「それで、気を失ってた時、母親だって言う声が聞こえて来たんだ。それは恐らく、僕の頭に残ってる母親の記憶が作り出した物だと思うけど。僕の母親とほんとの父親は幼馴染みだったらしく、結果的に林田に引き裂かれたみたいなんだ。林田は金融業をしてて、ほんとの父親の実家はそこから借金した人の連帯保証人になって、酷い取り立てで、夜逃げしたらしい。そして、母親の両親は林田からの借金で自殺したって言うんだ。後は、兄貴のほんとの父親は僕の異父の父親とも言ってた。酷い話だ。」
初回のカウンセリングで、翔子と美里、サキ、加藤、特テロ室の面々が二郎の生い立ちを聞いていると、終盤に差し掛かったところで出て来た話題だった。
「人間の欲は恐ろしいなぁ。林田家は利己的過ぎる家系になってたかも知れないな。二郎はその血を継がなくて良かったよ。」
加藤が言った。
「でも、それが事実かどうか調べないと。あくまでも二郎君の記憶の中から作られたストーリーですよ。私、調べますよ。」
美里は常に冷静だ。
「こ、これは事実さ。俺らは林田家に振り回された。母さんも俺達も人生を狂わされたんだ。お前らに俺らの苦しみ、悲しみ、怒りが分かる訳ないんだ。うう、うぅ。」
二郎の顔が真っ赤になり、息遣い荒く、数人の声が重なって太い低い声が言い出した。
「あなたは、名前なんて言うの?いつから二郎君の中に生まれたの?」
翔子が思わず問いただした。
「はぁ、はぁ、二郎が産まれる前さ、はぁ、二郎の両親の遺伝子にもその恨みの記憶が刻まれてたのさ。はぁはぁ。」
翔子は言葉にならなかった。そんな事があり得ると思えない。まるで悪霊が憑依してるかのように思った。
「なるほどね。二郎君がその事実を理解出来ればあなた達も落ち着くかしら。」
美里が言った。
「そんな事、はぁはぁ、知るがぁお。はぁはぁ、うう、ゔゔ。翔子、薬打ってくれ。」
二郎か誰か、分からないが翔子は二郎の腕に注射器を刺した。沈黙が流れた。二郎の紅潮した顔、苦しそうな息遣いが徐々に治って行った。
「ありがとう。眠くなったよ。ありがとう。」
明らかに二郎だと分かる声で翔子に語り、ベッドに横になった。
「沢山喋ったから、ジロちゃん。可哀想に。こんなのが続くのかしら、私、毎日こんなジロちゃんの姿、見てられないわ。」
サキが青ざめた顔で呟いた。
「遺伝子に刻まれた記憶かぁ。まぁ、科学的には解明されてないけど、記憶は大脳辺縁系の海馬でニューロンネットとして蓄積されるから、それと記憶を想起する時は、そのニューロンネットが、神経細胞群の活動が活発になる訳だから、そこでタンパク質合成やミトコンドリアでATPが生成されて、消費されて、そんな時は遺伝情報が基になってるからね。遺伝子に記憶が刻まれるって言うのも100%否定は出来ないでしょうねぇ。」
美里が言った。
「じぁ、その母親って声が言った事がほんとに事実か、可視化した物を林田さんに提示して理解してもらうと、あの名無しの人格達を抑える事が出来るのかしら。神路さん、美里さん、私もその事を裏付け出来る物をみつけてあげたいわ。一緒にお願いします。」
大垣が美里に言った。
「二郎さんやそのお兄さん、お父さんDNA検査、出生届とか、必要になるかな。」
和久井は言った。
「二郎の兄貴とその父親は生きてると思う。兄貴は医療刑務所でその親父さんはアル中でどこかの施設入所させられたはずだけど。それにしても、二郎の兄貴とその親父さんはその親父さんは異母兄弟って事になるのか。ややこしくなって来た。頭痛が痛いよ。」
加藤が言った。
「何言ってるの頭痛が痛いなんて。加藤君、最近サキに似て来たね。まぁ構わないけど。そうよ、二郎君のお兄さん、二郎君が異父と思ってた人、この二人は異母兄弟って事になるわ。早速、その二人からDNAを採取しないと。」
