K.H 24

好きな事を綴ります

小説 風俗で働いているけど、何か-③

2022-05-23 07:36:00 | 小説
参.前へ前へ
 
「アキラさん、どうですか、私を男性として相手することできました」
「はい、やっぱ、女性の身体の柔らかさと曲線は興奮できました。でも、サヤカさんだったからじゃないかな、俺の緊張を和らげるのがとても上手かった。」
「うん、どうしても仕事なので、演じる、ってことは多少なりともあったと思いますが、アキラさんのフェザータッチ良かったですよ、このタッチは武器になるんじゃないでしょうか」
「そうですか、それは良かった」
 
 沙弥とアキラのプレイがひと段落ついて、二人は意見交換した。
 
「あっ、そうか、色々、今みたいにお互い意見を言い合えばいいのか」
 
 アキラは閃いた。
 
「そうそう、お話し合うこと大切だと思います、うん、少し違和感を感じたことが二回程ありましたけど、男性、アキラ、さんに攻められるのに夢中になってると、〝当たらない〟なんて感じちゃいました」
「やっぱりそうか、陰茎を作るのが金かかるんですよ、尿道を長くする手術もしないといけないから」
「お金かかるんですね、まぁ、先ずは話し合いです、お互い理解し合えるように」
 
 アキラはその後、沙弥のホンシになった。そして、沙弥は茉莉花オーナーにこのことを告げ、ジェンダーレスのお客さんの受け入れやキャストの対応法を検討した結果、そのような人たちを集客することが増えた。
 
 一方、特別ボーナスを沙弥がもらった後は、沙弥にリスペクトするキャストと僻むキャストとに二分した。
 
「ねぇ、オーナーとサヤカって二人でよく話ししてるよね」
「ほんと、何なのあの女、良い子ちゃんぶって」
「あとねぇ、オナベさんとかレズビアンも客にしてるみたい、ううう、気持ち悪い」
 
 沙弥を僻むキャストたちはこんな陰口をいうことが多くなった。
 そんな裏を、キャストを送迎する運転手から茉莉花オーナーへ筒抜けだった。その運転手、実は茉莉花の兄、安孝《やすたか》だった。
 
「茉莉花、サヤカさんのホンシになってくれたFTM(female to male)のアキラさんだけど、電話口でサヤカさんにはそうだけど、俺にまでお礼を言って下さるんだ、びっくりしたよ」
「サヤカからも聞いたけど、アキラさんって方、良い感じね」
 
 茉莉花は確信した。サヤカの働きの素晴らしさと、性的マイノリティーの人たちの中には、自覚していた本来の性別へ、心身共に替えることができたとしても、その後の人生に対しての不安や悩みを持つことがあることを。
 
「サヤカ、ホンシのアキラさん、どう?」
「どうと仰るのは?」
「二週に一回くらいのペースでいらしてくれてるみたいだけど、落ち着いてきたの、心の状態とか、生活とか」
 
 茉莉花は、それとなく聞いてみた。
 
「はい、だいぶ明るくなりましたよ、でも、陰茎を作る手術を受けたい気持ちが強くなってきたって、最近は仰ってますよ、そろそろ、仕事一本に専念しようかって、勿論、私はその方向を勧めてます」
「陰茎形成術は一番お金かかるって聞くからね、大変だね」
 
 沙弥は素直にアキラの向かいたい道を後押ししているようだ。
 それを聞いて茉莉花は、これまでにない行動を起こすこととなった。アキラが予約の電話をしてくる頃合いに合わせて、店にいる時間を増やし、電話対応を試みたのだった。
 
「お電話ありがとうございます、〝秘密の花ビラ〟でございます、大変申し訳ございませんが、本日出勤しておりますキャストの枠は全て埋まっておりまして、明日以降ですと空きがあるのですが」
「はい、明日の予約を取りたいのですが、サヤカさんの枠は空きがありますでしょうか」
「少々お待ち下さい」
 
