K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説 ピアノを聞く男

2020-02-25 18:42:00 | 小説
 昭和の後半から平成を駆け抜けて、漸く自分が立ち上げた会社が安定して来た矢先、医師に宣告されてしまった。余命1年と。
 悔しくて、悔しくて、病院の会計待ちでソファーに腰掛け今後の治療方針を決められずに途方に暮れてた。
 支払いを済ませ、病院の正面玄関の内側の自動ドアが開き、左側にある掲示板に無意識に顔を向けた。ピアノ演奏会のポスターが貼られてた。隣のショッピングモールで30分後に始まようだ。余計な事は考えず、そこへ歩き出した。
 平日の午後3時、そんなに人は居ない。10脚横並びになった、大して座り心地がいい訳では無い、ステンレス製の折り畳み椅子が4列あった。僕は、4列目の右端から4番目の椅子に座り演奏が始まるのを待った。
 そんなに意識はしてなかったが、前に設置されたピアノに目を向けると、演奏する姿が見易い位置かもしれないと思った。
 どうせなら、人も多い訳では無いので、2つ前の列の右から4番目の椅子に移動した。
 まだ、演奏まで15分くらいあった。スマホで時間を潰しても良かったが、そんな気は起こらない。ピアノって、鍵盤を叩くとそれがピアノ線に当たって音が出る楽器で、こんなものを作り出した人間は凄いなぁと、ふと考え、目の前のグランドピアノを眺めてた。
 よく見ると、どこにでもありそうなピアノではあるも、光沢があり普段から綺麗に手入れされてるのだろうと想像してた。主治医に告知された事を忘れる事が出来ていた。自分では気がついてなかったが。
「あのう、もう1つ前の席はいかがですか?私が演奏します。」
 女性から声をかけられた。ドキっとしたが、とても嬉しかった。そして、爽やかな香りが鼻を通り抜けた。僕は無言で笑顔を見せながら先頭の席に移動した。
 その女性は、他の人達にも声をかけて回ったが、先頭の席まで詰めて来る人は僕だけだった。残念ながら、ふたり程立ち去る人がいた。
「お集まりの皆様こんにちは。それでは、お時間となりましたので、始めて行こうと思います。先月は夏休み期間でしたから、6年生の山田君に演奏してもらいました。今日は私のピアノ教室へ5歳から高校を卒業するまで通ってくれてた、宮内美香さんに演奏してもらいます。美香さんは、高校卒業後、西川音楽大学を出られて、現在はドイツに留学してます。」
 ふっくらしたオバちゃんの話が長く感じ、その横に立つ宮内さんに見惚れていた。
 髪の毛はダークブラウンに染めてるのかな?ポニーテールは似合ってるな。メガネも可愛らしい。オフホワイトのカットソーに黒のボタンを掛けてないカーデガン、黒の膝上3cmくらいのタイトスカート。飾らないシンプルな綺麗さが際立って見えた。このオバちゃんの側だから余計に細く見えるな。僕の脳はその声、聴覚刺激を選択知覚しないでいた。久し振りに女性を見惚れていた。
 演奏が始まった。椅子の座面を浅めに座り、綺麗に骨盤が立ち上がり、殿部の丸み、腰椎の前方への弯曲。美しい曲線だ。そしてピアノに向かう真っ白な大腿、程良く締まった脹ら脛。ここも美しい曲線。
 鍵盤を叩く指は細長く、時にはゆったり、時には速く、でも、滑らかに、柔らかく動いている。ピアノが奏でる音を楽しんでるようだ。
 その動きに対して、肘、肩の位置は止まってる。首の真下へ優しく降りた上腕、鍵盤へ迷う事なく向かう前腕。『Love』のLの字を連想してしまう。そんな自分が恥ずかしい。
 そして、クーパー靭帯がしっかり釣り上げ、おわんのように前に膨らんだ乳房も揺れない。官能的にも感じるし、母性的にも感じる。『なんて綺麗なんだ。』この言葉しか浮かんで来ない。誰もがそう思うだろう。恥ずかしがらないで良いんだ。自分に言い聞かせる。
 その美しい佇まいは、僕を癒してくれた。語弊があると思うが、今までにも目にして来た女性の曲線である。ピアノの音色が僕の感覚を素直にしてくれたのかな。それと、死に直面してしまい感覚が研ぎ澄まされたのかな。目を閉じて、音を見る事にした。流石に見えやしない。また、自分を恥じる。
 でも、良いか。こんな僕でも、音を楽しめてる。初めてかも知れない。生きてて良かったぁ。死ぬ前に経験出来て良かったぁ。
 宮内美香さん、話しが長いオバちゃん、ありがとう。
「最後まで聞いて下さってありがとうございました。」
 演奏を終えた宮内美香さんがわざわざ僕に声をかけてくれた。
「楽しそうに演奏されてましたね。僕も楽しかったです。ありがとうございました。今度はいつ演奏されるんですか?」
 自然に、迷う事なく僕は言葉が出て行った。
「来週には、またドイツに戻るので。今日で終わりになるかと。ほんとに、最後までありがとうございました。来月は、また先生が他の方に演奏させると思います。毎月、楽しんで下さい。」
 優しい声で宮内美香さんは答えてくれた。
 病院の駐車場へ向かうと、少し冷たい風を感じた。秋なんだなぁ。冷静になれた。
 僕は入院して治療を受ける事にした。正に闘病した。苦しかったぁ。でも、最後の10年は色んな事を感じ取れて楽しく過ごせた。死ぬまで生きて良かったなぁ。

おわり


僕らは崩壊するのか?再生出来るか?①

2020-02-25 08:03:00 | 小説
①人を殺めないと誓ったのに。

 怖くて、怖くて逃げ出してしまった。行先を考えずに、いや、考えきれずに。とにかく走った。全力で走った。前から歩いて来る人達を避けたり、ぶつかって転びかけたり。何故、走って逃げるのか分からなくなるくらい必死に逃げた。すると、身体が疼いて来た。顔が腫れたり、萎んだり。眼球がこぼれ落ちそうになったり。上腕だけが膨れたり、太腿の筋肉が下腿に移動したり。まるで、ケンシロウに『お前は既に死んでいる。』と、秘孔を突かれた雑魚キャラのように。気を失い倒れた。
 その疼きは、数分で止まった。意識無く倒れたままで。主人格の林田二郎に戻った。
 〝二郎どうしたんだい?母さんだよ。お前に殺された母さんだよ。お前はまだ死んじゃいけないよ。母さんとあんたの実の父親はね、、、〟
 二郎に母親だと言う声が、話しかけて来た。
 〝母さんごめんよ。ごめんよ。僕の身体が無意識に母さんをそうしてしまったんだ。ごめんよ。許して。〟
 母親だと言う声に二郎は慌てて謝った。
 〝分かってるよ。二郎じゃなくて他の子が母さんを殺したんだ。他の子がお前を守ってあげたんだ私から。辛かったけど、しょうがないさ。母さんがあんたに悪い事したんだからしょうがなかったのよ。二郎達に聞いて欲しい事があるんだ。良いかい、二郎。〟
 その声は一旦止まった。本当に、自分の母親が話してくれてるのか、信じられない二郎であったが、これだけ長く言葉を連ねて話してくれるのを少し嬉しくも感じてた。この心地良さを幼い頃に味わっていたかったと考えてた。
 〝母さんと二郎の本当の父さんは、幼馴染みだったのよ。小学校に上がらないうちから、一緒に砂場で遊んだり、木登りもした。おママごともしたわね。ずっと仲良しでね。高校からは別の学校になったけど、家が近かったから、ちょくちょく話ししてたわ。父さんは車が好きだったから工業高校でね、整備士になるって言ってたねぇ。実家が自動車整備工場だったしね。でも、夜逃げしたのよ。高校卒業する前に。借金の連帯保証人だよ。あんたの爺さんにあたる人、人が良いから頼まれたら断れなくてね。大輔、蒼一郎の父親の実家が金融会社なんだよ。当時は、そんな金貸し屋は取り立てが、荒い手口を使ったもんでね。私の両親は首を括ったんだよ。そして母さんは、金融屋に引き取られたのさ。分かるかい?蒼一郎の父親の大輔の実家に住み込みで事務員させられた。そしたら、大輔が優しくしてくれてね。でもね、独りになって気づいたんだ、母さんはあんたの父親が好きだった事を。母さんの両親が、あんたの爺さん婆さんが、借金をちゃんと返してたらね。〟
 とても悔やんだ声で言った。また、一旦、話は中断した。
「おい、君、大丈夫か?脈はあるな。意識が無い。」
 通りすがりの1人の男性が倒れてる二郎に声をかけた。二郎はその男性の声は聞こえてない。
「もしもし、意識が無い男性が倒れてます。場所は、児童養護施設あすなろ園の正門の前です。」
 その男性は救急車を呼んでくれた。
 〝母さんは行くところが無かったんだ。大輔の実家に住まわせてもらって、給料は雀の涙程だったけど、寝食には困らなかった。炊事や洗濯も手伝って、大輔の母親には気に入られたよ。そして、大輔がある程度、金貸し屋の仕事を覚えた頃に、母さんとの婚姻届けを出したんだ。母さんはほっとしたよ。未来が見えたからね。蒼一郎は実はね、大輔の子でもないんだよ。大輔の父親の子なんだよ。恐ろしい現実だ。だから、実家から出る事になった。大輔に頭が上がらなくなったよ。優しさも無くなった。でも、蒼一郎が小さい時はあの人もよく面倒見てくれた。それだけはありがたかった。〟
「患者受け入れお願い致します。現在の状態は、意識レベルが300、脈拍40、血圧が90と40、呼吸数は9で、特に外傷はありません。」
 救急隊員が令高大学付属病院へ患者受け入れ要請の連絡を取り、救急車を走らせてた。二郎の命の炎は、灯火程だったが消えはしなそうだ。
 〝落ち着いた生活だったんだけどね、蒼一郎が幼稚園の年中さんの時ね、あなたの父親と再会したの。とても痩せてて、顔色も悪くてね。2人で涙流したわ。まだ私も若かったから、大輔が仕事に行って、蒼一郎を幼稚園に送った後は、あの人の家に行って、食事作ってあげて、掃除や洗濯もしたわ。1ヶ月も経たないうちに元気を取り戻してね。仕事を始めた。ゴミ収集車に乗って、収集員をね。平日で仕事が休みの日は、あの人、お酒呑みながら料理してくれて、そんな時は、いつもありがとうって何度も言ってくれてね。幸せだったわ。そして、1年くらいしてあんたを身篭ったの。バレないようにしたんだけど、流石にね。大輔と大喧嘩になった。その後、あの人の家には行かなくなった。あんたを守るためにね。家で独り、ゆっくりしてると、どんな名前が良いかなってよく考えてた。男の子ならハヤト、シンジ。女の子ならカノン、レイなんて考えてた。レイなら男の子でも女の子でもどっちでも付けれるとか。その時は、あんたも立派に育てあげようって思ったものよ。〟
「林田、死ぬなよ。頑張れ。」
 令高大学付属病院の救急救命室で、二郎の先輩医師である内藤博臣(ひろおみ)が、心室細動を起こし心停止した二郎に心臓マッサージしながら言った。そして、もう一人の医師が除細動器を使った。
 〝二郎、私はあなたの命を守ろうとして産んだんだけど、殺そうともしてしまった。とても後悔してる。あなたは、自ら生きるのを選んで私を殺したと思ってる。人の生きる目的の1つは死ぬ事だと思う。どう死ぬかで周りの人に与える影響は変わって来ると思うの。1番は、自殺しない事が大事だと思う。だから、あんたは死ぬ日まで生きて行くのよ。〟
 母親と言う声はそれで聞こえなくなった。二郎の心音が心電計を通して聞こえるだけだった。
