K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-08-29 15:25:00 | 小説
第什弍話 信
 
「すみません、お一人ですか、お時間ありますか」
 美人で派手ではないライトピンクなワンピースで白い靴下、赤茶のローファーを履いてて、プリムのエッジに白いレースがそれの五分の一の幅で飾られてるベージュの帽子を被った清楚な女性から声をかけられた。
 
 僕は、高校生の時はラグビー部で右耳は潰れていて、身長は飛び抜けて高いわけではないが、肩幅が広く、腕と太腿は太くてゴツい身体をしているから、身の丈は実寸よりも五センチ増しくらいに見られる厳つい男である。だからといって、血の気は多いわけでない。でも、見知らぬ女性に声をかけられるなんて、思春期を迎え、女性を意識し始めた頃からは一度もなかった。
 社会人になって、職場の協調性を乱さぬよう笑顔や会話の時の優しい声色を努力して作ってきて、自然にそれができるようになった頃だった。
「はい、独りですけど」
 僕は驚き反面、嬉しさで照れ臭く、これからの予定を伝えられずにその一言しいえなかった。
「あの、二人でお茶しながら、私の話を聞いてもらえませんか、お茶代は私が払いますので、如何ですか」
 とても慣れた口調でその女性は話を進めていった。
「えっ、ビジネス勧誘、宗教勧誘ですか」
 僕は女性にそういわれると、表情を固めてしまい、疑いの目に変わってしまった。
「あっ、〇〇宗です。あなたにとってとてもいいことですよ、是非、私を信じて一緒にきて下さい」
 女性は雰囲気を微塵も変えずいいよってきた。
「すみません、これから映画見るんです。そろそろ上映時間ですから、それと、神様は僕の心の中にいますので大丈夫です」
 喜びのベクトルが一気に180°反転して、僕はその女性を無視して速足で映画館に向かった。
 勿論、映画を見ることはウソではなくて、話題になっていた『シンドラーのリスト』を見る予定だった。その速足は、裏切られたと感じた小さな怒りが原動力となっていた。
 
 映画は予想以上に感動した。ナチスドイツから多勢のユダヤ人を救い出したのに魂が共鳴したように震えた。その時、僕はふと思い出した。それと、小さな怒りが消滅していることに気がついた。

 あの女の人、僕に宗教を勧誘してきた女の子、また、僕みたいな独りほっつき歩いてる男に声をかけてるのだろうか、断られることが多いだろうに辛くはないのだろうか。信じているからこそ、できる行為なのか。いや、もしも、一緒に喫茶店にでも入っていたら、その子の仲間の信者に囲まれて、入信しないと帰してもらえなかったのかもしれない。再び、声をかけてきた女の子のことを考えていた。
 
 スーパーマーケットに寄って、蛸の刺身とチューブ入りのニンニク、ローストポークが乗っかったサラダ、ロング缶の六本パックのビールを買って、1DKの独り住まいに帰宅した。
 ビールは冷蔵庫の中に入れ、冷凍庫からレンチンして食べられる鷄の唐揚げを五個、平たく白い皿に盛り、レンジの中に入れ、蛸刺しは小さ目の平たい紺色の皿に無造作に移し、チューブのニンニクとひとつまみの塩を振りかけ、オリーブオイルを回しかけた。鶏唐が温まりきらない前にシャワーに入り、汗を流したかった。さっぱりさせて晩酌の時間にしたかった。土曜日だから蛸刺しにニンニクを利かせた、お手製のカルパッチョにしたのを少しだけ胸躍らせて浴室に向かった。
 
 首にフェイスタオルをかけて、タンクトップと短パン姿でロング缶をプシューっとすると、電話が鳴った。たまに、泊まりにくる、肉体関係も持つ、高校時代からの女友達だった。これからくるようだ。その子は偶然なのか、必然なのか、スープが冷めない距離のアパートに引っ越してきて半年くらいになる。
 
