あれから1ヶ月が経った。格闘技無経験の横井や益田、翔子、姫子、美里も太極拳を覚えて行った。翔子と姫子は、宮里から琉球古武術も学び始めてた。
「姫ちゃん、翔ちゃん、今日も精が出るねぇ。身体も引き締まって、顔もシュッとして街に出りゃ通り過ぎる野郎どもはみんな振り向くぜぇ。」
横井がニヤけた顔で言った。
「そうですかねぇ。ありがとうございます。定さんだって猫背じゃなくなってますよ。」
翔子は言った。
「定さん、そろそろ絢さんに告って、決めちゃえばぁ。」
右手で拳を握り肘を曲げ伸ばしして、姫子はからかった。
「そうなのよ。元気になっちまってよぉ。」
横井が悪ノリした。
「何ふざけてるのっ、姫子やめてよ。定さんも調子にノラないのっ。」
益田は言い、みんなが笑った。
そんな心にゆとりが出て来た頃、災いが予見される出来事が起こった。それは、織田が居るイタリアの日本大使館にマフィアが銃弾を打ち込んだのだ。幸い、負傷者は出なかったものの、大使館の壁には五発、窓ガラスを割り屋内の壁には10発の弾丸が埋まってた。日本での取り引きが出来なくなった腹いせだった。
マスコミの報道よりも先に、特テロ室のメンバーには室井がその状況を伝えた。
「織田さんから連絡がありました。マフィアの仕業のようです。イタリア政府が厳重な警備を始めました。しかしながら、イタリアンマフィアは、歴史が長くて、警察と癒着していた時代があって、持ちつ持たれつの歴史があったようです。最近は、マフィアの資金ぐりが悪く、そんな繋がりを警察はなくして、多くのマフィアを壊滅させたようですが、なかなか根強く生き残ってる輩が居るようです。恐らく、その者達が人身売買から資金を得てたのでしょう。それを織田さんがイタリア政府と協力してほぼ、どの組織かは特定出来たようです。そして、あんな脅しをかけて来たとの見解です。」
室井が全員を会議室に集めて報告した。
「なるほど。でも、政府としては、なかなか手を出せないと言う事だな。また、繋がりをもつ王族や政治家が居るのだろう。じゃあ、我々が乗り込まないといかんなぁ。」
横井は眉間に皺を寄せ言った。
「流石横井さんお察しの通りです。」
室井は言った。
「わしが思うに、大垣君と鬼龍院君、そして、二郎にサキちゃんが現地に飛んだらどうだろう?」
横井は提案した。
「私も行かせて、そのマフィアを壊滅させれば、テロリストにも経済的ダメージで勢力が弱って、国連や米軍が動き易くなるんじゃないかしら。いずれにせよ、早ければ早い程いいんじゃない。」
姫子は言った。
「そうだな。」
横井は賛同した。
「そうですね。その面々が乗り込めば。横井さんも大丈夫ですよね。ブレインとして。」
室井が言った。
「勿論だ。」
横井は力強く言った。
二郎と鬼龍院は、直接的なマフィアに関連する情報取集をして、姫子にサキ、大垣は、人身売買に関する情報を集めて、織田とイタリア政府が現行犯で取り押さえられるシチュエーションを作っていくと言った作戦が練られた。
「早速、織田に連絡を取って、こちらからの応援を提案します。」
室井は言った。
イタリアの日本大使館への銃撃事件の影響で国内の各空港は警備を強化していた。しかし、一般の乗客達は、外国人も含めて、持ち物検査や税関での手続きに時間がかかるのを迷惑がるのが殆どだった。その銃撃事件の原因が何なのか報道させてないから致し方ないが、空港では、時折、おかしな揉め事を見かける。それは、台風の影響で急遽運休になってしまったにも関わらず、空港職員を怒鳴りつける癇癪持ちもいる。冷静に情報を捉えて行動せねばならない。
室井室長が織田に連絡を入れると、直ぐに来て欲しいとの返事だった。また、イタリア政府とサンマリノ共和国も協力するとの手筈になった。
それから二日後、室井室長達七人は、特別通路からチャーター便でイタリアへ飛び立った。イタリアへは、パリ経由のエールフランス航空やフランクフルト・ミュンヘン経由のルフトハンザ航空を利用するのがポピュラーだか、今回は、イタリアのアリタリア航空を特別にチャーターし直行する事になった。日本からの最短ルートではあるが、12、3時間はかかる。
「たまに、足の指なんかを動かせはいいんだろ?エコのミー症候群だったっけ。」
機内では、ちょっとした旅行気分な者も居た。
