美女達だ。着てるドレス、化粧も派手で、スタイルが抜群の女性達。東南アジア系で肌は地黒だか、ピチピチでモチモチしてて、かなり若そう。けれども、派手な化粧で幼さは微塵も感じない。他には、白人で金髪、目が青やエメラルドグリーン、ライトブラウン、誰が見ても欧米系の女性達。この娘達は、目鼻立ちがはっきりしてて化粧は相対的に派手ではないが、ぽっちゃりした娘も混ざってて、膨よかさと色気満載で大人微ている。人数は少ないが、我々の身近でよく見かける親近感を匂わす娘達も居る。
 閑散とした風景に不釣り合いなこのビルは、世界中の女性が集い、異国情緒あふれ、成り上がった男達との酒池肉林の場と化している。
 一方、セレブな男達は、誰もが高級な腕時計をし、ネクタイにスーツ姿、カジュアルなジャケットとジーンズ姿。だが、左右の耳朶にはダイヤモンドのピアスをしてたり、太いゴールドチェーンのネックレスが目立ったり、キラキラ光を反射させる指輪も目に入る。しかし、そんな男達は、長時間は滞在せず、常に入れ替わり、タクシーが往来してる。
 そんな中、何組かの男女が時折、3階の個室に入ってく。真っ暗な部屋でカーテンや窓さえ閉めず、お盛んに勤しむ者達や、鞭がしなる音が聞こえたり、性欲に溺れる喘ぎ声が響きわたる。
 益田防犯研究所にそのビルの調査を警察庁から依頼があった。そのビルのオーナーやそれぞれの店舗のオーナー、従業員の身元や外国人美女達の入国方法等。何故ならば、売春の疑いや不法入国は勿論、人身売買されて働く10代の娘の存在が噂になっていて、そんな女性達を手配してるのが、暴力団が背後につく半グレ集団だと疑われてる。
 警察庁が直に接触出来ないのは、この地域出身の国会議員からの圧力がかかってるからだ。ただ、それだけでは強行してもいいのだが、この地域は、そのビルが出来る2年程前までは、過疎化が進んでた。自治体も経済的に困窮しており、破綻するのも時間の問題だった。
 なので、そのビルが建つと、経済が潤った。そして、人口も増え、運送会社やタクシー会社等も新たに設立され、過疎化が解消されたのだ。その地域住民もそのビルを永劫的に存在させたく思い、地元国会議員達に、働きかけていたのである。
 しかしながら、警察庁には、東南アジアの国々や欧州から人身売買で多くの少女が日本に流れてる疑いが有るとの情報を得ており、早く調査を始めたかった。右往左往するうちに、最終的には防犯研究所の監事である横井定幸まで話しが回って来た。そして、益田が名指しされ、二郎が調査する事になった。
 先ずは、このビルの運営に関わってる人物から調べた。ビルのオーナーは建設会社を他県で経営する有田公孟(きみたけ)で、その建設会社では不正な行為は見られない。合法的に政治資金を納めてる。しかしながら、有田の地元の国会議員の柴田克正は、この地域出身の議員、志村恒雄に育てられた経緯があり、建築業者としては、過疎化が進む地に四階建てのビルを建てるのにリスクがあるにも関わらず、柴田議員の説得でビルを建てたのだった。
 結果として、思いがけない収益が上がり、余計に柴田議員に頭が上がらなくなった。
 また、志村議員は、そのビルにキャバクラとファッションヘルス、いわゆる、箱ヘルを入店させたく、警察庁に過疎化解消になる旨、働きかけ、スムースに認可され易いよう根回しした。勿論、合法的であった。しかし、現実的には、3階の個室は、箱ヘルではなく、売春行為が当たり前の違法な営業形態を取っていた。
 その箱ヘルの従業員に登録された人物は架空なもので、キャバ嬢が客を誘ったり、客からキャバ嬢を誘ったり、他にキャバ嬢になれなかった女性達が、立ちんぼで、そのビルで遊ぶ男達や地元タクシー会社の運転手が他の繁華街から連れて来た男達を誘い、その部屋を売春で使ってた。
 そんな違法営業がまかり通ってると、必然的に問題も散在してた。例えば、性感染症や料金のぼったくり等が見られた。
 次に、キャバ嬢達を調べた。その方法は、シンジ君に交代して客を装い店に潜入し、直接キャバ嬢から話しを聞く事にした。恐らく、嫌々連れて来られた女性も居るだろうと踏み、雰囲気が暗かったり、よそよそしい女性を選ぼうと考えた。
「お客様、お1人ですか?私どもの店は初めてのご利用ですか?」
 黒のスリーピースのスーツに濃紺のワイシャツでノーネクタイ、ロレックスの腕時計を嵌めて入店したシンジ君に、ボーイが丁寧に接客して来た。
「ええ、初めてです。海外旅行に来たみたいだね。」
 シンジ君は楽しそうに答えた。
「はい、多くのお客様がそうおっしゃいます。では、システムを説明させて頂きます。お飲み物は、アルコールとソフトドリンクが飲み放題です。お食事やおつまみは別料金で、メニューはこちらです。60分、8,000円でご案内させて頂きます。指名料が2,000円で、最初は税込で11,000円となります。延長なさりたい場合は、30分単位で追加4,000円を頂戴致します。では、どの女の子になさいますか?」
 ボーイは歯切れ良く言った。
 シンジ君は、開店して直ぐに店に入った。女の子は選び放題だった。また、彼は、なかなかのマッチョだ。スーツ姿にせよ、一目で分かる。いつもの客とは違い、物珍しそうな笑顔を見せるキャバ嬢達が多かった。色気を出し、誘う表情をする娘達が多かった。
 その中でも、あまり笑ってない子を指名した。黒髪で地黒な肌だが、グロスが映えたピンクのルージュに、薄ピンクでブラとショーツも透けて見えるボディコンワンピースを着て、スレンダーだが、バストやヒップの曲線が綺麗な娘である。東南アジア系の娘と思われる。
「こんばんは、宜しくな。」
 ボーイにその娘と一緒に席に案内されて、ソファーに腰掛けシンジ君は言った。
「お飲み物は何に致しましょう。」
 ボーイが注文を取り、ビールを頼んだ。
「綺麗だね、ドレスが似合ってるよ。名前は?」
 シンジ君が聞いた。
「はい、キャンディーです。ウーロンティー頼んで、いい、ですか。」
 キャンディーはキャバ嬢達のルーティンになってる別料金、1杯1,000円のウーロン茶をたどたどしい日本語で頼んだ。
 中瓶の瓶ビールとそのビール会社のロゴが入った小さなコップ、氷が沢山入った細長いグラスにショート缶くらいの量しか入ってないウーロン茶が運ばれて来た。キャンディーは、小さなコップに瓶ビールを注ぎ、シンジ君と乾杯した。その時には、席が7割程埋まり、店内は賑やかになっていた。
「ここに来て、どれくらいになるの?」
 シンジ君は聞いた。
「ロクツキくらいデス。」
 キャンディーは答えた。
「日本語分かるんだ。結構喋れるな。」
 シンジ君は言った。
「ここにクルまえ、ふるさと、で、ペンキョウしましたぁ。ニネンくらい、ペンキョウした。きくのワカテきた。いうのムスカシイィ。」
 キャンディーは一緒懸命話し、空になったコップにビールを注いだ。
「ありがとう。それくらい出来れば凄いよ。故郷はどこなの?」
 シンジ君はまた、質問した。
「それは、イッタラためデス。シツモンぱかりするね。」
 キャンディーは答えた。
「そりぁ、そうだよ。こんな綺麗な外人さんと話してるだから、知りたくなるさ。」
 シンジ君は言った。
「はい、ワカリマシタ。ても、オシエ、ナイヨ。」
 キャンディーは少し怒った表情で言った。