「お疲れさん、タダシ、ビール持ってきたよ。後は乾き物も」
「おりがとう、今日は仕事じゃないだ、一緒に呑むか」
「今週は、火曜日から昨日まで連勤してて、先輩にシフト代わってくれっていわれて、でも、久し振りに土曜が休めるのもいいものね」
 彼女は、昼間はネイルサロンの経理をしてて、その店にバレないように、火曜と土曜の夜、週二回のペースでキャバ嬢をしている。将来は、自分でネイルサロンを開きたと考えていて、お金を貯めるためのWワークである。
 
「アヤカ、今日さぁ、映画見に行ったんだけど、会社から向かってる途中に可愛らしい女の子に声かけられてさぁ」
「えっ、タダシが」
「そうなんだよ、この俺がだよ」
 僕の女友達のアヤカは少しジェラシーを感じたのか、可愛らしいという言葉に反応したのか、一瞬、眉間に皺を寄せた。
「結局、何かの宗教の勧誘みたいだったから断ったけどね、その子はのめり込んでるのかなぁ、信仰心が強いんだろうなぁ、堂々とした態度で、爽やかに話してきたんだ、少しムカっとしたけど、今は、すげぇなぁって思えて」
「その子の何が凄いの、可愛い子だから気に入ったの」
 僕は気がつかなかったが、アヤカは機嫌を悪くしてた。
「いやいや、シンドラーのリストを見たんだけど、ユダヤ人を救った主人公が自分を信じて行動してさぁ、見事に救い出すわけだよ、なんだかその子の自然な仕草とか慣れた喋り具合とかが、あの子も自分を信じて行動してると思うと、すげぇなぁってね」
「タダシ、騙されるところだったんじゃない、色んな顔を持てるんだから女は」
「本当だ、アヤカもそうだな、アヤカもすげぇな、女の人は強かだ、悪い意味じゃないよ」
 僕は女性の強さを実感していた。
「邪な強かさだってあるわよ、その子はどうかな、少なからずみんな邪心は持ってるからね」
「そうだな、あの子について行っても良かったかな、でも、映画みてそう思ったからな、今度会ったらついていってみようかな」
「騙されないように気をつけなさいよ」
 僕とアヤカはその子が良い人なのかそうじゃないのか見極めることができずに、その話題はフェードアウトしていった。
 
 その後、僕とアヤカは枕を共にした。互いに満たし、落ち着くと、また、その子のことが頭に浮かんだ。信じていい人なのか答えが出ない歯痒さが湧いてきた。アヤカに話してみようと顔を向けたら眠りに就いていた。
 
 アヤカとその子を比べてみると大きな違いは、一緒にいる時間が明らかにアヤカの方が長いことと、困ったことがあった時は互いに助け合ってきたこと、そして、一夜を共にすることも許し合えてることを思い浮かべていた。アヤカを僕は、女性として、人間として、信じられる存在になっていたことに気がついた。アヤカのことを深く考えたことがなかったことにも気がついた。自分自身が鈍感に思えたが、とても安心感に包み込まれて、身体の力がいつもより抜けていく感覚を覚え、眠りに入っていった。
 
「アヤカおはよう、疲れてた、昨夜は直ぐに眠ったな」
「うん、夜の三連勤で疲れたみたい」
 アヤカは、僕に顔を向けて僕の言葉を耳にすると、そういいながら僕の胸の中に顔を埋めてきた。
 
「アヤカ、俺の彼女になってくれないか」
「うん、いいよ。」
 
 終


短編小説集 GuWa

2021-08-25 05:09:00 | 小説
第什壱話 単位
 
 社会の最小単位は家族であろう。

 母胎からこの世に産み出され、泣くことで初めて大気を肺の中に取り込む。次いで、産婦人科医、もしくは、助産師に抱き抱えられる。同じ人類との初めての触れ合いである。しかし、その瞬間を覚えているのは稀で、殆どの人が記憶に留めていない。
 羊水で守られた母親の中では、心音や声、様々な音が耳に入ってくるようだ。また、母親が排尿する音が胎児には心地良い音という研究者が存在する。恐らく、我々人類にとって、水は欠かせないもので、水流音は誰もが癒される音と捉えているだろう。命の始まりは水の中なのだから。
 勿論、例外はある。川や海での水音は、トラウマとなる音になりかねない。自然の力は偉大である反面、脅威にもなり得るからだ。
 