 茉莉花は電話口がアキラであることを期待し、沙弥のスケジュールの確認をした。少々、緊張が高まり、慌てずに電話対応しようと心がけた。
 
「お待たせ致しました、明日でしたら、一四時からの枠と、二三時からの枠に空きがありますが」
 
 アキラは一四時からの枠を選び、いつも通り、一二〇分コースを選び、茉莉花は予約名と連絡用の電話番号を確認した。案の定、アキラだった。
 
「アキラ様でございましたか、日頃より私共のサヤカをご指名して頂きましてありがとうございます、私、オーナーの茉莉花と申します、一度は私が直接お電話に出てお礼を申し上げたいと思っておりました、お電話、もう少しお時間宜しいでしょうか」
「はい、大丈夫です、わざわざお礼なんて、サヤカさんとはいつも楽しい時間を過ごさせてもらってて、こちらこそ、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもございません、毎度ありがとうございます、大変申し訳ございませんが、オーナーとしての仕事で、定期的にキャストとは面談をしておりまして、サヤカからはアキラ様がいつもご丁寧になさっていて、ありがたいと申しております、当店はアキラ様のようなお客様へお食事に招待するということをしておりまして、私とですが、いかがでしょうか」
「えっ、そんなことを、えっ」
 
 アキラは戸惑ってしまった。
 
「そう申しましても、高級な飲食店ではないのですが、完全個室でですね、キャストの評価をお聞きしたいのでございます、そして、今後のサービスへ活かせたらと考えております、まぁ、ご無理は申し上げませんが、お礼を兼ねて、私共のサービスの質を向上にご協力頂ければと考えております」
 
 茉莉花は恩つけがましく思われないように話した。
 
「あぁ、いいんですか、ご馳走になるなんて」
「はい、私共は店舗を簡単に広げる方針ではなくて、質を重視しておりますもので」
「なるほど、分かりました、だからサヤカさんのような女性が、何だかオーナーさんのお顔も見たくなってきました、じゃあ、お言葉に甘えて」
 
 アキラは納得し、更には、沙弥以外の女性と性行為への考えを聞いてみたいことに興味が沸いてきたことも相まって、茉莉花の誘いを受けることにした。
 この会食は、沙弥との時間を終えて、ホテルから車で一〇分くらい離れた所にある割烹ですることになった。
 
「サヤカさん、この後、オーナーさん、茉莉花さんだよね、ご飯ご馳走してくれるみたいなんだ、聞いてる?」
 
 アキラは沙弥とホテルのエレベーターに乗ると、ほんの少し、笑みを浮かべた。
 
「あら、そうなの、茉莉花オーナー、素晴らしいお客様には、何か還元したい、なんていうことがあるの、これまでも何人かと食事してるみたい、私たち茉莉花オーナーと面談以外に会うことないから、具体的に誰って聞くことはないけどね」
「あっ、不味かった、黙ってた方がよかったかな」
 
 アキラは罰が悪そうにした。
 
「大丈夫よ、茉莉花オーナーは信頼できるし、尊敬してるし、美味しいのご馳走になったらいいよ、アキラさんが楽しい時間になると思うわ」
 
 それを聞いてアキラの表情は緩んだ。
 
「へぇ、オーナーさんが女ってのもびっくりしたけど、女の人じゃなかったら断ってたかも、今日はラッキー、なのかな」
「アキラさん、エッチ」
 
 こうして、アキラは沙弥の言葉で安心し、茉莉花との会食が益々、素直に楽しみになった。
 
 一方、茉莉花は当日となり、アキラに会えることで、アキラへの興味を無意識に掻き立てていた。しかしながら、この機会を無駄にしたくないと我に返り、冷静であるように振る舞うことが精一杯だった。