「それでいいと思うよ。エコノミー症候群だよ。でも、この席は、ビジネスクラスだけどな。それにしても、CAさんの笑顔はいいねぇ。制服姿も萌えるなぁ。飛行機って悪くないな。」
佐助は、横井に言った。
「佐助、お前はどんな女の子が好みなんだ。ほんとに好きだよな女の子が。」
横井は聞いた。
「セックスできるんだったらどんな子でも、そうだなぁ、ハタチ以上なら犯罪にならないんだろ。アヤナミがそう教えてくれたから。今回は、絢さん、一緒じゃないから残念だな。」
佐助は言った。
「お前さん、見境ないんだな。」
横井は言った。
「うん、シンジ君と二郎、一文字さんのほぼ全部の性欲、俺が抱えてるからね。結構、難儀なんだよこれでも。無意識に反応するんだから。だから、なんて言うのかなぁ。誰もが性欲は持ってるだろ、強弱はあるにせよ。自分を除いて五人分のを抱えてるからね。定さんなら理解してもらえるかな。」
佐助は言った。
「理性的に振る舞えば振る舞う程、性欲を溜めてしまう事もあるからな。お前さんに他の五人は助けられてるよ。お前さん達は、ほんと不思議な存在だ。」
横井は言った。
「うん、俺もそう思う。」
機内では、この二人だけが喋っていた。和まそうとも考えてたが、全く効果が無かった。姫子は隣りの席がサキなのだが、一向に話をしようとしない。鬼龍院は早々に寝てしまい。大垣はイヤホンをして、琉球古武術の本を読んでいた。
一方、日本に残ってる特テロ室に居る美里は、珍しく益田に相談をしてた。
「絢子さん、私、心配事がありまして。姫子なんですけど、昨夜、準備を手伝おうと思って部屋に入って行ったら、独りで『死ぬ気で仲間を守る、死ぬ気で日本を守る』みたいな事言ってて。こんな事態になったのを異常な程、責任感じてるみたいで。あんな思い詰める姫子初めてです。無理しないか心配なんです。」
美里は言った。
「姫子、銃撃事件の事聞いてから顔つき変わったね。私もどうしたのかなって思ってたよ。定さんにメールしとく。みんなの協力で解決の糸口を見つけなきゃね。」
益田は言った。
「昨日、僕を使って、シンジ君から身長が高い相手への有効な攻撃の仕方習ってました。いつに無く表情が怖かったです。気合い入ってるなぁって感じでしたよ。でも、殺してやろうなんて雰囲気は出してませんでしたけど。」
側で、美里と益田の会話を聞いてた宮里がそう言った。
「殺そうなんては、思ってないはずです。自分が犠牲になってでもって考えてるようなんです。」
宮里と益田に美里は言った。
「二郎君にもメールして、美里から。歌音とアヤナミが姫子を気にかけてくれるはずだから。」
益田は、美里にアドバイスした。
「私も大垣と鬼龍院にメールしますね。姫子さんOne Team を崩すような人じゃないから。無茶をさせるなって事ですよね。」
宮里が言った。
美里は嫌な予感をしていた。責任感の強い姫子に何か、悪い事態に巻き込まれそうな気がしてならなかった。
「美里は、姫子に何か言ったの?」
益田は聞いた。
「思い詰めると姫子は、特に、私達妹が言う事は右から左に流しちゃうんです。サキも恐らく私と同じように感じてると思うんですけど、私達が言っても効果なしですから。」
困り果てた表情で美里は言った。
「そんな時は、身内の言う事を聞かないタイプの人間居るからね。私もそうだったからなぁ。」
益田も心配気な表情が強くなって、そう言った。
美里と益田、宮里は無事にみんなが帰ってくるのを願うばかりだった。
「みなさん、長旅お疲れ様です。横井さん、姿勢が綺麗になって。相当鍛錬積まれたようですね。いやいや、姫子さん益々引き締まった感じで。大垣、肩幅が、凄いなぁ。」
空港に迎えに来た織田は言った。
「それりゃ、日本の未来を託されたんだから、毎日必死だよ。こんなに座ってばかり居る事なんてどれくらい振りかなぁ。」
横井が言った。
日本時間の八時に空港を飛び立ち、イタリアは、まだ、正午過ぎだった。フィウミチーノ空港、別名、レオナルド・ダ・ビンチ空港に降り立った。先ずは、マイクロバスでサンマリノにある日本大使館へ向かった。イタリアの日本大使館は、世界で五番目に小さく、最古なサンマリノ共和国の大使館を兼轄している。また、サンマリノの国旗のデザインにされている3つの要塞、ロッカグアイタとチェスタの塔、ロッカモンターレがあり、観光産業の根幹となっている。それと、2011年の東日本大震災の被災者を追悼するために欧州初のサンマリノ神社が創建された。