「うん、分かった分かった。じゃあ、日本はどう?楽しい?どこか遊びに行った?」
 少し、質問の内容を変えた。
「日本は、オカネモチよ。あそびはゲェムだけ。日本のゲェム面白い。ニン、テンド、面白いヨ、トモラチとショブする、負けたら、ウェー。カタラ、イェイエイ、タノシィ。」
 キャンディーが打ち解けて来た。徐々に、幼く感じて来た。
「原宿とか行かないの?渋谷とか?」
 更に、質問した。
「アカリマセン。オゥ、ワカリマセン。ゲェム、チャナイ、時は、パミマ、ン?ファ、ミ、マ。アハハ、ヘタクソいうの。アハハ、ハハハ。」
 笑って誤魔化した。
「笑ったね。笑った方が可愛いよ。キャンディー、プリティーガール。アハハ。」
 シンジ君も笑った。
「オニさん、ヤサスィーネー。ヨカタ、ヨカタ。ビルない、また、ビルでいい?」
 瓶ビールを追加してくれた。
「いつもは、怖いの?怖い人、相手にするの?」
 尽かさず、聞いた。
「スクさわる。嫌だスクわ。怒る、スク怒る。キャンディー、笑いたい。ワラウ、タノスィー。」
 深くは答えなかった。
「こんな仕事は初めてなの?まだ、慣れてないか?」
 シンジ君は、キャンディーがまだ未成年か、10代前半に思えて来た。
「このシコトハシメテ。キャンディー、ピンボー、イエにオカネないよ。シャチョにイエにオカネ、オクルセル。ン?オク、ラ、セル。ハハハ、ハハハ、ペタキュそ。オカシ、オカシ、オモロイ、オモロイ。」
 シンジ君は、この娘からもっと聞き出せそうだと感じてた。
「キャンディー、お腹空いたな。俺、寿司が食べたいな。」
 食事を頼む事にした。
「オゥイェ、キャンディーも食べたい。スシィ、好き。ヤチニクオイシ、オイシ。」
 シンジ君はボーイを読んで、特上寿司2人前と焼肉プレートも2人前注文した。それぞれ、5,000円もした。そして、30分延長した。
 その後、ビールを3本呑み、キャンディーもビールを3、4杯呑んで上機嫌になった。
「オニさん、好き。ヤサシ、ヤサシ、カコイよ。キャンディーとサンカイ、ヘヤに行くか?イコよ、イコよ。」
 キャンディーがシンジ君の腕を抱き、胸を当てて誘って来た。シンジ君は、これを待っていた。もっと聞きだそうと考えた。
「おぅ、可愛いキャンディーと2人っきりになれるのか。いいねぇ。」
 シンジ君は嬉しそうに言った。
「マテテね。話し、して来る。」
 キャンディーもここぞとばかりの表情で、玄関側のカウンターの奥に入って行った。
 〝シンジ君、上手く行ったわね。どうしてここに来るようになったか、ちゃんと聞いてよ。社長が送金してるなんて言ってたけど、どうかしらね。眉唾物よ。〟
 歌音が言った。
 〝シンジ君、セックスは控えてよ。何か感染するといけないから。〟
 二郎は言った。
 〝えぇ、俺と代わってくれよぉ。〟
 佐助は言った。
 〝何言ってるの、3日前に翔子としたでしょ。病気が感染ったら、当分出来なくなるよ。佐助は静かにしてて。〟
 アヤナミに怒られた。
「お客様、ありがとうございます。キャンディーは301号室に向かわせました。このシステムは、このようになっております。」
 ボーイがメニュー表を開いて見せてくれた。60分25,000円、30分延長毎に追加料金10,000円となってた。
「じゃあ、90分で頼むよ。キャンディーちゃん良い娘だな。」
 シンジ君はボーイに言った。
「では、こちらでの料金も合わせまして、65,000円になります。お支払いはカウンターでお願いします。どうぞ。」
 ボーイにカウンターに案内され支払うと、一階の店から出て、エレベーターで3階の301号室まで案内された。
「お時間になりましたら、室内の電話に連絡させて頂きます。キャンディーが対応しますので。どうぞ、お楽しみ下さい。」
 ボーイは言うと、階段を駆け足で降りて行った。
「オニさん、オニさん。ビル、呑む?」
 キャンディーは若干、緊張して、飲み物を薦めて来た。
「おお、ビールで良いよ。2本頂戴。」
 シンジ君は言った。
 キャンディーは、冷蔵庫から2本の瓶ビールを取り、コップも2個、笑顔で持ってきた。
「サン、ゼン、エン、になります。」
 瓶ビールは高かった。
「僕は、瓶のままでいいよ。キャンディーに注いであげる。」
 シンジ君から一文字さんに代わり、コップにビールを注いであげた。キャンディーは動きを止めた。
「あり、カンパーイ。」
 シンジ君に代わりながら、乾杯した。
「驚いたか?僕は、特別な人間なんだ。でも、キャンディーを叩いたりはしないよ。安心して。ただ、もっと聞きたい事があるんだ。素直に話してくれるかい?とても、大切な事だから。」
 シンジ君から佐助、二郎、一文字さんに代わり、キャンディーの目を見つめた。
「は、はい、ワカリ、マシタ。」
 キャンディーは目が点になった。
「Do you speak English?」
 一文字さんは、英語で喋り出した。
「Yes.」
 キャンディーも英語で話して来た。
「How old are you?」
 先ず、年齢を聞いた。
「Sixteen.」
 やはり、10代だった。まだ、16歳だ。
 (一文字さん)
「Where did you come from?」
 (キャンディー)
「It's a small island in the southeast.」
 (一文字さん)
「What did come to? and,Who had been told here?」
 (キャンディー)
「My parents.」
 (一文字さん)
「What purpose are you?」
 (キャンディー)
「There is no purpose. Trafficking.」
 (一文字さん)
「It's hard. I'll help Candee. Keep this silent.」
 (キャンディー)
「I see.」
 (一文字さん)
「How many peopole, Trafficking?」
 (キャンディー)
「Many people.」
 一文字さんは、キャンディーから、人身売買されて連れてこられた事、沢山の人が売られて来た事が聞けた。出身地は最後まで言わなかったが、助けてあげると言ってあげた。
 キャンディーはしくしくと、声を抑え泣き崩れた。
 一文字さんは、佐助と代わり、この部屋のベランダから外へ抜け出した。その足で、このビルのオーナーで建設会社社長の有田の家に向かった。
 有田社長の自宅は、自分の会社の隣りに1年前に新築した、300坪もある敷地に広々した日本庭園も施した、3階建ての豪邸だった。
 レザーの黒い手袋をした佐助は、正に、忍者のように外壁に登り、庭に植えられた松の木の枝を伝って、最も簡単に家屋に侵入した。本人が居るのを確認し、まだ暗い、有田社長の寝室で待ち伏せた。
 2つのベッドの間にサイドテーブルがあり、出入り口より奥側が有田社長が使ってるベッドのようだ。そのベッドの枕が隣よりも大きく、カバーが茶系をしている。ドアが引き戸になっていて、その戸袋側にしゃがんで潜んだ。
 差ほど待つ時間は長くなかった。先に社長から入ってきた。少し遅れて奥さんが入ってきた。社長がベッドに腰掛け、腕時計を外し、スマホと共にサイドテーブルに置こうとした時、奥さんもベッドに座り、2人が向き合う状態になった。佐助は素早く、奥さんの背後に回り、口を押さえ、ナイフを喉に突きつけた。