美里は加藤の場違いな発言に呆れたが、益田絢子に二郎の兄の蒼一郎と異父の居場所を問い合わせた。すると、蒼一郎は医療刑務所で、異父は精神科病院に長期入院してるのが分かった。
「でも、DNAの採取って簡単に出来るかしら。」
翔子が言った。
「もしかしたら色々手続きが必要になるかも知れないから室長に確認してみます。」
鬼龍院が言った。
すると、直ぐに室長から連絡があり、蒼一郎から採取するのは難しいとの事だった。異父に関しては入院先の病院に相談次第との旨を言って来た。
「医療刑務所なら私、先輩がいるからなんとかなると思う。」
翔子が言った。
そうして、美里と鬼龍院は異父が入院してる病院に行き、宮里と辰吉は、医療刑務所へ向かった。運良くスムーズに事が運んだ。そして、益田の知り合いの民間の科捜研にDNAの照合を依頼した。すると、予想通り二郎の兄、蒼一郎と異父は親子ではなく兄弟と判明した。林田の戸籍謄本を取り寄せると、蒼一郎と異父は親子となっていた。
「複雑な家庭環境ね。家族って、人間にとって最小の社会的単位だと思うんだけど、産声を上げて、初めて社会性が育まれる環境として、ちょっとね。残念だね。」
1日空けて、2回目のカウンセリングで、調査課題を報告し合い、最初に美里が発言した。
「そうだよな。僕はこれが普通と言うか、無視されてたからね。流されるままに生きてた。もしかすると、母親の卵子と父親の精子が受精して、子宮に着床した頃から僕は解離するように育って行ったの知れないな。」
二郎は、落ち込みながらも理性的にその事実を捉えようとしていた。
「二郎君、大丈夫?何か気分に変化はない?」
翔子は二郎を気遣った。
「今のところ大丈夫だよ。ありがとう。」
翔子に言った。
「私、一昨日、終わった後に考えたのですが、林田さんの実のお母様、お父様、そして、林田家のお墓参りをするって言うのはどうでしょう?墓前でこれまで辛かった事を報告して、今は入院されてますけど、回復されたら二郎さん、また、医師として、防犯に関しても活躍なさると思うんです。そうやって社会貢献出来てる事を感謝を込めてご報告するとどうでしょう?」
特テロ室の大垣が言った。
「それ良いアイディアですね。二郎君は、二郎君と歌音、一文字さん、シンジ君、アヤナミ、佐助の6人格は色々な事を乗り越えて来れたから、墓前でそうする事で他の人達が落ち着くかもしれないね。」
翔子が大垣の意見を聞いてそう言った。
「じゃあ、徹底的に掘り下げてみませんか?二郎君のほんとうのご両親、林田家の歴史を。」
美里が新たな提案をした。
「お願いします。」
一瞬、声だけ二郎から歌音に代わった。
「今、歌音だよね。出て来れたんだ。二郎君回復してる兆候だよね。」
翔子は、その一言を嬉しく感じた。早く、みんなに会いたいと思った。二郎の事が人として、男性として好きだと意識してた自分だったが、他の5人と会えないで居ると、みんなの事も同じように好きなのかも知れないと不思議な感覚に包まれた。
「あぁ、みんな無事だよ。歌音が少しだけ出てくれたよ。世話好きだから。シンジ君と佐助は身体動かしたがってるけどな。アヤナミに宥められてるよ。」
二郎は申し訳なさそうな表情をした。
「そうなんですね。二郎君の脳はなかなか休めないですね。だから、お墓参りはもう少し時間を置いた方がいいかしらね。」
美里が優しい表情で言った。
「であるならば、善は急げで組み分けして、林田家と二郎のお母さん、そして、実の父親の調査をせねば。」
加藤はふざけてるのか、真面目か分からない。余り面白くないようだ。
「じゃあ、私とカトちゃんはジロちゃんのお母さんを調べるわ。」
サキは加藤が美里に怒られるのが気に障るのを気づいてそう言った。
「私は美里さんと和久井さんとで林田家を調べたいのですが。」
