K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説 オールドストーリー

2020-03-31 14:14:00 | 小説



①誕生

地球上で、我々の先祖である霊長類が出現したのは約6500万年前と言われてる。そして、アフリカ大陸中央部のチャドで約600万年から700万年前と推測される人類の頭蓋骨が発見された。
 そして、哺乳類の多くは、雄と雌、男性と女性と言った性別があり、その異性が生活を共にする事で新しい命が誕生する事実が生じた。
 人は、直立二足歩行を獲得し、他の動物と比較するとユニークな脳の発達が可能になった。遺伝情報は、その枠組みくらいの情報しか持たないものの、この重力下環境の基、運動発達と共に脳を構成する神経細胞のストラテジーは個性的になった。また、社会環境や教育環境で脳は可塑的変化を持てるまでに進化した。
 そして、直立の姿勢では、胸部、腹部が視界に入り、股関節が伸展位保持するため、男女の性器も身体の前面に移動し、それらが男女のセックスアピールともなり、愛情が生まれた。男女が見つめ合い、胸部、腹部、性器を視覚的に捉える事で愛情が湧き上がるようになった。更には、言語化が可能となり、愛情表現は様々な像(かたち)を現した。
 しかし、現在に至っても、この進化は、失敗であった事を誰もが疑わず、当たり前かのように捉え、疑問すら持たない事態となってしまった。
 地球に生命体が誕生したのは、大気中の二酸化炭素、窒素、水が火山活動からの雷、いわゆる電気刺激と、太陽光線からの光刺激がアミノ酸や核酸塩基、糖と言った生命の材料である有機物を作り出したのが始まりで、単細胞生物が誕生した。その中のシアノバクテリアはクロロフィルで、光、二酸化炭素、水を利用して光合成し、酸素を発生させた。また、その増加した酸素の一部は雷との反応でオゾンとなり高度約25km上空にオゾン層を作り出した。すなわち、地球上の大気の酸素濃度が増え、太陽光からの紫外線照射が減少したのだ。 
 このように大酸化事変により、地球上の環境が劇的に変化し、多くの生物は、酸素から有害な恩恵を受ける結果となるが、酸素を上手く利用して生命活動を営むプロテオバクテリアが現れた。このバクテリアは、様々な真核生物に共生し、細胞小器官であるミトコンドリアとなった。
 ミトコンドリアは、細胞小器官にも関わらず、独自のDNAを持ち、ATPの生成以外にも細胞のアポトーシスや諸生命活動に重要な役割りを果たしている。例えば、ヒトの肝臓、腎臓、骨格筋、脳等、代謝が活発な細胞には数百、数千のミトコンドリアが存在し、細胞質の約40%がそれで、また、全身の体重の10%がミトコンドリアとも言われている。
 言い換えれば、地球上の大酸化事変がミトコンドリアの重要性を高め、多くの生命体はそれと共生せざるを得なくなった。したがって、元々、バクテリアの一種であったミトコンドリアがカラダの中で独自に活動し始めると多くの生命体がそれぞれのカラダを乗っ取られる事が懸念され、『パラサイト』として小説や映画に取り上げられたのだった。
 実は古の地球上に誕生したミトコンドリアは、好んで共生の道を選んだ訳ではなかった。古代の生命体は、我々が解明出来ない手段でコミュニケーションを取っていた。現在の学者でも細胞は意志を持つと主張する者もいる。
 ミトコンドリアを自分のカラダに取り込み、進化した節足動物が誕生した。共生ではなかった、命を繋ぐ手段でミトコンドリアの意識に反し取り込んだのだった。
 そのカラダは、紫外線の影響から全体は黒色で、眼は触角のように色んな方向に動き、眼腕は自由に伸び縮みする。これは、顔の位置が地面に近いからで遠方の敵や捕食対象を視覚的に捉えるよう発達した。また、その根元は蟷螂のような中央が最も厚みを帯びた逆正三角形の2つの上角に付いている。そして、下方に一角は横に広がる2つの牙が開閉し他の生命体を捕食する。特に、一定の生物を捕食する訳ではなく、時には共喰いさえしてしまう。その牙の後ろ側に綺麗な二等辺三角形のカラダが頭の6倍くらいの長さまで伸び、色合いからもステルス戦闘機の横幅を縮め、中心に膨みがある。