そう言った日本との交流が強いサンマリノ共和国に旅行したいと思ってた大垣は、バスの中で独り言のように3つの要塞や神社の事を口にしていた。でも、誰の耳にも入らない状況だった。
マフィアの拠点は、シチリア島だった。根強く伝統を守りマフィアとして存続してたサクラ・コニータ・ウニーナを継承するシチリア・コンパーニョと言う組織だった。そこで、情報交換し易い日本に目を付けたのだ。永井虎将と繋がり、存続するために、充分過ぎる金が舞い込んで来た。そんな永虎を抹殺した訳だから、シチリア・コパーニョは日本政府に対して怒り心頭となった。だから、今回のような大使館に銃撃したと言った経緯だ。
「みなさん、この後は、それぞれのお部屋でゆっくり休まれて下さい。明日からイタリアとサンマリノ政府との合同捜査が始まります。宜しくお願いします。何かありましたら遠慮無く私に連絡して下さい。」
日本大使館の全ての窓ガラスが外側から鉄板で補強され、照明を点けないと昼間でも薄暗い食堂で、夕食を済ませた後、織田がそう言った。
「辛気臭くて、嫌な雰囲気だったな。本場のボロネーゼとマルゲリータは美味かったけどな。料理を運んで来てくれた人達、多分、地元の人達だろ、表情が硬かったな。」
二郎と鬼龍院、横井が同部屋になってて、その部屋に戻ると横井が話し出した。
「職員にとっては、衝撃的な事件だったんでしょうね。イタリアもサンマリノもマルタも日本とは友好関係が長く続いてる訳ですから、マフィアの標的になるなんて思いもしなかったのかも知れませんね。」
鬼龍院が言った。
「この国の人達のためにも、今回は成功させないと内戦のような状態になると可哀想ですからね。」
二郎がそう言うと、横井と鬼龍院も表情が硬くなった。
「姫子、大丈夫?いつもより食べてなかった気がするんだけど。」
二郎達の隣の部屋になった姫子とサキ、大垣達の会話は、姫子を気遣うサキの話しから始まった。
「そうですよ、何か考え過ぎてませんか?もう少し肩の力を抜いて行きましょうよ。」
大垣も姫子に言った。
「ごめんなさいね。心配かけて。うん、分かった。どうしても許せないって思いが強く湧き出てきて、日本で永虎達を皆殺しにしたように、自分の感情が抑えられなくて、また、同じ事を繰り返してしまわないか、自分が怖くてね。」
姫子は日本から出て、誰とも言葉を交わさずに居たが、硬い表情ではあるも、漸く口を開いた。
「そうだったんですか、私はそうしてしまった姫子さん達を見てませんけど、永虎達にはお2人と同じ気持ちを持ってました。一応は公務員なので、命を奪うなんて発想はしなかったでしょうけど、女の子達を傷つけて金を手にしてって言うのは許せないですね。姫子さん、今は太極拳の実践力が身に付いてるから、そんな衝動に駆られる事は無いと思いますよ。武器が無くても身体が勝手に動くと思います。それぐらい一緒に練習したじゃないですかぁ。」
大垣は言った。
姫子達の部屋でも、緊張感が高まっていた。
日本大使館に着き、銃撃痕や建物の補強、職員達の不安感等を目の当たりにすると、現地入りした特テロ室の面々もそれに影響されない訳が無く、必然的に緊張高まる雰囲気にのまれていた。そんな中、日本に居る益田や美里、翔子達からのメールを読んだそれぞれ六人は、幾分、緊張感が和らぎ、床に着き睡眠を取る事は出来た。
その翌日、イタリアとサンマリノ政府の外務省にあたる職員が6人、日本大使館に訪れた。織田に室井が日本からメールで送って提案した捜査方法をその6人がどう受け入れてるか確認した。その中のリーダーであるイタリア外務省のアントニオンは、人身売買され、集められた女性達を運ぶ船が利用する港が確認出来た事とマフィアの組織図とアジトの場所、その見取図、保有している武器のリストを提示して来た。だが、その武器のリストに載っていない物がある可能性は高いと言う事が付け加えられた。
「これくらいの武器なら問題ないかな。バズーカ砲やミサイルとかまでは無いですよね。」
二郎がイタリア語で聞いた。
「そんな武器は持ってないと思うよ。それにしても、イタリア語、上手く喋れるんだ。」
アントリオンは言った。
「女性達を運ぶ船が入港する日時は分かりますか?」
次に、姫子がイタリア語で聞いた。