「よちよち、おしめ替えまつゅよう」
「あなた、赤ちゃん言葉はやめてよ、言葉遣いが悪くなるらしいわよ」
 新婚、かつ、第一子が誕生したばかりの夫婦にありがちな会話である。
「ごめんごめん、とても可愛いもんだから、ついつい。ヤーナレェー、フカナレーだからな」
 
 この夫婦、夫が沖縄出身で、大学進学を機に東京へ上京し、世田谷区出身、生粋の東京の女性と結ばれた。時折、沖縄の方言が二人の会話の中に漏れ出してくるのは致し方ない。

「何、その言葉、外国語みたいね、どういう意味なの」
「あっ、ヤーナレー、フカナレーのことかい、うちなー口で、家での習慣は、ついつい外でも無意識にしてしまうってことかな。マナミ、思い出してみてよ、誰かと何気ない会話をしてると、不思議がられることがあるだろ、例えば、マナミがうちの実家で晩ご飯の支度をしてた時、缶ビール開けたじゃない、そしたら兄貴の嫁さんはびっくりしてただろ、うちのお袋も若い時はそうしてたから気にすることではなかったよな、そんな感じかな。でもさ、東北の姉さんの実家だったらどうかな、変に思われそうじゃないか」
「なるほどね、油断すると、外でも自分の癖、習慣が出てしまって迷惑かける可能性があるってことね」
「そうそう、大半は悪い事態を招かないとは思うけど、そんなこともあるよって教訓めいたことかな。だからこの子が、マミコが言葉を綺麗に遣えるように、気をつけないとな、以後気をつけます」
 夫のカイトはマミコのおむつ交換を終えて抱っこして、最後の言葉をマミコの顔を見ながら話しかけるようにいった。
 
 その二年後にマミコの弟、マコトが誕生し、賑やかな家族になった。しかし、この姉弟の両親は一五年後、マミコが一七歳でマコトが一五歳の年に離婚することになった。
 
「マミコ、おむつかなぁ。あっ、そうみたいだ。離乳食始めると立派な匂いだな」
「あっ、タカオさんお願いね」
 マミコは二〇代の最後の年に長女をもうけ、認知してくれた男性、その子の父親と共に暮らしを営んでいた。
「ふう、泣き止んで気持ち良さそうに眠ったよ」
「ありがとう、お陰でさっぱりしたわ、タカオさんが早く帰ってきてくれると助かるぅ」
「いやいや、マコト君も休ませてあげないとね、それと子育ては独りじゃ大変だし、それにしてもフミは日に日に変わってくるな」
 マミコが産声を上げた頃の夫婦の会話の内容も変わっている。
 
 マミコとタカオは夫婦別姓を望んでいたが、それが叶わなかったため、婚姻届を出すのを諦めた。誰もが現実婚の夫婦と娘と三人の家族だと疑う余地がない状況を創り上げていた。
 
「お父さんは寂しくなかったかな。フミを一度しか抱かせてあげられなかったな」
「父さんは一度だけでも嬉しかったと思うよ、欲がない人だから」
 マミコの父、カイトは離婚後、会社を辞めて陶芸家に弟子入りし、山籠りして修行して誰よりも早く一人前の陶芸家として独立し、陶芸に纏わる様々な賞を受賞し、益々、社会との関わりを減らして創作に勤しんでいた。それが違って病を患い、孤独死してしまったのであった。

「そうだよな、優しい人だった。二人で挨拶に行った時、とても緊張しててさ、マミコのことを叱るんだもんな、タカオ君の姓を名乗りなさいってさ、その時だって眼差しだけは優しかった。ご自身の収益も殆ど施設に寄付してたもんな」
「私は父さんみたいになれない、せめて、マコトと二人で姓を受け継ぐことしかできないわ。」
「似てるじゃないか、お父さんと、優しい頑固さが、フミにも弟が必要だな。」