 移動の仕方は、前肢の先が2本の鉤爪になっていて二軸性の関節になっていて、広げると二等辺三角形のカラダと同じ長さで、その中央に一軸性の関節が見られる。そして、後肢は、それの倍以上の長さだか、同じように中央に一軸性の関節が存在する。よって、カラダの尾側が重く、長い後肢でカラダを支え、前肢は口の近くに被捕食生物を見つけると鍵爪で捉え、牙に運ぶ役割りとなっている。したがって、カラダ全体の重心を後方に位置させ長い後肢を細かく動かして、前肢は進行方向にあるものを識別するように、テクスチャーを探っている。普段は速いスピードで移動出来ないものの、危機的状況下や遠方に捕食対象をみつけると、後肢の脚力でジャンプし、そこから逃避したり、対象生物を捕らえるのだ。我々が知る昆虫に例えると、羽がなく空を飛べない、蟷螂が四つ脚で地面を這うように移動し、時には後肢でジャンプし遠くへ移動すると言った印象だ。そこで、呼び名をここでは黒さと顔、カラダ、四肢が三角形を作ってるように見える事から『クロサンカク』と名付ける。
 一方、ミトコンドリアを避けた生命体がいた。それらは、クロサンカクより大きなカラダを持つ哺乳類で、光合成と解糖系でエネルギーを産出していた。したがって、日光が当たる面積を広くするため、カラダの大型化が必要だった。特に、空へ向かって縦へ伸び、後肢は下肢となり前肢は上肢となった。まるでヒトのような見た目である。クロロフィルが体表を覆いその上、水分量が全身の85%以上を占め、ゼリーのような、グミのような透明感がある。しかし、骨や内臓等は透けている訳ではない。それと女性である。いや、性別が無いのだ。加えて、感覚-知覚-運動過程が確立し大きな眼と手の協調動作、更に、左右の手の合目的的な協応動作が可能である。これは、ヒトのように頭の位置が上方にあり、視界が広がり、両手をカラダの中央で使うようになり、更に、平衡感覚も発達し、脳活動が増加したからであった。それに反して、鼻は、左右の眼の間の下に2つ小さな孔があり、口も小さい。ここでは、『グリフィル』と名付ける。
 さて、ミトコンドリアを細胞に取り込んだクロサンカクは、どのような進化を遂げたのか。先ず、脚力が増しジャンプする距離が増した。その時に前肢を広げ方向を調整するようになり、コウモリのような羽が前肢から脇腹の間に生えて来た。そのため、地面での移動がし辛くなり、木の上や絶壁の飛び出した岩の上で過ごす事が多くなった。高い位置に身を置き、眼腕を伸縮させる必要がなくなったが、眼球が大きくなった。低い位置に居る捕食対象を視覚的に捉えるためだ。
 また、繁殖期には雄が雌と交尾した後、雄は射精眠、いわゆる冬眠のような状態に入る。これは、雄の射精にはかなりの体力が必要で、その後は空を飛んで移動する事が出来なくなる。よって、力つき他の生物に食べられてしまうか、死に尽きて土へ帰ると言う状況に陥る。したがって、意中の雌をみつけると、求愛行動を取りながら3日かけて地面に穴を掘り寝床を作る。そして、出会って4日目に1日かけて交尾する。その後、掘った穴に埋まり3ヶ月間仮死状態になるのだ。中には雌に見染められない雄もいたりと、クロサンカク達は、身を守る備えが優れてるか否かを基準に遺伝子を残しているようだ。
 交尾を終えた雌は、数体の雌同士で木の上に巣を作り、出産を待つ。約40日後に子を産み、その雌から食料調達役や敵からの防衛役を担い、新しい命を育んでいく。基本的には1体しか出産出来ないため、子が巣立ちする約半年間は、雌同士巧みな連携を取る。しかしながら、互いの出産のタイミングが悪いと、バランス良い役割分担が出来ないため、全滅の可能性が高まる。正に弱肉強食である。とは言え、雄よりは産前産後の雌は体力がある。だが、産まれてすぐの子にも自分達と同じ物を食べさせなくてはならず、『攻め』と『守り』の雌達の協力体制は必須である。