「社長、騒ぐな。死ぬぞ。」
 奥さんは両手を広げたが、佐助の左腕は、奥さんの左の脇の下を通して口を押さえてたため、膝を立ててた佐助の右脚と左腕で奥さんを固めた。奥さんは佐助の左の掌の中でモグモグする事も止めた。
「なんだ、お前らは。」
 有田社長がいった。
「素直に答えろよ。お前が建てた、風俗ビルでキャバ嬢してる娘達は、どうやって手配してるんだ。」
 佐助からシンジ君に代わり、社長に聞いた。その時、腕や脚が太くなり、奥さんにかかる圧が強くなった。『うっ』と、一言、シンジ君の掌の中で声が漏れた。
「分かった、話すから殺さないでくれよ。志村先生のとこか。そこはヤバイぞ。お前、関わらない方が無難だけどな。あそこの、女達は、ロングタイガーって言う、永井虎将(とらまさ)って奴が仕切ってる半グレ集団が手配してるらしい。俺は、関わってないからな。俺は箱を建てただけだ。」
 社長は素直に言った。
「どの国から連れて来てるんだ。」
 シンジ君は、続けた。
「細かい事は分からない。本当だ。志村先生にも関わるなって言われてるんだ。本当だ。」
 社長は答えた。
「そうか。なんかあったらまた来るぜ。」
 シンジ君はそう言うと、奥さんの口を押さえたまま一緒に立たせ窓際まで行き佐助と代わり、奥さんを社長に突き飛ばし、窓を開けて2階の寝室から去った。
「あなた、なんなのあの男。」
 奥さんは、震えながら行った。
「分からんよ。もう、志村先生とは関わらない方がいいな。」
 有田社長は、奥さんを抱き寄せて、頭を抱えた。
 早速、一文字さんは、有田社長宅の近くのネットカフェで、永井虎将とロングタイガーを調べ始めた。案の定、ブログやホームページは見当たらなかった。しかし、SNSに永井やロングタイガーに関わってた内容と思われる投稿がいくつかあった。その内容は、『永虎さんに教えてもらったキャバ嬢サイコでサイコーだった』、『ロンタイは、時期に風俗界を制覇する』、『バクヤバ、ロンタイ。逃げるべし』、『ロンタイが、永虎が憎い、でも、手を出すなんて、何百匹ものピラニアが居る水槽に入るようなもんだ。アイツの僕は無限だ』。
 SNSへは、永井虎将やロングタイガーに対する投稿は賛否両論あった。一文字さんは、これら投稿者と会い、永井虎将の居場所を特定する事にした。
 〝二郎、寝てろよ。明日も仕事だからな。休んでてくれ。シンジ君、永井を悪く言う連中のGPSは反応しないんだ。この2箇所に行ってくれよ。〟
 一文字さんはシンジ君に言った。
 〝了解です。一文字さん。〟
 二郎をはじめ、他の3人も眠り始めた。一文字さんとシンジ君2人で探すのだ。そうすれば、もしも、朝までかかったとしても、4人分の体力で、翌朝直ぐにでも、二郎は仕事が出来る。益々、この6人衆は、人を超える能力が増強していた。
 一文字さんとシンジ君はSNSにあの投稿をした2人を探し出した。クラブに居た。手間はかかったが永虎のアジトとロンタイのメンバーが2、30人である事が分かった。定期的に人身売買の取引があり、『メス買い』と称し、港に集まるようだ。そこには、ロンタイ以外に2つの組織も来るようだ。そこまで分かると、永虎の顔を確認し、アジトの造りを把握すれば、ガサ入れや襲撃のプランが立てやすい。
 また、他には、殺人や強盗、窃盗、恐喝、覚醒剤の売買等も巧みに熟してる事もわかった。背後には暴力団はついてなかった。暴力団さえ、手が出せないようだ。この一帯のアンダーグラウンドを牛耳っていた。
 そして翌日は、永虎達のアジトを偵察する事にした。
 〝予想以上に、早く済みましたね。一文字さん。〟
 シンジ君は言った。
 〝そうだな。でも、シンジ君大人になったな。シンプルが良いな、聞き方とか。有田社長の奥さん、トラウマまではならないだろうよ。〟
 一文字さんが言った。
 〝そうっすか。一文字さんから褒められるなんて、照れますね。ハハ。明日は、アジトの近くからは、アヤナミ、歌音が良いですかね。〟
 一文字さんは納得し、シンジ君の成長に喜び、誇らしさすら感じてた。
 今宵は新月で、空を漆黒が覆ったが、地上の電灯がその艶を邪魔してた。その反面、シンジ君の心は自信に満たされ澄んでいた。助けてあげたい思いを胸に家路を急いだ。
 〝二郎、今日は女物の服も準備するんだぞ。〟
 翌朝、いつも通りの二郎が、チーズトーストとホットミルクで朝食を済ませ、身支度してるとシンジ君はそう言った。
 〝あぁ、そうだったな。ロンタイのアジトに行くんだったな。歌音、どんな服がいい?〟
 今日の仕事の段取りが頭を巡る二郎は、シンジ君に言われ、歌音に聞いた。
 〝あまり目立たない方がいいわね。会社員風がいいわ。上着は、二郎が来てる紺のジャケットでいいよ。パンツはベージュのやつで、白のカットソーにして。シンジ君、積極的ね。感心、感心。〟
 歌音が言った。
 〝いやぁ、昨日のキャンディーちゃんが忘れられなくてね。あっ、変な意味じゃないよ。故郷に帰りたいんだろうなって思うとさ。自分には目的が無いって言うからさ。〟
 シンジ君は答えた。
 〝家族の犠牲になったんだろうね。幼い兄弟が居るかも。シンジ君、大人になったわね。〟
 歌音が言った。
 〝一文字さんにも、同じ事、昨日言われたよ。照れますなぁ。〟
 シンジ君は、はにかんだ。
 〝じゃあ、忘れ物無いよね。行きましょうか。〟
 二郎がみんなに確認し、職場の大学病院へ向かった。
 大学病院では、午前中は外来診察を熟し、お昼は、休憩を取らず、ツナマヨと梅のおにぎりを食べながら、パソコンの前で論文作成に勤しんだ。その後、教授の病棟回診につき、とは言っても、患者さんの多くは、病室ではなく、デイルームで過ごしてたり、リハビリ室で作業療法を受けてたりしてる。隔離室に拘束されてる患者さんもいる。1人1人に問診等はせず、看護師や作業療法士等、病棟スタッフから情報を取り、行動観察が主で、勿論、会話が必要な患者さんも居る。2時間程、病棟内を診て廻る。
「先になります。」
 この日の二郎は、必要最低限の仕事を済ますと、16時半には大学から出て、永虎のアジトを偵察に行った。
 アジトは案外近くだった。廃棄された機械が転がる、元スクラップ工場で、電気、水道はまだ通ってるようだ。登記上は倉庫と申請されている。
 〝アヤナミ代ろう。公衆トイレあるから。〟
 二郎が言った。近くにあった通行人が少ないバス停近くの公衆トイレへ5m先からアヤナミに代わって入った。予想通り、綺麗ではない。素早く着替えて出て行った。
 錆びた金網フェンスで囲われ、その上には、錆びた有刺鉄線を張り巡らせている。しかし、金切鋏で簡単に切れそうなくらい劣化している。そのフェンスに沿って中を覗きながら歩いた。西の空がオレンジ色と白、水色、青、紺色のグラデーションがかかり始めると、建物の外壁にある照明がつき出した。その照明は5m毎に一つ20Wの蛍光灯が設置されてて、正面と後面には3箇所、側面には5箇所あった。また、出入り口は、正面に幅5m、縦2.5mの中央から左右に開く重量感ある引き戸になっている。側面の中央部にも同じ寸法の引き戸がある。後面には、左端には右吊元の一般的なドア、右端には左吊元の同じ規格のドアがある。建物の中は見えなかった。丁度、1周すると西空のグラデーションは消えていた。