「ええ、分かってますよ。今度は、3日後に入港予定です。あなたも喋れるんだ。凄いですね。」
サンマリノ政府の女性職員であるクリスティアーノが答えた。
「その船を洋上で停められるかしら?」
姫子が聞いた。
「我々には停める事は出来ないです。織田さん、日本のクルーザーがありましたよね。それを使うのどうですか?」
アントニオンは言った。
「良いですね。使えますけど何も武装してませんが。」
織田は答えた。
「放水機は付けられませんか?」
二郎が聞いた。
「はい、我々が用意します。」
アントニオンは答えた。
「二郎君、永虎達と同じような方法でいいんじゃないかしら。明日、マフィアのアジトを抑えて、明後日、船を出して。」
姫子は二郎にもイタリア語で喋った。
「そうだね。明日、アジトでマフィアを捕らえて、警察に来てもらって、逮捕。恐らく、人身売買の証拠になる書類とかあるはずだから。アントニオンさん、それと、流石にマフィアには拳銃保持の許可書は発行してませんよね?」
二郎は聞いた。
「はい、今の時代はそんな事は無いです。一般の人達の所持率が高くなりましたから。逆に、マフィアから許可書を求めて来たら、一般の人達に襲われると思いますよ。」
アントニオンは言った。確かに、イタリアでは護身用の拳銃所持が犯罪歴の無い人であれば、許可し易くなっていて、2016年には、約13人に1人の割合で拳銃やライフルを所持しているとの統計がマスコミから発表されていた。言い換えると、拳銃が流通し易い社会とも言える。
「そうなんですね。でも、オープンキャリーは出来ないですよね。」
興味深く聞いていた大垣もイタリア語で喋った。
「ええ、それは許可してませんよ。」
アントニオンは答えた。
「私は今回、銃は持ちませんので。」
姫子は言った。
二郎と大垣も同じ事を言った。
「姫子、いつから喋れるようになったの?大垣さんも凄いね。ジロちゃんは喋れても驚かないけど。」
サキは、どんな会話が交わされてるか分からないまま呟いた。
このように、現地での捜査が思いの外進んでおり、直ぐにマフィア壊滅を実行する事が決まった。二郎達は、タガーナイフとスローイングナイフだけ準備してもらう事にした。それでも姫子は、タガーナイフ一本しか持たないと言った。また、アジトへのアプローチや拘束方法、所要時間の予測等、綿密なミーティングが四時間ばかり行われた。
佐助とサキは、空色のウイングスーツを纏いマフィアのアジトから1km離れた上空の羽が四つあるプロペラ機から飛び降りた。時速が200km以上の速さで、まるでムササビのように。幸いにも雲1つ無い快晴で、視界は良好だが、言葉での会話は難しい。アジトに近づくと二郎はサキに左手の親指を立てて合図し、2人同時にパラシュートを開いた。降下速度は減速し、大きな声を出せば言葉が聞こえる状態になった。でも、簡単なジェスチャーで、2人はコミュニケーション取り、アジトの屋上へ降り立った。
パラシュートと外しウイングスーツを脱ぎ、屋内に出入りする錆び付いたドアの鍵を開け潜入した。
アジトは3階建てで地下に武器を保管してる差ほど広くない倉庫がある。
3階は、牢獄のようなドアの下から物を出し入れ出来る扉、中央から20cmほど上に中を見る事が出来る小窓が付いた部屋が3箇所とそこを管理する者が使うと見受けられる長方形のテーブル、そこには灰皿と3段式警棒が6本、縮められて置かれてる。そして、椅子が6脚、給湯場、テレビに冷蔵庫が設置されたスペースが屋上から1階まで続く階段の側にある。
2階にはマフィアのボスの部屋。直ぐ隣は、そこと中で出入り出来るドアがある応接室、階段側に、パソコンが置かれたデスクが3台づつあり、奥の壁に窓が1つあり、それ以外は書類や文具類等が収められてる棚がぎっしり並んでて、3人の女性達が事務作業をしている。
1階は、階段よりも2m程離れて右吊元のガラス戸が玄関になっていて、受付カウンターがあり、そこから右奥に部屋が2つ並んでる。直ぐ隣の部屋には、シーカヤック用品やクルーザーの写真や模型が展示されていて、奥の部屋には漁師が使う漁網や投網、定置網の模型、玉網等、漁具が展示されている。表向きは、漁具やレジャー用の小型船を販売する会社に見える。その部屋の隣に木の扉があり、ここが拳銃を隠している地下倉庫の入り口になっている。