 一方、ミトコンドリアを拒絶したグリフィルの繁殖期は、性別が女性のみで、かつ、捕食対象がなく水分を口から補給すれば充分な訳だから、ただ、水が豊富でカラダを隠せる緑が生い茂る場所、更には、酸素が薄い環境に限定されてしまう。しかしながら、光合成で酸素を大量に産生する森には身を隠せず、主に、湿気が多く苔が茂った場所が選ばれる。グリフィルにとってそのような環境は個体数と比し少ないため、一生涯繁殖活動が出来ない個体が少なくは無い。それらは、自分のカラダを食料として繁殖行動をするグリフィル達に自ら提供する。それは、雨量が極端に少ない場合に限るが、種の保存に対して懸命な思想を持っている。
 また、グリフィルの体内には、ヒトで言う精巣と卵巣を持ち合わせていて、光合成が秀でた機能を備えた個体が母親となる。そして、その優れた光合成を発揮出来る個体には、3体のグリフィルが付き、4体で生殖行動、子育てをしていく。
 生殖行動は、先ずはグリフィルの生殖器はヒトの形に似ており、膣があり子宮まで繋がっている。そして、母親になれない個体は、陰核が勃起し、ヒトの男性器のように膣へ挿入し精子を射精する。要するに、1個体のグリフィルに3個体のグリフィルが勃起した陰核から子宮へ精子を放出する。この行為はヒトとは違い瞬時に終える。そして、精子を受けたグリフィルは、3つの卵子に精子を受精させ子宮壁に24時間以内に着床させる。これで生殖活動は終了となる。そして、約90日後に出産する。確実に3体の子が産み落とされる。100%の出生率である。
 子を産んだ母親は乳房が産前の約2倍にまで肥大し、乳首と乳輪の色が新生児が見分け易い真っ白に変わる。因みに母乳の色はクリアグリーンである。そして、1月程度授乳し、3体の子に優れたクロロフィルが引き継がれ、2月目から光合成が可能となり水を飲み始め、1歳になると、親と同じ身長になり親離れする。
 こう言った生命体が地球の奇跡的な環境から誕生した。しかし、その後、恐ろしい事態が偶然なのか、必然なのか、誰もが判断し得ない事が起こってしまう。

つづく
次回、最終話『争いの果てに』


僕らは崩壊するのか?再生出来るのか?③

2020-03-21 01:13:00 | 小説


 Dissociator Chronicle

「それで、気を失ってた時、母親だって言う声が聞こえて来たんだ。それは恐らく、僕の頭に残ってる母親の記憶が作り出した物だと思うけど。僕の母親とほんとの父親は幼馴染みだったらしく、結果的に林田に引き裂かれたみたいなんだ。林田は金融業をしてて、ほんとの父親の実家はそこから借金した人の連帯保証人になって、酷い取り立てで、夜逃げしたらしい。そして、母親の両親は林田からの借金で自殺したって言うんだ。後は、兄貴のほんとの父親は僕の異父の父親とも言ってた。酷い話だ。」
 初回のカウンセリングで、翔子と美里、サキ、加藤、特テロ室の面々が二郎の生い立ちを聞いていると、終盤に差し掛かったところで出て来た話題だった。
「人間の欲は恐ろしいなぁ。林田家は利己的過ぎる家系になってたかも知れないな。二郎はその血を継がなくて良かったよ。」
 加藤が言った。
「でも、それが事実かどうか調べないと。あくまでも二郎君の記憶の中から作られたストーリーですよ。私、調べますよ。」
 美里は常に冷静だ。
「こ、これは事実さ。俺らは林田家に振り回された。母さんも俺達も人生を狂わされたんだ。お前らに俺らの苦しみ、悲しみ、怒りが分かる訳ないんだ。うう、うぅ。」
 二郎の顔が真っ赤になり、息遣い荒く、数人の声が重なって太い低い声が言い出した。
「あなたは、名前なんて言うの?いつから二郎君の中に生まれたの?」
 翔子が思わず問いただした。
「はぁ、はぁ、二郎が産まれる前さ、はぁ、二郎の両親の遺伝子にもその恨みの記憶が刻まれてたのさ。はぁはぁ。」
 翔子は言葉にならなかった。そんな事があり得ると思えない。まるで悪霊が憑依してるかのように思った。
「なるほどね。二郎君がその事実を理解出来ればあなた達も落ち着くかしら。」
 美里が言った。
「そんな事、はぁはぁ、知るがぁお。はぁはぁ、うう、ゔゔ。翔子、薬打ってくれ。」
 二郎か誰か、分からないが翔子は二郎の腕に注射器を刺した。沈黙が流れた。二郎の紅潮した顔、苦しそうな息遣いが徐々に治って行った。
「ありがとう。眠くなったよ。ありがとう。」