小説 風俗で働いているけど、何か?-②

2022-05-17 08:44:00 | 小説
弍.マルチプル
 
「サヤカさん、新規の方ですが、よろしいですか」
「構いませんよ」
 
 沙弥がデリヘルのキャストになって半年でナンバーワンになった頃のボーイさんとの普段の会話だ。
 しかしながら、これまでに例のない事態が訪れた。
 
「初めましてサヤカです、緊張なさってます」
「初めまして、えっと、えっと、アキラって呼んで下さい、緊張してます、はい、でも、ごく普通のお嬢さんなんですね」
 
 店と暗黙に提携の形を取っているホテルの前で待ち合わせし、緊張している客を前に、どう和らげてあげようかと思慮しだした沙弥だった。
 
「ネットの写真は服が派手ですからね、もっと派手な格好でこればよかったかしら、何かご要望があるとそれに合わせるんですけど、初めての方の場合はこんな感じ、これ、自前なの、もしも、この後気に入ってもらって、ホンシになって下さったら、お好きな服装、前以ていって下さいね」
 
 沙弥主導で話しを進め、ホテルへ入っていった。
 
「アキラさん、シャワーからにしましょ」

 先にベッドに腰掛けたアキラの真正面に腰を落とし、両手で両膝を触れて、普段通りの笑顔で声かけした。
 
「は、は、あの、相談してもいいですか」
「はい、構いませんよ、本番行為はできませんが」
 
 沙弥は姿勢と表情も変えず凛としていた。
 
「はい、分かってます」
 
 アキラは間を置いて、真剣な面持ちでゆっくり立ち上がり、肩幅より広く右脚を広げた。
 
「実は、ないんです」
 
 右手の手のひらで股間を押さえた。
 
「元、女なんです、性転換手術を受けて、地元から遠くへ離れてきて、戸籍を男にできて、生活しだして半年です、女性に恋をしたいのですが、一歩踏み出す勇気がなくて」
 
 アキラは細マッチョで、綺麗に剃った髭の剃り跡があり、声も低く、頼もしい男性に見えるが、この時は身体を震わせていた。
 
「丁度良いじゃないですか、本番できないんですもん、私と色々、シュミレーションして下さい、私は受け入れますよ、何かお手伝いも」
 
 態度も何も変えずに答えたことに、アキラは驚きを隠せなかった。
 
「ありがとうございます」
 
 目から涙を溢さないように力強く目を閉じてこうべを垂れた。
 
 嘗て、沙弥が幼少期の頃、母親の志津香は、仲良しになったママ友である音羽と一線を越えた。
 音羽は明日香を産み、その後、夫とセックスレスになり、五年を迎えようとした頃に、それがストレスでトラブルを起こしていたいたのだ。
 そのトラブルは、浮気だった。初めは、運送会社のドライバーの男性との浮気で、弄ばれて身も心も傷つき、直ぐに捨てられた。
 それは、ドライバーの男に音羽が無意識に依存していったからだ。本人は気がつかなかった。夫にもバレなかった。
 その後は周りのママ友や幼稚園教諭たちと夜遊びが増えた。勿論、女子会だった。
 特に、幼稚園教諭たちの呑みの場が増えていった。その中にレズビアンがいた、フミコという教諭でタチだった。
 音羽はカラオケボックスの個室でキスをされ、愛撫され、快感を覚えた。そして、同性との肉体関係を受け入れた。寧ろ、男性より女性の方が興奮することに気がついた。
 ママ友たちへも手を出すようになった。音羽のトラブルは同性の身体を求めるということだった。
 このトラブルは問題となり、フミコはレズビアンで園児の母親と肉体関係を持ったことは伏せる条件で解雇となり、同じく音羽は明日香を別の幼稚園へ転園させられることになった。これに加え、音羽と夫は離婚しなかったものの、心療内科でのカウンセリングを勧められ、夫婦でカウンセリングを受けることになった。
 その効果で、音羽は落ち着くも、仮面夫婦となってしまったのだ。全て明日香のためだった。
 しかし、音羽と志津香の出会いは、音羽の女性の身体を求める気持ちを再燃された。
 
 その頃沙弥は、両親の夜の営みを目にしてしまうことがあった。
 
「お父さんとお母さんは、おねんねの時に身体をモミモミしてるんだね、お父さんもお母さんも毎日疲れちゃんうんだね、沙弥のために、ありがとうね」
 
 沙弥は夜中に物音がすると、一緒に寝ていた母親がいないのに気がつくと、居間でその様子を目にして、両親がいることを確認し、安心して寝室に戻るのであった。その翌日の朝食時に、そんなことをいいだすのだった。
 
