K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 理(ことわり)-1

2021-12-06 17:45:00 | 小説
タイトル 台風
 
「アツシ、乾電池買ってきた」
「乾電池はまだだよ、乾麺とかカップ麺を買う時に一緒に買おうって思ってるけど」
 
 明朝に暴風域に入るニュースが流れ、ベランダの観葉植物の片付け、窓のガラス隙間に雑巾をガムテープで固定したりと、暴風対策をしている新婚の夫婦が慌てていた。
 
 夫のアツシ、妻のマイコは二人とも仕事を忙しくしていて、常に、一般的な退社時間で帰宅することは滅多にない日常で、この、台風が接近している日も午後一〇時頃に帰宅した。
 
「はぁ、ベランダ終わったぁ、マイちゃんこんな感じで良いよね」
「えっ、アツシが片してくれたんなら大丈夫よ、私もこの一箇所で終わるかな」
 
 二人は帰宅して、着替えもせず直ぐにその作業を始めていて、ソファーに座ることすらしてなかった。
 
「大丈夫だね、コーヒー淹れたよ」
 マイコ自身の作業を終え、ベランダの片付け具合を見ているとアツシはセンターテーブルに深青色と橙色のマグカップを置き、ソファーに腰掛けた。
「ベランダいいんじゃない、ありがと」
 橙色のマグカップを手にしてマイコは口元に運んだ。
「コーヒー飲んだ後はコンビニに行こうか」
 リモコンでテレビの電源をオンにした。
 
『速度が早まったようで、日付けが変わり、午前二時頃には暴風域に入る模様です、尚、既に海岸側の地域では、風速一五メートルを超える強風が観測されておりますので、ベランダや庭にあるものが飛ばされないような対策が必要になると思われます、お気をつけ下さい』
 
 テレビでは丁度、台風に関する報道が流れていて、二人は途中からしか見られなかったが、画面の上部には、その時点での気圧や暴風域での最大瞬間風速等が表示されたテロップが見れ、下部のテロップには、交通機関の運休の有無、橋の通行止めの状況、避難所の案内等が流れていた。
 
「えぇ、九一〇ヘクトパスカル、勢力強くなってるじゃん」
 マイコは淹れたてのコーヒーで一息つく島もなく、緊張感が再び高まった。
「参ったよ、速度落ちてくみたいだ、長い暴風域になるのかな」
 アツシはスマホの天気予報のアプリを開いてマイコに見せた。
「本当だ、でもさぁ、明日会社、休みになったりして」
 笑を浮かべてマイコは何か被害が出るかも知らないことを覚悟して諦めて、肩の力が抜けた。
「そうだね、でも、酒でもなんていかないな、いつ車の運転が必要になるか分からないしな」
 アツシは少し残念そうにした。
 
 コーヒーを飲んで、着替えて、その一〇分後には、歩いて二、三分くらいのコンビニへ出かけた。
「うぅっわ、風強いな」
「雨が降ってないから良かったぁ」
 二人の髪の毛やサイズが一つ上のマイコのジャージー、アツシのポロシャツの襟は風下に引っ張られ、肌は冷やされ、マイコはアツシを壁に右腕を両手で抱えながら歩き進んだ。マイコは無意識に身を守った。
 
「あんな強い風、久し振りね」
「ああ、それにしても混んでよ、先ずは乾電池を確保しないと」
 雨が降っておらず、その強風を少しだけ楽しんだ二人はコンビニに入ると現実に戻された。
「危ない、危ない、いつもより減ってるよ乾電池」
 アツシは懐中電灯と小型ラジオの電源になる乾電池を両手で持ち、マイコが手にした店内用の籠に優しく入れた。他には袋麺を四つ入れてレジに並んだ。
「カップ麺売り切れね、おにぎりとかサンドイッチもないね」
 二人はガラガラの商品棚を見渡した。
 
 とても混雑していて、レジに並ぶ独り、若しくは、二、三人一組の客は普段よりも籠に入っている商品が多く、マイコとアツシが会計を済まし、自宅へ向かうのに、三〇分以上かかった。
 それに加え外は横殴りの雨になっていた。
 