 明らかに二郎だと分かる声で翔子に語り、ベッドに横になった。
「沢山喋ったから、ジロちゃん。可哀想に。こんなのが続くのかしら、私、毎日こんなジロちゃんの姿、見てられないわ。」
 サキが青ざめた顔で呟いた。
「遺伝子に刻まれた記憶かぁ。まぁ、科学的には解明されてないけど、記憶は大脳辺縁系の海馬でニューロンネットとして蓄積されるから、それと記憶を想起する時は、そのニューロンネットが、神経細胞群の活動が活発になる訳だから、そこでタンパク質合成やミトコンドリアでATPが生成されて、消費されて、そんな時は遺伝情報が基になってるからね。遺伝子に記憶が刻まれるって言うのも100%否定は出来ないでしょうねぇ。」
 美里が言った。
「じぁ、その母親って声が言った事がほんとに事実か、可視化した物を林田さんに提示して理解してもらうと、あの名無しの人格達を抑える事が出来るのかしら。神路さん、美里さん、私もその事を裏付け出来る物をみつけてあげたいわ。一緒にお願いします。」
 大垣が美里に言った。
「二郎さんやそのお兄さん、お父さんDNA検査、出生届とか、必要になるかな。」
 和久井は言った。
「二郎の兄貴とその父親は生きてると思う。兄貴は医療刑務所でその親父さんはアル中でどこかの施設入所させられたはずだけど。それにしても、二郎の兄貴とその親父さんはその親父さんは異母兄弟って事になるのか。ややこしくなって来た。頭痛が痛いよ。」
 加藤が言った。
「何言ってるの頭痛が痛いなんて。加藤君、最近サキに似て来たね。まぁ構わないけど。そうよ、二郎君のお兄さん、二郎君が異父と思ってた人、この二人は異母兄弟って事になるわ。早速、その二人からDNAを採取しないと。」
 美里は加藤の場違いな発言に呆れたが、益田絢子に二郎の兄の蒼一郎と異父の居場所を問い合わせた。すると、蒼一郎は医療刑務所で、異父は精神科病院に長期入院してるのが分かった。
「でも、DNAの採取って簡単に出来るかしら。」
 翔子が言った。
「もしかしたら色々手続きが必要になるかも知れないから室長に確認してみます。」
 鬼龍院が言った。
 すると、直ぐに室長から連絡があり、蒼一郎から採取するのは難しいとの事だった。異父に関しては入院先の病院に相談次第との旨を言って来た。
「医療刑務所なら私、先輩がいるからなんとかなると思う。」
 翔子が言った。
 そうして、美里と鬼龍院は異父が入院してる病院に行き、宮里と辰吉は、医療刑務所へ向かった。運良くスムーズに事が運んだ。そして、益田の知り合いの民間の科捜研にDNAの照合を依頼した。すると、予想通り二郎の兄、蒼一郎と異父は親子ではなく兄弟と判明した。林田の戸籍謄本を取り寄せると、蒼一郎と異父は親子となっていた。
「複雑な家庭環境ね。家族って、人間にとって最小の社会的単位だと思うんだけど、産声を上げて、初めて社会性が育まれる環境として、ちょっとね。残念だね。」
 1日空けて、2回目のカウンセリングで、調査課題を報告し合い、最初に美里が発言した。
「そうだよな。僕はこれが普通と言うか、無視されてたからね。流されるままに生きてた。もしかすると、母親の卵子と父親の精子が受精して、子宮に着床した頃から僕は解離するように育って行ったの知れないな。」
 二郎は、落ち込みながらも理性的にその事実を捉えようとしていた。
「二郎君、大丈夫?何か気分に変化はない?」
 翔子は二郎を気遣った。
「今のところ大丈夫だよ。ありがとう。」
 翔子に言った。
「私、一昨日、終わった後に考えたのですが、林田さんの実のお母様、お父様、そして、林田家のお墓参りをするって言うのはどうでしょう?墓前でこれまで辛かった事を報告して、今は入院されてますけど、回復されたら二郎さん、また、医師として、防犯に関しても活躍なさると思うんです。そうやって社会貢献出来てる事を感謝を込めてご報告するとどうでしょう?」
 特テロ室の大垣が言った。
「それ良いアイディアですね。二郎君は、二郎君と歌音、一文字さん、シンジ君、アヤナミ、佐助の6人格は色々な事を乗り越えて来れたから、墓前でそうする事で他の人達が落ち着くかもしれないね。」