「明日香ちゃん、眠くなってきたね、一緒におねんねだね」
「うん、今日も楽しかったね、沙弥ちゃんと沢山遊んだね」
 
 竹男が出張の時は、音羽と明日香親子は泊まりにくることが増えた。そして、音羽は子供たちが寝沈むと志津香を求めた。
 お互い、酒に酔っていて、志津香は音羽の悪ふざけと思っていたが、巧みな音羽の誘惑に負けてしまうのだった。
 
「明日香ちゃん、沙弥のママと明日香のママは、沙弥たちのために頑張ってくれてるよ、だから疲れちゃっていて、昨日の夜は、身体をモミモミしあってたよ、お母さん、おばちゃん、ありがとうございます」
 
 沙弥は、両親の行為と同じように感じ、四人での朝食の時にお礼をいった。
 
「そうなのね、お母さん、おばちゃん、ありがとう」
 
 明日香も続けていった。
 
「いいのよ、明日香と沙弥ちゃんが元気で仲良く遊んでくれるから頑張れるのよ」
 
 透かさず音羽が話し出すと、志津香は顔を引きつかせ、音羽と同じような言葉を返した。
 
「あっ、でもね、幼稚園のお友達とか、先生たちには内緒よ、ママたちが疲れているって分かると心配しちゃうからね」
 
 音羽はいい加えた。
 沙弥と明日香の二人は鵜呑みにし、納得していた。
 
 そんな幼少期の経験から沙弥は、意識しないながらも、ジェンダーレスへの考えを身につけていた。だから、アキラのことも違和感なく受け入れた。
 それ以来、デリヘルの客層はレズビアンや女装家、トランスジェンダー等等、性的マイノリティーを差別せず、沙弥はそんな客に合わせて、そんな客の要望に応えた。
 
「沙弥さん、特別ボーナスです」
 
 キャストとして不動の一位となった沙弥にオーナーから他のキャストがいる前でピンク色の縦長な封筒を差し出した。目を見開き、軽く口を開けたまま受け取った。
 
「茉莉花《まりか》さん、えっ、いいんですか、ありがとうございます」
 
 沙弥は喜んだが、これがきっかけで、一波乱起こることは、オーナーの茉莉花さえ予測できなかった。
 
 続

小説 風俗で働いているけど、何か-①

2022-05-14 22:05:00 | 小説
 壱.落魄の始まり

 沙弥《さや》は出生時、両親と三人家族だった。
 父親、竹男《たけお》は地方公務員で当時は二七歳。母親、志津香《しずか》は一七歳でコンビニエンスストアーで働いていた。
 竹男は公務員にしては珍しく残業が多い部署に就いていて、毎日というほど志津香が働くコンビニエンスストアで弁当やビール、翌朝の朝食にするサンドウィッチを買うのが習慣になっていた。
 
「お客さん、いつもご苦労様です」
 
 志津香はいつもより、疲労感を漂わす竹男へおつりを手渡す時に、いつもより頑張った笑顔を向けた。
 
 竹男はその耳に入ってくる、いつもと違う音と、その音が手の背で感じる志津香の指の感触を鮮明な刺激へと変換させ、それらの感覚を意識上へ突き上げられた。
 
 それ以来、竹男は志津香に話しかけることが、そのコンビニエンスストアへ向かう目的となり、半年後には、竹男の1LDKの部屋は、志津香との世界となっていた。
 
「タケちゃん、今月ね、生理が来ないの」
「えっ、妊娠した?」
「わかんない」
「妊娠検査薬買いにいこ」
 
 志津香は部屋着のスウェットのポケットから妊娠検査薬を取り出した。
 
「買ってたんだ、タケちゃんだけだと買いにくいし、二人で行ってもなんかビミョー、でしょ、アタシたち見た目のギャップがあるから、ね、タケちゃんに迷惑かけたくないって思って」
「分かった、俺は覚悟を決めたから、トイレいっといれ」
 