 すると、1台の車、年式が古い車検に通らないようなセドリックが建物正面のフェンスの前に停まり、1人の男が降りて来て大きな錠前を外し、右側だけフェンスを中に押し開けて、車で入って行った。そして、正面の引き戸を左右あけ、中の照明を点けた。その中は、5m程奥に、スチール制のハイパーテーションが目隠しになっていて状況を把握する事が出来なかった。
 その後5分も経たない内に、1人で乗るバイクが4台、2人乗りが3台入っていった。次いで黒のクラウンが入り、男が5人出て来た。最後に真っ白でワックスが効き、照明の明かりを反射させる左ハンドルのキャデラックが入って来た。先に入ったセドリックやクラウン、バイクとは、差があり過ぎる高級感で、永井虎将が乗ってるのが直ぐに分かった。
 運転手が出て来ると、反対側の後部座席のドアに駆け出した。同時に助手席と左後部座席のドアが開き、男が1人づつ出て来た。そして、運転手が右後部座席のドアを開けると、スキンヘッドで大柄で、背中に、左向きで口を開いた金の虎が刺繍された白のジャージー姿の男が降りて来た。如何にも『我、永虎なり』と、言わんばかりのカリスマ性を漂わせてた。先に来てた男達は、1列に並び深々と一礼した。その時アヤナミは永井虎将をカメラに収めた。
 この男があのビルから、あの地域の弱みから、世界の貧困した家庭から、甘い蜜を容赦なく啜る凶徒。アンダーグラウンドの申し子だ。
 アヤナミは仕事を終えたつもりで帰ろと歩き出すと、1台のバイクがキック式のエンジンをかけて、出て行こうとしてた。即座に佐助に代わり、アジトから100mくらい離れた場所で、再びアヤナミに代わり待ち伏せた。
 バイクが近づく音とライトが見えた。タイミングを図り運転してる男に飛びついた。その男とアヤナミは、地面に叩きつけられるも、アヤナミが男の右腕を右耳につけ、自分の右手を男の顔の前から後頭部へ回してたため、着地する瞬間に袈裟固めで押さえ込んでいた。また、男の半キャップのヘルメットは、直ぐに脱げていた。男は、気を失った。バイクは左側にライトを抜けて倒れ、転がりエンジンが止まった。
 男を担ぎ、そこから20m離れた十字路を左に入り、ガードレールの柱を背に座らせ、自分の目から下をハンカチを結び隠して数回ビンタした。
「おい、お前。ロンタイのメンバーだな。」
 アヤナミが意識を取り戻した男に聞いた。
「な、なんだ、おお、おめえは。俺はロンタイだ。」
 男が正気に戻り動き出そうとすると、アヤナミは、左膝を男の右太腿の内側に当て、右足で男の左太腿を踏みつけ、左手で喉仏を握り、右手でナイフを持ち男の顔に刃先を向けた。
「次のメス買いは、いつ、どこだ。」
 アヤナミは左手を弛めて聞いた。男は考える表情を見せ、黙り込んだ。また、アヤナミは左手に力を入れた。
「素直に言え。死ぬぞ。」
 アヤナミは脅し力を抜いた。
「分かった、今、思い出してたとこだ。再来週の火曜、夜の11時、南港5番倉庫の前だ。そんな事聞いてどうすんだ。お前に邪魔なんて出来ねぇぞ。」
 男は言った。
「嘘じゃないな。」
 また、力を入れて聞き直した。男は頷いた。するとアヤナミは、素早く立ち上がり、右膝を男の顔面に入れ再び気絶させた。横に倒れた男の口を左手で開け舌を引き出し、右手のナイフで前1/3を中央部から縦に切りつけた。喋れないようにし、佐助に代わり、猛スピードで駆け去った。
 
つづく


義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。④

2020-01-18 14:47:00 | 小説
④翔子からの依頼

「頑張りましたね。新田さん。元気な女の子ですよ。」
 初めて梅木翔子が助産師として、新生児を取り上げた瞬間だった。勤務3年目の事だった。
「ありがとうございます。梅木さん。初めての子、梅木さんに取り上げてもらえて良かったです。」
 初産だったこの妊婦と翔子は汗だくで、喜び溢れる産声を浴びていた。翔子が助産師として、自信を重ねる経験となった。
 それから5日後、予期せぬ事態が起こった。翔子が初めて取り上げた新生児が誘拐されてしまった。
「わ、私の子、盗まれた?紗英が誘拐された?何故?私の子が?絶対みつけて。私に生きて返して。」
 母親の新田佳代子が、パニック状態になった。
「はい、絶対に。警察には連絡しました。私どもも、全職員の所在を確認中です。もし、うちの職員がそうしたとしたなら、逃亡する恐れがありますから。一応、こう言った事態に備えて緊急時マニュアルを警察に協力してもらい、作っております。新田さん、不安でたまらないと存じますが、出産直後ですから身体に障ります。お部屋に戻りましょう。たいへん申し訳ございません。梅木さん一緒にお願いします。」
 看護師長の上田忍が言った。
 程なくして、警視庁捜査二課から刑事が五人来た。一人の刑事が病院長と事務長と共に、新田佳代子の部屋へ訪れた。
「この度は、私どもの病院の管理体制の甘さが、このような事態を招く事となりましてたいへん申し訳ございませんでした。」
 病院長の田代優作が謝罪した。
「警察の方もいらして居ります。我々も全面的な協力体制を取らせて頂きます。万が一の場合は、私と病院長が責任を取る覚悟で早期解決に努めさせて頂きます。」
 事務長の岡部誠司が言い、院長と共に頭を下げた。
「宜しくお願いします。絶対、紗英は生きて帰ってきますよね。」
 佳代子は、ギャッジアップされたベッドにもたれ掛かって座り、俯き、泣きながら言った。
「新田さん、初めまして。警視庁捜査二課から参りました、松重明穂(あきほ)警部補です。」
 警察手帳を見せ、名刺を渡し、挨拶した。
「捜査の方針は、暫くマスコミには、非公開で進めて行きます。上田看護師長からもお話があったように、全職員の所在確認をしております。これは、後、30分で終わります。そして、警備室で二課のものが、防犯カメラを解析してます。また、病院周辺の聞き込み、監視カメラの解析を同時に行ってます。それと、この病院で出産を迎えて、死産や出産後1年以内に何らかの原因でお子様を亡くされた方をカルテから抽出して、その人達の身辺も調べます。恐らく、容疑者を洗いだす事が出来ると思います。犯人はこれまでの事例からも、子供が欲しいと言う動機から、犯行に及んだ女性の可能性が高いです。そのような女性だと、赤ちゃんを乱暴に扱うと言った事はありませんので、どうか新田さんも気丈になって頂いて、捜査へのご協力お願い致します。」
 松重警部補は、新田佳代子の不安を少しでも軽くしようと考え。説明した。
「では、暫く私と新田さんだけでこの部屋に待機させて下さい。院長はじめ、職員のみなさんは業務に戻って下さい。くれぐれも、情報漏洩が無いように細心の注意を払って下さい。通常通りに仕事して下さい。捜査員への協力も宜しくお願いします。」
 松重警部補は冷静に指示を出した。