 タカオとマミコは同じ出版社の先輩と後輩という形で出会い、強い絆を育み、今の関係性に至った。というのは、タカオはその会社の芸術部に所属していて、画家や彫刻家、勿論、陶芸家等を取材し記事にしていた。マミコは自然景観部で、山や川、海等の四季折々の変化を取材対象としていた。
 ある時、冬山に取材に出かけたマミコが遭難してしまい、その山裾に画廊を持つ画家を取材していたタカオがマミコを救助したことが最初の出会いだった。
 
「お疲れさんマコト君、交代しようか」
「タカオ兄さん早かったですね。フミ眠ってるんだ。ここは静かだから大丈夫だね」
「打ち覆いを外して、マコト、父さんの顔眺めてたの」
 カイトの山奥の自宅は往来がしづらく、街の葬儀場で通夜を済ませて、翌日の葬儀まで故人を見守ることになっていて、マミコの家族がマコトと父親の亡骸の見守りを交代する時だった。
「うん、初めてだよ、こんなに長い時間父さんの顔を見てられるのはさ、父さんも喜んでるよ、ヤキモノを一心不乱に創り続けてさ、俺が顔を出すと、切りの良いところで手を止めて、話を聞いてくれて、要所要所でアドバイスしてくれて、怒ることなんて一度もなかった。あんな山奥だから毎回泊まるなんてもできなかったし、でも、一度だけ、俺が仕事でとても悩んでた時にさ、それを察して、明日が休みだから酒呑もうっていったんだ。本当は休みじゃないのに、俺のこと思って、随分話を聞いてもらったと思うんだ、けど、翌朝は俺よりも早く起きて味噌汁と釜炊きした白飯作ってくれてさ、凄く美味かった。だから、長居はしたんだけど、記憶がなくなるまで呑まされてさ、父さんも同じくらい呑んでたと思うんだけど、そんなこと思い出しながら眺めてた。話しかけてた。確か、泡盛だったはず、父さん酒強かったなって、もっと一緒に呑みたかったなって」
 マコトは涙を流しながら、父親との思い出を姉夫婦に話した。
「お父さん、東恩納先生は陶芸界では作品の評価は勿論、高評価だったし、それと誰もが静かなザルっていってて、どんなに呑んでもニコニコして酔わないって有名だったよ。担当記者になってみたかったな、まさか、マミコのお父さんなんて想像できなかったけど、オカダ先輩を可愛がってて、先生から担当は代えないでくれっていってた」
 タカオはカイトとの関わりが少なかったが記憶に残る人物と感じてた。
「良き変わり者よね、私達にも謙虚で、叱るけど怒らないから、でも、家を出て行く前に、母さんと喧嘩した時は凄い形相で怒ってたよ、マコトが塾に行ってた時だったかな。今、思うと夫婦って他人同士なんだよね、結婚して初めて合わないってことがあってもおかしくないなって思うわ。でも、父さんは私達姉弟には最後まで怒らないのを貫いたね、私達を信じててくれたんだと思う」
「父さんと一緒に暮らしてた時、一度ボヤいてたよ。母さんにあんなこといわれて、お前は大丈夫か、父さんは嫌だなって、俺、それ驚いたよ、母親ってのはどこも口煩いものだって俺は自然に思ってだんだろうな、でも、母さんは一生懸命やってくれてたから、父さんには大丈夫だってひとこといったけど、まだ、結婚してないから分からないや、他人同士が一つ屋根の下で暮らすってこと、かといって、姉さん達の暮らしに首を突っ込んで参考にしようなんては思わないよ、仲良さそうだから、いつまでも仲良しでいてよ、兄貴ができて嬉しいしさ」
「あっ、ズルい、私は早く妹が欲しいわ」
 