 翔子が大垣の意見を聞いてそう言った。
「じゃあ、徹底的に掘り下げてみませんか?二郎君のほんとうのご両親、林田家の歴史を。」
 美里が新たな提案をした。
「お願いします。」
 一瞬、声だけ二郎から歌音に代わった。
「今、歌音だよね。出て来れたんだ。二郎君回復してる兆候だよね。」
 翔子は、その一言を嬉しく感じた。早く、みんなに会いたいと思った。二郎の事が人として、男性として好きだと意識してた自分だったが、他の5人と会えないで居ると、みんなの事も同じように好きなのかも知れないと不思議な感覚に包まれた。
「あぁ、みんな無事だよ。歌音が少しだけ出てくれたよ。世話好きだから。シンジ君と佐助は身体動かしたがってるけどな。アヤナミに宥められてるよ。」
 二郎は申し訳なさそうな表情をした。
「そうなんですね。二郎君の脳はなかなか休めないですね。だから、お墓参りはもう少し時間を置いた方がいいかしらね。」
 美里が優しい表情で言った。
「であるならば、善は急げで組み分けして、林田家と二郎のお母さん、そして、実の父親の調査をせねば。」
 加藤はふざけてるのか、真面目か分からない。余り面白くないようだ。
「じゃあ、私とカトちゃんはジロちゃんのお母さんを調べるわ。」
 サキは加藤が美里に怒られるのが気に障るのを気づいてそう言った。
「私は美里さんと和久井さんとで林田家を調べたいのですが。」
 大垣も美里の厳しさを感じて無難な人選をした。
「分かりました。実の父親は、宮里さんと辰吉さん、鬼龍院さんでお願いします。」
 美里はあっさり言った。
「はい、承知しました。」
 宮里は言葉数少なく早く答えた。
「みなさん、お手数おかけします。宜しくお願いします。僕はしっかり休んで、しっかり食べて身体の回復に集中します。」
 二郎もみんなを気遣った。翔子は大人しくしてた。
 早速、八人は保護室を出て行った。
「サキの姉ちゃんは怖いね。だんだん苦手になって来たよ。」
 加藤は駐車場に停めてたホンダN360にサキと一緒に乗り込み、エンジンをかける前に愚痴を漏らした。
「しょうがないわよ、頭いいんだもん。だから、あんたの事、気を遣って組んだのよ。カトちゃん、そろそろ美里の事慣れなさいよ。ジロちゃんにも気を遣わして。」
 加藤はサキにも怒られた。
「はーい、分かりました。でも、いつも通りで居ようって思ってるんだ。俺が二郎に気を遣うと余計に二郎に悪いなって思ってね。俺と二郎の友情はそれだけ固い絆で結ばれてると思うんだ。頑張って調べよう。出発進行ぉ。」
 加藤はそれなりに言い訳して自慢のクラシックカーを走らせた。
 加藤とサキは、先ず、二郎の母親が住んでいた場所へ向かった。閑静な住宅街で碁盤の目のように区画された中流階級の家族が多く住んで居る地域だった。真新しい一軒家や賃貸のアパートは見られなかった。しかしながら、遊具が古くてさほど広くもない公園では、子供達がブランコや滑り台、砂場で遊んだ形跡はある。また、丁度中央辺りは、歩道が幅広く取られた『ポプラ通り』と言う名の八百屋や肉屋、飲食店が並ぶ小じんまりとした商店街になっていた。
「すみません、お尋ねしたい事があるのですが?」
 客足が落ち着き、野菜の陳列を整えている八百屋の店主らしき中年男性にサキは、二郎の実の母親である林田久美子の事を尋ねた。
「久美ちゃんか、残念な人生だったな。両親も心中して、久美ちゃんも大輔が自殺した後に後を追ったんだよな。俺もあの2人とは幼馴染みなんだ。大輔は、久美ちゃんとよく一緒に遊んでたよ。あの2人が遊んでると、なかなか俺らは間に入れなくなってな。ヤキモチ焼く奴も居たよ。俺は、微笑ましく思ってたけどな。うん、羨ましかったな。」
 八百屋の店主は、二郎のほんとうの両親が幼馴染みだった事を教えてくれた。そして、林田家の会社は、取り立て方が恐しく、悪評高かった事も話してくれた。それと、母親の旧姓が『四ツ谷』だった事も教えてくれた。
