⑥絢子からの要請
「あら、巫女ちゃん、ここ私ンち。早っ、こんな事もできるろ?」
絢子はまだ酔っていた。仕方がない10分前までは、たらふくビール呑んでたし、ヨーロッパのアルコール度数が9%のツノの生えた悪魔みたいな顔が描かれたラベルのビールも5本以上も呑んだのだった。
「瞬間移動です。それと、冷蔵庫に500mlの炭酸水入れて置きましたので、お部屋入ったら先ずはそれから飲んで下さい。」
巫女代は用意周到だ。
「人の家にも勝手に入れるんだ、私の勝負下着持ってかないでよ。」
流石の絢子も驚いた。
「イヤらしい下着、ありましたね。アハハハ、冗談です。そこまでは見ませんよ。では、失礼します。」
巫女代は絢子の前からスッと消えて行った。気がつくと、右手には、家の鍵を持っていた。
翌日、神坂家の朝食は、赤味噌のしじみ汁に鮭の切り身の塩焼き、ニンジンとナスのぬか漬けが並んでた。
「巫女代、昨夜は楽しく呑めたか?」
熱いしじみ汁を少しだけ啜り飲み将臣が訪ねた。
「うん、楽しかったわ。でも、絢子さん普段からストレス溜め込んでるみたい。呑みっぷりが尋常じゃなかったわ。警察官大変そう。」
鮭をひと口咀嚼してて、飲み込んだ後に将臣に答えた。
「絢子さん真面目な人だから、呑む時は豪快に呑んじゃうのよ。きっと。」
橙子もしじみ汁をひと口呑んで箸を鮭に伸ばしながら言った。
「それで、全部話したのかい?」
将臣は箸を止めて問うた。
「うん、びっくりしてたよ。やっぱり協力者になって欲しかったみたい。はっきりと断らなかったけど、将来は弁護士になるって話したよ。」
程良く刻まれたニンジンを白いご飯と口に運びながら答えた。
「えっ、巫女代、弁護士になるのか?学者さんは諦めた?」
将臣は箸でご飯を口に運ぶ途中、それを止めて、聞き直した。
「ごめんなさい、お父さんとお母さんにはまだ言ってなかったね。司法試験受けるね。多分、受かるよ。頑張って勉強するから。」
身が取れたしじみの殻を鮭が載ってる皿の端に置きながら言った。
「うん、頑張んなさい。」
橙子は動揺せず、そう言うと、鮭の皮を口に運んだ。
「そ、そうか、簡単に言うんだな。う、うん、頑張れよ。」
不安げに将臣は言った。
「お父さん、大丈夫よ。心配性ねぇ。合格するまでは諦めずに頑張るって事よ。大丈夫、大丈夫。言うくらいは簡単に言わなきゃ、決心したんだから。」
とても前向きになった巫女代だった。それと珍しく、朝食で会話が多くなった日であった。
数時間後、巫女代が大学の図書館で本を探していると、絢子からLINEがあった。
『先日はありがとう。赤出汁とおにぎりまで用意しててくれて嬉しかったわ。時間がある時に相談したい事があって。助けて欲しい。LINEの通話でお願いします。』
LINEの内容が気になり図書館を急いで出て、絢子に連絡した。
「おお、早かったわね。今、話せるのね。」
絢子は直ぐに本題に入りたかった。
「はい、大丈夫です。」
絢子から唯ならぬ気配を感じ取った巫女代は素直に答えた。
「周りに人は居ないよね。実はね、テロが起きそうなの。で、そのテロリスト達はどうやら日本人みたいで、テロ対策室の連中が内定を勧めてた集団らしくてね、近いうちに、庁舎前のスクランブル交差点に甚大なトラブルを引き起こすって脅迫メールが届いてね。これから、会えない?そいつらの資料見てくれないかしら?」
絢子の声のトーンは明らかに焦りが感じれた。
「分かりました。絢子さん、今、どちらですか?あっ、職場ですね。私、大学の図書館なので、荷物まとめたら直ぐ行きます。」
五分も経たない内に絢子が居る警察署の側に巫女代は瞬間移動していた。
「絢子さん着きました。今、正門の前です。」
巫女代は署に着くと直ぐ絢子に連絡した。
「じゃあ、私、降りるわ。待ってて。」