「あっあぁ、大丈夫ですか」
 二人がコンビニを出ると、駐車場に駆け出した一人の女性が雨で濡れたアスファルトで滑って転んだ。
 思わず声が出たマイコに買った物が入ったレジ袋を渡したアツシは、その女性に近づきながら、散らかった品物を拾ってやった。
 幸い、ガラス製の物がなかったが、缶ビールは凹み、封が開いたポテチを急いで拾った。
「すみません、ありがとうございます、私、おっちょこちょいで」
 その女性はアツシの顔を見れないまま、缶ビールと台無しになったポテチを受け取り、リモコンで車を解錠した。
「お怪我ないですか、運転出来ますか」
「はい、大丈夫です、ありがとうございます」
 アツシが解錠の〝ピピッ〟の音を耳にするとその女性が心配になったが、逆ギレしたような返答が返ってきた。
 呆気に取られていると、その女性はそそくさと車のエンジンをかけ駐車場を後にした。
 アツシとマイコは雨に打たれたまま数秒立ち竦んでいた。
 
「はぁ、はぁ、寒い寒い」
 マイコの髪の毛から水滴が滴り落ち、アツシのポロシャツは肌に密着し、自宅マンションのエントランスを抜けてエレベーターを待った。
「あの女、酷い人」
「恥ずかしかったんだよきっと、若い子だったから」
 エレベーターに二人で乗り込むとマイコは愚痴を漏らした。
 アツシは寒そうにしてるマイコの横にいて、肩へ手を回し優しく身体を密着させていた。
 
「タオル、タオル」
 玄関に入ると、マイコは早歩きでダイニングテーブルに向かい荷物を置くと、ポロシャツを脱いだアツシが二枚バスタオルを手にし、一枚を右手で持って自分の身体を拭き、左手でもう一枚をマイコに渡した。
「ありがと」
 マイコは笑顔で受け取った。
 アツシがその場で上半身を拭いていると、マイコもジャージーの上着のファスナーを下ろし身体を拭き始めた。上半身を拭き終えたアツシは、マイコの背後に回りまだ水滴が垂れる後ろ髪を自分が使っているタオルで包んだ。ブラのフォックを外しながら。
 マイコがそれに気づき、少し屈んでブラを床に落とし、軽く胸を拭くとアツシへ向きを変え、抱きついた。
「どうした、どうした」
「へへ、抱きしめたくなっちゃった」
「でもさぁ、俺もマイちゃんも下、びしょ濡れだよ、俺拭きたいんだけど」
 アツシがそう言っても、止めないマイコは顔を上げて、アツシに笑顔を向けるだけだった。
 一分間近くその状態だったが、マイコが先に離れ、ジャージーを脱ぎ、ショーツも脱ぎ出した。それを見て、アツシも脱いだ。
「久し振りね、こんな格好で二人でリビングにいるの」
「うん、照れ臭いな」
 二人は殿部や脚、会陰部を拭きながら少しだけ頬を赤られた。拭き終えると、直立で見つめあった。
 
 ヒトは直立を獲得し、手作業を繰り返すことで脳を発達させ、情動を身振り手振りや言語的に表現できるようになり、同時に股関節の伸展可動域が拡がり、性器が前方へ位置するようになると、視覚認知も相まって、相乗的に男女の愛情を深めることが容易になった。
 
 アツシとマイコも例外ではなく、目を合わせ、お互いの愛情を確認し、身体の前面、アツシは乳房とウエストラインから下方へ向かう柔らかさを感じとれる曲線。マイコは筋肉質な胸と腹部、上向きに反るペニスが視界に入る。
 