シンジ君とサキは、タガーナイフを片手に3階の牢獄から見て回った。人気は無く、2階に降りた。ここは、奥のボスの部屋まで大声やタガーナイフのグリップの先端でガラスを割りながら駆け抜けた。これを合図に、1階の玄関から姫子と鬼龍院、大垣が突入し、アントニオンやクリスティアーノ達は4人が地下室の入り口前で銃を構え、後の2人と室井に織田、横井は、玄関前で待ち構えてた。
「動けなくすればいいね。」
サキがシンジ君に言うと、廊下に出ようとしてたボスの下顎の左側に回し踵落としを入れた。ボスはその一撃でノックアウトした。透かさずサキは結束バンドで両手両脚を拘束した。
シンジ君は、廊下から駆けつける手下達、15人に向かって行った。先に来た5人の両膝の内側側副靱帯と、左右のアキレス腱をタガーナイフで斬りつけた。後の10人は、ナイフの切れが落ちたため、蹴り、パンチ、投げ技で仕留めた。3分程で2階に居たマフィア達を動けなくした。サキは、その連中を結束バンドで手際良く拘束した。
1階には、手下達が7、8人しか居なかったが、2人がシーカヤックのオールを持ち、アントニオンと他3人を襲い地下室に入った。アントニオンと1人は頭から血を流し動けなくなり、もう2人は、鳩尾をオールでやられ、蹲り嘔吐してた。それに気づいた姫子は地下室前に駆けつけた。すると、2人の手下がマシンガンを持ち、階段を昇って来た。姫子はそこへ躊躇なく飛び込み、1人の手下を下顎に蹴りを入れ倒したものの、もう1人の手下が姫子にマシンガンを打ち放った。10数発の弾丸を姫子は浴び、後ろの壁まで後退し、両脚で立てなくなり座り込んだ。それを見たアントニオンは、その手下に銃口を向け、頭部を撃ち抜いた。
姫子は大量出血し意識が朦朧になりながらも右手でタガーナイフをその手下へ投げようと構え、左手はアントニオンが銃を打つのを止めようとし、掌を向けた。頭部に弾丸を受けた手下はマシンガンを床に落とし、倒れた。同時に姫子は目を閉じ虚脱し、右手のタガーナイフは、床に転がり、両掌を前に向け両腕は、床に垂れ落ちた。
大垣が真っ先に駆けつけた。
「姫子さん、しっかりしてぇ。」
大垣は、叫びながら上着を脱ぎ無我夢中で止血を始めた。上着をタガーナイフで切り刻み、両手を真っ赤にして姫子の両腕両脚の付け根を縛り、胸部や腹部を有りったけの切れ端を当てた。それでも足りず、真っ白なティーシャツも脱ぎ黒のスポーツブラ姿で涙を流しながら必死で傷口を押さえた。たが、出血は止まらない。大垣の涙は目からも鼻からも垂れ、止まる気配が無かった。
「姫ちゃん、姫ちゃん、、、イタリアの腰抜けどもを助けてやったんだな。」
横井は姫子の血の海に迷い無く浸かり左手を握って泣き崩れた。
姫子の顔は血の気が引き、目は閉じ、唇は薄紫色。でも穏やかな優しい綺麗な顔、眠れる森の美女ならば、こんな寝顔と誰もが共感するだろう。
みんなが集まった。救急車の音も聞こえて来た。シンジ君は、階段の上で仁王立ちし、サキはその隣で割り座になり顔を真っ青にして項垂れた。アントニオンは膝まづきサキの肩に右手を置いた。鬼龍院は手早くマフィアを全員拘束し、シンジ君の側に来た。
「明日は、俺ら2人で船に乗ろう。姫子さんのために。」
鬼龍院は言った。
「うん、俺は独りででも行くさ。逃げちゃ駄目だからな。でも、定さんや大垣さんが行くって言うなら、俺がみんなを守るよ。君もね。」
シンジ君は目に涙を溜めてたものの、その慧眼は揺るぎなかった。
「みなさん、明日はどうされますか?」
病院の霊安室で、白いシルクのハンカチーフを顔に被された姫子の横で、シンジ君のまま冷静に横井、サキ、鬼龍院、大垣に言った。
「みなさん、ご無理はなさらないで下さいね。鬼龍院さんは、2人で行こうと言ってくれました。横井さん、大垣さんを気遣って。私達は、皆さんの意志で決めてもらいたいです。」
歌音に代わって言った。
「もう誰も死なせない。」
アヤナミに代わって言った。
「もしも、みなさんが行くのなら売買された女性達を守っててもらいたいです。後の連中は、僕らがやりますので。」
一文字さんに代わって言った。
「殺さねぇよ、生き地獄に葬ると思うけど。」
佐助に代わって言った。
「なので、出来れば、みなさんに頑張って協力してもらいたいのが本心です。」
二郎に代わって言うと、シンジ君に戻った。