 二郎の容態が落ち着き、救急救命室から電話が入り、翔子は急いでタクシーを拾った。何故、二郎が急に走り出したのか。それも逃げるように。何かに襲われそうな表情で、何の危険も無かった状況から。翔子は、不安と恐れ、疑問が入り混じった不快な気分を抱えて。でも、元の職場に搬送され信頼出来る元同僚からの連絡は少しだけ安心できる事だった。
「博臣先生、二郎はどうしたんですか?」
 翔子は、満腹亭から突然走り去った二郎を追いかけて汗だくになり、それが夜風で乾き始めたも、胸や脇の下、背中、腰の部分にまだ湿り気が残る服のまま。そして、二郎に追いつけない事でパニクり涙を流し、メイクがグチャグチャになった顔をフェイシャルペーパーで拭き取り、あまり見られたくない風貌のまま内藤医師にそう言った。
「梅木、大丈夫か?そんな格好で暴れたのか?」
 内藤は、そんな翔子の姿を見て驚いて言った。
「突然走り出したんです。一緒に食事をしようって満腹亭に入ったのですが。そこから逃げるように。追いかけたんですが、ぜんぜん追いつかなくて。」
 翔子は俯きながら言った。
「林田、相当走ったな。満腹亭からだと。あすなろ園の前から搬送されて来たんだ。脱水症状と軽度な心筋炎が原因だと思う。心室細動起こして心停止まで、危なかったけど、もう大丈夫だ。時期に意識も回復すると思う。林田、相当忙しくしてたんだな。」
 内藤医師は翔子に言い、左肩に手を置いた。
「海外出張とかもあったから、月に2日も休んでなかったんじゃないかしら。だから今日は、久し振りに食べに出ようと思ったんですけどね。謎なんです。何故、逃げ出したのか。」
 翔子は言った。
「ゆっくり休ませてやるといいさ。それから、聞いたらいいよ。梅木なら出来るだろ。」
 内藤医師は言った。
「そうですね。ありがとうございます。」
 翔子は言った。
 日付が変わろうとする時間帯に翔子は安堵についた。そして、空腹なのを思い出して食べ物を買って帰り、翌朝また来る事にした。今勤務してる警察病院の夜勤の職員に連絡を取り、二郎の事、自分自身も仕事を休む事を伝えた。
「ただいまぁ。」
 翔子はビックマックとポテトのLサイズを10個づつ買って、居候してる神路邸に帰ってきた。神路美里とサキ姉妹は、スイートノーベンバーのDVDを見ながらワインを呑んでいた。
「お帰りなさい。どうしたの?ジロちゃんは今日も病院でお泊り?」
 普段から二郎は病院に寝泊りするのが多いが、翔子の化粧や衣服がクチャクチャになってるのを見て、神路の末っ子のサキは、目が点になってた。
「二郎君、ぶっ倒れちゃった。心筋炎、前の職場に救急搬送されて。一命は取り留めたかな。」
 サキに答えた。
「えっ、働き過ぎ?二郎さんなら体調管理しっかり出来るだろうに。」
 冷静な表情で美里は言った。
「うん。今日は2人で晩ご飯するつもりで、学生の時によく行ってた大食い出来る食堂に行ったの。店長さんや店員さんと久し振りに話ししてたら、二郎君突然走り出して、そのお店から逃げ出すように出て行って、多分、佐助君に代らずに走ったと思うんだけど。それで脱水にもなって、一時は心停止したみたい。助かったんだけどね。突然、走り出したのが謎なのよ。」
 翔子は、2人に目配せしながら言った。
「そうだったんだ。取り敢えず、荷物は置いて、お風呂入ってサッパリして来て。そして、また、お話し聞かせて。」
 美里は、翔子が両手に持つマクドナルドの袋が入った花柄とストライプ模様のエコバックを受け取って、サキに浴室に連れて行くよう目線を向けて首を振り、翔子に言った。
 翔子は浴槽に浸かりながらユキに相談してた。大川店長と店員の久蘭々ちゃんと話しをしてると逃げ出した訳だから、あの2人に何か関連がある事がポイントになるかも知れないとユキは推察した。大川店長には、特に、変わった点は無かったが、久蘭々ちゃんは、結婚して子供を授かって、でも、旦那さんがバイク事故で亡くなったと言うトラジティーがあった。そうなると、久蘭々ちゃんとの関連が、何か二郎が恐怖に感じるトリガーがあったのか。
 久蘭々ちゃんの3つの大きな変化で、衝撃的な事は旦那さんの死だと誰もが考える。それが、二郎と関係する事だろうと翔子とユキは整理をつけた。
「2人は明日、研究所に行くの?」
 お風呂から上がって来た翔子は、DVDを見終わり、2本目のワインを呑んでた美里とサキに聞いてみた。
「えぇ、出勤するよ。私は講師の当番だから。美里は書類業務でしょ?」
 サキは答えた。
「美里さん、明日、私と二郎君のところに行って、今日寄って来たお店に一緒に行ってもらえませんか?」
 翔子は美里にお願いした。
「分かった。絢子さんに連絡します。」
 美里は言った。
 翔子はその答えにホッとして、買ってきたビックマックとポテトLサイズを美里がお皿に取り付けたのを食べ始めた。サキは、ハイネケンの瓶ビールの六本パックをそのお皿の横に置いた。翔子は、それら全てを30分で平らげた。
「私もお腹いっぱいになった気分。翔ちゃんの食べっぷり良いなぁ。あっちも激しそう。」
 サキは掌を顔の前で合わせて言った。
「ご馳走様でした。お皿に盛ってくれて、このビールも呑み易くて、美味しかったぁ。」
 翔子は満足気に言った。美里は笑顔を見せた。
 神路姉妹は、姉の姫子の事を思い出していた。みんなのために命を投げ出した姉を。2人で目に涙を浮かべていて、姉妹ながらの哀しみを共鳴していた。言葉無しに。これは、二郎の命が救われた安心から来るものだとは、翔子には分からない事だった。
「どうしたの?2人とも?」
 翔子は言った。
「ジロちゃんが無事だったのが、ホッとしたのかな。翔ちゃんも食欲あるしね。」
 サキはそう言い、美里は細かく頷いた。
「明日は、二郎君の謎解き、きっと出来るよ。私、頑張るから。」
 美里は言った。
「うん、ありがとう。2人が居てくれなかったら、私、途方に暮れただけだったかも。ほんと、お世話になってます。」
 丑三つ時を過ぎ、明日の朝も早く起きなくてはならないにも関わらず、3人で絆を大事に感じていた。
 翌る日、翔子と美里は二郎が入院してる病院に足を運んだ。二郎はまだ意識が戻って無かった。しかしながら、バイタルサインは安定しており、心室細動の再発作の可能性は低いと言う医師の見立てを聞かされた。また、意識が戻らない原因が分からないと言う見解も聞かされた。
「ICU だから、しっかり管理出来るから、時を待つだけだよ。意識が戻ったら翔子に直ぐ連絡する。大丈夫よ林田先生は。」
 翔子と同期の看護師、新井沙代子は真剣な眼差しを見せた。
「うん、分かった。沙代子、宜しくね。」
 翔子はその目力に信頼を感じ、美里と満腹亭に行く事にした。
 既に、行列が出来ていた。とは言っても翔子と美里を合わせて8人の列である。でも、美里にとっては初めての経験で、気乗りしない場面だった。
 黒髪の艶やかなストレートなロングヘアに薄青紫のアイシャドー、それと同色系で明るめのルージュ、リキッドファンデーションでツヤ肌を保ち、ライトグレーで無地のAラインのワンピースにダークグレーのエッジヒールを履き、背すじが伸びて清楚さも滲み出している。
 一方、他に並んでる面々は、ガタイの良い体育会系や食べる事をこよなく愛すると言わんばかりのぽっちゃり男子達が開店を待っているのだ。
 満腹亭の開店前の日常的な景色だが、どうしても美里は浮いてしまう。それを美里自身も充分に自覚出来る場面である。
 また、翔子は今でも、そんな男達に認知されてるイータークィーンで、握手やサイン、ツーショット等を求められている。益々、美里は場違いな空間に身を置いてしまったと思うばかりであった。
「あれ?囲碁の、女流棋士の神路美里さんですよね?」
 一人のぽっちゃり男が、美里に声をかけて来た。
「えっ、は、はい。でも、もう囲碁は辞めたんですよ。わ、私、目立つのが苦手で。」
 苦笑いで美里は答えた。
「辞めたんですか、応援してました僕、ある日から神路さんの姿が見えなくなったんで、心配だったですけど、こんなに近くでお目にかかれるなんて、嬉しいです。」
 ぽっちゃり男は美里の話しぶりから、空気を読んで紳士的に写真やサインを求めずにそう言った。
「ありがとうございます。囲碁なさるの?」
 ぽっちゃり男に聞いた。
「はい、弱いですけど、週に1回は打ってます。でも、神路さんも食べるの好きなんですか?」
 ぽっちゃりは聞いた。
「嫌いじゃないですけど、沢山は食べれないですが、梅木さんと、ちょっと用事があって。ここに。」
 美里は答えた。
「えっ、女王とお知り合いなんですかぁ。意外ですね。ですよねぇ、神路さんは大食のイメージは無いですから。でも、親近感湧きます。いやぁ、今日はなんて運が良い日なんだろう。」
 ぽっちゃりは言った。
 美里は意外な展開に戸惑ったが、自分の事を知ってる人に声をかけられて、悪い気はしなかった。そして、場違いと感じてたのが、その男のお陰でこの場に少しは馴染めた気がした。
「美里さん、あの子と知り合いだったの?」
 ファン対応を終えた翔子が美里に聞いた。
「いや、私が囲碁をしてたのを知ってたみたいで、私も声かけられて驚きました。」
 美里は漸く普段通りに声を出せるようになった。
「美里さん、プロ棋士でしたもんね。そうか、後藤君はテーブルゲームの専門店をやってて、囲碁や将棋、麻雀もするみたいで、サッカーゲームとかエアホッケーとかも販売してるお店を持ってるんですよ。食べるのが好きだし、可愛い後輩です。色々、気を廻せるし。」
 翔子は言った。
 いつもとは違う満腹亭の開店前の賑やかさは、時間を早く進めた。
「へいっ、らっしゃーい。お待ちどう。」
 大川店長の威勢の良い声が響き『商い中』に裏返り大食いの館の門が開いた。
「おう、翔子ちゃん大変だったな昨日は。林田君、大丈夫なんだよな。」
 夕べ、二郎が救急搬送された連絡を受けた後に翔子は、二郎が無事であるのを電話で伝えていて、それを気にしてた大川店長が翔子に声をかけた。
「はい、ご心配おかけしてすみませんでした。命に別条は無いのですが、まだ意識が戻らなくて。恐らく、そろそろ。はい、大丈夫です。久蘭々ちゃんに聞きたい事があって。あっ、こちらの方は、二郎君のもうひとつの職場の益田防犯研究所で働いてる神路美里さんです。」
 翔子は大川店長に心配させまいと思いつつも、自分自身の不安を隠しきれずにいて、美里の事も紹介した。
「初めまして、神路と言います。開店早々、お忙しいところ、すみません。梅木さんから二郎君が突然お店を飛び出した事聞きまして、夕べ、その原因が何か話し合いまして、梅木さんが仰ってますように、久蘭々さんとお話しがしたくて私も参りました。」
 美里は丁寧に大川店長に言った。
「これはこれは、ご丁寧に。お客さんは券売機で食券買って、それから私が調理しますので、久蘭々は2、30分くらいなら時間作れますので、奥の部屋を使って下さい。」
 大川店長は快く協力してくれた。そして、久蘭々を呼び、厨房奥の休憩室で話しをするよう言い、美里と翔子をその部屋に通した。
 店員の久蘭々に、二郎が突然、店を飛び出した時の状況から察した、久蘭々が結婚し、子供を授かったが、旦那さんがバイク事故で亡くなったと言う話しを聞いて、二郎が動揺して逃げ出した可能性があると考えた事を話した。
「あのぅ、旦那様はお仕事、何をなさってたのでしょうか、差し支えなければお聞かせ願えませんか?」
 久蘭々に美里が聞いた。