 見つめ合い、抱き合い、唇を合わせ、体温、特に、性器へは血液が集まり温もりを高め、心拍数も高まる。その後、至福の境地へ達する。
 
 
「俺たちの子なんだね、産まれてきてくれてありがとう」
「可愛いわね、嬉しいわ」
 
 あの台風の日から一〇ヶ月後のアツシとマイコの会話だった。
 
 終

螺子職人とピアニストー3

2021-12-02 16:34:00 | 小説
第参話 苦手
 
 物心つくと、おもちゃの小さなピアノは飽きてしまい、通園路にある家電量販店の電子ピアノの鍵盤を叩くのが楽しくて仕方なかったようだ。
「お母さん、楽しいよ」
 美音にとって、ピアノをはじめ、楽器の音を一度、耳にすると全てが音階と共に美しい音色に聞こえていた。いわゆる、絶対音感に似た能力を先天的に身につけていたのだ。だから、美音はいつでもその音色を楽しみ笑顔を絶やさない幼児だった。
 その反面、保育園や幼稚園の頃から保育士や幼稚園教諭の話しは聞かず、いや、その大人達の声まで楽しく聞こえて、燥ぎ回るのが常であつた。したがって、話しを聞かずに動き回る女の子と見られていた。
 
「美音は本当にピアノが好きね、とても上手よ」
 母の千亜希は電気屋で長時間電子ピアノを弾こうが嫌な顔せず、我が子の楽しむ姿を見守っていた。
 美音は他の遊び、塗り絵やお絵描きの時に実在しない曲を鼻歌混じりで一時間以上、遊び続けた。それら以外の時は注意散漫で、周囲の状況にそぐわない事をしたりした。だが、千亜希は優しく言い聞かせた。決して癇癪を起こさなかったが、集団行動に不適だったり、指導する大人のいうことを受け入れられないのではないかと、懸念していたことも事実だった。
 
 その理由は美音を早産してしまい、低体重児で産み落とし、NICUの保育器でのサポートが必要となり機械音や閉鎖的空間に居させてしまった事に不本意さを抱いてたからだ。自由にのびのびと日々を過ごさせたいと考えていた。
 しかしながら、予想以上にピアノの上達は早く、普段から聞かせていた童謡をリズムにズレがあるも、特に、弾き方を教える事なく演奏出来るようになっていた。
 
 ある日、美音が通う幼稚園教諭は連絡帳で遠回しに発達障害を疑う内容を告げられた。
 千亜希にとって、その内容は想定内のことで、勇気を出して、発達障害を否定してもらおうと小学校入学前に小児神経科を受診させる事にした。
 
 残念ながら医師からは、発達障害の一種であるアスペルガー症候群が疑われるといわれ、また、絶対音感やピアノ演奏の上達が早いのは、音楽に特化したサバン症候群の可能性が高いともいわれた。だが、支援学校へ通う必要があるかは現時点では判断できない、幼稚園では問題行動が無かった事、千亜希自身の育て方等を鑑みるとそのまま普通学校に進学させて構わないと結論付けられた。それと、万が一、小学校入学後に学校生活に適応しきれい、ストレス過多等が見られれば、学校側とも相談して、いつでも受診するよう助言を受けた。更には、貴重な話を聞くことができた。
 
 新生児がNICUでサポートを受け保育器で過ごす時期があった場合、保育器の中の環境は問題ないが、心電計をはじめとする医療機器から発する音や点滅する光等が微細な脳傷害を与えてしまう可能性が分かってきいて、それが発達障害の原因の一つであることも聞かされた。
 
 千亜希は受診してみて、今後も美音のそんな一面に気を配らねばならないこたを再確認し、子育てしていく中で具体的な課題を持てた。同時に、医師までもが、色眼鏡で美音の事を見る事に呆れてしまった。それと、ピアノ演奏や音楽に関する才能を伸ばしてあげたい意を強く抱いた。
 
「では、三年二組の自由曲は、茶つみです。ピアノ伴奏は春野美音さんです」
 美音は、小三の校内合唱コンクールからピアノ伴奏を任された。しかも、歌を歌いながら楽譜を見ずにクラス全員を先導するようにした。
 それからは〝ピアノの天才〟、〝ピアノの申し子〟等と呼はれるようになった。
 また、週に三日通っていた小柳冨佐子(こやなぎふさこ)ピアノ教室の発表会では、関係者や父兄以外の一般の来場者が増え、マスコミの取材等もあり、ピアノ教室自体への収益や評判も上げていた。
 