絢子は予想してたよりも早く着いた巫女代の事を驚きもせずに言った。
巫女代と絢子は、制服の警官が立っている広い出入り口先で落ち合い、署に入りエレベーターで3階に上がって行った。そして、誰も使ってない取り調べ室の隣りの部屋、取り調べの様子がマジックミラー越しに見れる部屋に入った。
「どうやら、こいつらは、1年前から活動し始めたらしく、総勢20人以上の集団で、医学科出身者とか元自衛官とか、爆弾や化学兵器も作れる可能性があるようなの。潜伏先がオダ山の麓のスクラップ工場跡らしい。出来れば未然にテロ行為を防ぎたいんだけど、巫女代、協力してくれる?」
絢子は、申し訳ない思いと期待する思い、テロ行為に対する不安な思いが入り混じって、とても硬い表情になっていた。
「はい、勿論、協力します。人が多い場所を狙ってるんですね。これから行ってきますよ。」
巫女代は既に、居ても立ってもいられなかった。
「一緒に、行こう、志水と対策室の安藤も連れて行きたいけど。どう?」
絢子は最低限の人員を考えて、巫女代に問うた。
「はい、車出しますよね。車ごと、、、やってみます。」
先に巫女代は玄関先に出て、絢子は、テロリスト対策室の安藤鈴音(あんどうすずね)と志水を連れて、巫女代より後に玄関先に来た。
マークXの運転は志水がし、助手席に安藤、後部座席には巫女代と絢子が乗った。
「鈴、この子が神坂巫女代さん、宜しくね。」
それぞれがシートベルトを締めてる最中に絢子が言った。
「初めまして、安藤です。益田主任から聞いてます。重力ルーラーなんですか。加藤君も真剣な顔して言うから、無理はなさらないで下さいね。一般の方は巻き込みたくないのが正直なところですが。」
鈴音は半信半疑のようだった。
「巫女代ちゃん、どうする?普通に車、走らせていいかな?」
鈴音が気乗りしないのをしょうがなく思い、志水は巫女代に問うた。
「はい、左に出ますよね。1つ目の信号過ぎたら路肩に停めて下さい。オダ山に移動します。」
巫女代はまだ焦りがあった。
「ここら辺で停めるよ。」
志水は巫女代に言われた通り路肩にマークXを停めた。
「エンジン切って下さい。3人とも私の腕を軽くでいいので握って下さい。」
運転席の左肩の角と助手席の右肩の角に巫女代が手を置くと、右腕には絢子と志水が左腕には鈴音の手が伸びて来た。一瞬でオダ山のスクラップ工場の近くに4人が乗ったマークXは移動してた。
「え、え、凄い。」
鈴音が最初に声を出した。
「さて、鈴、見取り図出して、先ずは証拠を押さえないとね。」
ドヤ顔で絢子は言った。
「はい、はい、主任。お、恐らく地下倉庫だと思います。」
鈴音は声と身体も震えてた。
「人気が多いですね。地下室は5人くらい。一階には20人くらいで、二階は3人くらいですね。地下に何か有りますね。液体です。液体の爆薬か薬剤の溶液でしょうね。」
巫女代が見取り図と、工場跡地を交互に見ながらそう言った。
「巫女代、鈴と確かめて来て、その液体、何かわかるかしら?」
絢子が冷静に言った。
「はい、直に見れば分かります。」
巫女代は即答した。
「じゃあ、確認取れたらサンプルを少しだけ取って、その液体が扱えないようにしてくれる、巫女代、出来る?」
簡単に絢子は巫女代に問うた。
「主任、サンプル取る道具ありませんよ。」
慌てて鈴音は言った。
「大丈夫ですよ。私が取りますから。」
巫女代はそう言うと右手を鈴音に差し出して握手を求めた。その瞬間、地下室の倉庫に中に居た。巫女代は即座に手を繋いでる鈴音と一緒に例のシャボン玉を纏わせた。
「これで大丈夫です。安藤さん匂いませんでした?塩酸の匂い?」
巫女代は鈴音に問うた。
「いや、分からない。」
鈴音は驚くばかりであった。
「安藤さん、ここを動かないで下さいね。」