「はい、バイク便の配達を。」
 久蘭々はそう言うと、眉間に皺を寄せて口を詰むんだ。美里と翔子は、久蘭々がまだ何か言い出しそうだと察し、黙って待った。
「これは、伏せていて欲しいんですけど。バイク便は表向きで、実は、半グレ集団にいたんです。でも、子供が産ませて、1歳を迎えるまでには足を洗うって約束してたんです。本当です。バチが当たったですかね。バイクで転んで怪我をして、ガードレールの支柱にもたれ座って息を引き取ったみたいです。発見された時は、死後3、4日経ってるって言われました。」
 久蘭々は、涙ながら告白した。
「お辛い事を思い出させてしまったみたいで、すみません。旦那様は更生なさろうとした矢先だったんですね。とても残念な事でしたね。恐縮ですが、その半グレ集団はロングタイガーですか?」
 美里は実直に的を得た事を聞いた。
「はい、そうです。」
 久蘭々は素直に認めた。
 その側、翔子は涙を堪えるのが精一杯だった。
「やはりそうでしたか。でも、旦那様はあの集団から抜け出そうとしたのは、とても勇気がいる事だったと思います。ほんとに、ほんとに残念でなりませんね。実は、その集団、永井虎将(とらまさ)と言う男が仕切ってたのですが、私と私の姉妹で壊滅させました。そのアジトに出向いて。しかし、その時は旦那様は居なかったと思います。私の姉妹で襲撃した2日前くらいに、二郎君が1人でアジトを調査にいったんです。そして、帰り際にバイクに乗った1人を手玉に取って、情報を聞き出したようなのですが、その時、押し問答があったようで。二郎君は格闘技をやっていてとても強いんです。達人の域を超えてます。でも、命は奪わなかったって言ってました。恐らく、久蘭々さんから旦那様が亡くなった事を聞いて、カウンターに写真があるんですね。それを見て、自分が殺めてしまったと思って、ここに居れなくなって、走り去ったんだと思います。二郎君本人からは聞けてませんが。恐らくそうだろうと。もしも、そうだとしたら久蘭々さんは、二郎君をどう思いますか?」
 美里は冷静に話した。
「あの人は、ほんとに良い人でした。でも、犯罪を犯してたのだから自業自得です。私は、その組織にやられたと思ってました。でも、あの人か更生しようとした事は事実です。だから、私、独りででもこの子を育てる覚悟が持てました。現にこの子はスクスクと育ってます。今更、林田さんをどうこう思いません。きっと、林田さんから組織の事を聞かれた時に素直に話せなかったんだと思います。林田さんに素直に協力していれば。翔子さんすみません。うちの人がご迷惑おかけしました。」
 久蘭々はそう言うと、涙目で翔子を見つめた。翔子は久蘭々を抱きしめた。
「久蘭々さん、ありがとうございます。何か困った事があったら連絡下さいね。私、あなた方親子のためなら惜しみなく何でもお手伝いします。」
 美里は力強く言うと、自分の名刺を渡した。
 2人は二郎の病室に戻って来た。そして、翔子が久蘭々とのやり取りをまだ意識の戻らない二郎に話した。
「だから、二郎君が久蘭々ちゃんの旦那さんを殺した訳じゃないのよ。安心して。」
 翔子は病室を出ようとする間際にそう言った。
 翔子と美里は、病院内のレストランで昼食にした。翔子はカツ丼と親子丼、カレーうどんを注文した。美里はキツネうどんにした。翔子はこのレストランの職員にも覚えられてて、2、3人から声をかけられた。でも、美里が食べ終わるのと同時に3人前を綺麗に食べ終えた。
「病院だからどうかなって思ったけど、良い味してるね。」
 美里は新鮮な気持ちを隠さず穏やかな表情で素直にそう言った。
「最近の病院のレストランは、外来患者さんとかお見舞いに来た人達以外でも来てくれるようなコンセプトで運営する所が増えたみたい。下手なファミレスよりずっと良いでしょ。」
 翔子は食欲を充分満たし目を大きく見開いて美里に言った。
「翔子、今どこ?林田先生意識が戻ったよ。」
 同期の看護師の新井から電話が来た。
 二郎は、ベッドを30°くらいギャッジアップされた状態で目を開居てた。まだ、傾眠傾向ではあるが、病室に入ってきた翔子に笑顔を見せた。
「二郎君良かった。疲労が溜まってたの?覚えてる?」
 翔子は二郎の手を握り言った。
「うん、覚えてるよ。それと、さっき、翔子が言ってくれた事も。僕らが直接殺した訳じゃなかったんだね。久蘭々ちゃん達の写真を見てゾッとしてしまったよ。」
 二郎は、まだ倦怠感が残ってるような雰囲気で、小さな声で翔子に言った。そして、目を見ると、真っ黒だった眼球は、右側がグリーンがかってて、左側は青色がかってた。まるで、猫の目でも珍しいオッドアイのようである。
 そして、翌日、法務省の特命テロ対策室室長の室井達郎の指示で、翔子は勿論、特テロ室の宮里、辰吉、鬼龍院に付き添わられて二郎は警察病院へ転院となった。ストレッチャーが入る患者搬送用の警察病院のワゴン車で移動する事になった。
 だが、その車中で、二郎に異変が起きた。今までに見たことがない人格に代わった。
「おい、お前ら、俺を何処へ連れて行くつもりだ。」
 その人格がそう言うと、シンジ君や一文字さん、佐助に歌音、アヤナミが代わる代わる不規則に交代していき、数分後、初めての人格に落ち着き、鬼龍院に攻撃してきた。
「二郎君どうしたの?」
 助手席に乗ってた翔子が言っても止まらない。
 翔子も車内の後方に移り、特テロ室の3人と共に、抑えつけ騒ぎは治まった。
 警察病院に着くと、直ぐには車から降りず、蓑虫のように全身を雁字搦めに拘束できる拘束着を持って来てもらい、それを着せられた二郎はストレッチャーで病院内へ運ばれた。

つづく


義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。【最終話】

2020-02-14 21:30:00 | 小説
悔しい決別

あれから1ヶ月が経った。格闘技無経験の横井や益田、翔子、姫子、美里も太極拳を覚えて行った。翔子と姫子は、宮里から琉球古武術も学び始めてた。
「姫ちゃん、翔ちゃん、今日も精が出るねぇ。身体も引き締まって、顔もシュッとして街に出りゃ通り過ぎる野郎どもはみんな振り向くぜぇ。」
 横井がニヤけた顔で言った。
「そうですかねぇ。ありがとうございます。定さんだって猫背じゃなくなってますよ。」
 翔子は言った。
「定さん、そろそろ絢さんに告って、決めちゃえばぁ。」
 右手で拳を握り肘を曲げ伸ばしして、姫子はからかった。
「そうなのよ。元気になっちまってよぉ。」
 横井が悪ノリした。
「何ふざけてるのっ、姫子やめてよ。定さんも調子にノラないのっ。」
 益田は言い、みんなが笑った。
 そんな心にゆとりが出て来た頃、災いが予見される出来事が起こった。それは、織田が居るイタリアの日本大使館にマフィアが銃弾を打ち込んだのだ。幸い、負傷者は出なかったものの、大使館の壁には五発、窓ガラスを割り屋内の壁には10発の弾丸が埋まってた。日本での取り引きが出来なくなった腹いせだった。
 マスコミの報道よりも先に、特テロ室のメンバーには室井がその状況を伝えた。
「織田さんから連絡がありました。マフィアの仕業のようです。イタリア政府が厳重な警備を始めました。しかしながら、イタリアンマフィアは、歴史が長くて、警察と癒着していた時代があって、持ちつ持たれつの歴史があったようです。最近は、マフィアの資金ぐりが悪く、そんな繋がりを警察はなくして、多くのマフィアを壊滅させたようですが、なかなか根強く生き残ってる輩が居るようです。恐らく、その者達が人身売買から資金を得てたのでしょう。それを織田さんがイタリア政府と協力してほぼ、どの組織かは特定出来たようです。そして、あんな脅しをかけて来たとの見解です。」
 室井が全員を会議室に集めて報告した。
「なるほど。でも、政府としては、なかなか手を出せないと言う事だな。また、繋がりをもつ王族や政治家が居るのだろう。じゃあ、我々が乗り込まないといかんなぁ。」
 横井は眉間に皺を寄せ言った。
「流石横井さんお察しの通りです。」
 室井は言った。
「わしが思うに、大垣君と鬼龍院君、そして、二郎にサキちゃんが現地に飛んだらどうだろう?」
 横井は提案した。
「私も行かせて、そのマフィアを壊滅させれば、テロリストにも経済的ダメージで勢力が弱って、国連や米軍が動き易くなるんじゃないかしら。いずれにせよ、早ければ早い程いいんじゃない。」
 姫子は言った。
「そうだな。」
 横井は賛同した。
「そうですね。その面々が乗り込めば。横井さんも大丈夫ですよね。ブレインとして。」
 室井が言った。
「勿論だ。」
 横井は力強く言った。
 二郎と鬼龍院は、直接的なマフィアに関連する情報取集をして、姫子にサキ、大垣は、人身売買に関する情報を集めて、織田とイタリア政府が現行犯で取り押さえられるシチュエーションを作っていくと言った作戦が練られた。
「早速、織田に連絡を取って、こちらからの応援を提案します。」
 室井は言った。
 イタリアの日本大使館への銃撃事件の影響で国内の各空港は警備を強化していた。しかし、一般の乗客達は、外国人も含めて、持ち物検査や税関での手続きに時間がかかるのを迷惑がるのが殆どだった。その銃撃事件の原因が何なのか報道させてないから致し方ないが、空港では、時折、おかしな揉め事を見かける。それは、台風の影響で急遽運休になってしまったにも関わらず、空港職員を怒鳴りつける癇癪持ちもいる。冷静に情報を捉えて行動せねばならない。
 室井室長が織田に連絡を入れると、直ぐに来て欲しいとの返事だった。また、イタリア政府とサンマリノ共和国も協力するとの手筈になった。
 それから二日後、室井室長達七人は、特別通路からチャーター便でイタリアへ飛び立った。イタリアへは、パリ経由のエールフランス航空やフランクフルト・ミュンヘン経由のルフトハンザ航空を利用するのがポピュラーだか、今回は、イタリアのアリタリア航空を特別にチャーターし直行する事になった。日本からの最短ルートではあるが、12、3時間はかかる。
「たまに、足の指なんかを動かせはいいんだろ?エコのミー症候群だったっけ。」
 機内では、ちょっとした旅行気分な者も居た。
「それでいいと思うよ。エコノミー症候群だよ。でも、この席は、ビジネスクラスだけどな。それにしても、CAさんの笑顔はいいねぇ。制服姿も萌えるなぁ。飛行機って悪くないな。」
 佐助は、横井に言った。
「佐助、お前はどんな女の子が好みなんだ。ほんとに好きだよな女の子が。」
 横井は聞いた。
「セックスできるんだったらどんな子でも、そうだなぁ、ハタチ以上なら犯罪にならないんだろ。アヤナミがそう教えてくれたから。今回は、絢さん、一緒じゃないから残念だな。」
 佐助は言った。
「お前さん、見境ないんだな。」
 横井は言った。
「うん、シンジ君と二郎、一文字さんのほぼ全部の性欲、俺が抱えてるからね。結構、難儀なんだよこれでも。無意識に反応するんだから。だから、なんて言うのかなぁ。誰もが性欲は持ってるだろ、強弱はあるにせよ。自分を除いて五人分のを抱えてるからね。定さんなら理解してもらえるかな。」
 佐助は言った。
「理性的に振る舞えば振る舞う程、性欲を溜めてしまう事もあるからな。お前さんに他の五人は助けられてるよ。お前さん達は、ほんと不思議な存在だ。」