「久美子は、ひとりっ子だったけど、両親に厳しく育てられてね。決して虐待ではなかったわよ。愛情を持って、人として全うに生きて行けるように、特に、久美子のお母さんは、家事全般を教えてたみたい。久美子は小四の頃から1人で台所に立ってた。私は、どうしても親子丼が食べたくて、久美子が作ってくれたわ。うちは肉屋だから良い鶏肉持っててね、作ってもらったの。ほんとに美味しく作ってくれたものよ。」
 肉屋の割腹が良く威勢がある久美子の2歳歳上の女将が話してくれた。そして、両親の仕事に関する事を尋ねると、久美子の父親が営んでたパン屋の暖簾分けをした『ベーカリー48』に弟子だったパン職人が居ると紹介された。
「ごめんください。ここは、パン職人の四ツ谷さんから暖簾分けしたお店なんでしょうか。」
 自動ドアを抜けるとレジで開店からお昼時までの売れ上げの計算と、レジの中のお金の整合性を合わせてる。若い女性店員さんが居た。
「は、はい、確か、先代は『四ツ谷』から暖簾分けしてもらったって言ってます。この写真を見ると分かりますよ。」
 その店員さんは、思いもよらない質問に戸惑ったが、レジ奥の棚に並べられた写真に掌を指し示した。
「先代、奥に居ますけど呼びますか?」
 店員さんは笑顔でそう言い、厨房に入って言った。
 店内は、パンの良い香りが漂っていて、フランスのバケットやブール、イタリアのフォカッチャ、チャバタ、ドイツのヴァイスブロートやセーレン等、ヨーロッパの美味しいそうなパンが並んでた。アンティークな内装がそれらのパンを引き立てていた。
「いらっしゃいませ。あれ、思ったよりお若いお客様ですね。私の師匠の事を話題に出すって聞いて、てきっきり同世代の方々と思ってましたが。」
 暖簾分けの許可をもらい、ここを最初に開店させた60代くらいの男性が出て来た。
「実は私達、四ツ谷久美子さんの事を調べてまして、その久美子さんとご両親の事もご存じな方がいらしたら、一度、お話を伺いたいと思いまして。」
 サキは珍しく丁寧にその男性へ話しかけた。
「久美子さんの息子にあたる僕らの友人が、心を病んでしまって入院してるんです。心臓が止まりかけるまで悪化したんだけど、その時に母親の声が聞こえて、助かったとかで、彼にお母さんの生い立ちを教えてあげる事でもっと病状が良くなると、聞かされて、お伺いした次第です。」
 加藤も冷静、かつ、その男性が話してくれるように誠意を見せた。
「はい、お嬢さんのご子息が病気を患ってて。私で良ければ、お役に立てるのでしたら。」
 この、初老の男性は、店内の端にある四人がけのテープルに加藤とサキを案内して、フォカッチャとセーレンを輪切りにして、コーヒーと一緒に持ってきてくれた。
「話しが長くなりそうですね。パンでもつまみながらにしましょう。」
 その男性は加藤とサキが真剣に問題解決に取り組もうとしている姿を見てそう言い、3人で席に着いた。
「橋爪と言います。宜しくお願いします。」
 橋爪は優しい表情で自己紹介した。
「すみません、私から先に名乗るべきでした。神路サキといいます。」
 サキは襟を正して名乗った。
「私は、加藤志水(しみず)です。」
 緊張を隠せずにいた。
「四ツ谷のお師匠さんは、仕事はとても厳しい人でしたが、私を怒鳴ったりとかしない優しい人でした。何度か私が上達するまで徹夜してくれましたよ。お陰様でこうやって店を構える事が出来ました。」
 橋爪は、二郎の祖父母にあたるパン職人としての師匠を感謝する言葉から話し始めた。その祖父母が自殺するきっかけになった出来事を涙ぐみながら話してくれた。
 それは、祖父がまだ独身の頃フランスにパン職人の修行に行った時、同僚だったイタリア人が日本へやって来て、その人が日本で店を出すと嘘をつき、金を騙し取られたのである。その金は、林田家の金融会社から借りた金だった。そして、店を畳まなくてはならない状況になり自殺してしまったと言う経緯だった。そして、その連帯保証人が二郎の実父の両親だった事、二人の遺書には娘である久美子をその実父の家で面倒を見て欲しい事が書かれていた事、しかし、実父の家は酷い取り立てを受けてそんな余裕がなかった事が分かった。