「新田さん、携帯電話はお持ちですか?分かりやすい場所に置いてて下さいね。それと旦那様には、既に連絡しました。奥さんの体調が悪くなったからと行って来て頂きます。これも情報漏洩の予防です。旦那様が到着されましたら、私どもの一人とこちらの職員で、事情を説明し、ここへいらしてもらうようにします。ご心配なさらないで下さい。後、ご実家のご両親には何も伝えておりません。いらっしゃった時に、ご主人と同じように説明させて頂きます。それと、旦那様は、もう新幹線に乗って向かってるようです。名古屋がご自宅なんですね。」
 松重が言った。
 しばし、時間が止まったように、二人には沈黙が流れた。
「松重さんは、お子さんいらっしゃいますか?」
 新田佳代子が聞いてきた。
「はい、中学1年の長女と小5の長男が居ます。主人は幼馴染で精肉店をしてます。」
 松重は言った。
「じゃあ、2人のお子さん達は、お肉盛り盛り食べて学校生活を楽しんでるのでしょうね。」
 新田佳代子の言葉が穏やかになり、顔も上げて話す事が出来て来た。
「はい、お陰様で。2人は柔道をしております。凄い食欲です。下の子はお姉ちゃんにまだ勝てなくて、練習の鬼と化してますよ。部活が終わって、家で晩ご飯食べて、夫と稽古するんです。勝ち負けには拘らず、柔道が好きになって、いつまでも柔道を楽しんでくれると良いなぁと思ってます。」
 松重は言った。
「逞しいですね。うちの紗英も好きた事を見つけて夢中になって欲しいなぁ。」
 新田佳代子は言った。
「あっ、報告メールが来ました。病院職員の所在は明らかになったようです。ですから、職員さん達の中に容疑者が居ないのが明らかになりましたね。順調です。」
 松重が言った。新田佳代子は少し安心した。そして、新田佳代子の夫、新田大吾が到着した。
「佳代子、大丈夫かい?紗英はまだ戻ってないだな。この方は?」
 大吾が言った。
「うん、大丈夫よ。落ち着いて来たは。こちらの方は、警視庁の松重さん。」
 佳代子は言った。
「初めまして、警視庁捜査二課の松重明穂警部補です。」
 名刺を渡して、挨拶した。
「ご夫婦が揃いましたので、早速ですが、お聞きしたい事があるのですが?」
 松重はそう話しを始めた。
 その内容は、2人に恨みを持ってる人は居ないか。身近に、子供が欲しい事を熱望する人はいないか聞いた。
「私達の同世代の夫婦は誰でも子供は欲しいと思います。しかし、熱望してる人までは分かりません。」
 佳代子は言った。
「私も、そろそろ産まれる事を喜んでくださる人や、夫婦で力を合わせて育児をするようにとか、説教じみた事を最近よく言われます。」
 大吾は言った。
「とりあえず、奥様がおっしゃった、〝熱望する〟までは言わずとも、羨ましいがる人のお名前と連絡先等教えて頂けますか?」
 松重は言った。
「はい、分かりました。」
 佳代子は3人の女性の名前と電話番号を教えた。
「では、この方々の現状を調べます。あくまでも、容疑者から外すための捜査ですので。」
 そう言うと、メールで部下達に情報を送り、捜査を始めさせた。
 松重に報告のメールが届いた。この病院で、不幸にも死産になってしまった女性2人と、不妊治療を受け、子供を授かれなかった2人の女性がいたのが分かった。その女性達の捜査も開始された。この日、これ以上の進展は無かった。
 翔子は、勤務の途中に、二郎に連絡を取った。
「二郎君、今日、病院から私が初めて取り上げた赤ちゃんがね拐われたの。看護師長が警察と協力して、緊急時マニュアルを屈しして、全職員の所在は分かったわ。逃亡した人が居ないって事よ。でも、新生児室から運び去るなんて、出来るのかしら。不思議でたまらないわ。」
「翔子ちゃん、辛いね。でも、僕に話してもいいのかい。って言うか、こんな話、漏らさないけど。」
 翔子から電話で事件の事を聞き、二郎は言った。
「二郎くは信用出来る人だもん。二郎君達にも調べて欲しい。お願いします。」
 翔子は半泣きで言った。
「分かった。翔子ちゃん、一文字です。防犯カメラから見てみるよ。携帯は持ってられるの?勤務中でしょ。」
 一文字さんに代わり、翔子に聞いた。
「うん、大丈夫。いつも持ってるから。」
 翔子は言った。
「分かった事があったらメールするね。」
 一文字さんは言い、電話を切った。
 医局の自分のデスクのノートパソコンで、一文字さんが翔子の病院のサーバーに入り込んで、新生児室の防犯カメラ映像をみた。
 深夜1時以降から録画された映像を早送りで見た。深夜勤の看護師さん達、3人は、定期的に、1人1人の新生児の様子を見廻りしてた。この3人がどの子を見るか決まってるようだ。
 午前5時頃だった。拐われた紗英ちゃんのベッドの下から一瞬、1秒も満たないくらいの長さだけど、手が見えた。そして、何ら変わらない映像が流れた。一文字さんは、見逃さなかった。そして、その瞬間の映像を静止させた。
 〝手袋してるよ。それも掌に滑り止めが付いた手袋だよ。この手が犯人だね。きっと。恐らく防犯カメラの位置が分かってる人だ。それと、防犯カメラを操作してる人も居るね。〟
 一文字さんは言った。
 〝同じ時間帯の出入り口の動きに変化ない?。〟
 アヤナミは言った。
 〝ここでも一瞬だけ扉が動いたよ。〟
 手が見えて数10秒後にその扉の変化が確認出来た。そして、その1時間後、紗英ちゃんが居なくなった映像に突然、切り替わった。そして、3人の看護師が紗英ちゃんのベッドに駆け寄って来た。3人のうち、1人の看護師さんは、他の2人よりも慌てた素振りが少なく、紗英ちゃんが居ないのに気づいてたかのように、ベッドに近づいて来た。その日、紗英ちゃんを見てた看護師だった。
 〝これは、この時間帯に勤務してた人しか出来ないトリックだ。恐らく、外で子供を受け取る人が居たはずよ。〟
 アヤナミは言った。そして、防犯カメラを見た結果を翔子にメールした。
「犯人は独りじゃないのか。うちの職員と外部の人なのね。」
 メールを読んだ翔子は呟いた。二郎からのメールの最後に、『仕事が終わったら、実際に、翔子の病院の出入り口近くの防犯カメラや効率良く逃走出来そうなルートを探してみるよ。』と、あり、『ありがとう。』と、翔子は返信した。
 一方、警察の捜査では防犯カメラ映像で午前6時に紗英ちゃんが突然、姿を消した映像を確認したものの、二郎達が見た、それよりも1時間前の手袋をした手や出入り口の扉の動きには気づけないでいた。そして、新生児室のナースステーションにある壁に埋め込められた、カメラの操作盤に異常がないか、指紋の検出も行った。
 その結果、操作盤に付着してた指紋は、このカメラを取り付けた業者の物である可能性があった。しかし、その業者は静岡県に本社を持つ会社で、東京支店等は存在しない。松重は、捜査員の1人を静岡に行かせた。捜査が一旦、中断する事になった。
 二郎は仕事が終わると、アヤナミと交代して、翔子が勤める病院へ向かった。正面玄関辺りを見回していると、翔子が私服で出てきた。
「あ、アヤナミさんで来たの。お久し振り。」
 翔子は声をかけた。
「お疲れ様、翔子さん。仕事、終わった。一緒に廻ってくれるとありがたいけど。」
 アヤナミは言った。
「うん、お願いします。」
 翔子は言った。