 横井は言った。
「うん、俺もそう思う。」
 機内では、この二人だけが喋っていた。和まそうとも考えてたが、全く効果が無かった。姫子は隣りの席がサキなのだが、一向に話をしようとしない。鬼龍院は早々に寝てしまい。大垣はイヤホンをして、琉球古武術の本を読んでいた。
 一方、日本に残ってる特テロ室に居る美里は、珍しく益田に相談をしてた。
「絢子さん、私、心配事がありまして。姫子なんですけど、昨夜、準備を手伝おうと思って部屋に入って行ったら、独りで『死ぬ気で仲間を守る、死ぬ気で日本を守る』みたいな事言ってて。こんな事態になったのを異常な程、責任感じてるみたいで。あんな思い詰める姫子初めてです。無理しないか心配なんです。」
 美里は言った。
「姫子、銃撃事件の事聞いてから顔つき変わったね。私もどうしたのかなって思ってたよ。定さんにメールしとく。みんなの協力で解決の糸口を見つけなきゃね。」
 益田は言った。
「昨日、僕を使って、シンジ君から身長が高い相手への有効な攻撃の仕方習ってました。いつに無く表情が怖かったです。気合い入ってるなぁって感じでしたよ。でも、殺してやろうなんて雰囲気は出してませんでしたけど。」
 側で、美里と益田の会話を聞いてた宮里がそう言った。
「殺そうなんては、思ってないはずです。自分が犠牲になってでもって考えてるようなんです。」
 宮里と益田に美里は言った。
「二郎君にもメールして、美里から。歌音とアヤナミが姫子を気にかけてくれるはずだから。」
 益田は、美里にアドバイスした。
「私も大垣と鬼龍院にメールしますね。姫子さんOne Team を崩すような人じゃないから。無茶をさせるなって事ですよね。」
 宮里が言った。
 美里は嫌な予感をしていた。責任感の強い姫子に何か、悪い事態に巻き込まれそうな気がしてならなかった。
「美里は、姫子に何か言ったの?」
 益田は聞いた。
「思い詰めると姫子は、特に、私達妹が言う事は右から左に流しちゃうんです。サキも恐らく私と同じように感じてると思うんですけど、私達が言っても効果なしですから。」
 困り果てた表情で美里は言った。
「そんな時は、身内の言う事を聞かないタイプの人間居るからね。私もそうだったからなぁ。」
 益田も心配気な表情が強くなって、そう言った。
 美里と益田、宮里は無事にみんなが帰ってくるのを願うばかりだった。
「みなさん、長旅お疲れ様です。横井さん、姿勢が綺麗になって。相当鍛錬積まれたようですね。いやいや、姫子さん益々引き締まった感じで。大垣、肩幅が、凄いなぁ。」
 空港に迎えに来た織田は言った。
「それりゃ、日本の未来を託されたんだから、毎日必死だよ。こんなに座ってばかり居る事なんてどれくらい振りかなぁ。」
 横井が言った。
 日本時間の八時に空港を飛び立ち、イタリアは、まだ、正午過ぎだった。フィウミチーノ空港、別名、レオナルド・ダ・ビンチ空港に降り立った。先ずは、マイクロバスでサンマリノにある日本大使館へ向かった。イタリアの日本大使館は、世界で五番目に小さく、最古なサンマリノ共和国の大使館を兼轄している。また、サンマリノの国旗のデザインにされている3つの要塞、ロッカグアイタとチェスタの塔、ロッカモンターレがあり、観光産業の根幹となっている。それと、2011年の東日本大震災の被災者を追悼するために欧州初のサンマリノ神社が創建された。
 そう言った日本との交流が強いサンマリノ共和国に旅行したいと思ってた大垣は、バスの中で独り言のように3つの要塞や神社の事を口にしていた。でも、誰の耳にも入らない状況だった。
 マフィアの拠点は、シチリア島だった。根強く伝統を守りマフィアとして存続してたサクラ・コニータ・ウニーナを継承するシチリア・コンパーニョと言う組織だった。そこで、情報交換し易い日本に目を付けたのだ。永井虎将と繋がり、存続するために、充分過ぎる金が舞い込んで来た。そんな永虎を抹殺した訳だから、シチリア・コパーニョは日本政府に対して怒り心頭となった。だから、今回のような大使館に銃撃したと言った経緯だ。
「みなさん、この後は、それぞれのお部屋でゆっくり休まれて下さい。明日からイタリアとサンマリノ政府との合同捜査が始まります。宜しくお願いします。何かありましたら遠慮無く私に連絡して下さい。」
 日本大使館の全ての窓ガラスが外側から鉄板で補強され、照明を点けないと昼間でも薄暗い食堂で、夕食を済ませた後、織田がそう言った。
「辛気臭くて、嫌な雰囲気だったな。本場のボロネーゼとマルゲリータは美味かったけどな。料理を運んで来てくれた人達、多分、地元の人達だろ、表情が硬かったな。」
 二郎と鬼龍院、横井が同部屋になってて、その部屋に戻ると横井が話し出した。
「職員にとっては、衝撃的な事件だったんでしょうね。イタリアもサンマリノもマルタも日本とは友好関係が長く続いてる訳ですから、マフィアの標的になるなんて思いもしなかったのかも知れませんね。」
 鬼龍院が言った。
「この国の人達のためにも、今回は成功させないと内戦のような状態になると可哀想ですからね。」
 二郎がそう言うと、横井と鬼龍院も表情が硬くなった。
「姫子、大丈夫?いつもより食べてなかった気がするんだけど。」
 二郎達の隣の部屋になった姫子とサキ、大垣達の会話は、姫子を気遣うサキの話しから始まった。
「そうですよ、何か考え過ぎてませんか?もう少し肩の力を抜いて行きましょうよ。」
 大垣も姫子に言った。
「ごめんなさいね。心配かけて。うん、分かった。どうしても許せないって思いが強く湧き出てきて、日本で永虎達を皆殺しにしたように、自分の感情が抑えられなくて、また、同じ事を繰り返してしまわないか、自分が怖くてね。」
 姫子は日本から出て、誰とも言葉を交わさずに居たが、硬い表情ではあるも、漸く口を開いた。
「そうだったんですか、私はそうしてしまった姫子さん達を見てませんけど、永虎達にはお2人と同じ気持ちを持ってました。一応は公務員なので、命を奪うなんて発想はしなかったでしょうけど、女の子達を傷つけて金を手にしてって言うのは許せないですね。姫子さん、今は太極拳の実践力が身に付いてるから、そんな衝動に駆られる事は無いと思いますよ。武器が無くても身体が勝手に動くと思います。それぐらい一緒に練習したじゃないですかぁ。」
 大垣は言った。
 姫子達の部屋でも、緊張感が高まっていた。
 日本大使館に着き、銃撃痕や建物の補強、職員達の不安感等を目の当たりにすると、現地入りした特テロ室の面々もそれに影響されない訳が無く、必然的に緊張高まる雰囲気にのまれていた。そんな中、日本に居る益田や美里、翔子達からのメールを読んだそれぞれ六人は、幾分、緊張感が和らぎ、床に着き睡眠を取る事は出来た。
 その翌日、イタリアとサンマリノ政府の外務省にあたる職員が6人、日本大使館に訪れた。織田に室井が日本からメールで送って提案した捜査方法をその6人がどう受け入れてるか確認した。その中のリーダーであるイタリア外務省のアントニオンは、人身売買され、集められた女性達を運ぶ船が利用する港が確認出来た事とマフィアの組織図とアジトの場所、その見取図、保有している武器のリストを提示して来た。だが、その武器のリストに載っていない物がある可能性は高いと言う事が付け加えられた。
「これくらいの武器なら問題ないかな。バズーカ砲やミサイルとかまでは無いですよね。」
 二郎がイタリア語で聞いた。
「そんな武器は持ってないと思うよ。それにしても、イタリア語、上手く喋れるんだ。」
 アントリオンは言った。
「女性達を運ぶ船が入港する日時は分かりますか?」
 次に、姫子がイタリア語で聞いた。
「ええ、分かってますよ。今度は、3日後に入港予定です。あなたも喋れるんだ。凄いですね。」
 サンマリノ政府の女性職員であるクリスティアーノが答えた。
「その船を洋上で停められるかしら?」
 姫子が聞いた。
「我々には停める事は出来ないです。織田さん、日本のクルーザーがありましたよね。それを使うのどうですか?」
 アントニオンは言った。
「良いですね。使えますけど何も武装してませんが。」
 織田は答えた。
「放水機は付けられませんか?」
 二郎が聞いた。
「はい、我々が用意します。」
 アントニオンは答えた。
「二郎君、永虎達と同じような方法でいいんじゃないかしら。明日、マフィアのアジトを抑えて、明後日、船を出して。」
 姫子は二郎にもイタリア語で喋った。
「そうだね。明日、アジトでマフィアを捕らえて、警察に来てもらって、逮捕。恐らく、人身売買の証拠になる書類とかあるはずだから。アントニオンさん、それと、流石にマフィアには拳銃保持の許可書は発行してませんよね?」
 二郎は聞いた。
「はい、今の時代はそんな事は無いです。一般の人達の所持率が高くなりましたから。逆に、マフィアから許可書を求めて来たら、一般の人達に襲われると思いますよ。」
 アントニオンは言った。確かに、イタリアでは護身用の拳銃所持が犯罪歴の無い人であれば、許可し易くなっていて、2016年には、約13人に1人の割合で拳銃やライフルを所持しているとの統計がマスコミから発表されていた。言い換えると、拳銃が流通し易い社会とも言える。
「そうなんですね。でも、オープンキャリーは出来ないですよね。」
 興味深く聞いていた大垣もイタリア語で喋った。
「ええ、それは許可してませんよ。」
 アントニオンは答えた。
「私は今回、銃は持ちませんので。」
 姫子は言った。
 二郎と大垣も同じ事を言った。
「姫子、いつから喋れるようになったの?大垣さんも凄いね。ジロちゃんは喋れても驚かないけど。」
 サキは、どんな会話が交わされてるか分からないまま呟いた。
 このように、現地での捜査が思いの外進んでおり、直ぐにマフィア壊滅を実行する事が決まった。二郎達は、タガーナイフとスローイングナイフだけ準備してもらう事にした。それでも姫子は、タガーナイフ一本しか持たないと言った。また、アジトへのアプローチや拘束方法、所要時間の予測等、綿密なミーティングが四時間ばかり行われた。
 佐助とサキは、空色のウイングスーツを纏いマフィアのアジトから1km離れた上空の羽が四つあるプロペラ機から飛び降りた。時速が200km以上の速さで、まるでムササビのように。幸いにも雲1つ無い快晴で、視界は良好だが、言葉での会話は難しい。アジトに近づくと二郎はサキに左手の親指を立てて合図し、2人同時にパラシュートを開いた。降下速度は減速し、大きな声を出せば言葉が聞こえる状態になった。でも、簡単なジェスチャーで、2人はコミュニケーション取り、アジトの屋上へ降り立った。
 パラシュートと外しウイングスーツを脱ぎ、屋内に出入りする錆び付いたドアの鍵を開け潜入した。
 アジトは3階建てで地下に武器を保管してる差ほど広くない倉庫がある。
 3階は、牢獄のようなドアの下から物を出し入れ出来る扉、中央から20cmほど上に中を見る事が出来る小窓が付いた部屋が3箇所とそこを管理する者が使うと見受けられる長方形のテーブル、そこには灰皿と3段式警棒が6本、縮められて置かれてる。そして、椅子が6脚、給湯場、テレビに冷蔵庫が設置されたスペースが屋上から1階まで続く階段の側にある。