「私はその頃、お師匠さんから暖簾分けさせてもらったばかりで、そんな窮地に立たされてるなんて知らなかったんです。お師匠さんは、私にまで迷惑かけられないって思ったんでしょうね。お嬢さんにも申し訳ない事をしました。私の人生の中で悲しくもあり、悔みきれない出来事です。お嬢さんが林田家に引き取られて、何度かお会いして話しをしたのですが、お嬢さんはこのままで構わない。お師匠さんのパンを作り続けて欲しいって事しか言いませんでした。ほんとにあの頃の私は力不足で。でも、長男さんが出来たって聞いて、何とかお嬢さんは普通の人並みの人生を送って行けるかもって思ったんですがね。お師匠さんご夫婦、お嬢さんに関しては、私がお話しできるのはこれくらいでして。」
 橋爪はそう言うと数分間泣きじゃくった。
「ありがとうございます。橋爪さんにとってお辛い事ですね。お話し下さってありがとうございますます。感謝いたします。」
 まだ泣き止まない橋爪の背中て手を当ててサキは言った。
「橋爪さん、確認させて下さい。お師匠さんを騙したのはイタリア人なんですね。シチリア島が出身地とかではなかったですか?」
 加藤は、その謎のイタリア人の事が胸に引っかかり、そんな事まで聞いた。
「すみません、そこまでの事は存じ上げません。」
 橋爪は答えた。
「私達、益田防犯研究所で働いてまして、以前、イタリア人も関わる調査案件があったものですから。」
 加藤は、あそこまで踏み込んだ質問の理由を告げた。
「お2人は、防犯に関わるお仕事を。是非、詐欺対策も宜しくお願いします。私のお師匠さんもそうですけど、詐欺の被害は被害者が表沙汰にしないのが多いなんてききますから。」
 2人を頼もしく感じ橋爪は言った。
「分かりました。研究所に持ち帰って所長と検討します。」
 サキは言った。
 こうして、二郎の実母である旧姓、四ツ谷久美子の生い立ち、林田家と実父との関係性を知った加藤とサキは、林田家の傲慢な会社経営があらゆる人を困らせたのだろうと考え、橋爪にお礼をし、『ベーカリー48』を後にした。帰り際、橋爪は二郎に食べさせて欲しいと、バケットとプール、ヴァイスプロートを持たせてくれた。
「何だか、3つが繋がりそうだぞ。」
 橋爪からもらった香ばしいパンの香りが流れる車内でハンドルを握る加藤はボソッと呟いた。
「うん、繋がりそうね。それとこの三家にはお金の貸し借り以外に何かありそうだよ。そんな気がする。」
 サキは硬い表情で助手席に居て窓の外を眺めてそう言った。外は相変わらず、街の明かりが心を落ち着かす夜空の静けさを隠していた。
「お疲れ様です。美里さん。二郎の母親の件、色んな事が分かりました。」
 サキに食事を誘われ神路の家に上がった加藤が先に自宅に戻ってた美里に機嫌を損なわせないように真面目な口調で話した。
「繋がりがあった?林田家、四ツ谷家、そして二郎君の実父、金山家は。」
 美里はいつも通りの冷静さで加藤に言った。
「はい、仰る通りで。この三家が歪んだ関係性になったのは、四ツ谷の人達がイタリア人に金を騙し取られた事が発端だったようです。」
 加藤はその美里の普段遣いの声に安心して答えた。
「えっ、イタリア人。何だか因縁めいてる。」
 美里は一瞬怒りの表情を見せた。
「林田家は80年代のバブル景気から狂い始めたようです。一族内でも争いがあったらしいです。確かに残忍な生業になってしまったようですが、バブルが弾けた弊害です。」
 美里は直ぐに冷静を取り戻し加藤に言った。
「バブルですか。人間、大金を簡単に手にして、その運用が上手く行かないと狂ってしまうんですかね。」
 加藤はやりきれない思いを隠せなかった。
「そうなんです。バブル景気が好調な時までは、林田家と四ツ谷家、金山家はとても良い関係だったようです。なので、元々は悪人じゃなかったはずです。資本経済、未熟な民主主義の弊害と言っても言い過ぎではないと思います。」
 美里と調査した和久井が言い加えた。その側に居た大垣も虚しい顔で相槌を打った。
「金山家も悲しいヒストリーなんだろな。宮里さん達は調査進んだかな。」
 加藤は珍しく暗い雰囲気を出してそう言った。
「はいはい、みなさん辛気臭いですよ。唐揚げはレンチンしたけど、チャーハンとワカメスープは私のお手製よ。晩ご飯にしよ。さぁ、暗くならないの。」