 竹男は真面目にふざけたが、志津香は〝覚悟を決めた〟という言葉だけを耳に残してトイレへ向かった。
 
 出産を迎えるにあたって、二人には様々な難事が訪れた。
 
 先ず、歳の差のことである。二人の両親は反対の罵声を浴びせかけた。
 しかし、ここで竹男が踏ん張った。職場の残業より疲れ果てるまで、志津香への愛情、静かとの将来設計等等、大口を叩いた。
 一方、職場では上司に呼ばれて犯罪ではないのかと問い詰められた。
 竹男は理系であり、普段から法律に関わることがなかったが、間を空けて「犯罪ではありません、私は彼女を幸せにします」と、これ以上は発言しなかった。
 
 そのやり取りは多くの職員が感銘を受けた。勿論、そうでない者も少数はいた。
 
 志津香はそんな竹男の思いを嬉しくて、嬉しくて、一生竹男について行きたいと考えるのであった。
 
 そして、沙弥が誕生した。
 
 沙弥は後光を差す程の輝きで、あんなに反対していた二人の両親を喜ばせ、竹男と志津香へ向けた澱んだ空気をも一変させた。
 
 沙弥のお陰で、爽やかな空気を吸えるようになった竹男と志津香は各々、仕事、育児に専念した。二人とも幸福感で満ち溢れていた。
 
 スクスクと育ち、沙弥が幼稚園の年長クラスに上がった時に、少しづつ歪みは始まった。
 
「沙弥ちゃんのお母さん、今日は自転車じゃないんですか」
 
 沙弥と同じクラスの明日香《あすか》の母親が声をかけてきた。
 
「あ、どうも、明日香ちゃんのお母さん、自転車がパンクして、修理に出したので、でも、すぐ直るからっていうんで、これから沙弥と自転車屋さんに寄って帰るんです」
「じゃあ、私たちは車なので、自転車屋さんまで送りますよ」
 
 明日香の母親、音羽《おとは》は躊躇なく二人を誘った。
 
「わーい、明日香ちゃんと一緒、嬉しい」
「沙弥ちゃん、おいで、おいで」
 
 子供たちは喜んだ。
 
 これをきっかけに、志津香と音羽は仲良くなった。
 志津香は沙弥の幼稚園の母親らとの年齢差が大きく、かつ、日々の子育てや家事を熟すのが精一杯で、更には、自動車の運転免許を取る機会が作れず、ママ友を作れないでいた。
 
「志津香さん、今度の日曜日は何か予定あります、ハイキングにでもいきませんか、突然でごめんなさいね」
 
 ある日の子供たちを迎える時間に音羽は声をかけた。既に、二人は気兼ねなく喋り合える仲になってはいた。
 
「良いね、うちの人、日曜日だけはゆっくりさせてくれっていうんでなかなかこの子を遠出させてあげられないの」
「お父ちゃんは仕事頑張ってるから日曜日はお休みさせてあげるのよ」
 
 志津香と沙弥は、そんな竹男に対して不満があったが、それを表には出さなかった。
 
「あらぁ、うちもそうなのよ、うちの人も仕事人間だから」
「やったぁ、沙弥ちゃん、一緒にいこうね」
 
 梅雨入りする前に志津香たち親子と遠出ができることに音羽は喜びを隠すことなく、満面の笑みを浮かべた。
 
 しかし、周囲の母親たちと幼稚園教諭たちは、音羽を疑惧していた。それは、音羽がトラプルメーカーで明日香はこの幼稚園へ中途入園してきた経緯があったからだ。
 幼稚園側はそれとなく園児の母親たちに伝えていたものの、志津香には伝わっていなかった。
 
 音羽は今度こそトラブルは起こすまいと考えていたが、周りの冷たい目線に気がついていて、胸の奥深くにモクモクと煙る感じが沸き立っていて、あの火が消えていないことを確認していた。
 
「音羽ちゃんのお陰でうちの人、〝一人でのんびりする時間を作ってくれてありがとう〟なんていってくるようになって、超ゴキゲンなの」
「良かったねシズちゃん、たまにはさ、甘えさせてもらって、呑みにでもいかせてもらおうよ」
「良いね、居酒屋いってみたいなぁ」
 