 2階にはマフィアのボスの部屋。直ぐ隣は、そこと中で出入り出来るドアがある応接室、階段側に、パソコンが置かれたデスクが3台づつあり、奥の壁に窓が1つあり、それ以外は書類や文具類等が収められてる棚がぎっしり並んでて、3人の女性達が事務作業をしている。
 1階は、階段よりも2m程離れて右吊元のガラス戸が玄関になっていて、受付カウンターがあり、そこから右奥に部屋が2つ並んでる。直ぐ隣の部屋には、シーカヤック用品やクルーザーの写真や模型が展示されていて、奥の部屋には漁師が使う漁網や投網、定置網の模型、玉網等、漁具が展示されている。表向きは、漁具やレジャー用の小型船を販売する会社に見える。その部屋の隣に木の扉があり、ここが拳銃を隠している地下倉庫の入り口になっている。
 シンジ君とサキは、タガーナイフを片手に3階の牢獄から見て回った。人気は無く、2階に降りた。ここは、奥のボスの部屋まで大声やタガーナイフのグリップの先端でガラスを割りながら駆け抜けた。これを合図に、1階の玄関から姫子と鬼龍院、大垣が突入し、アントニオンやクリスティアーノ達は4人が地下室の入り口前で銃を構え、後の2人と室井に織田、横井は、玄関前で待ち構えてた。
「動けなくすればいいね。」
 サキがシンジ君に言うと、廊下に出ようとしてたボスの下顎の左側に回し踵落としを入れた。ボスはその一撃でノックアウトした。透かさずサキは結束バンドで両手両脚を拘束した。
 シンジ君は、廊下から駆けつける手下達、15人に向かって行った。先に来た5人の両膝の内側側副靱帯と、左右のアキレス腱をタガーナイフで斬りつけた。後の10人は、ナイフの切れが落ちたため、蹴り、パンチ、投げ技で仕留めた。3分程で2階に居たマフィア達を動けなくした。サキは、その連中を結束バンドで手際良く拘束した。
 1階には、手下達が7、8人しか居なかったが、2人がシーカヤックのオールを持ち、アントニオンと他3人を襲い地下室に入った。アントニオンと1人は頭から血を流し動けなくなり、もう2人は、鳩尾をオールでやられ、蹲り嘔吐してた。それに気づいた姫子は地下室前に駆けつけた。すると、2人の手下がマシンガンを持ち、階段を昇って来た。姫子はそこへ躊躇なく飛び込み、1人の手下を下顎に蹴りを入れ倒したものの、もう1人の手下が姫子にマシンガンを打ち放った。10数発の弾丸を姫子は浴び、後ろの壁まで後退し、両脚で立てなくなり座り込んだ。それを見たアントニオンは、その手下に銃口を向け、頭部を撃ち抜いた。
 姫子は大量出血し意識が朦朧になりながらも右手でタガーナイフをその手下へ投げようと構え、左手はアントニオンが銃を打つのを止めようとし、掌を向けた。頭部に弾丸を受けた手下はマシンガンを床に落とし、倒れた。同時に姫子は目を閉じ虚脱し、右手のタガーナイフは、床に転がり、両掌を前に向け両腕は、床に垂れ落ちた。
 大垣が真っ先に駆けつけた。
「姫子さん、しっかりしてぇ。」
 大垣は、叫びながら上着を脱ぎ無我夢中で止血を始めた。上着をタガーナイフで切り刻み、両手を真っ赤にして姫子の両腕両脚の付け根を縛り、胸部や腹部を有りったけの切れ端を当てた。それでも足りず、真っ白なティーシャツも脱ぎ黒のスポーツブラ姿で涙を流しながら必死で傷口を押さえた。たが、出血は止まらない。大垣の涙は目からも鼻からも垂れ、止まる気配が無かった。
「姫ちゃん、姫ちゃん、、、イタリアの腰抜けどもを助けてやったんだな。」
 横井は姫子の血の海に迷い無く浸かり左手を握って泣き崩れた。
 姫子の顔は血の気が引き、目は閉じ、唇は薄紫色。でも穏やかな優しい綺麗な顔、眠れる森の美女ならば、こんな寝顔と誰もが共感するだろう。
 みんなが集まった。救急車の音も聞こえて来た。シンジ君は、階段の上で仁王立ちし、サキはその隣で割り座になり顔を真っ青にして項垂れた。アントニオンは膝まづきサキの肩に右手を置いた。鬼龍院は手早くマフィアを全員拘束し、シンジ君の側に来た。
「明日は、俺ら2人で船に乗ろう。姫子さんのために。」
 鬼龍院は言った。
「うん、俺は独りででも行くさ。逃げちゃ駄目だからな。でも、定さんや大垣さんが行くって言うなら、俺がみんなを守るよ。君もね。」
 シンジ君は目に涙を溜めてたものの、その慧眼は揺るぎなかった。
「みなさん、明日はどうされますか?」
 病院の霊安室で、白いシルクのハンカチーフを顔に被された姫子の横で、シンジ君のまま冷静に横井、サキ、鬼龍院、大垣に言った。
「みなさん、ご無理はなさらないで下さいね。鬼龍院さんは、2人で行こうと言ってくれました。横井さん、大垣さんを気遣って。私達は、皆さんの意志で決めてもらいたいです。」 
 歌音に代わって言った。
「もう誰も死なせない。」
 アヤナミに代わって言った。
「もしも、みなさんが行くのなら売買された女性達を守っててもらいたいです。後の連中は、僕らがやりますので。」
 一文字さんに代わって言った。
「殺さねぇよ、生き地獄に葬ると思うけど。」
 佐助に代わって言った。
「なので、出来れば、みなさんに頑張って協力してもらいたいのが本心です。」
 二郎に代わって言うと、シンジ君に戻った。
「私、行きます。姫子さんのために、死にません。絶対に。姫子さんと一緒に日本へ帰ります。」
 大垣は言った。
「勿論、行く。」
 鬼龍院は言った。
「私は姫子の側に居させて、みんな無事に帰って来てよ。」
 サキは言った。
 翌日、シンジ君は、船の乗組員とマフィア、合わせて9人に脊髄損傷を負わせた。そして、売買せれて来た女性10人を保護した。
「林田さん、いつに無い強さでしたね。私には出来ないわ。」
 大垣は言った。
「船も操縦出来るんだ。」
 鬼龍院は言った。
「みんな無事で良かったな。」
 横井は言った。
「林田さんは、凄いですね。まるでスーパーマン。日本には、あなたみたいな人もっと居るんのですか?」
 クリスティアーノはイタリア語で聞いてきた。
「どうだろう。居ないと思うよ。でも俺らは、Six People なんだ。」
 シンジ君はクリスティアーノにイタリア語で答えた。
 安堵な空気に変化した、マフィアから奪った船の操舵室でそんな会話が交わされた。濃い青紫色が白い光を洸かせる海面で、織田と室井、アントニオンが乗る港に向かう日の丸が靡くクルーザーを追いながら。
 その頃サキは、姫子の亡骸を無表情で1人で湯灌を始めた。着てた服を挟みで切り脱がせ、肌に付いた血液や汚れを拭き取り、傷口を釣り糸のような透明な糸で縫い合わせた。そして、VIOラインのアンダーヘアを剃り落とし、大量に購入したブルーベースのファンデーションを指先、爪先、殿裂、会陰部、肛門までも全身に丁寧に、肌がピンクがかって見えるように塗った。最後に薄紅色のルージュを唇に施し、レースで縁取られたベールを輪郭に沿って纏わせ、薄手の白いエンパイアラインのドレスを白装束として着せた。また、コーフィンも白にした。姫子の最後をフェミニンで送りたいサキの気持ちの表れだった。
「ありがとうございました。これで、当分は我が国でマフィアは活動出来ないでしょう。しかしながら、姫子さんと言う大切なお仲間を犠牲にしてしまって無念でなりません。ご冥福をお祈りします。これを期に政府に対して、治安力を増強するよう働きかけます。また、日本へ帰国する際には、政府専用機を使って、私とクリスティアーノも同行させて頂き、総理大臣へは勿論、法務省や外務省に挨拶へ伺わせてもらいます。また、国連や米国に、イスラム過激派の調査を依頼します。」
 室井特テロ室室長と、横井や二郎、サキ、大垣に鬼龍院が日本への帰国の準備を終え、レオナルド・ダ・ビンチ空港に向かう2階建ての高級観光バスに、2階の座席は取り外され、姫子の白いコーフィンを乗せて、1階は室井達が自由にランダムに別れて座席に着いた後、アントニオンは車内マイクで静かにイタリア語で話した。横井は何を喋ってるか分からず仕舞いだが、誰かにその内容を聞く事もせず窓の外を眺めてた。サキは、アントニオンの目を見て話しを聞くも、それが終わると目を閉じた。他の者達は、頷いたり、アイコンタクトで理解したのを伝える等、言葉は無かった。サキが姫子を湯灌して2日後の事だった。
 無事に羽田空港空港に着陸すると、イタリア大使館の公用車が2台と日本の外務省の公用車が2台、霊柩車が1台、イタリア政府専用機の側に付けた。室井室長がCAに誘導され、タラップを最初に降りた。その正面の3m程前に、益田と加藤、翔子に美里、宮里、辰吉、和久井の特テロ室のメンバーがスーツ姿で並んでた。そして、姫子が居るコーフィンが貨物室から霊柩車に乗せられた。そして、美里とサキも霊柩車に乗り自宅へ向かった。車内では、2人とも喋らなかったが、手だけ繋いで、美里はハンカチで流れる涙を拭い、サキが美里の肩を抱き寄せた。
 一方、室井室長達は、特テロ室宿舎へ向かい、アントニオンとクリスティアーノも宿舎へ案内した。
「これから、首相が来られますので、こちらにお掛け下さい。」
 内閣府の伊藤忠光は言い、奥へ下がって行った。
 室井は、アントニオンとクリスティアーノに通訳し、応接ルームの黒革のソファーに座らせた。また、横井と益田、二郎、翔子もソファーに座るよう言われた。
「定さん、ご苦労様でした。体調は大丈夫?」
 益田は聞いた。
「身体は大丈夫だよ。でも、心が疲弊気味だ。姫ちゃんが命を投げ出して、頭も身体のキレも悪いこいつらを守ってやったんだが、悲しいよ。悔しいよ。」
 横井は言った。
「うん、定さん。無事に帰って来てくれてありがとね。」
 益田は、横井の手を握った。
「こいつ等レベル低く過ぎてな、他力本願も甚だしいよ。4人居たくせに2人に直ぐやられちまうんだから。二郎達が居なかったら全員地中海の底さ。情けないよこいつ等。」
 横井は、静かに怒りを露わにした。
「定さん、姫子さんの事はとても悔しいよ。でも、この人達、ど素人だよ。それと、外務省でしょ。鍛錬だったり、マフィアへの対策だったり、教育されてないよ。だから、軍や警察も動かせ無かったと思うよ。僕も悔しい限りだよ。」
 二郎は言った。
「現地の事情が分からないから、私はなんとも言えないけど、二郎君が無事で何よりよ。」
 翔子は言った。
「姫子さんが犠牲になったのはとても悔しいです。それと、私、まだまだ成長しないといけないと思いました。私がもっと、速く、強く、動く事が出来れば。」
 涙を流して大垣は言った。
「同感です。私も悔しいです。」
 鬼龍院は言った。
 そう姫子の死を悔やんでると、伊藤が首相と2人で現れた。
「みなさん、友好国のために尽力なさって頂いてありがとうございました。犠牲者を出してしまった事は私自身、無念に感じます。それと、両国の国益の損害を未然に、強大にならない内に成果を上げて下さったことは、心から感謝致します。ありがとうございました。先日、イタリアの首相と電話会談させて頂きました。イタリア政府は、あなた方の働きを賛美されました。横井定幸さん、益田絢子さんをはじめ、ここにいらっしゃる益田防犯研究所のみなさんには、先ず、永久的な自由出入国を認め、イタリアは勿論、サンマリノ、マルタ、バチカン市国へ渡航する際は、全ての費用をその4国が負担すると申し出て下さいました。それと、日本政府は、神路姫子さんご葬儀代金、追悼金を準備させて頂きます。また、益田防犯研究所の皆様にも謝礼金を用意致します。室井室長から聞くところによりますと、かなり感傷的になられてて、疲弊なさってると報告を受けております。これを期に、ここでの拘束を解放致します。どうか、心と身体の疲労を癒して頂きたく思います。今回の皆様の働きは、表立たせる事は出来ませんが、総理大臣として大変感謝しております。ありがとうございました。」