 マミコとマコトは、これまでの人生を母子家庭で過ごしてきたが、父親の存在は、いつまでも父親として変わらないものであったようである。父親の死を直面して、家族という形態を意識して考え始めた。
 
 両親が揃っていない、他の家族とは形が違えど、最小単位での社会を巣立ち、大海原へ船出したが、その違いに影響されず生きていっている。マミコに限っては、家族の形の多様性を迷いなく体現している。そして、タカオもそれを受け入れた。マコトも既成概念に囚われず、今後、家族を創っていくのだろう。
 
 終


短編小説集 GuWa

2021-08-17 18:03:00 | 小説
第什話 関心

 スーパーマーケットで万引きが見つかって、店員に事務所へ連れられた少年は、品物は出して万引きを認めたものの、両親や自宅等の連絡先は口を噤み、答える気配がなかった。
「君、その制服は北中でしょ、先生呼ぶか、お巡りさん呼ぶかしないといけなくなるよ。それでもいいの?」
 少年は、それでも口を動かさず、表情さえ変えなかった。目線をテーブルに落としているだけだった。
 店内のBGMとパソコンの電子音とが同じくらいの音量で聞こえるくらい、店員と少年の会話は途絶えた。店員は時折、咳払いをして、少年が喋り出さないかとイライラが増していった。
 
「サクライ君か、またやったんだ、嫌なことでもあったかい」
「店長、この子知ってるんですか」
 店員にとっては、その少年が言葉を発さず、呆れていた時間が長く思えていて、店長の言葉を聞いて、店長以外の人達もこの少年を知っていて、自分自身に何もいわなかったことを不信に思った。
「はい、年に一回くらいかな、すまないコヤマさん、嫌な気分にさせてしまって。半年目だよね、うちの店舗にきて。この子は母子家庭でね、幼い頃はいじめられてたんだ、死んだうちの子と一緒にね」
 店長は少年の目の前で、少年が嫌がるであろう話題を躊躇なく話し出した。
「えっ、えっ、そ、そんなことがあったんですか」
 コヤマはとてつもない不吉な話を耳にしたと感じ、驚きが隠せなかった。
 
「サクライ君、まだ辛いんだね、私も辛いんだけど、もう戻ってはこないわけだから、受け入れようじゃないか。君が明るく、今より少しだけでいいんだ、明るく過ごせてると、ミツオは喜んでくれると思うんだが」
 店長は諭そうとしたが、少年は少しだけ歯を食いしばるだけで、目線を変えようともしなかった。
「私はね、何度も話してるけど、嬉しくもあったんだ。ミツオの敵を取ってくれたんだってね。確かに、君が独りで20人に向かって行って、いじめた奴らを殺すなんてことはできないさ。君も怪我をして、あの連中も怪我をして、それで漸く君とミツオがいじめられてたのが分かったんだから、それが、敵をうつってことになったと私は信じてる、ミツオのためにありがとう」
 店長のその語りにコヤマは、想像を絶するドラマのような非日常的なできごとがあったのだろうと、あの不信感が消えていき、この少年がヒーローのように思え、話の続きを興味深く覚えた。
「て、店長、何があったんですか、この少年はいったい」
 抱いた興味を満たしたく、コヤマは店長に続きを促した。
「そうだね、コヤマさんは聞いてた方がいいね」
 当時の経緯を話し始めた。
 