大垣も美里の厳しさを感じて無難な人選をした。
「分かりました。実の父親は、宮里さんと辰吉さん、鬼龍院さんでお願いします。」
美里はあっさり言った。
「はい、承知しました。」
宮里は言葉数少なく早く答えた。
「みなさん、お手数おかけします。宜しくお願いします。僕はしっかり休んで、しっかり食べて身体の回復に集中します。」
二郎もみんなを気遣った。翔子は大人しくしてた。
早速、八人は保護室を出て行った。
「サキの姉ちゃんは怖いね。だんだん苦手になって来たよ。」
加藤は駐車場に停めてたホンダN360にサキと一緒に乗り込み、エンジンをかける前に愚痴を漏らした。
「しょうがないわよ、頭いいんだもん。だから、あんたの事、気を遣って組んだのよ。カトちゃん、そろそろ美里の事慣れなさいよ。ジロちゃんにも気を遣わして。」
加藤はサキにも怒られた。
「はーい、分かりました。でも、いつも通りで居ようって思ってるんだ。俺が二郎に気を遣うと余計に二郎に悪いなって思ってね。俺と二郎の友情はそれだけ固い絆で結ばれてると思うんだ。頑張って調べよう。出発進行ぉ。」
加藤はそれなりに言い訳して自慢のクラシックカーを走らせた。
加藤とサキは、先ず、二郎の母親が住んでいた場所へ向かった。閑静な住宅街で碁盤の目のように区画された中流階級の家族が多く住んで居る地域だった。真新しい一軒家や賃貸のアパートは見られなかった。しかしながら、遊具が古くてさほど広くもない公園では、子供達がブランコや滑り台、砂場で遊んだ形跡はある。また、丁度中央辺りは、歩道が幅広く取られた『ポプラ通り』と言う名の八百屋や肉屋、飲食店が並ぶ小じんまりとした商店街になっていた。
「すみません、お尋ねしたい事があるのですが?」
客足が落ち着き、野菜の陳列を整えている八百屋の店主らしき中年男性にサキは、二郎の実の母親である林田久美子の事を尋ねた。
「久美ちゃんか、残念な人生だったな。両親も心中して、久美ちゃんも大輔が自殺した後に後を追ったんだよな。俺もあの2人とは幼馴染みなんだ。大輔は、久美ちゃんとよく一緒に遊んでたよ。あの2人が遊んでると、なかなか俺らは間に入れなくなってな。ヤキモチ焼く奴も居たよ。俺は、微笑ましく思ってたけどな。うん、羨ましかったな。」
八百屋の店主は、二郎のほんとうの両親が幼馴染みだった事を教えてくれた。そして、林田家の会社は、取り立て方が恐しく、悪評高かった事も話してくれた。それと、母親の旧姓が『四ツ谷』だった事も教えてくれた。
「久美子は、ひとりっ子だったけど、両親に厳しく育てられてね。決して虐待ではなかったわよ。愛情を持って、人として全うに生きて行けるように、特に、久美子のお母さんは、家事全般を教えてたみたい。久美子は小四の頃から1人で台所に立ってた。私は、どうしても親子丼が食べたくて、久美子が作ってくれたわ。うちは肉屋だから良い鶏肉持っててね、作ってもらったの。ほんとに美味しく作ってくれたものよ。」
肉屋の割腹が良く威勢がある久美子の2歳歳上の女将が話してくれた。そして、両親の仕事に関する事を尋ねると、久美子の父親が営んでたパン屋の暖簾分けをした『ベーカリー48』に弟子だったパン職人が居ると紹介された。
「ごめんください。ここは、パン職人の四ツ谷さんから暖簾分けしたお店なんでしょうか。」
自動ドアを抜けるとレジで開店からお昼時までの売れ上げの計算と、レジの中のお金の整合性を合わせてる。若い女性店員さんが居た。
「は、はい、確か、先代は『四ツ谷』から暖簾分けしてもらったって言ってます。この写真を見ると分かりますよ。」
その店員さんは、思いもよらない質問に戸惑ったが、レジ奥の棚に並べられた写真に掌を指し示した。
「先代、奥に居ますけど呼びますか?」