 2人で、後、2箇所ある出入り口を確認する事にした。1つは救急車で搬送された人が運ばれる出入り口だった。その出入り口前の駐車場スペースの路面には、オレンジ色で、緊急車両専用と4角形の線に囲われバツ印の2本の線が交差する中央にその字が書かれていて、建物に平行に2台は車が停められるスペースになっている。その建物側の4角形の一遍と平行に建物に向かって、左から右へ薄くなる泥で塗られたタイヤ痕があった。右端だけ少し濃くなってた。また、軽自動車程の幅で、ゆっくり走らせて来て停まったような痕だった。この1点だけ怪しく思えた。
 次に、夜間通用口に向かった。ここは、面会時間が20時で終わる時や深夜勤の職員に使われる出入り口で、特に変わった様子はない。
 マヤナミと翔子は、正面玄関先のベンチに座った。
「防犯カメラ、確認する。翔子さん、一緒に見て。」
 アヤナミが鞄からノートパソコンを取り出し、頭の中で一文字さんが言う通り、ハッキングした。紗英ちゃんが拐われた時間帯の救急搬送される出入り口の画像を見た。その出入り口より3m前くらい、丁度、画像の切れ目に一瞬、白い車の屋根が見えて消えた。そして、病院の敷地から車道に出る車の出入り口、白い屋根が見えた位置から15mくらい先に右折するウインカーを点滅させてる白い軽自動車の最後部の側面が突然現れて車道へ向かって行った。
「あの、泥のタイヤ痕は白い軽自動車ね。2箇所で見えたわ。屋根と尾尻の部分。ナンバープレートが黄色、数字は見えなかった。」
 アヤナミは言った。
「私、見えなかったけど?」
 翔子は言った。
「うん、見えないかも。私達、6人の視力合わせられるから。じゃあ、車道に行こう。」
 アヤナミは言い、驚いた翔子は無言でついて行った。
 車の出入り口から右を向くと、10m先に調剤薬局、コンビニ、コインランドリーが並んでて、交差点になっていた。そこまで歩いて行くと、車の停止線の直ぐ横にコインランドリーが位置してて、車道側を向く防犯カメラが店内の奥に設置されてた。このコインランドリーは24時間営業になっていて、出入り口は常に開いている状態だった。
「もしかしたら、映ってるわ。」
 アヤナミはそう言うと、コインランドリーの洗濯機にノートパソコンを置き、ここを警備してる会社にハッキングした。すると、助手席側の窓ガラスが降りた、白い軽自動車がゆっくり進んで来て、車体に赤色が反射してたのが緑色に変わると、一瞬、助手席を見て加速した。この画像をコピーして、スロー再生し、解像度を上げた。運転してるのは、女性、30から40代。助手席には、黒い大きめのファスナーが開いたまま、丸めた白いバスタオルのような物が入ったボストンバックが置かれてた。
 その女性が助手席に顔を向けた瞬間を静止した。解像度も更に上げた。
「この人、見た事ある。不妊治療でうちに入院してた。私、病院に戻る。」
 翔子はコインランドリーを駆け出ようとした。
「待って、ここでもみれるわ。」
 アヤナミは止めた。
 病院にハッキングして、カルテを見た。
 『相田千鶴、46歳、不妊症』
「この人よ、間違いない。子供が欲しい、欲しいって、新生児室を長い時間見てたわ。私達に気兼ねなく、気さくに話して来てた。半年前だったはず。」
 翔子が言った。
「この人の家に行きましょう。」
 アヤナミは言った。
 一方、警察は静岡の防犯カメラの会社でこの病院の担当者の指紋を提供してもらい、静岡県警で照合した。結果は、その担当者の指紋だった。病院内では、防犯カメラの画像の解析をしてた。新生児室での変化、救急搬送者の出入り口の画像の変化を気づかずにいた。
「手がかりが無いわね。ナースに話聞きたいけど、みんな忙しそうで、そんな暇はないわね。深夜勤の人達も手がかりになる証言がなかったから。謎だらけだなぁ。」
 松重警部補は、困った顔で呟いてた。
「刑事さん、ほんとに紗英は大丈夫なの。なんか頼り無いだけどっ。」
 母親の佳代子は怒って松重に噛みついた。
「佳代子、相手はプロだ。時間かかるんだよ。落ち着け。」
 父親の大吾は、他人事のように言った。
「大吾は私の気持ち、分からないのよ。あの子が出来た事を話した時も素っ気なかったし、悪阻で苦しんでる時だって、病気じゃないんだから、寝てろとかしか、言わないし。それでも父親なの。」
 佳代子は大吾の言葉に余計、怒りを増した。
「申し訳ございません。どうかご夫婦揉めないで下さい。最善を尽くしますので。」
 少し、強めの言葉で言い、松重は深々と頭を下げた。
 警察の捜査は、全く進展していなかった。
 看護師長は院長室に呼ばれてた。総看護部長と事務長、4人で今後を話してた。
「私、この事件が解決したら、責任取らせてもらいます。」
 看護師長の上田は言った。
「な、何言ってんだよ。師長、後ろ向きな考えはよしなさい。」
 事務長の岡部が言った。
「そうだな。産婦人科も閉めないといけない事態になりかねんな。」
 院長の田代は苦い表情で言った。
「待って下さい、院長。そんな事になったら、収益減ですよ。不妊治療は保険外でも受ける患者さんが居ますから、収益激減しますよ。成績も良いし。上田師長も医師達も頑張ってますよ。職員の給与だって、減り兼ねませんよ。」
 岡部は言った。
「すみません。私独りで責任取りますので。」
 上田師長は、涙目で言った。
「みなさん、こんな時が正念場ですよ。私は、上田師長が辞める事も、産婦人科を廃止するのも反対です。今回の事件がどんな結果になっても、我々は真摯に捉え、反省すべきです。そして、これまで以上に、来院される方々の信頼を高める機会にするのです。ですから、耐えるのです。職員が団結するのです。」
 総看護部長の夏目節子は言った。
「そうです。そうです。」
 岡部は言った。
「でも、事勿れ主義ではないが、私は安心、安全を重視したいな。収益が落ちるのであれば、それなりの経営をすればいい。有資格者は、食いっぱぐれがないから、他の病院に移ればいいさ。」
 田代院長は冷ややかに言った。
 このように、警察は捜査が難航し、経営陣は事件後の後処理に迷走していた。
「歌音に代わるわ。こんな場面は、彼女が得意だから。翔子さんは、犯人と会わない方がいい。」
 紗英ちゃんを誘った松田千鶴の家の近くで、アヤナミは翔子に言った。
「分かった。任せる。あの公園で待ってます。」
 翔子は不安な表情を見せないようにアヤナミに言った。
「こんにちは。相田さん、金井です。」
 このアパートの隣りの家の表札と窓越しに、千鶴と同年代らしき女性が見え、その人のふりをして、玄関先で歌音は言った。
「はーい。ちょっと待ってぇ。」
 千鶴の声がした。
 相田千鶴は、3年前に夫と離婚し、アパートで独り住まいをしていた。離婚の原因は、千鶴の執拗なまでの子供欲しさへの執着と夫の不倫であった。夫はその不倫した女性との間に子供を授かった。それに対し、激怒した千鶴は上限額の慰謝料を請求し、財産分与した土地を売却し、今、住んでるアパートを購入して、家賃収入で生計を立ている。経済的な不安がない生活を送ってた。
「えっ、あなた何方?」
 玄関を開けて、歌音の顔を見ると、千鶴はそう言った。
「お邪魔しますね。紗英ちゃんはどこかな。」
 歌音は土足のまま強引に家に上がり込んだ。
「なによっ、あんたは。」
 千鶴は、横切る歌音を捕まえようとしたが、歌音は千鶴の腕を取り、脇固めで千鶴を床に押さえ込んだ。
「千鶴さん、気持ちは分からないでもないわ。私も子供が産めない身体なの。でも、他人の子を奪うなんてあり得ない。出産がどれだけ命がけな事か分かってるはずよ。女として恥ずかしくないのっ。」