 ミツオとサクライは近所同士で、物心つくと兄弟のように仲良しだった。典型的な幼馴染だ。それと、お互い負けず嫌いで、勉強やスポーツ、体育の授業でのスポーツ等を切磋琢磨していて、小学校一年生の頃からクラスの一番と二番を争っていて、誰もが追いつけない成績だった。
 小学校4年生になると、突如、2人に対抗心を持つグループができてしまい、いじめが始まった。2人は同級生達を邪険に扱うことはなく、下げ下すことすら一度もなかった。ミツオはかなりのショックを受け、徐々に成績は落ち、表情が暗くなっていった。
 心配になったサクライは、ミツオを庇うように、その集団へ暴力は振るわず、話しで解決しようと立ち向かっていった。自分が殴られても決して手は出さなかった。何故、集団で攻撃してくるのかを問い、自分達を攻撃しなくても済む方法論を提案していた。しかし、いじめっ子集団は聞く耳を持たず、日に日にエスカレートしていった。サクライの行いは逆効果だったのだ。
 その年の冬にミツオは、校庭の端にある桜の木で首を吊った。
「ミツオを強く育ててやれなくて申し訳なかったって思ったよ。そして、この子には10歳にして、重い荷物を背負わせてしまったんだ、私の家族のために、ミツオのために背負ってしまった」
 店長は静かに言葉を止めた。
「いじめる奴らが弱すぎたんですね」
 少しの沈黙の後、コヤマは口を開いた。
「いじめには無視することと、逆に、常になんらかの攻撃をするのと二種類に分けられると思うんです、無視の方が最悪ですよ、いじめの対象になる方をいない存在にしようとしてる。つまり、関心をなくす、愛情を向けないってことです。サクライ君は、いじめてきた連中にも愛情を持ってたと思います。その連中もミツオ君とこの子にも愛情があったのでしょう、何かのきっかけで、それが憎悪に変わってしまったと思いますよ」
 コヤマはそう話し出した。
「友情、友愛の気持ちがいつのまにか憎悪に置き換わってしまって、憎悪どうしが反発しあってたというわけだね、そうかもしれないな」
 店長は頭を柔軟にコヤマの話を受け入れた。少しだけサクライの表情が緩んだ。
「攻撃し合うなんて正にそうですよ。お互い対立し合ってますけど、こうして欲しい、ああして欲しいって思いがあるわけですから、況してやサクライ君は最初、話し合いで決着をつけようとしたわけですから、憎悪なんていいましたけど、大きな誤解だったんじゃないかな」
 コヤマは肯定的に捉えていた。サクライはそれを聞いて、コヤマの顔を見上げた。
「そうなんだよねサクライ君、恐らく、その誤解を生んだきっかけなんて覚えてないんだろうけど、そうだと思うんだ僕はね」
 サクライは顔だけではなく身体をもコヤマに向けて号泣した。
「そうか、サクライ君、泣きなさい。君は友愛の精神を持っての行動だったんだな、私はそこまで考えようとしてなかったよ」
 店長はコヤマを向いて座ったまま涙を流すサクライを抱きしめた。
「コヤマさん、店長さん、ありがとうございます。僕は自分自身を無視してたようです、話して分かってもらえるだろうと思ってました。でも、拗れてしまって気がついたら鉄パイプを振り回してました。なんでそうなったのか覚えてません。感情が爆発したんだとは思いますが、でも、コヤマさんのいうことが理解できたような気がします。自分自身と向き合わないといけないって思いました。もう万引きはしません、すみませんでした」
 店長は何年か振りにサクライの声を聞くことができた。コヤマは安堵な表情に変わった。
 
「失礼します。また、うちの子がご迷惑おかけしまして、すみませんでした」
 サクライの母親である、この地域を所轄する警察署の生活安全課課長のサイバラユウコが事務所を訪れた。
「お久し振りです。ユウコさん、サクライ君、謝ってくれましたよ。今度赴任してきたコヤマさんの話しを聞いてね」
 店長の言葉にユウコは驚きの表情を見せ、直ぐに笑顔になった。
「コヤマさん、赴任早々、サクライがご迷惑をおかけしてすみませんでした。この子は私と2人で生活してまして、親子だとなかなかお互いを受け入れるのが難しくて、少しは会話はあるのですが、この子を救ってあげられずにいて」
「母さん、ごめんなさい。コヤマさんから沢山なこと、教えてもらった。もう、万引きはしないよ、すみませんでした」
 サクライは母親にも素直に謝った。
「そうなの、じゃあ今日のことは忘れないでね、立ちなさい」
 サクライが立つとユウコは左頬を力一杯ビンタした。
「ありがとう」
 サクライは一言そういった。そして、親子で丁寧に頭を下げ事務所を後にした。
 