 首相は、労いの言葉、感謝の言葉を丁寧に話してくれた。
「大変申し訳ございませんが、スケジュールの都合上、首相は、公務に戻らねばなりません。室長と、イタリア、サンマリノのお二方、ご一緒に官邸までご案内します。その他の皆様におかれましては、今後に関して、室井室長に指示しておりますので、どうぞご自愛頂きますようお願い申し上げます。」
 内閣府の伊藤がそう言うと、首相、室井室長、アントニオンとクリスティアーノは、伊藤に案内され、奥へ下がって行った。
 美里とサキが自宅に着くと、葬儀やが姫子の葬儀の準備をしてた。
「サキ、覚えてる?田口さん。父さんや母さん、兄さんの時にもお願いした。葬儀屋さんよ。」
 美里はサキに言った。
「ご無沙汰しております。突然のご不幸、お悔やみ申し上げます。美里様からご指示がありまして、家族葬とお聞きしております。それと、このような祭壇をご準備致しました。」
 田口は左右の掌を下腹部の前で合わせて、丁寧に言った。その祭壇は、薄紫色の幕をバックに真っ白な菊の花だけが飾られた白木祭壇だった。
「お姉ちゃんに合ってる。真っ白。死化粧、私1人でしてあげたよ。綺麗だよ。」
 サキが美里に言うと、祭壇の前に置かれた白いコーフィンに寝てる姫子の顔を2人で見た。
「お姉ちゃん、こんなに綺麗にしてもらって。サキ、1人で頑張ったね。」
 美里は優しい声で言い、サキの頭を優しく撫でた。
 特テロ室に室井室長が戻って来た。
「横井さん、益田さん、林田さん、梅木さん、加藤さん。これでみなさんのここでの仕事は終わりです。ご苦労様でした。」
 室井室長は話し始めた。
「横井さんのご自宅に益田さんと加藤さんが住めるように片付けています。それと、林田さんと梅木さんは、神路さんのお宅で。勝手ではありますがそのようにさせて頂きました。しかし、これからお部屋をお借りする際は、ご連絡下さい。法務省の職員宿舎として賃貸契約させてもらいます。勿論、横井さんと神路さんのご自宅もそうなりますので、光熱費は国の予算で支払います。ですが、有事の際はご協力お願い致します。また、みなさんの預金通帳には、これまでの報酬を振り込ませてもらいました。それぞれご確認下さい。」
 室井は言った。
「国の駒か俺たちは。」
 横井がぼやいた。
「いいじゃないですか、生活が保証された訳だから。俺は世の為人の為になるなら構わないっすよ。」
 加藤は言った。
「当分はお世話になるわね、定さん。研究所は少し休む事にしたから。」
 益田は言った。
「僕は、残りますよ。と言っても、ここでは生活しませんけど。室井さん、精神鑑定とか、警察病院で医師やりますよ。一応は、内科系も外科系もできますから。そして、宮里さんや鬼龍院さん達と武道の稽古をさせて下さい。」
 二郎は言った。
「私も、警察病院で看護師やります。元の職場には戻りません。」
 翔子も言った。
 その後、半年が過ぎ、益田防犯研究所は再開した。形を変えて。以前のように、益田の執筆活動があり、それに、横井が加わった。そして、一般向けの護身術の講習会も定期的に開かれ、健康増進の観点も取り入れ誰もが参加しやすい形態に変わっていった。また、この講習会は、加藤と神路姉妹が担当者となった。それと、特テロ室の宮里、辰吉、鬼龍院、大垣、和久井も講師として参加するようになった。
 二郎達と翔子達は、警察病院で主に受刑者を診察したり、妊娠でありながら収監された女性受刑者や収監時の身体検査で妊娠が判明した受刑者の出産に携わった。
 このように姫子が他界した後、その悲しみを乗り越えて各々が新しい日常を送り出した。
「翔子、今日は久し振りに満腹亭でも行かないか?大川店長元気にしてるかな、久蘭々ちゃんもまだ働いてるんだろうか?」
 勤務時間が終えそうな頃、廊下で翔子と出会った二郎は、何気なく誘ってみた。
「良いね。そう言えば、久蘭々ちゃん子供出来たらしいよ。シングルマザーなんだって。偉いわぁ。父親は、バイク事故で亡くなったんだって。最近らしいよ。」
 翔子は言った。
「いつ、何が起こるか分からないな。姫子さんもそうだけど、天寿を全う出来ずに命を落としてしまうのは、ほんとに残念な事だな。」
 二郎は言った。
「でも、姫子さん、棺の中でとても綺麗だったね。サキちゃん大好きだったんだろうね。」
 翔子は言った。
「家族かぁ、僕の家族は僕の中にしか居ないな。不思議だ。翔子は、ユキさんや杏ちゃんどう感じる?」
 二郎は聞いた。
「んん、友達みたいな感覚かな。ずっと側に居てくれる、ありがたいよ。ユキのアドバイスは的確だし、杏は最近出たがらないけど、子供を取り上げた時とか、私の中ではしゃいでてね。私の喜びも倍増するの。うん、大切な友達だね。」
 翔子の笑顔は素直な笑顔だった。
「じゃあ、カルテの入力さっさと済ませて、腹一杯食べに行くか。」
 二郎は言った。
 西空に日が沈み、珍しく星の輝きを強く感じながら、久し振りに満腹亭の前まで二郎と翔子は清々しい気持ちで歩いて来た。店に入ると、大川店長と久蘭々は、元気な声で迎えてくれた。久蘭々は、自分の子をおんぶしながら接客してた。たまたま愚図ってたと言っていた。
 店内は、二郎と翔子が大学生の頃から大きな変化は無かった。1箇所だけ、あの頃には無かったものがあった。カウンターの隅に2つの写真が飾られてた。久蘭々がおぶってる子供の写真と、男性と久蘭々が2人で写ってる写真だった。
 〝二郎、永虎のアジトを視察して、帰り際に私が襲った男よ。〟
 アヤナミは二郎の中で言って来た。
 〝ほんとだ、僕も覚えてるよ。でも、殺さなかったよな。〟
 二郎はアヤナミに言った。
 〝ええ、殺してない。〟
 アヤナミは言った。
 久蘭々の夫だった男性は、永虎の手下だったのだ。二郎達は、命は奪わなかったもののその男性はそのまま、ガードレールの歩道側の支柱にもたれて座りながら、3日後に息を引き取ったのであった。二郎は困惑し、満腹亭に居られない気持ちになった。翔子に何も告げず店を出て走り去って行った。
 佐助に代わり、シンジ君に代わり、歌音、アヤナミ、一文字さんまで、次々と6人格が入れ代わり立ち代わり。最早、その中の誰が表に出てるのか分からない。ごちゃ混ぜになった歪んだ顔、左右の手足の太さ、長さに差が出た。胸も片方は女性の乳房、もう片方は鍛え上げられた大胸筋。アシンメトリーな体型。この世の者とは思えない姿になり、息を切らし、ある施設の門の前で倒れた。数分後、二郎に戻った。しかし、意識を失い動けないでいた。

おわり

義賊とカルトの温床。僕らはどれを選ぶのか。⑦

2020-02-03 13:48:00 | 小説
⑦皆殺しの功罪

「申し訳なございません。1人の者は、非常勤職員でございまして、本業は医師であります。令高大学付属病院に勤務しておりまして、30分程遅れる見込みです。他の者は集まっておりますので、宜しくお願いします。」
 益田が普段の朝とは違い、見かけない男性2人と横井定幸に対し、テンション高めに話してた。
「おはようございます。久し振りですね。みなさんの活躍は耳に入ってますよ。つい先日も人身売買をしてる組織の壊滅にご協力して頂いてご苦労さまです。その時にですね。みなさんが得た情報からピンクキャメル号の乗組員達を勾留し、世界中から買い集められた女性10人を保護し、それぞれの祖国へ帰国させる事が出来ました。しかしながら、あの船の乗組員達は、単なる運び屋でした。で、ありますから黒幕が存在するのが明らかになりました。」
 横井もあの2人の男性が居るからか、普段より丁寧に話しを進めてる。益田は、いつもと違う横井の話ぶりを聞いて、ただならぬ事が起きたと察し、背中、脇の下、胸の谷間に僅かながら冷や汗が垂れるのを感じてた。
「あの船の船長はイタリア人でした。他の乗組員は、ユダヤ人で、ですから、黒幕は、」
 横井が核心を突こうとすると、ダークグレーのスーツにオフホワイトのワイシャツ、ライトグレーのネクタイをした1人の男性が言葉を遮った。
「横井さん、後は私から。私は、イタリアの日本大使館に席を置く織田有造と言います。みなさんが壊滅させた、永井虎将がリーダーだったロングタイガー、北海道のホワイトフォックス、北九州のスネークポイズンに人身売買を持ちかけてた黒幕は、イタリアンマフィアです。また、そのマフィアはイスラム過激派に資金援助してるのです。ですから、日本にテロ行為を仕掛けて来る可能性があります。それと、みなさんも狙われる可能性があります。」
 織田がそこまで話しを進めると、二郎がやって来た。
「すみません、遅れました。でも、益田さん、正直言うと困るんですが。あっ、あ、すみません。」
 ただならぬ雰囲気と、初見のクールな大人の男性が2人も居るのに気がついて、言葉を止めた。
「急に申し訳ないないです。私は、イタリア日本大使館に席を置く織田有造です。林田二郎さんですね。掻い摘んで言いますと、日本で行われてた人身売買は、イスラム過激派の資金源の一部だったことが分かりましたそして、日本、みなさんがテロの標的に成り兼ねないと言う事です。林田さんがいらっしゃるまでに、ここまではお話しさせて頂きました。では、続けますね。」
 二郎は驚き、益々、声を出せず頷くだけだった。
「実は、日本政府は、横井さん、益田さんの働きかけを、ここ、防犯研究所を特殊な組織と認めています。良い意味でです。しかしながら、ロングタイガーを惨殺してしまいました。それは、目を瞑るとして、その代わり、テロ対策に参加して頂く事になります。これは、強制的に参加してもらいます。日本でのテロ活動を未然に防ぎ、その危険性がゼロになるまでです。ご理解出来ますね。致し方ありません。」
 最後は、強い口調で話し、織田は口を詰むんだ。
「私は、法務省特命テロ対策室室長の室井達郎です。織田さんから話しがあったようにテロ対策に参加して頂きますが、横井さん、益田さんをはじめ、みなさんはこれからテロ対策本部の宿舎で生活してもらいます。」
 織田に継いで、ライトグレーのスーツに真っ白なワイシャツ、紺色のネクタイをした、欠点が無さそに見える室井が話し出した。
「林田さんに関しては、大学病院には、法務省の外国人犯罪者の精神鑑定医に就いてもらい、犯罪心理の研究に携わってもらうと通達します。すなわち、令高大学医学部付属病院から特別に法務省へ派遣すると言う形を取ります。それと、梅木翔子さんはあなたのアシスタントの看護師として、勤務してる病院に通達して参加してもらいます。これはですね、みなさんをマフィアとテロリストから身を守る対策でもある訳です。私見ではありますが、これはあなた方の正義感から招いた反社会的勢力を壊滅させるために殺害と言った手段を取った功罪です。もしも、我々に協力しないと言うのならば、刑事事件としてみなさんを逮捕し、豚箱にぶち込みます。恐らく、今の生活を続けるよりは、殺される確率は減るでしょう。理解できますね。ここまでみなさんを特別優遇するのは、それぞれ高い能力をお持ちだからです。我々もみなさんから学ぶ事があると期待もしてます。国益、自国民に損害が及ばないよう、当面は我々と仕事するという事です。宜しくお願いします。」