店員さんは笑顔でそう言い、厨房に入って言った。
店内は、パンの良い香りが漂っていて、フランスのバケットやブール、イタリアのフォカッチャ、チャバタ、ドイツのヴァイスブロートやセーレン等、ヨーロッパの美味しいそうなパンが並んでた。アンティークな内装がそれらのパンを引き立てていた。
「いらっしゃいませ。あれ、思ったよりお若いお客様ですね。私の師匠の事を話題に出すって聞いて、てきっきり同世代の方々と思ってましたが。」
暖簾分けの許可をもらい、ここを最初に開店させた60代くらいの男性が出て来た。
「実は私達、四ツ谷久美子さんの事を調べてまして、その久美子さんとご両親の事もご存じな方がいらしたら、一度、お話を伺いたいと思いまして。」
サキは珍しく丁寧にその男性へ話しかけた。
「久美子さんの息子にあたる僕らの友人が、心を病んでしまって入院してるんです。心臓が止まりかけるまで悪化したんだけど、その時に母親の声が聞こえて、助かったとかで、彼にお母さんの生い立ちを教えてあげる事でもっと病状が良くなると、聞かされて、お伺いした次第です。」
加藤も冷静、かつ、その男性が話してくれるように誠意を見せた。
「はい、お嬢さんのご子息が病気を患ってて。私で良ければ、お役に立てるのでしたら。」
この、初老の男性は、店内の端にある四人がけのテープルに加藤とサキを案内して、フォカッチャとセーレンを輪切りにして、コーヒーと一緒に持ってきてくれた。
「話しが長くなりそうですね。パンでもつまみながらにしましょう。」
その男性は加藤とサキが真剣に問題解決に取り組もうとしている姿を見てそう言い、3人で席に着いた。
「橋爪と言います。宜しくお願いします。」
橋爪は優しい表情で自己紹介した。
「すみません、私から先に名乗るべきでした。神路サキといいます。」
サキは襟を正して名乗った。
「私は、加藤志水(しみず)です。」
緊張を隠せずにいた。
「四ツ谷のお師匠さんは、仕事はとても厳しい人でしたが、私を怒鳴ったりとかしない優しい人でした。何度か私が上達するまで徹夜してくれましたよ。お陰様でこうやって店を構える事が出来ました。」
橋爪は、二郎の祖父母にあたるパン職人としての師匠を感謝する言葉から話し始めた。その祖父母が自殺するきっかけになった出来事を涙ぐみながら話してくれた。
それは、祖父がまだ独身の頃フランスにパン職人の修行に行った時、同僚だったイタリア人が日本へやって来て、その人が日本で店を出すと嘘をつき、金を騙し取られたのである。その金は、林田家の金融会社から借りた金だった。そして、店を畳まなくてはならない状況になり自殺してしまったと言う経緯だった。そして、その連帯保証人が二郎の実父の両親だった事、二人の遺書には娘である久美子をその実父の家で面倒を見て欲しい事が書かれていた事、しかし、実父の家は酷い取り立てを受けてそんな余裕がなかった事が分かった。
「私はその頃、お師匠さんから暖簾分けさせてもらったばかりで、そんな窮地に立たされてるなんて知らなかったんです。お師匠さんは、私にまで迷惑かけられないって思ったんでしょうね。お嬢さんにも申し訳ない事をしました。私の人生の中で悲しくもあり、悔みきれない出来事です。お嬢さんが林田家に引き取られて、何度かお会いして話しをしたのですが、お嬢さんはこのままで構わない。お師匠さんのパンを作り続けて欲しいって事しか言いませんでした。ほんとにあの頃の私は力不足で。でも、長男さんが出来たって聞いて、何とかお嬢さんは普通の人並みの人生を送って行けるかもって思ったんですがね。お師匠さんご夫婦、お嬢さんに関しては、私がお話しできるのはこれくらいでして。」
橋爪はそう言うと数分間泣きじゃくった。