「ユウコさんは、初めてじゃないかな、サクライ君をビンタしたのは」
「愛情がこもってましたね」
 親子が事務所を立ち去り、程なくして店長とコヤマはそんな言葉を交わした。

 


短編小説集 GuWa

2021-08-15 04:37:00 | 小説
第玖話 頑
 
 この地域で初めてインターハイで優勝し、その後の夏休みを満喫して、小麦色に肌が焼けたツグミは、体育館での始業式で校長の挨拶の中、その話題が触れられ、学校をあげて讃えられた。

 線が細く、160cmにも満たない身体だが、女性らしさは備えており、鍛え上げられた肉体である。また、くびれたウエストラインの上下の曲線は美しく、同性から憧れるスタイルの持ち主だった。
 2年生の中盤あたりから力をつけていき、この年のインターハイでは高校日本新記録でロングジャンプの女王となった。また、この記録は、ツグミが今後日本新記録を生み出すと陸上界から期待された。
 
 始業式が終わって、体育館から教室へ戻る途中では、華奢なツグミは同級生や後輩、授業を受けたことのない教師達から、拍手受けたり、握手を求められたりと、この進学校のヒロインになっていた。
 本人自体は、とても恥ずかしがり屋であるため、照れて笑顔で会釈する程度しか出来なかった。教室の後ろの出入り口から入ろうとした時だった。
「ツグミさん、放課後はテレビの取材があるらしいの。校長室でやるからね。お願いしますね。私がご両親には電話いれておくからね。」
 担任の女性教師、アンドウがそう告げた。
 
 昼休みの学食はツグミを囲む女子生徒で溢れた。
「ツグミ先輩、この子達、先輩のサインが欲しいんだって。せがまれて連れてきちゃった。」
「ごめんなさい、私サインなんてかけないよ。何も考えてないの。」
 ツグミの陸上部の後輩が同級生を数名連れてきた。このようなツグミファンは少なくなく、男子生徒の後輩もそうやって連れてくるのであった。中には、独りできて、男女問わずモゾモゾしている生徒もいた。
「じゃあ、ツグミさん一緒に写メ撮られて下さい。」
「あぁ、絶対SNSには載せないでね。じゃないと困ります。」
 初対面の後輩達を図々しく思いながら、そうやってツグミはファン対応に追われた。
「ごめんなさい、うどん伸びちゃうから放課後にでもお願いします。」
 昼休みの三分の二程度の時間をそれに費やされたツグミは、急いでワカメうどんを食べる羽目になった。
 
「アンドウ先生、昼休みの学食が酷くて、私の許可なしに写真撮られたと思います。参りました。どうしましょう。」
「一躍時の人だからね。そうなるのもしょうがないわね。でも、何か対策打たなきゃね。任せて。」
 午後の授業が始まる前、偶然ツグミは廊下でアンドウと出くわし愚痴るようにそういい、アンドウはそんなツグミを誇らしげに思い、悪影響を蒙ることを甘く考えていて安易に答えていた。しかしながら、ツグミはそのアンドウの言葉を信じるしかなかった。