「美音さん、あなたのお陰で私は、鼻高々よ、ピアノを好きになってくれてありがとうね」
 ピアノ講師の冨佐子は美音に誇らしい眼差しを送った。
「冨佐子先生、お鼻、何も変わってませんよ」
 美音には冨佐子の喜びの表現が理解できなかった。機嫌が良いのは察していたが。
「そうだね。先生、ピノキオじゃないもんね。アハハ、アハハ」
 冨佐子は笑った。
「美音、冨佐子先生は美音がピアノが上手くなったから嬉しいのよ、教えてもらったんだからお礼、ちゃんといわなきゃね」
 千亜希は感謝する事を教えたくてそういった。
「先生ありがとうございます、でも、ピノキオみたいに鼻がのびちゃうと、ぶつけちゃって痛いよ」
 冨佐子と千亜希は、美音の発想に笑った。
 
「美音ちゃん、今日も上手に弾けてたね、歌いたくなったよ」
 笑いの輪の中に、同じ歳の木村清樹世(きむらすずよ)が入って来た。
「スズちゃん、今日も来てくれたのね、ありがとう、スズちゃんの時は見にいくからね」
 清樹世も発達障害のが疑われていて初めて小児神経科に受診した時に出会い、千亜希が清樹世の母親である加寿美に声をかけ、連絡先を交換し、互いに相談し合う仲となり、子供達も仲が良くなったという経緯があった。
 清樹世は手先が不器用で楽器には興味を持てず、合唱団に入る事になった。高い歌唱力を持つが、合唱では周囲の子達に気を取られ集中出来ず、注意散漫になるため上手く歌えず、合唱団の指導者が独唱を勧めたことで、その合唱団に所属する事が継続できた女児である。
 しかしながら、周囲に気を取られるのは清樹世も絶対音感の持ち主で周りよりもレベルが高すぎて、周りの子達の音程のズレや声量が弱かったりする事が気になってただけたのだ。寧ろ、周りの子との歴然とした違いが清樹世が自分自身の歌声が間違ってるとさえ感じてた。だが、絶対音感の美音にとって清樹世の歌声はとても気持ち良く楽しくなる歌声で、とても気に入っていた。
 清樹世も同様に美音のピアノを気に入り、お互いの発表会には欠かさず見に行くようになったのだった。
 
「春野さん、こんにちは。美音ちゃん、また、上手くなった感じですね」
 加寿美は千亜希に挨拶した。
「木村さん、今日もありがとうございます。スズちゃんは来週ですね。私も楽しみにしてますよ、絶対見にいきますからね」
 千亜希は加寿美の手を両手で握りそういった。そして、帰りは四人でファミレスに行くのが恒例となっていて、勿論、どちらかの父親がいると、五人、若しくは、六人になることもあり、お互い、境遇が似た愛娘のためを思う親として、交流が深まった。
 父親同士が揃うと、ファミレスの後に二人で呑みに行くことさえあった。
「最近さぁ、清樹世は思春期に入って来た感じで、だいぶ男の子を気にするようになってきた感じなんだ、こないだ、加寿美が赤飯炊いてよう、俺に対しても恥ずかしさを見せるのさ、当たり前の成長期での在り来たりのことなんだろうけど、反抗期に入ると荒れるかなぁ」
 清樹世の父親、秀造が美音の父親、夏飛虎(なつひこ)と二人で小料理屋に呑みにきて、一杯目の生中に口をつけた後の言葉だった。かれこれ、五年になる付き合いの日々が過ぎていた。
「そうなんすか、お赤飯ですか、うちの食卓にはまだ上がってこないなぁ、とうとうそんな時期になってきましたね、どうなることやら、ですね、秀さんは男兄弟だけでしたよね、俺もそうだから、女の子のデリケートなとこは分からんですよ、胸張って静観しかないな」
 夏飛虎は秀造とは違い、心配する様子を見せなかった。
「夏、何かあったら相談に乗ってくれよな、宜しくな」
 秀造の不安な心情は止まなかった。
「そりゃ勿論、俺だって何かあったら、秀さんに相談しますから」
 夏飛虎はあっさり答えた。
 この二人、母親達よりも親しい関係性を築いてた。秀造が二つ歳上で、お互い学校は違えど野球部出身で、その影響で直ぐに打ち解け、程良い上下関係が成立していた。だから、たまに二人で呑みに行くのもお互いの妻は嫌がらず、逆に、頼もしく思えていた。
 そんな話題をも酒のアテになる時期となり、父親達は娘が彼氏を連れてきたら、とか、結婚式では泣く、泣かない等まで話を膨らませていた。
 