「私、行きます。姫子さんのために、死にません。絶対に。姫子さんと一緒に日本へ帰ります。」
大垣は言った。
「勿論、行く。」
鬼龍院は言った。
「私は姫子の側に居させて、みんな無事に帰って来てよ。」
サキは言った。
翌日、シンジ君は、船の乗組員とマフィア、合わせて9人に脊髄損傷を負わせた。そして、売買せれて来た女性10人を保護した。
「林田さん、いつに無い強さでしたね。私には出来ないわ。」
大垣は言った。
「船も操縦出来るんだ。」
鬼龍院は言った。
「みんな無事で良かったな。」
横井は言った。
「林田さんは、凄いですね。まるでスーパーマン。日本には、あなたみたいな人もっと居るんのですか?」
クリスティアーノはイタリア語で聞いてきた。
「どうだろう。居ないと思うよ。でも俺らは、Six People なんだ。」
シンジ君はクリスティアーノにイタリア語で答えた。
安堵な空気に変化した、マフィアから奪った船の操舵室でそんな会話が交わされた。濃い青紫色が白い光を洸かせる海面で、織田と室井、アントニオンが乗る港に向かう日の丸が靡くクルーザーを追いながら。
その頃サキは、姫子の亡骸を無表情で1人で湯灌を始めた。着てた服を挟みで切り脱がせ、肌に付いた血液や汚れを拭き取り、傷口を釣り糸のような透明な糸で縫い合わせた。そして、VIOラインのアンダーヘアを剃り落とし、大量に購入したブルーベースのファンデーションを指先、爪先、殿裂、会陰部、肛門までも全身に丁寧に、肌がピンクがかって見えるように塗った。最後に薄紅色のルージュを唇に施し、レースで縁取られたベールを輪郭に沿って纏わせ、薄手の白いエンパイアラインのドレスを白装束として着せた。また、コーフィンも白にした。姫子の最後をフェミニンで送りたいサキの気持ちの表れだった。
「ありがとうございました。これで、当分は我が国でマフィアは活動出来ないでしょう。しかしながら、姫子さんと言う大切なお仲間を犠牲にしてしまって無念でなりません。ご冥福をお祈りします。これを期に政府に対して、治安力を増強するよう働きかけます。また、日本へ帰国する際には、政府専用機を使って、私とクリスティアーノも同行させて頂き、総理大臣へは勿論、法務省や外務省に挨拶へ伺わせてもらいます。また、国連や米国に、イスラム過激派の調査を依頼します。」
室井特テロ室室長と、横井や二郎、サキ、大垣に鬼龍院が日本への帰国の準備を終え、レオナルド・ダ・ビンチ空港に向かう2階建ての高級観光バスに、2階の座席は取り外され、姫子の白いコーフィンを乗せて、1階は室井達が自由にランダムに別れて座席に着いた後、アントニオンは車内マイクで静かにイタリア語で話した。横井は何を喋ってるか分からず仕舞いだが、誰かにその内容を聞く事もせず窓の外を眺めてた。サキは、アントニオンの目を見て話しを聞くも、それが終わると目を閉じた。他の者達は、頷いたり、アイコンタクトで理解したのを伝える等、言葉は無かった。サキが姫子を湯灌して2日後の事だった。
無事に羽田空港空港に着陸すると、イタリア大使館の公用車が2台と日本の外務省の公用車が2台、霊柩車が1台、イタリア政府専用機の側に付けた。室井室長がCAに誘導され、タラップを最初に降りた。その正面の3m程前に、益田と加藤、翔子に美里、宮里、辰吉、和久井の特テロ室のメンバーがスーツ姿で並んでた。そして、姫子が居るコーフィンが貨物室から霊柩車に乗せられた。そして、美里とサキも霊柩車に乗り自宅へ向かった。車内では、2人とも喋らなかったが、手だけ繋いで、美里はハンカチで流れる涙を拭い、サキが美里の肩を抱き寄せた。
一方、室井室長達は、特テロ室宿舎へ向かい、アントニオンとクリスティアーノも宿舎へ案内した。
「これから、首相が来られますので、こちらにお掛け下さい。」
内閣府の伊藤忠光は言い、奥へ下がって行った。
室井は、アントニオンとクリスティアーノに通訳し、応接ルームの黒革のソファーに座らせた。また、横井と益田、二郎、翔子もソファーに座るよう言われた。
「定さん、ご苦労様でした。体調は大丈夫?」
益田は聞いた。
「身体は大丈夫だよ。でも、心が疲弊気味だ。姫ちゃんが命を投げ出して、頭も身体のキレも悪いこいつらを守ってやったんだが、悲しいよ。悔しいよ。」
横井は言った。