「一躍日本中のヒロイン、陸上界のアイドルになられましたね。」
「この子は少々シャイなので、ヒロインやらアイドルなんていわれると照れてしまうんですよ。ですが、文武両道を貫いてまして、学業成績も優秀なのです。」
 放課後、テレビ局の取材が予定通り行われ、ツグミは緊張して即答できないでいると校長が助太刀のつもりであるが、ハラスメント的な雰囲気を漂わせていった。現に、言葉が詰まるツグミの肩に手を回してきたのだ。
「大学に進学されてもロングジャンプは続けて行きますよね。今後の抱負を聞かせて下さい。」
 ツグミは、校長が肩に手を置いて手のひら全体で揉んでくるのを不快に思い、益々、言葉を失っていた。
「勿論ですよ。大学進学の暁には日本新記録だって夢じゃありませんよ。」
 再び校長が横槍を入れた。ツグミは作り笑いさえ返すことができずにインタビューは終わった。
「跳躍の時の写真がありますが、どうぞ、お好きな物をお持ち帰り下さい。」
 オンエアーが終わり、取材ディレクターが数枚の写真を出してきた。すると、ツグミよりも先に校長が手を出した。
「おお、ジャンプの時の写真ですか。これは是非、校内の掲示板に飾らせて下さい。いいよねツグミ君。」
 校長が手にした写真は、ツグミが踏切を踏んだ直後の身体の横側から撮った写真とそれに続く空中で身体を反らしている同じアングルからの写真、着地寸前の開脚した時の正面からの写真だった。ツグミは何も言えずに頷いた。校長に恐怖感を覚えていて、早くこの場から立ち去りたいと考えていたのだ。そんなことを微塵も察することができない校長だった。
 
 翌日、掲示板にそのツグミの写真が貼られると、大騒ぎになっていた。男子生徒らは着地寸前の写真を喜び、また、自分の携帯電話のカメラに収める者が多かった。女子生徒は、開脚し破廉恥さを感じることに対して、ツグミに同情する者とツグミをあざとく感じる者に二分した。ツグミ自身は学校から逃げ出したくなる気持ちを抑え、目に涙を浮かべながら教室で頭を抱えてた。
 これだけではなかった。速攻でSNSにあげられ拡散したのだった。そして、学校の裏掲示板には、ツグミにないする誹謗中傷が羅列していた。ツグミは周りの生徒達からの声でそれに気づくと、気分を悪くして保健室へ逃げ込んだ。
 
「校長、ツグミさんの気持ちは考えましたか?SNSにも拡散されて、本人は体調を崩して保健室で休んでるんですよ。彼女に対する昨日の振る舞いはセクハラですよ。ましてや、あんな写真まで掲示するなんて、何を考えてるのですか。」
 ツグミの担任のアンドウは、校長に怒りをぶつけた。
「私に向かって何をいってるのだね。大事な生徒のことを思ってのことだ。セクハラなんていわれる筋合いはない。」
 校長は逆ギレした。
「SNSでは炎上してるのですよ。ツグミさんの誹謗中傷で。校長が執拗にツグミさんの肩に手を置いて、そして、あんな写真まで晒して。ツグミさんは校長に色仕掛けして優遇されてる生徒になっているんですよ。」
 アンドウは校長を猛追した。
「君ねぇ、言葉を慎みなさい。私は悪くない。そうやって卑猥に捉える連中が悪いんだ。」
「でも、校長がきっかけを作ったんですよ。私を呼ばず、顧問のオクダイラ先生も呼ばず、昨日の取材は校長の独善的ものですよ。もっと想像力を働かせて下さい。」
 アンドウは追撃した。
「うるさいなぁ、出て行きなさい。あんな生徒が出てきたのは私の成果だ。文武両道を打ち出した私の成果だ。ここから出て行け。」
 校長は自分自身に非があったとは頑固として認めなかった。
「そうですか校長。私にも考えがありますので、覚悟してて下さい。」
 アンドウも頑なに校長への反発を収めなかった。職員室の自分の机に着くと、ポケットからボイスレコーダーを取り出して、今のやり取りを聞き直した。ツグミが色仕掛けしたわけではなく、女子生徒の気持ちを顧みずに自分の手柄かのようにした邪な校長との旨を書き込んで、その音声をSNSに投稿した。

 後日、PTA役員から、ことの経緯を求められ、最終的に校長は謝罪することになった。しかし、その謝罪は誰にも受け入れられず、反省していないと批判された。教育委員会も庇うことはしなかった。一旦、休職したが年明けには辞任する羽目になった。
 
 一方、ツグミは大学へ進学することへの意欲が失せてしまったが、何人ものオリンピアンを輩出している企業に声をかけられ、卒業後はそこへ就職し、ロングジャンプを続けることができた。日本新記録を樹立した。
 
 終