 歌音は強い口調で、千鶴に言った。すると、千鶴は泣き出した。小さな声で啜り泣いた。抵抗する力が抜けた。歌音は腕を離した。
「ご、ごめんなさい。どうしても、どうしても子供が欲しかった。子供を育ててみたかった。不倫されて、あいつには、子供が出来て、悔しくて、悔しくて。」
 泣きながら言った。
「千鶴さん、座って、私を見て。」
 歌音は優しく言った。千鶴はゆっくり起き上がり、歌音の顔を見ながら座った。
「私はね。卵子が作れないの、不妊治療も出来ないの。だから、子供は作れないの。でも、大切な仲間が居る。兄や姉のような人、弟や妹のような子達。その仲間達がね、私が困ってると支えてくれるの。私を慕って来るの。一生、側に居て欲しい、側に居たいって言ってくれるの。まるで家族みたいに。自分の身体を僻んで、身勝手に、利己的に生きてたら、そんな仲間は出来なかった。千鶴さんの現状はあなた自身がそうさせた要因だって有るはずよ。よく考えて。紗英ちゃんをご両親に返しなさい。」
 歌音は、力強く千鶴に言った。千鶴は緊張の糸が切れて、肩を落とし、俯き、沈み込んだ。数分間、動けないで居た。
「分かったわ。そうね。紗英のお母さんだって、お腹を痛めて産んだのよね。命がけだったはずよね。お父さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん、きっと喜んでるね。私、自分勝手な事したね。こんなんじゃあ子育てどころじゃないね。親になる資格がないね。人間失格だ。情けない。」
 千鶴は涙を流し言った。
「私、病院まで一緒に行ってあげる。さあ、紗英ちゃん、ご両親に返すわよ。」
 歌音はそう言うと、立ち上がった。
「あなたは、病院の方?それとも警察?」
 千鶴も立ち上がって、聞いて来た。
「どちらでもないの。ただ、紗英ちゃんが拐われた事を聞いて、探し回っただけ。紗英ちゃんと千鶴さんも救いたくて。誰だっていつからでもやり直せるから。」
 歌音は言った。
 千鶴はポカンと不思議そうな表情をしたが、紗英ちゃんを連れて行く準備を始めた。
 歌音は玄関先に出て、公園で待ってる翔子に電話した。
「翔子ちゃん、私は、千鶴さんと2人で病院に行くね。あなたは、やっぱり千鶴さんと一緒じゃない方がいいわ。1人で病院に戻っててね。」
 歌音は言った。
「分かりました。紗英ちゃん無事なんですね。良かったぁ。歌音さんありがとうございます。」
 歌音と千鶴は白い軽自動車で紗英ちゃんを連れ、病院へ向かった。
「もしもし、益田です。今、大丈夫。二郎君かしら、今は誰?」
 千鶴と紗英ちゃんを連れて、白い軽自動車で移動中に益田絢子からの電話だった。
「歌音です。大丈夫ですよ。」
 絢子に返事した。
「私の後輩から依頼があったんだけど、歌音で良いわね。田代第一病院に行ってくれない。誘拐事件があったの。神路三姉妹も今から向かうから。警視庁の松重って言う女刑事が居るから、協力してあげて。」
 どうやら、松重警部補は、先輩の益田が運営する防犯研究所に捜査協力を依頼したようであった。
「はい、今、向かってます。紗英ちゃんも無事です。」
 歌音は言った。
「えっ、なんで?知ってたの?そうか、翔子ちゃんからね。うんうん、ご苦労様。じゃあ、宜しくお願いします。」
 益田は驚いたが、納得して電話を切った。
 千鶴が病院へ着くと、外来診察が終わった時間帯で、手の空いた看護師が集まって来た。そして、警察官も来た。外来看護師が紗英ちゃんを抱っこして、もう1人の看護師が付き添って、2人で3階にある産婦人科病棟へ向かった。千鶴は、警官が控え室として使用してた、5階の会議室に連れて行かれた。歌音は、駐車場で千鶴と別れ、アヤナミに代わり、翔子と合流した。
「ありがとうございました。アヤナミさん。ホッとしたわ。歌音さんは?」
 翔子は言った。
「歌音、疲れたみたい。あの人、母性本能が強いから。私と違って。」
 アヤナミは言った。
「分かる気がする。ゆっくり休んで下さい。歌音さん。」
 歌音に聞こえてるかどうか分からないが、翔子は言った。
「アヤナミさん、仕事早いわね。絢さんから連絡あったけど、一応、来てみたわ。あなたが翔子さん?二郎君の彼女さんなの?初めまして、防犯研究所の職員になった神路姫子です。妹の美里とサキです。宜しくお願いしますね。」
 神路三姉妹も駆けつけて、アヤナミと翔子に出会い、挨拶した。
「二郎君から聞いてました。梅木翔子です。宜しくお願いします。」
 翔子も挨拶した。
「二郎君やるわねぇ。こんな美人さんが彼女なんだ。サキでーす。仲良くしてね。」
 サキは翔子の手を握り、笑顔で言った。
「サキ、また馴れ馴れしいわよ。すみません、美里です。宜しくお願いします。」
 美里も挨拶した。
「二郎が言ってる、宜しくって。」
 アヤナミが言った。
「翔子ちゃんも居るんだから、アヤナミちゃんと代わればいいのに、ジロちゃん。」
 サキは言った。
「ブラしてるから私。二郎と一文字さん、シンジ君は嫌みたい。着替えないと代らないの。佐助は嬉しいみたいだけど。ほんと、変態。」
 アヤナミが言った。
 翔子も姫子も美里、サキも大笑いした。
「変態で、ごめんね、ごめんねー。」
 一瞬、佐助に代わって、古いギャグを言った。
「ごめんなさい。多分、一文字さんに怒られてるはず。」
 アヤナミが言うと、また、みんな笑った。
「翔子さん、アヤナミさん、研究所にいきませんか?一応、絢さんに報告した方がいいんじゃないかしら。」
 姫子は言った。翔子もアヤナミも了解し、5人で研究所に戻った。
 その後、紗英ちゃんの誘拐犯は、その日、深夜勤だった看護師3人と警備員1人が共犯だったのが分かった。病院側は解雇にせず、1年間の給与3割カットの処分を課せた。そして、総看護部長と上田看護師長、田代院長は、1年間給与5割カットを直訴した。そして、病院職員は、一丸となり、接遇の研修を受け直し、業務がマンネリ化しないよう努力した。
 紗英ちゃんは、両親は勿論、祖父母達から沢山の愛情が注がれて育てられた。母親の佳代子は、第2子も田代第一病院で翔子が取り上げる事になった。
 一方、千鶴は、身代金目的ではなかった事、自ら紗英ちゃんを返しに来た事、反省も充分にしてる事から、執行猶予が付き、実刑を間逃れた。そして、翔子が母親を伝って、児童デイサービスを紹介し、そこで働く事になった。千鶴は、子育て、ましてや、発達障害を持つ子供達の養育に難しさを痛感し、日々、試行錯誤しながら子供達に向き合い、充実した生活を送った。もう二度と同じ過ちはしないと誓って。
 歌音は、千鶴に本音を言っていた。みんなは、それには触れなかった。子供を産んでみたい。子育てしてみたい。千鶴と同じ気持ちを抱えてた。流石に心痛めた事案だった。

つづく

義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。③

2020-01-13 01:56:00 | 小説
③加藤志水の日常

「益田さん、出来ました。チェックお願いします。」
 加藤がプリントアウトした書類を益田に渡した。
「松田君、上手くなったわね。誤字脱字は大丈夫かな。」