「うん、定さん。無事に帰って来てくれてありがとね。」
益田は、横井の手を握った。
「こいつ等レベル低く過ぎてな、他力本願も甚だしいよ。4人居たくせに2人に直ぐやられちまうんだから。二郎達が居なかったら全員地中海の底さ。情けないよこいつ等。」
横井は、静かに怒りを露わにした。
「定さん、姫子さんの事はとても悔しいよ。でも、この人達、ど素人だよ。それと、外務省でしょ。鍛錬だったり、マフィアへの対策だったり、教育されてないよ。だから、軍や警察も動かせ無かったと思うよ。僕も悔しい限りだよ。」
二郎は言った。
「現地の事情が分からないから、私はなんとも言えないけど、二郎君が無事で何よりよ。」
翔子は言った。
「姫子さんが犠牲になったのはとても悔しいです。それと、私、まだまだ成長しないといけないと思いました。私がもっと、速く、強く、動く事が出来れば。」
涙を流して大垣は言った。
「同感です。私も悔しいです。」
鬼龍院は言った。
そう姫子の死を悔やんでると、伊藤が首相と2人で現れた。
「みなさん、友好国のために尽力なさって頂いてありがとうございました。犠牲者を出してしまった事は私自身、無念に感じます。それと、両国の国益の損害を未然に、強大にならない内に成果を上げて下さったことは、心から感謝致します。ありがとうございました。先日、イタリアの首相と電話会談させて頂きました。イタリア政府は、あなた方の働きを賛美されました。横井定幸さん、益田絢子さんをはじめ、ここにいらっしゃる益田防犯研究所のみなさんには、先ず、永久的な自由出入国を認め、イタリアは勿論、サンマリノ、マルタ、バチカン市国へ渡航する際は、全ての費用をその4国が負担すると申し出て下さいました。それと、日本政府は、神路姫子さんご葬儀代金、追悼金を準備させて頂きます。また、益田防犯研究所の皆様にも謝礼金を用意致します。室井室長から聞くところによりますと、かなり感傷的になられてて、疲弊なさってると報告を受けております。これを期に、ここでの拘束を解放致します。どうか、心と身体の疲労を癒して頂きたく思います。今回の皆様の働きは、表立たせる事は出来ませんが、総理大臣として大変感謝しております。ありがとうございました。」
首相は、労いの言葉、感謝の言葉を丁寧に話してくれた。
「大変申し訳ございませんが、スケジュールの都合上、首相は、公務に戻らねばなりません。室長と、イタリア、サンマリノのお二方、ご一緒に官邸までご案内します。その他の皆様におかれましては、今後に関して、室井室長に指示しておりますので、どうぞご自愛頂きますようお願い申し上げます。」
内閣府の伊藤がそう言うと、首相、室井室長、アントニオンとクリスティアーノは、伊藤に案内され、奥へ下がって行った。
美里とサキが自宅に着くと、葬儀やが姫子の葬儀の準備をしてた。
「サキ、覚えてる?田口さん。父さんや母さん、兄さんの時にもお願いした。葬儀屋さんよ。」
美里はサキに言った。
「ご無沙汰しております。突然のご不幸、お悔やみ申し上げます。美里様からご指示がありまして、家族葬とお聞きしております。それと、このような祭壇をご準備致しました。」
田口は左右の掌を下腹部の前で合わせて、丁寧に言った。その祭壇は、薄紫色の幕をバックに真っ白な菊の花だけが飾られた白木祭壇だった。
「お姉ちゃんに合ってる。真っ白。死化粧、私1人でしてあげたよ。綺麗だよ。」
サキが美里に言うと、祭壇の前に置かれた白いコーフィンに寝てる姫子の顔を2人で見た。
「お姉ちゃん、こんなに綺麗にしてもらって。サキ、1人で頑張ったね。」
美里は優しい声で言い、サキの頭を優しく撫でた。
特テロ室に室井室長が戻って来た。
「横井さん、益田さん、林田さん、梅木さん、加藤さん。これでみなさんのここでの仕事は終わりです。ご苦労様でした。」
室井室長は話し始めた。
「横井さんのご自宅に益田さんと加藤さんが住めるように片付けています。それと、林田さんと梅木さんは、神路さんのお宅で。勝手ではありますがそのようにさせて頂きました。しかし、これからお部屋をお借りする際は、ご連絡下さい。法務省の職員宿舎として賃貸契約させてもらいます。勿論、横井さんと神路さんのご自宅もそうなりますので、光熱費は国の予算で支払います。ですが、有事の際はご協力お願い致します。また、みなさんの預金通帳には、これまでの報酬を振り込ませてもらいました。それぞれご確認下さい。」
