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小説 イクサヌキズアト-9

2022-04-26 21:38:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

  壱.最小単位
 
「なんで連絡してから来ないのっ、突然来ないでよっ」

 義母は黙り込んでしまった。
 
「折角、来てくれたんだから、そんないい方しなくていいだろうが」
「突然来られるのは私嫌なの、家族だからこうやっていえるんでしょ、あんたは黙ってて」
 
 理不尽だ、何故、自分の母親にそんないい方をするのだ。恐ろしくて堪らない。
 
 別の日。
 
「家計簿ソフト買ってよ」
「えぇ、こないだフリーソフト、ダウンロードしたじゃないか」
「あれは、使いにくいのっ、使いやすいの買って来てよ」
「あのさぁ、お前の使いやすいってどんな機能なんだよ、どんな入力の仕方なんだ、具体的にいってくれないと、これまでに三つもダウンロードしたじゃないか」
「分からないわよ、簡単にできるものよ」
 
 この夫婦は時折、こんな些細なことで喧嘩が始まる。
 
「パソコンは仕事で必要に迫られて、色々調べてなんとか使ってるんだよ、お前も自分で時間作ってそうやんなきゃ」
 
 夫は妻に何か教えることを煩わしく思えてならなかった。
 
 別の日。
 
「デジカメかったから」
「なんで、三台目だろ、今までのやつは使えなくなったのか」
「充電式がいいなって思って」
「俺が買ったからか、俺は研究で必要だからかったんだよ、なんで今までのもの、使えるのに買うかなぁ」
「だって、充電式が便利だもん」
 
 夫は呆れていた。
 
「毎月の支払いが大変なの、銀行から借入して支払いをまとめようよ」
「分かったよ」
 
 妻は、必要だからといい、三社程のクレジットカードを容赦なく使い込んでいた。
 一方の夫も交際費はカード決済やキャッシングするしかなく、財布の中には常にタバコ代くらいの現金しか入っていない。
 生活費を銀行から借入するなんて、人生、負けたように思っていた。
 しかしながら、夫は踏ん張った。仕事への打ち込みを強化して、どんどん出世した。
 夫は出世したといえど、中間管理職である。これ以上の役職にはつけないのが分かっていた。
 
「俺は、これ以上稼げないぞ、二人の子も小学生なんだからお前も働けよ」
「そんなこといわないでよ」
 
 妻は現実を捉えきれてなかった。家計簿ソフトさえ使っていなかった。夫は給料や賞与が増えていくことに何の喜びを感じられなくなっていた。
 それに加え、この夫婦はセックスレスになっていた。夫は毎晩の飲酒でストレス発散をしていて、ビールでは金が嵩むと思い、安い四リットルの焼酎を買い、それをチビリチビリ飲むようになった。
 しかしながら、そんな飲酒ではストレス発散になるわけがなかった。
 
 そもそも、ストレスにはストレッサーなるストレスの元になる日々の事象が存在している。勿論、統計学的な計算で、数値化され一般的に例を上げることはできるのだか、実際は個々人によって千差万別で、参考程度のものと考える。
 したがって、ストレスを抱える者はその原因をみつけられないでいたり、誤認してしまうことは少なくない。
 そこで、ストレスを感じた時、直ぐにストレッサーはなんだったのか、ストレッサーから己を回避する手段がないか、思慮する必要がある。
 残念なことに、この夫はストレッサーの存在さえ認識しておらず飲酒しか発散する糸口としてしか考えられないようだ。
 
「今日は仕事休むよ、寝れないんだ」
「何いってんの、仕事はいきなさいよ」
 
 ある日の朝、ストレスに耐えられなくなった夫は目が虚ろで呂律も回らず、四リットルあった焼酎のペットボトルが空になっていて、そういう妻へ呆れたような目線を送った。
 
「あんた、眠らずにこんなに飲んだの、今日は休みなさい、職場には電話しなさいよ、私、仕事いってくるから」
 
 妻は夫の目線に驚き、そんな言葉を吐き捨てて、逃げるように午前中で終わるパートへ出かけた。
 
 それ以来、夫は外へ出られなくなった。
 
「お前、俺を殺す気か」
 
 夫が妻から仕事に行くように急き立てられると、そう叫んでいた。
 そういわれる妻は徐々に夫が手をつけられない存在になっていった。
 
 その夫は勿論、自分自身の両親からも半ば匙を投げられたが、孫のためだけの支援は心置きなくしてくれた。
 
 この夫は身近な人間に怖さを感じるようになった。
 人生を振り返ってみると、両親の仲違いな姿を目にし、一時期母親側に位置していると父親を悪い人間と捉えていたこと等、普通の家庭と思っていたことが崩れていった。
 そして、二人の子供の将来を考え、夫婦の関係が理解できる時期を見極めて離婚することを決意した。
 
 その後、夫は妻を遮断し、子供たちへだけには姉弟は協力し合うこと。人を比較する時は先ず、比較できるものかをよく考えること。日頃から周囲の人と話し合いをすること。その人たちの話をちゃんと聞くこと。言葉を大事にすること。言葉の使い方で誤解を招いて、上手くいくことも駄目になってしまうことさえある。等、ことある毎に話していった。
 
「父さん、家族が上手くやっていけないと、外でも上手くやっていけないってことだね」
「そうだな、上手くいけないというか、家族が上手くいってると外でも上手くいきやすいってことかな、家族は社会の最小単位だからな」
 
 夫の体調が改善し、外で働くことができるようになっても夫は妻とは距離を取り続けた。
 
 夫婦が離婚をする時、夫は子供たちに頭を下げて、家を出ていった。
 
 人はいつでも争いながら生きている。戦争の最小単位は家族のいざこざかもしれない。
 
 続



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