 益々、二人の仲は親密になっていった。
 その〝親密〟が志津香を崩壊させる始まりだと、予測することなぞ思考回路を巡らせられるわけがなかった。
 
 続

小説 イクサヌキズアト-12

2022-05-09 13:37:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

 最終話.キズアト
 
 地雷、不発弾、戦勝国からの統治、治外法権、地位協定、伝統文化の不確実な継承、不和合、等等、キズアトといえるだろう。
 
 キズアトではないが、キズアトを残す要因の一つに、この世界は争い事がなくならない。
 
 この世に誕生して、物心がつき、社会に適応する。
 その行く末は全人類共通して、死を迎えること。
 
 だから、無意識的に自分自身が好む事象を求めてしまうのだろうか。
 
 沢山のイクサヌキズアトを残しながら。
 
 終

小説 イクサヌキズアト 第壱〜参話 終

小説 イクサヌキズアト-11

2022-05-08 07:59:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

参.兢
 
 スポーツ庁長官の室伏広治氏は、全柔連が小学生の全国大会を中止することを受けて〝(年齢が)早い段階から全国大会をやる意義はあるのかと個人的には思う。より健全で、生涯スポーツとして楽しめる取り組みが大切〟と支持する考えを示した。
 
「なるほどね、あの人は現役の頃、新生児の運動発達過程から応用したトレーニングを確立させた、なんて話もあるから、子供の発達に悪影響な要素を省くって感じで考えてんのかなぁ」
「そうなんだろうな、俺らがさぁ、子供の頃は根性論が優先されてたもんな、科学的なフィジカルケアやらメンタルケアなんて皆無な時代だったからな」
 
 アラフィフの男二人が、家呑みをしているなかで、テレビのニュース番組で流れた話題に喰いついた。
 
「でもよぉ、ゆとり教育が出てきた時があるだろ、円周率が三.一四じゃなくなって、運動会のかけっこの順位もつけないとかさ、ケイゾウのお子ちゃんたちの頃だろ」
「うちの子の話はしたくないな、もう俺は独り身だから、その頃のことは思い出したくないんだ、悪いな、タケナリ」
「いやいや、こっちこそ、いちばんキツい頃だったもんな」
 
 この二人の男は、大学が同じで、そこで友人となり、更には、二人ともバツイチである。だから、月に一、二度、どちらかの家で呑みの場を設けるようになった。
 
「いやいや、いいんだけど、それにしても、ゆとり教育ってなんだったんだろうな、今回の室伏さんは子供の身体と心の成長を考えてっていうなら、分かるんだけどな」
「ああ、まぁ、うちらの時は詰め込み教育でさ、学歴至上主義だの点数至上主義とかで、それからの弊害があるってことじゃないかな」
「ん、俺らの世代は人も多かったからな、線引きが必要だったろうから、それが変な方向にいったってか」
 
 二人はこれまでに、このような内容の話をしてこなかったわけではないが、そのテレビの報道がきっかけで、教育制度についての会話が立ち上がった。
 回想しながら、前にもこの内容に近い話をしたなと思っても、酒のアテには丁度良いとも思いながら話を続けた。
 
「ああ、タケナリ思い出したよ、これはまだ、話してないと思うぜ」
 
 ケイゾウは嬉しそうにタケナリに左手の人差し指を腹側を床に向けて『ああ』という歓喜に合わせ揺らして、向けた。
 すると、タケナリは新しい話題なのか半信半疑ながら強い期待をせずに半笑いになった。
 
「俺よう」
 
 ケイゾウは首を傾げたり、目線を右斜め上に向ける等、マイペースで言葉を発し始めた。
 
「中学の時は荒れてたんだけど、体育祭と文化祭は隔年でやってたのよ、で、体育祭は俺の学年は中二の時にしかなかったわけ、けど、俺は体育祭出れなかったんだけど」
「なんだよ、厨二病《ちゅうにびょう》か」
 