 室井は若干、感情的になりながらも、横井や益田、二郎、加藤、神路三姉妹に好意的な表情で言い放った。
 7人全員が言葉を失った。特に、神路三姉妹はばつが悪い表情を浮かべた。しかし、独りだけ違っていた。
「室井さん、質問宜しいでしょうか?」
 加藤は言った。
「はい、なんでしょうか?」
 室井が加藤に顔を向けそう言うと、全員が加藤を見つめた。
「いつから、宿舎に入るんですか?」
 加藤は興味津々な表情で室井に聞いた。
「これから直ぐです。」
 室井は即答した。
「家には戻れないの?」
 加藤は緊張感があまり見られず、困った顔でそう言った。
「はい、戻れません。ですが、宿舎の部屋に入ってもらったら、その部屋に置きたい自宅にある私物をリストアップしてもらいます。そして、係の者がご自宅から回収する事になります。横井さんと神路さん達は、持ち家でありますから、当局で管理します。予定としては、益田さんと加藤さんが宿舎に持ち込まない私物は、横井さん宅で保管します。林田さんと梅木さんは神路さん宅で保管します。ですから、益田さんと加藤さんの賃貸契約してるマンションは契約解除の手続きをします。林田さんと梅木さんは職員寮ですから、退寮手続きをします。いずれも当局が進めて行きますのでご安心下さい。」
 室井は、みんなが安心するように表情を和らげ、加藤の質問に答えた。
「他に今すぐ聞きたい事はありますか。今日はこの後、マイクロバスが迎えに来ますので、それで宿舎に向かいます。到着したら、丁度お昼時なので、昼食を召し上がってもらいます。その後、部屋割りをして、搬入する私物のリストアップをしてもらい、16時から格闘技トレーニングです。これには横井さんと益田さんは自由参加です。私の部下を指導して頂く形になるでしょうか。今日のスケジュールはざっとこんなもんです。」
 室井が話し終わると、表には迎えのマイクロバスが来てて、早速、乗り込み、宿舎へ向かった。
「言い忘れてました。みなさんの携帯電話は回収します。電源を切ってお預かりしますので。代わりに、新しい携帯電話をお渡しします。宿舎に着いてからですね。」
 マイクロバスが走り出し、程なくして、室井が言った。また、張り詰めた空気に変わった。独りの男以外は。
「室井さん、俺、日本代表返り咲きですよ。嬉しいなぁ。まぁ、マフィアとテロに負けないように頑張りますよ。」
 加藤が、また、ズレた事を言った。
「情報通りですね。加藤さん。あなたみたいな方、嫌いじゃないですよ。今回は、表舞台には出ない、裏の日本代表ですけど、良いですか?」
 みんなが呆れる中、織田が言った。
「えぇ、構いませんよ。なんか、日の丸の付いたグッズ、もらえますかね?」
 みんなはクスクス笑った。
「加藤、ご機嫌だなぁ。」
 横井が言った。
「加藤さん、残念です。有りません。」
 室井が言った。
 こんなズレ過ぎる加藤の質問で、バスの中の空気は一瞬だけ和んだ。
 車窓では、通勤ラッシュが落ち着き、普段の日常が流れてた。それに反し車内では、度が過ぎた正義で、個々が敷いたレールから降ろされた者達が、行き先を見失しないかけ、非日常が流れてた。
「二郎君、私、拉致られたって思ったよ。信じられないんだけど。ここで暮らすの?理由は聞いた?」
 翔子が宿舎の出入り口近くの応接スペースでソファーに座りテレビを見てた。すると、出入り口から入って来た織田と室井の後についていた二郎をみつけ、そう言った。
 因みに、この施設は、首相官邸の地下に位置してて、マイクロバスは、国会議事堂の正面で停まり、議事堂の中に入ると、女性用トイレの隣にある施錠された鉄の防火扉から入り、階段を一階分降りて、そこからは階数の表示が無いエレベーターで、更に、二、三階降りて着いた場所だった。
「翔子、先に連れて来られてたんだ。申し訳ないね。研究所の仕事で、こんな状況になってしまって。でも、翔子もここに居る方が安全だから。」
 二郎は、翔子に言った。
「翔子ちゃん、ごめんなさい。私達姉妹がこんな状況にしてしまって。ほんと、ごめんなさい。」
 姫子が翔子に謝った。側に居た美里は、両手を下腹部の前で合わせて頭を下げた。その隣のサキは、顔の前で両手を合わせて頭を下げた。
「いえいえ、みなさんも一緒で安心します。」
 翔子は言った。
 二郎達には、新しいスマホが配られた。自由に使って構わない事とお互い連絡が取り合えるように言われ、また、室井や織田からも連絡が入る事になる事。預けた携帯の番号や知人、友人の電話番号等は登録しない事が言われた。
 昼食は、このフロアにある食堂で、ブッフェ形式になっていた。高級な食材や豪華な料理ではないものの、誰もが口に合う味付けの料理だった。一番喜んだのは、言うまでも無い、翔子だった。また、室井の部下達五人も一緒に食事を共にした。会話は無く、皆、翔子の食いっぷりに釘付けになった。厨房の中に居る調理師達も注目していた。大学時代にテレビやYouTubeに出ていた翔子を知る者も居て、直ぐに人気者になった。昼食を終えると、部屋割りが伝えられた。
「みなさん、部屋割をお伝えします。私は、特テロ室の和久井です。宜しくお願いします。先ず、この施設ですが、このフロアを4階と定めております。ですから、ここより下に3フロア存在します。住居スペースは、1階と2階の半分になります。合計、40人が生活可能です。すなわち、40部屋用意できる構造です。この施設の一番の目的は、有事の際に、天皇のご家族、総理大臣をはじめ各大臣、最高裁裁判官、日弁連会長および副会長等、国を統治する事を機能させるための人物を収容する事です。ですから、各部屋には基本的な日用品は揃ってます。ご自由にお使いください。では、みなさんのお部屋は、1階に神路姫子さん、美里さん、サキさん。それと、林田さんと梅木さんは2人部屋を用意してます。次に、2階は、名前をお呼びしてない、横井さん、益田さん、加藤さんです。鍵とご自宅から持ち込みたい私物リスト用紙をお渡しします。現在の時刻は、13時30分です。16時に3階のトレーニングルームにその用紙も持参してお集まり下さい。トレーニングウェアは既に各部屋に用意してますので、それをお使い下さい。」
 和久井が滑らかに話し、鍵と私物リスト用紙をそれぞれに手渡し、エレベーターホールに案内して、一緒に。2階、1階に降りた。
「サキちゃん、俺と同部屋なんてどう?」
 エレベーターの中で、加藤らしい言葉を発した。
「力士じゃないの、ワ・タ・シは。」
 サキは軽くビンタして、その言い草をつき返した。
「加藤、いい加減にしなさい。」
 益田に怒られた。
「私のところ、たまには遊びに来て良いですよ。囲碁の相手してください。」
 美里は怒られた加藤をからかった。
「囲碁、ですか、五目並べ、なら、へへ。」
 加藤は、囲碁なぞした事がない。五目並べもだ。しかし、断る事も出来ずに苦笑した。
「えぇ、カトちゃん五目並べも出来ないじゃなぁい。アハハ。」
 サキは加藤に失笑した。
「絢ちゃん、俺さぁ、未だに洗濯機だけ使った事ないんだ後で教えてもらえるかなぁ。」
 横井は言った。
「えっ、独りやもめになって何年だっけ?」
 益田が聞いた。
「15、16。15年以上かな。3日に1回は洗濯屋に頼んでたからさ。」
 横井は言った。
「勿論、教えてあげる。今の洗濯機は簡単よ。それはそうと定さん、トレーニングには出るの?」
「一応な。疲れが溜まらないくらいは身体動かした方がいいよ。若い連中とも交流したいしな。絢ちゃん、独りやもめってのは女の独りもんに使う言葉だよ。因みにな。」
 横井は言った。
「地下で暮らすなんてどうなるだろう、日焼けはしないからいいけど、乾燥してるかしら、いや、湿気が多いかも。化粧道具持ってきてもらわなくちゃ。MEDIHEALのフェイシャルパックは必ず持って来てもらうんだから。」
 姫子はぶつぶつ1人事を喋ってた。
 みんなの人となりが散らついて、部屋へ案内する和久井は親近感を抱き、これから何ら問題が起こらないよう考えていた。
 二郎と翔子が部屋に入ると、満腹な翔子は、ベッドに横になった。
「二郎君、横にならない。普段より沢山食べちゃったよ。急にこんなとこに連れて来られるなんて思いもしないから、ヤケになったわ。」
 翔子が愚痴を溢した。
「そうだな。でも、前向きに考えよう。ここの生活が終わったら、また、同じ職場に戻れるんだから。」
 二郎も翔子の隣りに横になりながら、そう言った。
「そうね。」
 翔子はそう言うと、目を閉じ、寝てしまった。二郎は翔子の寝顔を見て、同じように目を閉じた。
 30分ばかり経った時、二郎のポケットに入れてたスマホの着信音と連動する振動で2人は目を覚ました。
「室井です。林田さん、お部屋ですか?梅木さんもご一緒ですか?」
 慌てて電話に出ると、室井からだった。
「はい、部屋に居ます。翔子も一緒ですよ。」
 二郎が答えると、翔子は驚いた表情で二郎を見てた。
「確認させて頂きたい事があるのですが、10分後にそちらに伺っても構いませんか?」
 何の音もせず、鮮明に室井の声だけが聞こえて来た。
「確認?はい構いませんよ。」
 二郎は答え、電話を切った。
「なんて、二郎君?誰?」
 翔子は眉間に皺を寄せてた。
「室井さん、僕達に確認したい事があるらしい。10分後に部屋に来るってさ。」
 二郎は言った。
「僕と翔子ちゃんとを確認したい訳だから、共通点を考えるとやっぱり、独りじゃないって事かな。」
 一文字さんが代わって言った。
「私もそう思う。高い能力を持ってるから、とか言ってたしね。」
 ユキが代わって言った。
「婚約してるかどうかじゃなーい。いやだー。恥ずかしいわよねぇ。」
 杏が久し振りに出て来た。
「久し振りね、杏ちゃん。大丈夫よ。私達がついてるからね。」
 歌音は、翔子から杏に代わると、強く不安を感じてる状態だと察してて、そう言った。
 ドアをノックするのが聞こえて、二郎に戻り室井を部屋に入れた。
「すみません。休憩してる時に。」
 室井が言い、4脚の椅子がある正方形のダークブラウンの木目調のダイニングテーブルに、二郎と翔子も座って欲しいジェスチャーを交えてそう言った。
「えっと、お2人の資料を読まして頂いててですね。ちょっと疑問に思った事がありまして。森川組を解散に追い込んだ時の件なんですけど。覚えてらっしゃいますか?」
 室井が話し始めた。
「はい、僕の異父兄弟で兄が居た暴力団です。覚えてますよ。」
 二郎は答えた。
「捜査員達がガサ入れした時には、森川組の連中は既に動けない状態だったらしいです。益田さんに聞くと、恐らく林田さんだろうって教えてもらったんですけど、事実ですか?」
 室井は動揺見せずに聞いて来た。
「はい、僕達がやりました。」
 二郎は答えた。
「えっ、梅木さんとお二人で?」
 流石に室井は驚き、聞き返した。
「いや、翔子はその時、自宅でしたから。知人の食堂の店長とそこの店員さんと3人で。」
 二郎は答えた。
「でも今、僕達って?言われましたよね。」
 室井が確認した。