「ありがとうございます。橋爪さんにとってお辛い事ですね。お話し下さってありがとうございますます。感謝いたします。」
まだ泣き止まない橋爪の背中て手を当ててサキは言った。
「橋爪さん、確認させて下さい。お師匠さんを騙したのはイタリア人なんですね。シチリア島が出身地とかではなかったですか?」
加藤は、その謎のイタリア人の事が胸に引っかかり、そんな事まで聞いた。
「すみません、そこまでの事は存じ上げません。」
橋爪は答えた。
「私達、益田防犯研究所で働いてまして、以前、イタリア人も関わる調査案件があったものですから。」
加藤は、あそこまで踏み込んだ質問の理由を告げた。
「お2人は、防犯に関わるお仕事を。是非、詐欺対策も宜しくお願いします。私のお師匠さんもそうですけど、詐欺の被害は被害者が表沙汰にしないのが多いなんてききますから。」
2人を頼もしく感じ橋爪は言った。
「分かりました。研究所に持ち帰って所長と検討します。」
サキは言った。
こうして、二郎の実母である旧姓、四ツ谷久美子の生い立ち、林田家と実父との関係性を知った加藤とサキは、林田家の傲慢な会社経営があらゆる人を困らせたのだろうと考え、橋爪にお礼をし、『ベーカリー48』を後にした。帰り際、橋爪は二郎に食べさせて欲しいと、バケットとプール、ヴァイスプロートを持たせてくれた。
「何だか、3つが繋がりそうだぞ。」
橋爪からもらった香ばしいパンの香りが流れる車内でハンドルを握る加藤はボソッと呟いた。
「うん、繋がりそうね。それとこの三家にはお金の貸し借り以外に何かありそうだよ。そんな気がする。」
サキは硬い表情で助手席に居て窓の外を眺めてそう言った。外は相変わらず、街の明かりが心を落ち着かす夜空の静けさを隠していた。
「お疲れ様です。美里さん。二郎の母親の件、色んな事が分かりました。」
サキに食事を誘われ神路の家に上がった加藤が先に自宅に戻ってた美里に機嫌を損なわせないように真面目な口調で話した。
「繋がりがあった?林田家、四ツ谷家、そして二郎君の実父、金山家は。」
美里はいつも通りの冷静さで加藤に言った。
「はい、仰る通りで。この三家が歪んだ関係性になったのは、四ツ谷の人達がイタリア人に金を騙し取られた事が発端だったようです。」
加藤はその美里の普段遣いの声に安心して答えた。
「えっ、イタリア人。何だか因縁めいてる。」
美里は一瞬怒りの表情を見せた。
「林田家は80年代のバブル景気から狂い始めたようです。一族内でも争いがあったらしいです。確かに残忍な生業になってしまったようですが、バブルが弾けた弊害です。」
美里は直ぐに冷静を取り戻し加藤に言った。
「バブルですか。人間、大金を簡単に手にして、その運用が上手く行かないと狂ってしまうんですかね。」
加藤はやりきれない思いを隠せなかった。
「そうなんです。バブル景気が好調な時までは、林田家と四ツ谷家、金山家はとても良い関係だったようです。なので、元々は悪人じゃなかったはずです。資本経済、未熟な民主主義の弊害と言っても言い過ぎではないと思います。」
美里と調査した和久井が言い加えた。その側に居た大垣も虚しい顔で相槌を打った。
「金山家も悲しいヒストリーなんだろな。宮里さん達は調査進んだかな。」
加藤は珍しく暗い雰囲気を出してそう言った。
「はいはい、みなさん辛気臭いですよ。唐揚げはレンチンしたけど、チャーハンとワカメスープは私のお手製よ。晩ご飯にしよ。さぁ、暗くならないの。」
真っ直ぐキッチンに篭ったサキが美味しそうな匂いも一緒に料理を運んで来た。
「この後、運転しない人はビールとスプマンテもありますよ。私は呑みまぁす。」
サキは、テンションを上げてきた。
大量な料理にみんなは驚いたが暗い気持ちを払拭するように鬼龍院と辰吉は缶ビールを空きっ腹に流し込み、大垣とサキ、美里は底から泡立つワイングラスを片手に笑顔を見せて、和久井と加藤は炭酸水をガブ飲みして料理を食べ始めた。