「お母さん、お母さん」
 六年生に進級する前の春休みの朝、美音が目覚めると大声を出して母親を呼んだ。美音が大人の女性の身体に近づき、身篭ることの準備が整ってきた証であるが、保健の授業でも習ったはずなのに、実際に、そんな身体の変化が訪れると、美音はパニックを起こしていた。
「どうしたの、朝から騒いで、ゴキブリでもいた」
 そういいなが、千亜希は美音の部屋のドアを開けた。
 美音は立ち竦んでいて、部屋に入って来た千亜希に鬼の形相で鋭い目線を向けた。
「あら、始まったのね、はいはい、シーツは洗いましょうねぇ、美音、着替え持ってお風呂場に行くわよ」
 千亜希は浴室の棚から、準備してた生理用ショーツとナプキンを取り出し、事細かく美音が分かり易いように教えてあげた。美音は千亜希からの教えを理解したが、身体変化に対しては、まだ受け入れられないでいて、気持ちが沈み込んでしまった。約二週間の春休みの前半は美音のピアノ演奏も暗い曲ばかりになった。
「美音、女の人はみんなそうなるんだから、お母さんだってそうなのよ、保健の授業でも聞いたでしょ、スズちゃんだって始まったっていってたわよ、携帯電話貸せたげるから、スズちゃんとお話ししてみたら」
 千亜希は美音を助け舟に乗せた。
「美音ちゃん、私、夏休みの頃から始まったのよ、お腹いたくなったり、気分悪くなったりする時もあるよ、終わったら何も無かったようになるから大丈夫よ」
 千亜希のスマホで加寿美に連絡をとり、事情を話し清樹世と二人で話しをさせる事が出来た。
「うん、分かった。一昨日の朝からなんだ、スズちゃんと話したら楽になったよ、ありがとね」
 美音は清樹世の声を聞くと気が楽になった。
 その後、春休み中に何度か清樹世と美音は会う機会があった。二人の母親がそんな機会を設けたのだった。そして、二人は、同じ中学に通いたいといい出した。公立だと無理なことだったため、ふた家族で検討し、合唱部が有名な私立の中学に受験させることにした。
 