「僕は、6人格でこの身体一つで生きてます。」
 二郎は言った。
「えっ、え、多重人格って事ですか?」
 室井は眉毛を持ち上げ額に皺を寄せ聞いた。
「はい、そうです。信じられないと思いますが。森川組を襲撃した時は、主に、僕らの二人でやりました。代わってみますか?」
 二郎は言った。
「は、はい。お願いします。」
 室井は動揺を隠せないで居た。
「あの時は、俺が奴らを蹴散らして、3階から逃げる時は、身軽な俺が、窓から飛び出したんだけど。」
 シンジ君、佐助に代わってそう言った。
 室井は目が点になり、大きく開いた口は数秒間閉じれなかった。
「あの頃は、身体まで代われなかったんですけどね。いつの間にか、代われるようになったの。」
 歌音とアヤナミが代わって言った。
「それで、二郎が研修医の時に全身のMRI画像を撮ったんです。そしたら、大脳皮質の運動野と感覚野。それと、海馬と扁桃体が他の健常者よりも大きくて、神経細胞も多かったです。それと、女性になると、生殖器の形状、胸の形状は変わりますが卵巣、乳腺は存在しません。」
 一文字さんに代わり、二郎に戻ってそう言った。
「が、あ、うん。凄いですね。はい、ちゃんと見ました。女性にも代わるんですね。」
 室井は言った。
「あっ、室井のおじちゃん、歌音とアヤナミのどこ見てたのよぉ。エッチねぇ。」
 翔子は杏に代わって言った。
「へ、へっ、梅木さんも。」
 室井は椅子に腰掛けたまま、腰を抜かした。
「すみません、驚かせて。私達は3人です。解離性同一性障害でした。治療を受けました。治療前は、何人居たか分かりませんけど。」
 ユキが言った。
「ほぉー、素晴らしい。大変ご苦労なさったんでしょうね。医師になられて。助産師になられて。貴重な方々です。お仲間のみなさんは、ご存知何ですか?」
 室井は、感心した表情で腕組みをして聞いた。
「僕の事は知ってますみんな。翔子の事は、特に言う必要ないので。特に、言ってませんけど。」
 二郎は答えた。
「じゃあ、梅木さんに関してこれまで通りで。この後、トレーニングがありますから、私の部下には伝えてて構いませんか?その方が彼らもやりやすいと思うんですが。」
 また、室井は聞いた。
「その方が良いですね。僕らも動き易いですから。」
 二郎は答えた。
 室井は二郎と翔子に握手をして部屋を出て行った。
「翔子、何かあれば僕が守るから安心してよ。こんな状況だしょうがないよ。なるようになるさ。」
 二郎は翔子の不安を取り除きたく、そう言った。
「分かった。私、大人しくしてるね。」
 杏が言った。
「ありがとう、いつも。」
 翔子に戻って二郎に言った。
 そして、また、ベッドに戻って二人で目を閉じた。
「では、みなさん宜しくお願いします。私の隣りから、宮里、辰吉に鬼龍院、大垣です。一番格闘技の経験が長いのが宮里と辰吉です。それぞれ、琉球古武術の有段者で宮里はプロボクシングのライセンスも持ってて、辰吉は柔道も合わせて一二年の経験があります。私と鬼龍院、大垣は空手とテコンドーを五年程習ってました。今は、宮里と辰吉に琉球古武術を指導してもらってます。みなさんの中では、林田さんと加藤さん、神路サキさんが格闘技の経験がおありだったですかね。」
 16時になり、トレーニングルームに室井の部下、五人と二郎と翔子、研究所の6人.合計13人が集まり、和久井が特テロ室の他の4人を紹介した。
「じゃあ、先ずは我々の格闘技経験者と特テロのみなさんの実力を確認し合いませんか?」
 加藤が楽しそうな顔で提案した。
「そうですね、未経験の方もいらっしゃいますし、横井さんと益田さんは、我々のブレインになって頂きますから、見て頂いて。その後どうやってトレーニングしていくか考えていきますか。」
 加藤の提案に対して、和久井はそう答えた。
 このトレーニングルームには、20畳程のマットが敷かれてて、エアロバイクにトレッドミル、ウェイトトレーニング用のダンベルやバーベルにベンチ等が揃ってた。
「じじぃは、自転車こぎしながら見てていいかい。」
 横井も楽しそうな表情で言った。
「熟女もそうしまーす。」
 益田も横井に倣って、エアロバイクに向かった。
「カトちゃん、先鋒ね。」
 サキが加藤の背中を叩いた。
「宜しくお願いします。」
 辰吉が出てきた。ベッドギア、オープンフィンガーグローブ等、全身のプロテクターを側の棚から出して来た。
 2人の戦いが始まった。MMAのルールで5分1ラウンドで和久井がレフリーをした。
 辰吉が身につけた琉球古武術は、実践的な武術である。琉球王朝時代に首里や那覇の士族が実戦を通して開発、発展させたもので、武器を持ち攻めてくる大人数の敵を、武器を持って対峙すると言った理念で、槍や棒、ヌンチャクやトンファー等用いて一撃必殺の技が研究され発展した。また、徒手拳術、いわゆる拳は勿論、全身を武器にする戦術もある。なので、沖縄空手も熟せるのだ。すなわち、武器が無い時のために、鍛えた指先や爪先、腕、腿、全身を武器にして戦える。また、人体の急所である目、喉、各関節、金的等を如何に破壊するか、自分の身体を武器を使う時の動作に似せ攻撃する。そして、防御する時も相手の身体にダメージを与える戦略を持つ武術だと言える。
 加藤は、爪先に多く体重をかけ、辰吉を中心に弧を描くようにゆっくり動いた。
 対する辰吉は、そう動く加藤に自分の身体の正中線を向け続けるように右脚を軸に左脚を動かして回転した。すると辰吉は仕掛けた。左に弧を描く加藤に辰吉は左脚を1歩出した。加藤が足を止め、逆方向に動き出す瞬間に右脚でローキックを出した。加藤の左太腿にヒットするかと思いきや、膝と爪先を上げ、足の甲と脛でL字を作り、辰吉の素早く動く右脚を往なし辰吉の身体が半身になるように更に右側に自分の足と地面に着きながら膝を曲げ、辰吉の右膝を折りバランスを崩した。辰吉の上体が後ろに倒れかけると、加藤の右腕は辰吉の首に顎の下から回し入れ、背中に抱きついた。2人はそのまま、後ろに倒れ込んだ。加藤は瞬時にチョークスリーパーを極めた。辰吉の顔は青白くなり、加藤の腕をタップした。
「一本、ヤメ。」
 レフリーの和久井は叫んだ。秒殺だった。周りで見てる二郎以外は『オォー』と、声と拍手が沸いた。
「参りました。加藤さん。空手のレジェンドだと思ってたんですけど。色々熟すんですね。これからご指導お願いします。」
 辰吉は言った。
「次鋒は私でーす。人の名前覚えるの苦手で、あなたどう?」
 サキは唯一女性の大垣に声をかけた。
「望むところです。大垣です。」
 2人がプロテクターとベッドギア、オープンフィンガーグローブを着けた。
「始めっ。」
 和久井が言った。
 大垣は、サウスポースタイルで軽くその場でステップを始めた。サキも同じようにサウスポースタイルで構えたが動かない。空気が張り詰め、大垣がステップする音しか聞こえなかった。
 サキが仕掛けた。右ジャブを出し、拳を戻す瞬間、大垣が左ストレートを繰り出した。大垣は、右脚を大きく踏み込む、左拳が充分当たる距離となりサキの顔に誰もが当たったと思った瞬間、右に顔を向けながら左斜め前にサキは左足を出し、体勢が低くなり右手で大垣の左上腕突き上げ左肘を右胸に入れた。
 大垣は左後方へ吹き飛ばされ、二回転後ろ回りで転がった。
「ストップ。大丈夫かっ。」
 和久井が大垣の側に近づいた。
「ごめん、大垣ちゃん。大丈夫?」
 サキも近づいた。
「大丈夫です。強すぎる。初めてです。こんなに飛ばされたのは。参りました。サキさん、教えて下さい。私、強くなりたいです。」
 大垣は言った。
 二郎と加藤以外は唖然としてた。最早、横井と益田は、エアロバイクをこげないで居た。
「林田さん、お願いします。」
 とても緊張した顔でプロテクターを着て宮里が言った。
「室井さんからお聞きしました、僕の事?あ、僕はプロテクター要らないので。」
 二郎は言った。
「は、はい。聞きました。」
 宮里は、特テロ室のメンバーの顔を見ながら答えた。
 二郎は、ジャージーの上着を脱ぎ、マットの端に置いた。宮里の方を振り向くと、シンジ君に代った。タンクトップ姿の身体は、身長が高くなり両腕両脚の筋肉が太く盛り上がった。胸板も厚くなった。ゆっくりマットの中央に向かって歩き仁王立ちした。
「オォー。」
 特テロ室のメンバーから声が漏れた。
「始めっ。」
 和久井が声を張った。
 シンジ君は、微動だにせず宮里に目を合わせた。宮里は左右の拳を握り胸の高さまで上げ、左腕を少し前に出して、右足を前に着いて構えた。2人は1分間動かなかった。宮里はその間3度固唾を飲んだ。シンジ君はゆっくり宮里に向かって歩いた。
「宮里さん、動けなくなったね。」
 宮里のこめかみから汗が垂れた。シンジ君は軽く右肩をポンポンと叩いた。
「動けません。すみません。」
 宮里は言った。
 仕方なくシンジ君は、ジャージーの上着を取りに行った。すると宮里は動けるようになった。
「私が相手します。」
 上着を着て、振り向くとアヤナミに代ってた。
「えっ。」
 大垣だけが声を出せた。
「宮里さん、行くよ。」
 アヤナミが言うと、素早く宮里の20cm前まで移動して顔に四発、左右の脇腹に四発、パンチを寸止めした。
「すみません。」
 宮里は再び凍りついた。
 アヤナミは1m程下がると歌音に代った。そして、恐ろしく速い上段蹴りを左右2発づつ寸止めした。宮里は動けず、腰を抜かしマットに尻を着いた。
「ごめんなさい。バケモノで。」
 歌音は言った。
「僕らには敵わないよ。きっと、世界最強のつもりなんだけど。」
 佐助に代わって、壁を垂直に5歩走りながら言った。マットに降りると隣りの壁を一蹴りして天井を五歩走り着地した。
「すみません。僕らは6人です。室井さんから聞いてたと思いますけど。どんどん身体能力も何もかも進化してます。漫画みたいですよね。」
 二郎に代わってそう言った。
「辰吉さんは、Core Muscles をもっと鍛えて八卦掌を加藤君から学んで下さい。大垣さんもそうですね。後、上半身の筋力アップ、サキさんからキックボクシングを習って下さい。宮里さんも辰吉さんと同じように。和久井さんと鬼龍院さんは、筋トレと二郎とのスパーリングがいいですね。後、翔子ちゃんと姫子さん、定さんと絢子さんは、シンジ君が太極拳教えますので。みんな直ぐ強くなりますよ。」
 スマートに一文字さんがみんなのトレーニングを指示した。
「じじぃと熟女も強くなれるのかい?」
 横井が聞いた。
「勿論。きっと、自分でも驚きますよ。」
 一文字さんは言った。
「凄い、頼もしい。想像以上ですよ。私も太極拳がいいですかね。ハハハ。」
 室井がトレーニングルームに入って来て、嬉しそうにそう言った。
「衝撃的な日になりました。我々は言葉になりませんが、林田さん達と過ごす事で、最強のteam、One Team になれそうです。和久井、宮里、辰吉、鬼龍院、大垣、頑張れよ。今日のトレーニングは終わりにしましょう。18時から夕食になりますので、食堂で懇親会をします。勿論、アルコールもあります。梅木さん、料理も沢山用意しますからね。明日からのスケジュールを作りましたのでこれに目を通してて下さい。お疲れ様です。」
 室井は笑顔で全員の顔を見て言ったが、目には涙を浮かべてた。

つづく