 書類を受け取った益田は言った。
 これは、益田防犯研究所で頻繁に見られる光景だ。絢子が執筆作業をする中、加藤は、講演会の案内文やスケジュール表、参加者名簿等、絢子が下書きしたものをパソコンのワープロソフトで清書するのだ。
「手直しお願いします。」
 加藤が作った文書を益田が修正箇所をメモして、再び加藤の手元に戻ってきた。
「了解しました。」
 加藤は素直に受け取った。漸く、二人は現状のやり取りで仕事を進められるようになっていた。
 加藤志水は、大卒ではあるが、高校入学から空手の選手として、スポーツ推薦で進学して来た。大学も同じように。
 母方の伯父さんが空手道場をやっていて、物心着くと週に2回は道場に通っていた。そんな幼い頃は、加藤にとって道場は遊び場、親に連れられて来た公園と何ら変わりなかった。そして、毎年、空手大会に出されていた。型の試合が殆どで、小学一年から六年生まで優勝し続けた。いつからか、負けられないプレッシャーがのし掛かって来るようになった。大学入学前までは負け知らずだった。
 大学に入学すると、ライバル達は強さを増した。流石に、加藤の連勝が止まるだろうと言われた大会でさえ、下馬評をひっくり返した。しかし、初めての敗北が訪れた。それは、日本代表として出場したフルコンタクトの世界大会だった。
 その大会は体重毎にクラス分けされ、軽量級、中量級、重量級の3クラスに分かれてた。加藤自身の体重は中量級に値するものだったが、協会の方針で重量級にエントリーさせられた。それでも加藤は自信があった。絶対優勝すると誓い、試合に臨んだ。結果、外国人選手にボコズタにされ加藤は負けた。その試合で肋骨と頬骨の骨折を負った。
 その後、怪我が治癒し国内大会に出場が可能になっても、世界大会の時に重量級で出るよう指示した、協会役員の佐藤は重量級でリベンジするよう急き立てた。その結果、大学3年から卒業するまで、どの国内大会でも優勝する事は出来ず、日本代表にさえ選出されなくなった。これは、あの佐藤による『加藤潰し』だったのだ。
 その協会役員である佐藤は、加藤が幼い頃から通った道場の館長にあたる伯父、川上の先輩に当たる人物。2人は階級が一緒だった。現役時代、佐藤は川上に一度も勝てず、各大会の優勝は勿論、日本代表として世界大会出場も果たせなかった。佐藤は根強い逆恨みを抱いてた。
 川上よりも先に現役引退となった佐藤は、賄賂や脅迫等、悪逆を尽くし、協会役員の地位を得た。また、川上が現役を退くと、協会の役職に付けないようにした。そのため、佐藤は周りからの評判は悪かった。しかし、具体的な不正は暴かれないように巧みな策略を練って動いてた。暴こうとする者が居なかった。佐藤と何か関係を持つと、奴隷的服従を受け入れるか、身を滅ぼされるかのいずれかだった。協会会長も手の施し様が無かった。
 加藤が社会人となり、身体が周りの重量級選手に近づき、まだ、優勝は出来ずとも戦績が良くなって来た頃だった。ある国内大会の時、残念ながら準決勝敗退となったが、加藤本人は手応えを感じ、次大会への課題がみつかって充実した気分で大会会場を後にした。すると、駐車場での出来事だった。
「中田、これで五連覇か、加藤を潰しといて良かったな。でも、あいつ、重量級でも出て来たな。また、何かしないといかんな。」
 嘗て、中量級で優勝争いをしていた中田選手に佐藤が言った。
「佐藤さん、宜しくお願いします。あいつ、次の大会ヤバイですよ。勝っちまうかも知れませんよ。」
 中田は言った。
「そうなんだよな。あの糞餓鬼め。決めた、潰す。」
 佐藤は言った。
「中田、佐藤さん、今の話、本気ですか?聞いちゃいましたけど。お前ら許さんぞぉ。」
 加藤は叫ぶと、佐藤の顔に正拳突きを入れ、上段蹴り、中段蹴りを喰らわした。佐藤は倒れ、失神した。側にいた中田は突然の出来事に凍りついた。透かさず加藤は、中田に回し蹴りを放った。中田の下顎に入り、その一蹴で仕留めた。
 少し離れたところから見ていた大会役員が駆けつけた。
「加藤さん、何してるんですか?」
 大声で叫んで羽交い締めにした。一人は警察に電話した。もう一人は救急車を呼んだ。
 加藤は一旦、逮捕された。事情聴取で佐藤が不正をしてる話しをしてのが原因と自供し、警察はその不正まで暴いた。しかしながら、協会側が無期限の大会出場を停止する意向を警察に伝えた。それが社会的制裁に当たる事と、加藤の反省の態度を考慮し、逮捕を無効にし、検察へ書類送検せずに済ませた。
 一方、佐藤は協会から永久追放され、中田選手は、加藤が重量級に転向して以降の大会での優勝を剥奪し、これからの大会への無期限出場停止を課せた。
 加藤の暴走のお陰で、空手界の膿を出す事が出来た。だか、加藤を支援する者が居なくなり、空手界から自ら、自然に去る事になった。その反面、加藤の暴走は、『加藤の正義の鉄拳』として語り継がれた。
「益田さん、文書上がりました。四〇部刷ればいいですか?」
 益田の手直しを終えて、加藤は言った。
「えぇ、五〇部でお願いします。」
 益田は答えた。
「カトちゃん、これどうしたらいいの?」
 側のパソコンで別の文書作成をしてたサキが、加藤に聞いた。
「センタリングしたらいいんだよ。このマークをクリクックして。あっ、こないだも美里ちゃんに聞いてたよ。早く覚えなきゃ。」
 加藤は、サキに言った。
「苦手なのよ、私。その内、覚えるわ。また、聞くかも知れないけど、怒らないでね。カトちゃん。」
 サキは、加藤の太腿を摩りながら言った。
「うん、了解です。これ終わったら、トレーニングしよう。」
 加藤はニヤけた顔で言った。
「終わったらいいわよ、サキちゃんあまり大声出さないでよ。気が散っちゃうから。」
 二人の話を聞いてた益田は言った。
「はーい、分かりました。益田さんも一緒にどうですかぁ?」
 サキは言った。
「おい、益田さん怒っちゃうよ。サキちゃん言い過ぎ。」
 加藤は言った。
「私は嫌でーす。お二人でどうぞぉ。」
 益田ははっきり自分の思いを言った。
「へへ、早く終わらそ。」
 サキは、益田の声を聞いて呟いた。
 加藤は、黙々と手直しを終えた文書を輪転機にかけて、一部づつ綴ってた。早く終わらせたかった。サキとは、トレーニングルームで、八卦掌を練習する。とても真剣に、1時間から2時間程稽古する。その後が、性欲の強い2人のお楽しみでで、シャワールームで汗を流しながら、また、別の汗を流すのである。最初は、益田は驚いたものの、姫子や美里に諭され、サキの性癖を尊重した。加藤は戸惑ってものの、割り切る事にした。逆に、サキがセックス依存症じゃないかと心配した程であった。
 空手界のエースになりかけた頃とは、想像も出来ないような日常に変わり、加藤は不思議な感覚になる事もあった。しかしながら、確実に幸せを感じてた。何のプレッシャーも無く、頑張っても二郎達には敵わない。自分の弱さに呆れてしまいそうになった。しかし、そう言った敗北感を爽やかに受け入れる事が出来た。上には上が居るのだ。そんな思いで、自分自身を鼓舞出来てる事に気がついた。益々、幸福感が沸いた。
 巧みに、身勝手に、自己中心的に犯罪を犯す人に嫌悪感が生まれた。こんな俺でも、悪人を裁いていいんだと思えた。しかし、それが、義賊的なのか、カルトなのか考える余裕は無かった。