 同じ私立の中学に入学した二人は、希望通り合唱部へ入部した。二人は既に有名人だった。美音は全国レベルのピアノコンクールで金賞を何度も取っていて、清樹世も同じように独唱部門では、小学生レベルを優に超えていた。周囲の生徒達は、二人を期待した。美音のピアノは期待を上回るものだったが、清樹世の合唱は期待外れだった。独りでしか歌えないことに、わがままだの、独り善がりだの影口を叩かれた。それに気づいた美音と清樹世は、顧問の先生に重唱を試みたい旨を嘆願した。
 それに対し顧問の教師は、放課後の部活の時間帯での練習は依怙贔屓(えこひいき)していると誤解される恐れがあるから、他の生徒がやっていない朝練をすることで、二人の自発的な取り組みで、他の生徒よりも努力し、みんなの前で披露して認められるようにしたらどうだと、壁を乗り越えるための課題を顧問は提案した。
 これがきっかけで清樹世は、三年生になる頃には合唱が人並み程度出来るようになった。
 この二人は高校も一緒になった。その地域では有数の進学校。普通科は無く、理数科と国際科、美術科、音楽科の四つの科が設けられていた。勿論、二人は音楽科に入った。とても個性的な生徒が集まる学校だった。中学校では一年生の頃から目立っていて三年間は支え合いながら、苦難を乗り越え過ごした日々だっが、この高校では、確かに名は通っていたが、持て囃されたり、影口を叩かれたり等はなかった。
 美音はピアノ、清樹世は歌に集中できた。心穏やかに楽しい日々を過ごせた。
 しかしながら、浮いた話しは皆無。でも、たまに見かける男女二人で下校する姿を見ると、羨ましかったり、憧れる気持ちを抱くことがあった。そして、二人だけで過ごす時間が減り、各々、他の友人ができたり、五、六人で話しをし、盛り上がる機会も度々見られるようになり、男子が交じる事さえあった。正に、アオハルを満喫していた。
 そして、高二に進級する頃に、二人は初めて男子から告白された。清樹世は悩みながらも独りの男子と上手く付き合えたが、美音は、長続きしなかった。三ヶ月程で途絶えてしまった。
 それは、どうしても美音は手を繋ぐのを嫌がったからだ。ピアノを弾くための大事な手に万が一の事があると嫌だと思っていたのだ。そんな美音に男子はついて行けなかった。しかし、美音は恋愛感情を少しでも持てた経験が嬉しかった。二、三度、映画や遊園地でデートができたことが嬉しかった。
「美音の拘り、やっぱり理解してもらえないのね、残念だね、でも、哀しくないの」
 数人の女子だけで、恋話が始まり、清樹世だからこそ聞けることだった。
「哀しくないって言ったら嘘になるけど、それと、男子にも悪いなって思うけど、今はピアノが大事、毎日毎日、鍵盤を叩いていたいから」
 美音はかなりストイックだった。
「凄い、尊敬しちゃう。格好良いよ。もっともっと、ピアノの腕を磨いて、ピアノの前に座ったら勝手に指が動き出す、なんて、極めればさぁ、その時は良い人が現れてるかもね、美音はその方向で頑張りなよ、応援するよ」
 高校生になって友人になった国際科の橋本多実栄が美音をリスペクトした。
「多実栄も凄いよ、そんな考え方、私なんてモテないから彼氏出来ちゃうとタダでは手放したくないって思うなぁ」
 もう一人の新しい友人で美術科の彫刻家を夢見る喜友名朋美が羨ましがった。
「美音、そんな風に考えてるんだ、ピアノが恋人だな、手を繋がないだけで落ち込む男は腰抜け野郎だよ、振ってやった方が良いさ、美音のこと本当に好きじゃないんだよ、格好つけたいだけの男さ」
 途中から参加して来た唯一の男子で理数科の渕上真斗が口を挟んで来た。
「みんなありがとう、私は平気だから」
 色んな意見が飛び交い、美音は喜びを感じてた。
 