室井は言った。
「国の駒か俺たちは。」
横井がぼやいた。
「いいじゃないですか、生活が保証された訳だから。俺は世の為人の為になるなら構わないっすよ。」
加藤は言った。
「当分はお世話になるわね、定さん。研究所は少し休む事にしたから。」
益田は言った。
「僕は、残りますよ。と言っても、ここでは生活しませんけど。室井さん、精神鑑定とか、警察病院で医師やりますよ。一応は、内科系も外科系もできますから。そして、宮里さんや鬼龍院さん達と武道の稽古をさせて下さい。」
二郎は言った。
「私も、警察病院で看護師やります。元の職場には戻りません。」
翔子も言った。
その後、半年が過ぎ、益田防犯研究所は再開した。形を変えて。以前のように、益田の執筆活動があり、それに、横井が加わった。そして、一般向けの護身術の講習会も定期的に開かれ、健康増進の観点も取り入れ誰もが参加しやすい形態に変わっていった。また、この講習会は、加藤と神路姉妹が担当者となった。それと、特テロ室の宮里、辰吉、鬼龍院、大垣、和久井も講師として参加するようになった。
二郎達と翔子達は、警察病院で主に受刑者を診察したり、妊娠でありながら収監された女性受刑者や収監時の身体検査で妊娠が判明した受刑者の出産に携わった。
このように姫子が他界した後、その悲しみを乗り越えて各々が新しい日常を送り出した。
「翔子、今日は久し振りに満腹亭でも行かないか?大川店長元気にしてるかな、久蘭々ちゃんもまだ働いてるんだろうか?」
勤務時間が終えそうな頃、廊下で翔子と出会った二郎は、何気なく誘ってみた。
「良いね。そう言えば、久蘭々ちゃん子供出来たらしいよ。シングルマザーなんだって。偉いわぁ。父親は、バイク事故で亡くなったんだって。最近らしいよ。」
翔子は言った。
「いつ、何が起こるか分からないな。姫子さんもそうだけど、天寿を全う出来ずに命を落としてしまうのは、ほんとに残念な事だな。」
二郎は言った。
「でも、姫子さん、棺の中でとても綺麗だったね。サキちゃん大好きだったんだろうね。」
翔子は言った。
「家族かぁ、僕の家族は僕の中にしか居ないな。不思議だ。翔子は、ユキさんや杏ちゃんどう感じる?」
二郎は聞いた。
「んん、友達みたいな感覚かな。ずっと側に居てくれる、ありがたいよ。ユキのアドバイスは的確だし、杏は最近出たがらないけど、子供を取り上げた時とか、私の中ではしゃいでてね。私の喜びも倍増するの。うん、大切な友達だね。」
翔子の笑顔は素直な笑顔だった。
「じゃあ、カルテの入力さっさと済ませて、腹一杯食べに行くか。」
二郎は言った。
西空に日が沈み、珍しく星の輝きを強く感じながら、久し振りに満腹亭の前まで二郎と翔子は清々しい気持ちで歩いて来た。店に入ると、大川店長と久蘭々は、元気な声で迎えてくれた。久蘭々は、自分の子をおんぶしながら接客してた。たまたま愚図ってたと言っていた。
店内は、二郎と翔子が大学生の頃から大きな変化は無かった。1箇所だけ、あの頃には無かったものがあった。カウンターの隅に2つの写真が飾られてた。久蘭々がおぶってる子供の写真と、男性と久蘭々が2人で写ってる写真だった。
〝二郎、永虎のアジトを視察して、帰り際に私が襲った男よ。〟
アヤナミは二郎の中で言って来た。
〝ほんとだ、僕も覚えてるよ。でも、殺さなかったよな。〟
二郎はアヤナミに言った。
〝ええ、殺してない。〟
アヤナミは言った。
久蘭々の夫だった男性は、永虎の手下だったのだ。二郎達は、命は奪わなかったもののその男性はそのまま、ガードレールの歩道側の支柱にもたれて座りながら、3日後に息を引き取ったのであった。二郎は困惑し、満腹亭に居られない気持ちになった。翔子に何も告げず店を出て走り去って行った。
佐助に代わり、シンジ君に代わり、歌音、アヤナミ、一文字さんまで、次々と6人格が入れ代わり立ち代わり。最早、その中の誰が表に出てるのか分からない。ごちゃ混ぜになった歪んだ顔、左右の手足の太さ、長さに差が出た。胸も片方は女性の乳房、もう片方は鍛え上げられた大胸筋。アシンメトリーな体型。この世の者とは思えない姿になり、息を切らし、ある施設の門の前で倒れた。数分後、二郎に戻った。しかし、意識を失い動けないでいた。