「サキさん、美味しいです。チャーハン。これならスパークリングに合いますね。」
大垣は満面の笑みで言った。
「大垣がそんな顔するの久し振りだなぁ。癒されるよ。」
和久井をはじめ、特テロ室の面々も笑顔になった。
翌日、3組に分かれて調査した内容を報告するために、二郎の保護室に集まった。
「みなさん、お久し振りです。ご心配おかけしまして、だいぶ回復して来ました。とりあえず、今日は私が1日過ごす事になりました。」
少し窶れた歌音がベッドに腰掛けていた。
「あぁ、良かったねぇ。歌音さん。順調だね。」
サキは直ぐに言葉をかけた。
「ありがとうございます。みなさんのお陰です。みなさんの心が私達に活力を与えて下さってますよ。」
歌音は真心でお礼を言った。
「私達には、歌音さん達が必要なんですから、絶対にいて欲しい仲間なんですから。」
美里が笑顔で言った。
「ほんとに感謝です。夕べ、1度づつみんなが出て来てくれたんです。そして、相談して1日毎に1人づつ二郎君と代わろうって事になって、名無しさん達も少しは落ち着いて来たようで、1人は眠りに着いたようです。」
翔子も若干窶れてるも、嬉しそうにした。
「それでは、調査報告を始めますか。」
早速、美里が話し始めた。そして、加藤も報告した。
「二郎さんの実父の金山有蔵さんは、四ツ谷久美子さんと幼馴染みで、よく一緒に遊ばれてたそうです。それで、林田大輔さん、異父の方ですが、大輔さんも久美子さん、有蔵さんと幼馴染みだったそうです。年齢が4歳上なのですが、お2人が公園で遊んでたりすると、駄菓子屋に連れて行ってお菓子を奢ってあげてたようです。お兄さん的存在だったみたいです。ですが、有蔵さん達が小学校入学した時は、高学年で年齢差は勿論ですが、体力差も離れ過ぎてますので、殆ど一緒になる機会は無くなったみたいです。これは、自然の流れですね。同時に、それぞれのご両親達の関係性にもひびが入ってき始めたとの事です。金山さんの奥様、明美さんは今でもご健在で老人施設に入所されてました。膝を患って、大腿骨の骨折とかで体力が著しく低下して車椅子生活をなさってました。ですが、認知症は持たれておらず、しっかりなさってました。やはり、バブル景気が私達を狂わせたと仰ってました。」
金山家を調査した宮里が淡々と報告した。
「歌音さん、林田家と四ツ谷家、金山家は当たり前のような近所付き合いをしてて、お互い助け合ったりとか出来てたと思います。バブル景気の弊害でお互いの関係を悪くして、お互いが対立するようになったのだと私は考えます。ですから、そもそもの原因は資本経済が生み出したバブルが、今もそうだと思いますが、この国の未熟な民主主義の思想がこのような悲劇を生んでしまったと考えます。このようにご自分の心に落とし込む事で名無しの人格を統合する、若しくは、コントロールする事が出来るようになる糸口になって行けたらと思います。いかがでしょうか?」
美里は誠実に調査報告をまとめて、6人格の今後に対して提案した。
「みなさんありがとうございます。私達は、こうなる定めだったのかも知れません。ですが、後悔は微塵もありません。この世に生を受けて気がつくと、こうやって生きて来た訳ですから、後は体力が回復すると以前のような生活が送れると思います。そして、私達の祖母が生きてるとの事ですから会いたいと思います。それとお墓参りもしてみます。ほんとに今回はありがとうございました。」
歌音は納得いく調査結果に感謝し、生き方に関してはこれまで通り6人格を保つ事、二郎は医師の仕事を辞める事、益田防犯研究所の仕事を本業にする事をみんなに告げた。
2週間後、二郎達は退院した。