 美音の人付き合いの苦手なことは、恋愛することへも悪影響を与えた。恋人なんて、結婚なんて、できなくても構わないと考える美音だった。
 
 続


長編小説 分かれ身 ⑩

2021-12-01 07:13:00 | 小説
第什話 進歩
 
「卒業おめでとう、六年間はあっという間に過ぎたね」
 
 愛優嶺の店を店休にして、六子らの小学校卒業を祝う会食が始まった。獏之氶は勿論、美佐江や七助とその家族が集まり盛り上がっていた。一人を除いては。
 
「小二郎さん、どうしたんですか、食欲がないのですか」
 獏之氶は来年度から高校三年生になる美佐江の次男である小二郎を大人扱いするようになり、〝さん〟付けで呼ぶようになっていた。
「小二郎、獏さんが心配してくれてるのよ、自分でいいなさいよ」
 美佐江は小二郎へ強い口調にならないよう、悪いことをしたようにならないよう、柔らかい口調で声をかけた。
「獏さん、ごめんなさい、昨日の試合の個人戦で準決の前の試合で負けて、団体も二回戦で負けてしまって、選抜大会出られなくて」
 小二郎は、今年度の夏のインターハイに剣道で準優勝し、選抜大会の地域予選で、全国大会の切符を勝ち取ると優勝候補に上がっていた逸材になっていたのだ。
「だから、そのショックがなかなか拭えなくて、自分でもどうしたんだろうって思ってるところなんです」
 小二郎の言葉を聞いた六子達は一斉に小二郎へ視線を向けた。
「お兄ちゃん、何か特別なことあった、負ける前か後に」
「いや、特にないと思うけど、あっ、ライバルの一雄《かずお》君の妹の一渼《かずみ》ちゃんから、お互い全力を出して決勝戦まで勝ち上がってって、初めてお守りもらったかな」
 慈由无は小二郎の異変に気づいたが、普段通りの雰囲気で声をかけた。
「慈由无、みんな、見えてきただろ、釈亜真」
「分かった、お兄ちゃん、そのお守り貸して」
 剣侍狼がお守りを見るよう促すと、そのお守りに全員の視線が集まり、小二郎は不思議そうな顔で釈亜真に渡した。
 釈亜真は右手でそれを受け取った。
「お兄ちゃんも見える、お守りから影が浮き出てきたでしょ」
「本当だ、何、これ」
 小二郎は開いた口が塞がらなかった。
「見ててね、私の紫の光で包んであげるから」
 釈亜真は、右手の掌に乗せてたお守りの上に左手の掌を向けた。両手で球体を持っている仕草になり、左右の掌から紫色の光が出てきて、球体になると影は一瞬で消えた。
「凄いよ釈亜真、まるで魔法だ」
 影が消え去る手前から小二郎は叫んだ。
「うん、お兄ちゃんはもう大丈夫だ」
 消え去った直後に拳逸楼はそういった。
「えっ、何があったの見えなかったけど」
「私も」
 愛優嶺と美佐江は影と光は見えなかったようだ。同じく七助もそうだったようで、眉間に皺を寄せて首を竦めていた。
「私は見えましたよ」
「僕も薄っすら見えた気がする」
 獏之氶と一太は見えたようだ。
「拳逸楼、僕はもう大丈夫ってどゆこと」
 その場にいる誰が見えて、誰が見えなかったかということは無視して小二郎は拳逸楼の言葉に反応した。
「お兄ちゃん、落ち着いて聞いてね、今いっている影は、人の心の弱さが作り出すものなの、言い換えれば、心の闇ってことかな、例えば、学校のテストの点数が悪いと、先生とかお母さん達には、次頑張るなんていうけど、自分のなかでは、その科目が嫌いでしょうがないってことがあると思うんだけど、そんな思いが何かのきっかけでね、影になって、取り憑かれた人は災いを被ることが多いのよ」
 釈亜真は得意げに早口になった。
「なるほどね、言霊と似てるな」
 小二郎は釈亜真の話を聞くと冷静になれた。
「小二郎兄ちゃん、言霊ってなに」
 剣侍狼は勿論、他の六子達も初めて耳にする言葉で、六人は興味深い表情になった。
「言霊ってのは、〝だま〟が幽霊の霊の字をそう読むんだけど、例えば、試合の時に先生が、〝お前が強い〟なんていわれ続けると、勝てなかった人に勝てたとか、〝相手は実力を上げてきたから負けるかも〟なんていわれると、今まで勝ってた相手に負けちゃうとか、その言葉通りにことごがとが運んだりするんだ。そんな時に言霊だったなって使うんだよ」
 今度は小二郎が得意気に話した。
「そんな言葉があるんだ、言霊ねぇ」
 迦美亜は関心していた。
「似てるけど、影にはもっと力があるよね」
 慈由无はみんなに確認した。
「うん」
 五人はシンクロした。
「何だよお前たち、スッゲェ声合うじゃん」
 一太は思わず口走ったが、誰も気に留めなかった。
 
「それはそうと、一雄さんと一渼さんてどんな人、もしかしたら、この二人が重症かもしれない」
 一瞬、静まりかえったが、釈亜真は小二郎にいった。
「えっ、どうしたらいいの」
「一雄さんと一渼さんの家教えて欲しいんだけど、それと、お兄ちゃんは明日、時間ある」
「明日は部活休みだから時間作れるよ、僕も一緒に一雄君の家にいけばいいのか」
「うん、一緒に行こうね」
 小二郎が戸惑うと、慈由无は小二郎の協力を促した。
 