 タケナリは期待薄な話題が飛び込んできて、待ってましたとばかり、ツッコミを入れた。
 
「違うよ、いや、そうだったかもな(笑)、で、体育祭出たくなくなったから、わざと結膜炎になったわけよ」
「やっぱ、厨二病じゃねぇの」
 
 二人は互いに笑った。
 
「ははは、だからな、体育祭の練習には出たんだよ、練習の時はやる気満々だったわけ、でも、棒倒しの練習でさぁ、二回目だったかな、相手の組がよ、五、六人束になってボコボコにしてきたんだ、卑怯だろ」
「げぇー、やられちまったのか、おめぇ一人を止めたってどうしようもないだろう、えっ、嫌われ者だったのか(笑)」
 
 タケナリは初めて聞く話だと確信し興奮が高まった。
 
「そうだったのかもしれんけど、棒に登る登らないで抑えられるんなら分かるけど、確か棒の二、三メートル先ですんるだせ、卑怯だろ」
「知らんは、その場見てねぇんだから、でも、お前、相当ヤンチャしてたんだな、お前の存在がデカかったんじゃないか」
 
 タケナリは差し支えないように対応した。
 
「で、その後はどうなったのよ」
 
 ケイゾウがグラスに入った焼酎のロックを飲み干している途中にタケナリは煽った。
 
「ええ、そりゃ練習が終わったら一人一人ボコボコにしてやったよ」
「ははは、ははは、執念深いなぁ、やっぱ厨二病だよ」
 
 二人は爆笑の渦を巻き起こし、一旦、会話は中断した。
 
「いやぁ、久し振りに笑ったわ、酒が旨いわ」
「おう、ウケたか、ボコボコからのボコボコ返し、でも、恥ずかしくなってきたや、本当にガキだよな」
「良いんだよガキだから、その程度のことは、お前にとって、それで体育祭を棄権したというか、辞退したというか、それで正直な気持ちを表したって思えたわけだから、ガキなんだから良いんだよ」
「でもよう」
 
 ケイゾウがその懐かし話で渦巻いた空気を、鎮めるような声色に気がついたタケナリは、その言葉を耳にして、不意に目を合わせた。
 
「俺らの中学の頃は校則が 五月蝿《うるさ》かったじゃないか」
 
 ケイゾウはそう続けた。
 
「いや、そうでもないぞ、俺らはそんな校則は簡単に破って、怒られて、また破って、イタチごっこでさ、それが良かったと思う、先生たちとのコミュニケーションの一つになっていたと思うぜ、今頃はよ、親とか周りの大人も一緒になって訴えていって、変態チックな校則とかは直ぐに晒されるから、子供たちを守ることはできても、主体性がなくなってないか」
「なるほどね、複雑だよな今の子の環境は、大人たちの考えに流されちまいそうだな、あっ、だからネチネチした虐めがあるのか、大人に気づかれないような」
 
 ケイゾウは自分自身の思春期と現代の思春期の子らの心情を比較する展開に代えていった。
 
「どうなんだろう、形が変わっただけじゃないか、俺たちの頃の虐めは裏でどうにかするってのはなかったと思うけど、そうでもないか、たまにはあったか、でも殆ど、学校は隠蔽してたよな、警察沙汰にしないようにしてたよな」
「そ、そうだったな、今と比べるとあれは酷かったな、そいえば、タケナリ聞いてくれ、俺の地元の奴なんか、小六の時に三個上の中二年生一五人位にボコられて救急搬送されたけど、学校は警察沙汰にしなかった、あれは驚いたよ、背中をさ、そこが厚めのハイカットのスニーカーで血が出るまで殴られてよう、痛々しかったなぁ」
「傷害事件じゃねぇか」
 
 二人の思春期談義は疲労感を覚えるまで終わらなかった。
 
「ひぃー、尽きないな」
 
 いつの間にか二人のグラスの中の氷は融点を超え、グラスの底には池ができていた。
 
「でもよう、ケイゾウ、この国の教育体制って、軍国主義的思考が拭えきれないでいるんじゃねぇかな」
「進歩ねぇな」
 
 続