そう言うと、巫女代は独りでシャボン玉から抜け出し、いつの間にか、15ccの遠沈菅を持っていて、その液体が入って容器に近づけると、中の液体が遠沈菅に入って行った。その蓋を閉め、左手で持った遠沈菅に右手を翳すと新しい注射筒が滅菌フィルムに包まれてるように、その遠沈菅もフィルムに包まれた。そして、それを持ちシャボン玉の中に戻って来た。
「多分、サリンかVXガスに近い液体ですね。」
巫女代はそう言うと、一瞬でマークXに戻った。
「お帰り、どうだった?」
絢子が2人に交互に目線を変えながら聞いた。
「恐らく、化学兵器です。鑑識か科捜研に調べてもらえば直ぐに分かると思います。」
巫女代がそう言うと、工場跡の建物から数人の作業服姿の男達が、車に向かって来た。
「警察の者です。ここを通りかかった人達から何件か異臭がすると通報がありまして、パトロール中です。そちらさん方はどうですか?何か心当たりありますか?若しくは、異臭に気付いた事はありませんか?」
鈴音は、警察バッヂを掲げそう言った。続いて志水もバッヂを掲げ、無言で腕組みし仁王立ちした。
「分かりませんよ。我々は。し、仕事の休憩時間なので、5分、10分ばかり、さ、さ、散歩しようと思って。」
作業服の独りの男は怪しく答えた。
「じゃあ、何か不審な事がありましたら110番お願いしますね。ご協力お願いします。」
鈴音は言い、志水とマークXに戻り、シートベルトをして走り出した。
「絢子さん、何処で調べてもらいます。」
巫女代が絢子に問うた。
「鈴、対策室に連絡して出動準備を要請して。科捜研が良いわね。」
絢子が鈴音と巫女代に言い、鈴音が出動準備要請の連絡をすると、志水は路肩にマークXを停め、エンジンを切った。
「鈴、お前は対策室に戻れ、私と志水で科捜研に行ってくる。巫女代は車で待機してて。」
3人はそれぞれの方向に走って言った。
「お前、単独行動か!馬鹿やろう!捜査が気づかれると台無しだぞ。」
テロ対策室室長の高橋浩司が鈴音を怒鳴った。
「申し訳ございません。一課の益田主任に頼まれまして、異臭がするとの通報があったようで、加藤巡査と3人で行って来ました。そうしましたら、たまたま、地下室まで入れました。その跡地、そこにあった遠沈菅を拝借して化学兵器であろう液体を採取して、今、科捜研で益田主任が、その液体を同定して頂いております。私と益田主任は被害に遭われた方が居ないかと思い、パトロールに出た次第です。」
鈴音は高橋室長に上手く言い訳した。
「違法捜査ギリギリだな。もしも、その液体が化学兵器の類なら現行犯逮捕出来るな。前代未聞だぞ。待機しとけ。」
室長は朗報であるのは間違いないとの思いで、鈴音の報告にはケチをつけなかった。
1時間後、科捜研から連絡があり、サリンの類似物質で神経ガスの効果があり、殺傷力もあるとの報告があり、速攻ガサ入れして、地下の液体を押収して現行犯逮捕する戦略で防御服を着込んだ捜査員を10人、テロ対処部隊を30人、テロ対策室員を10人でオダ山のスクラップ工場跡に出動した。
巫女代は、その現場の近くまで移動し、その動向を空の上から見守っていた。タイミング良く液体のシャボン玉を消し、防御服服の捜査員がその液体を調べて安いようにし、サリン類似神経ガスと同定し、テロリスト達を一網打尽にした。
「巫女代、ほんとに今日はありがとう。こんなケースを未然に防ぐのはとても難しい事なの。沢山の人達の命が奪われなかったと思うわ。また、今度、ご馳走するね。今日はデパ地下のお惣菜でお腹満たしてね。」
22時頃に絢子の部屋に帰宅出来た2人は、ローストビーフにポテサラ、ラザニアを食べながらロング缶のビールで乾杯した。
「こんな特別危険な事態の時は呼んで下さい。協力しますよ。」
ロング缶を合わせて、グビグビ呑んだ後に巫女代は絢子にホッとし、幸せな表情でそうつけ加えた。
つづく