 真っ直ぐキッチンに篭ったサキが美味しそうな匂いも一緒に料理を運んで来た。
「この後、運転しない人はビールとスプマンテもありますよ。私は呑みまぁす。」
 サキは、テンションを上げてきた。
 大量な料理にみんなは驚いたが暗い気持ちを払拭するように鬼龍院と辰吉は缶ビールを空きっ腹に流し込み、大垣とサキ、美里は底から泡立つワイングラスを片手に笑顔を見せて、和久井と加藤は炭酸水をガブ飲みして料理を食べ始めた。
「サキさん、美味しいです。チャーハン。これならスパークリングに合いますね。」
 大垣は満面の笑みで言った。
「大垣がそんな顔するの久し振りだなぁ。癒されるよ。」
 和久井をはじめ、特テロ室の面々も笑顔になった。
 翌日、3組に分かれて調査した内容を報告するために、二郎の保護室に集まった。
「みなさん、お久し振りです。ご心配おかけしまして、だいぶ回復して来ました。とりあえず、今日は私が1日過ごす事になりました。」
 少し窶れた歌音がベッドに腰掛けていた。
「あぁ、良かったねぇ。歌音さん。順調だね。」
 サキは直ぐに言葉をかけた。
「ありがとうございます。みなさんのお陰です。みなさんの心が私達に活力を与えて下さってますよ。」
 歌音は真心でお礼を言った。
「私達には、歌音さん達が必要なんですから、絶対にいて欲しい仲間なんですから。」
 美里が笑顔で言った。
「ほんとに感謝です。夕べ、1度づつみんなが出て来てくれたんです。そして、相談して1日毎に1人づつ二郎君と代わろうって事になって、名無しさん達も少しは落ち着いて来たようで、1人は眠りに着いたようです。」
 翔子も若干窶れてるも、嬉しそうにした。
「それでは、調査報告を始めますか。」
 早速、美里が話し始めた。そして、加藤も報告した。
「二郎さんの実父の金山有蔵さんは、四ツ谷久美子さんと幼馴染みで、よく一緒に遊ばれてたそうです。それで、林田大輔さん、異父の方ですが、大輔さんも久美子さん、有蔵さんと幼馴染みだったそうです。年齢が4歳上なのですが、お2人が公園で遊んでたりすると、駄菓子屋に連れて行ってお菓子を奢ってあげてたようです。お兄さん的存在だったみたいです。ですが、有蔵さん達が小学校入学した時は、高学年で年齢差は勿論ですが、体力差も離れ過ぎてますので、殆ど一緒になる機会は無くなったみたいです。これは、自然の流れですね。同時に、それぞれのご両親達の関係性にもひびが入ってき始めたとの事です。金山さんの奥様、明美さんは今でもご健在で老人施設に入所されてました。膝を患って、大腿骨の骨折とかで体力が著しく低下して車椅子生活をなさってました。ですが、認知症は持たれておらず、しっかりなさってました。やはり、バブル景気が私達を狂わせたと仰ってました。」
 金山家を調査した宮里が淡々と報告した。
「歌音さん、林田家と四ツ谷家、金山家は当たり前のような近所付き合いをしてて、お互い助け合ったりとか出来てたと思います。バブル景気の弊害でお互いの関係を悪くして、お互いが対立するようになったのだと私は考えます。ですから、そもそもの原因は資本経済が生み出したバブルが、今もそうだと思いますが、この国の未熟な民主主義の思想がこのような悲劇を生んでしまったと考えます。このようにご自分の心に落とし込む事で名無しの人格を統合する、若しくは、コントロールする事が出来るようになる糸口になって行けたらと思います。いかがでしょうか?」
 美里は誠実に調査報告をまとめて、6人格の今後に対して提案した。
「みなさんありがとうございます。私達は、こうなる定めだったのかも知れません。ですが、後悔は微塵もありません。この世に生を受けて気がつくと、こうやって生きて来た訳ですから、後は体力が回復すると以前のような生活が送れると思います。そして、私達の祖母が生きてるとの事ですから会いたいと思います。それとお墓参りもしてみます。ほんとに今回はありがとうございました。」
 歌音は納得いく調査結果に感謝し、生き方に関してはこれまで通り6人格を保つ事、二郎は医師の仕事を辞める事、益田防犯研究所の仕事を本業にする事をみんなに告げた。
 2週間後、二郎達は退院した。

つづく