 翌日、小二郎は六子達を先導し、一雄と一渼の自宅へ向かった。
「あらぁ、家自体が影に包まれてるね」
「小二郎兄ちゃん、私達ね勝手に身体が動いちゃうと思うの、そんな時は私達のことはほっといてね」
 釈亜真が呆然とその家を眺めていると、慈由无は小二郎に助言した。
「分かった、影を消すのはいつ始まるか分からないってことな、みんな宜しく頼む」
 小二郎はいわれた通りにするしかないと思い、問題の解決を六子達へ託した。

「何だかいつもと違うようだね」
「俺もそう思った」
 拳逸楼と剣侍狼はこれまでにない違和感を覚え、他の四人も同じ感じを得たように頷いた。
 
「こんにちは、一雄さんと一渼さんいらっしゃいますか」
 慈由无は呼び鈴を押し、インターフォン越しに尋ねた。
 すると、インターフォンからの返答はなく、玄関から二人が出てきた。
「君達、だれ」
 一雄がボソッといった。一渼は半笑いの表情だった。
「影を探しに来ました」
『二人はそれぞれ違う影だよ』
 釈亜真が二人にそういうと、迦美亜は、他の五人だけに話しかけた。
『そうだな、一雄さんには不安な影が纏わりついてる』
『一渼さんは悲しい影だね』
 一雄の影を迦美亜が察知し、一渼の影は巫那が察知した。
『二手に別れた方がいい』
 拳逸楼は五人に強めな声でいった。
 
 拳逸楼と釈亜真、迦美亜の三人、慈由无と巫那、剣侍狼の三人、それぞれがチームとなり、二手に別れた。
 あっという間だった。
 拳逸楼のチームは一雄に紫色の光を放った。慈由无のチームは一渼に白い光を放った。
 直ぐに影は消えて一雄と一渼は正気に戻った。
「お、お、俺、何かしでかしたかな、君達は小二郎君の弟に妹」
「私も覚えてない、何があったの」
 一雄と一渼は困惑していた。
「小二郎兄ちゃんが外にいるから一緒に行きませんか」
 慈由无は二人を誘った。
 
「よう、一雄君、一渼ちゃん、いやね、お互い決勝戦までいけなかったからさ、でも、また頑張ろうっていいたくてさ、照れ臭くなって、この子達に二人がいるか訪ねてもらったんだ、驚かせたかな」
 小二郎はお守りの影のことや家を影が渦巻いてたことは口にしなかった。それを察して六人は、一雄達の家に目線を向けて、小二郎に笑顔を見せた。
「そうだな、気が緩んじまってたかな、でも、小二郎君の顔を見たら、そんな感覚が消えたみたいだ、これからも頑張ろう」
「私が作ったお守り、役にたたなかったみたいで」
 一雄は正気を取り戻したようだが、一渼は申し訳なさそうな表情だった。
「一渼ちゃん、そんなことないさ、今回の負けを糧に、練習、頑張るよ、だから、これは大事に持たせてもらうよ、ありがとう」
 小二郎は優しい声で一渼が話したことを否定し、逆にお礼をいった。
 
 六子達は、独りで影を消す術を身につけ、二手に別れて能力を発揮することができるようになっていた。。
 しかしながら、お守りから滲み出た影と一雄、一渼から浮かび出てきた影の種類が違ったことの理由は分からないでいた。
 
『みんな、今回の三種類の影はどこかに大元がありそうでならないの』
 迦美亜が話しかけてきた。
『俺もそう思うよ』
『私もそう思うわ』
 五人の声はシンクロした。
『一雄さんの学校か、試合をした武道場とかじゃないかな、武道には勝ち負けが付き物だから、恨み、妬みとか多いと思うんだ、だから、影が作られやすいんじゃないかな』
 剣侍狼が具体的にいってきた。
『何だか怖いね』
『うん、でも、逃げちゃだめよね』
『大丈夫さ、みんなで力を合わせれば』
 巫那と釈亜真は怖がったが拳逸楼は二人を励まし、影の大元を探そうと決意した。
 
 一方の小二郎と一雄達は、何もなかったかのように談笑し、友情を深めていた。
 
 そんな姿を見れた六子達は、自分らの使命を全うしていくことに喜びを感じ、同時に身が引き締まる思いを抱いた。
 
 続