「こんにちは、ようこそ、当店の面接に来て下さってありがとうございます。キノシタです。宜しくお願いします。」
デリヘル店々長のキャスト希望者を面接する時のマニュアル通りの台詞である。
昼間、印刷会社の経理をしてるナギサは、真面目に仕事に取り組んでいて、それに関しての評判は良いが、職場での催し、例えば、歓送迎会や大口契約の納期を無事に終えた時の打ち上げ、忘年会等では目立たない存在だった。
顔立ちは良いが、他の女性社員より、化粧や服装が地味で、そう言った場ではイジられたりとかも無く、目立たない存在だった。
何故、ナギサがそんな振る舞いをするのか、誰にも言えない理由があった。
小学五年生の頃に一回り以上歳上の従兄妹とその友人に性的虐待を受けたのだった。従兄妹は自分が満足するまでの事をし、その友人は、ナギサの従兄妹を止められず、途中で逃げていったのだ。
「ナギサ、この事を誰かに言うと、お前自身が白い目で見られるからな。」
従兄妹にはそう言われ、脅された。
それがきっかけで、必要最低限の事以外は、積極的に話す事をしなくなった。
ナギサが六年生に進級する春、あの従兄妹は、大学を卒業し、地元よりも遠方の会社へ就職が決まった。
「マサキ、これがおれの相棒だ。ヤマハSRだ。じゃあ、盆と正月は帰ってくるから、その時は一緒に呑もうぜ。」
あの友人に自分のバイクを自慢して、就職先の社員寮を目指して出発した。しかし、その途中、突然ガソリンタンクが爆発した。
警察は整備不良による死亡事故と処理した。
実際に、四〇〇ccの排気量があるパイクは車検が必要だ。しかし、そのバイクの車検証には、その記録がなかった。
マサキはその話しを聞いて、そんな事があるはずないと思ってた。去年、バイク屋に車検に出した後、車で迎えに行ったのだ。でもマサキは、変な事に巻き込まれたくないと思い、誰からもその事を聞かれなかったため黙っていた。
ナギサが面接を受けたのはデリヘルで、その店長には単に稼ぎたいのだろうと思われていた。キノシタと名乗る男はその店の雇われ店長だった。
「えぇっと、アオキナギサさんでしたね。二七歳ですか。身分証明お持ちですか?」
ナギサは運転免許証を財布から出した。
「確かに、確かに。日中は会社にお勤めなんですね。ダブルワーク大歓迎です。で、ご結婚は?」
キノシタは確認して来た。
「未婚です。」
ナギサは一言しか言わない。
「はいはい、良いですね。見た目が大人しい献身的な人妻って感じで、それで売り出せますね。この業界、初めてですよね?いつから始めますか?とは言っても、先ずは講習を受けて頂いてからになりますが。勿論、女性が講師ですからね。講習を受けた日は日当は五千円になります。その後からは、あなたの頑張りで充分稼げると思いますよ。」
店長のキノシタは、ほぼマニュアル通りの事を話した。
「はい、では明日からでお願いします。」
ナギサは余計な事は言わなかった。
この日は、事務所の中を見学して帰宅した。
翌日、ナギサは昼間の仕事を終えると、直ぐにデリヘルの事務所に向かった。女性講師の講習を受けた。そして、講習が終わると、店長室に連れられた。女性講師は帰って行った。
「あっ、お疲れさん。源氏名はスミレ、オサキスミレね。じゃあ、講習の成果を見せて下さい、私を相手にね。」
ナギサはこれを狙っていた。
店長のデスクの前で服を脱ぎだした。ベージュのブラジャーとショーツ姿になって、店長に笑顔を向けた。
それを見ると店長は気を良くして、椅子から立ち上がり、ナギサに近づいた。ナギサはそのままの姿で、ソファーにもたれ座り店長を誘うかのように両脚を広げ待ち構えた。
店長は両手をナギサの顔に向けて伸ばしながら中腰になってナギサに向かって来た。
ナギサの距離に入ると、素早く右手を取り、一気に三角絞めをかけ落とした。急いで店長を抱え、店長のデスクの椅子に座らせ、傍にあるウイスキーのボトルの蓋を開け口の中に注ぎ口を突っ込んだ。
ウイスキーが喉に落ちて行く。同時に意識が戻る。ナギサは口からウイスキー瓶を抜き取り、チョークスリーパーで再び失神させ、瓶を口に突っ込み、ウイスキーを喉に流し込む。意識は戻るも、フラフラである。吸収したアルコールが一気に血流に乗って全身に行き渡る。
もう店長は動けない。ナギサは、自分のハンドバックから市販のタバコのフィルターを取り出し、店長のタバコに嵌めて火を点け、フィルターを外し、一旦、灰皿に置いた。そして、服を着て、そのタバコを店長の指で摘み、タバコ自体のフィルターに店長の唾液をつけ、机の上にある紙の書類にそのタバコを落とした。その書類が燃えやすいようにアルコール度数が高いテキーラを染み込ませた。
その書類が燃え始めると、店長の袖からワイシャツ全体にテキーラをかけた。そして、袖が燃え始めると、ナギサは店長室から出て行った。
程なくして、消防車、救急車、パトカーが事務所周辺を囲んだ。店長室は真っ黒に焼け焦げ、独りの焼死体が発見された。
「アオキナギサさん、あなたはキノシタマサキさんとどんな関係何ですか?」
ナギサは警察に任意同行を求められ、取調室で女性刑事から質問を受けていた。
「面接を受けただけです。」
ナギサはそれだけ言うと、それ以上の事はなにも喋らなかった。
キノシタマサキはナギサを虐待した従兄妹の友人だった。
ナギサは小学生の頃の従兄妹とその友人、キノシマサキへの恨みを晴らした。
ナギサは容疑者であったが、証拠不十分で書類送検さえされなかった。女性講師やキャスト、数名の男性従業員も疑われたが当然、逮捕されなかった。
一五年前に従兄妹のバイクに細工した事も誰にも言わないでいた。
ナギサは生涯独身の上、女性の平均寿命までは生き抜いた。最後は、1DKのマンションで孤独死で発見された。老衰とされた。
その生涯の中で、ナギサのほんの少しだけ身近に居た人達で、ほんの少しだけ、悪事を働く噂が流れた人達は、いつの間にか居なくなっていた。
ナギサを殺人鬼だと疑う者は誰独り居なかった。
了