K.H 24

好きな事を綴ります

短編小説集 GuWa

2021-07-25 09:00:00 | 小説
第伍話 誤解

「あっ、ソウスケ、今、私の胸元見てたでしょ。私達は従兄弟同士よ。そんな目で見ないでよ。」
「何言ってんだよ。そんな目って。ナギサこそそんな緩いポロシャツなんか着なきゃいいだろ。」
 従兄弟のナギサはソウスケと同じ歳で、高校の卒業式が終わって、二人の祖母が住むソウスケの自宅へ泊まりにきていた。
 ナギサが昼食の準備をして、食卓へ配膳する前に布巾でテーブルを拭いていて、前屈みの姿勢でいると、胸元にソウスケの目線を感じたのだ。
 確かにナギサは細身ながら豊満な胸をしており、それをコンプレックスに感じてて、異性の目線を過敏に意識してしまう習慣を持っていた。
「どうしたの、二人とも。三年振なんだから喧嘩なんかしないで仲良くしなさいよ。あっ、仲が良いから喧嘩するのよね。アハハ、ごめんね。そろそろヒロコとマスオさんがくるんだからね。」
 二人の祖母は、喧嘩の理由を気に留めず大らかに受け流した。しかしながら、当の二人は目線を合わさず神妙な面持ちで食事を始めた。

「ただいまぁ。ナギサちゃん久し振り。元気そう、だけど、何だか冴えないわね。」
 ソウスケが、早々に食べ終え、使った食器を台所へ運び出すと、ソウスケの姉であるヒロコと夫のマスオが土産を手に帰宅した。帰宅したといっても、こな夫婦はこの家に住んでいないが、ヒロコが実家を訪れる時の口癖である。
「お姉さんご無沙汰。そんなことないよ。元気よ。元気そのものよ。」
 ナギサはほんの少しだけ躊躇したが、思いっきり笑顔を見せた。
「ナギサとね、ソウスケが何故だか知らないけど揉めたみたい。幼い頃から仲良しだからねぇ。」
 祖母は日常的な兄弟喧嘩で大した状況でもないように両手を耳の高さでフリフリさせて戯けて見せた。
「へぇ、幼い頃もたまに喧嘩はしてたもんね。ほんと、あなた達兄弟みたいなものよ。」
「ソウスケ君、はい、お土産、シュークリームだよ。うちらもしょっちゅう夫婦喧嘩さ。僕が負けるけどね。」
 ヒロコもことを荒立てないように気を遣い、マスオは手土産で雰囲気を変えようとした。
「あっらぁ、マスオさん、ありがとね。あのお店のシュークリーム、美味しいのよね、シュー生地は程よくパリパリで、カスタードと生クリームがぎっしり詰まっててね。」
 祖母はシュークリームに意識を集中させた。
 
 ナギサと祖母も食事を済ませ、ヒロコが淹れた珈琲とシュークリームがデザートになった。ここでは祖母が、シュークリームの解説で華を咲かせた。ヒロコとマスオはその話に載っかって、笑いを交えながら会話を楽しんだが、ソウスケとナギサは笑顔はみせるが、言葉を発することはなかった。
「あら、そろそろ金さん始まるね。桜吹雪、大好きなの。ナギサにソウスケ、お昼ご馳走様。ヒロコにマスオさん、シュークリームご馳走。」
 祖母はそういうと、そそくさテレビのある応接間に向かった。
 
「婆ちゃん、杉さまの金さんが好きなのよね。杉さまの遠山の金さんでしょ。元気で何よりね。」
 ヒロコは祖母の軽快な話し振り、大御所俳優へ関心を持つことに安心感を覚えてた。
「ああ、そうだよ。最近はさぁ、パチンコでも金さんがあるらしく、週に一、二度はパチ屋に通ってるよ。」
 ソウスケもヒロコと同じような気持ちで、祖母の素行を笑顔で話した。
 
「ところで、ナギサちゃん。ほんとにソウスケと喧嘩したの?二人とも顔さえ見合わせないじゃない。」
 ヒロコはナギサに話しかけた。
「ソウスケはデリカシーがないのよ。」
 ナギサは腕組みをして瞳を左斜め上に向けていい出した。
「何いってんだよ。そんな変な気持ちはないさ。無意識に目をやっただけだよ。俺はね、物心ついて今までナギサは従兄弟としか考えてません。強いていうなら、妹みたいに思う時とか姉貴みたいに思う時だってあったさ。」
 ソウスケはムキになっていた。
「ちょっと、ちょっとどうしたの?二人とも。」
 ヒロコの言葉にソウスケとナギサは応じようとしなかった。
「ソウスケ君にナギサちゃん、そう目くじら立てないで、お互い、何か誤解し合ってるみたいだよ。言葉にして話し合って誤解を解いた方がいいよ。医師としてもそう思うよ。」
 マスオは義理の弟と親族とはいえ、家族として、二人を捉えていた。そして、マスオは皮膚科医でヒロコは産婦人科医なのだ。
「そうよ。私達も話し合うから喧嘩が長引かないのよ。溜め込んじゃあ、身体にも良くないのは重々承知してるからね。ソウスケ、何したの?」
 ヒロコは実の弟から口を割らそうと考えた。
「ああ、いやぁ姉さん、ナギサがテーブル拭いてたら、前屈みになるだろ、俺は、特に意識してないけど、目線を向けてしまったの。そしたら、ナギサは俺が卑猥な人間みたいないい方するからさぁ。」
 漸くソウスケが口を割った。
「アハハ、なんだそんなことか。あっ、ごめんナギサちゃん。女性にとっては、デリケートなことでした。すみません、迂闊でした。」
 マスオが真っ先に声を出したが、ナギサは謝られたものの、眉を顰め、頬を紅潮させた。同時に雰囲気が悪化し、数秒間、時が止まった。
「私ね、高校生になってしょっちゅう痴漢されるようになったの。それと、男子達には揶揄われるし。この胸、コンプレックスなのよ。」
 ナギサは機嫌悪いままに応えた。
「それは災難ね。でも、私は羨ましいのよね。ナギサちゃんくらいボリューム欲しいわ。でも、そんな経験すると嫌になるのは仕方ないか。」
 ヒロコは顎に右手の人差し指を当てて考え始めた。
「痴漢に遭遇しないような対策が必要だね。」
 マスオはヒロコがその仕草をするや否や素早く提案した。
「そうだよね。襟元が緩くて、ボタンを掛けずにいるから。ナギサも自分で身を守る意識を強く持たないと。」
 ソウスケはマスオに助太刀された思いだった。再び時が止まった。

「そうねえ、先ずはナギサちゃんの誤解から解きましょう。ソウスケも聞いてよ。」
 ヒロコが時を進めるとマスオに顔を向けた。
「人間は誰しも性欲があるでしょ。それには、ホルモンの働きも関わってるの。」
「焼肉のホルモンじゃないよ。性ホルモンがあるんだよ。僕らの身体には。」
 ヒロコとマスオはあうんの域で話した。
「そう、性ホルモンはね大きく分けて、男性ホルモンであるテストステロンと女性ホルモンであるエストロゲンがあるの。性別に関わらず全ての人の身体に備わってるの。でも、男性であればテストステロンの量が多いし、女性であればエストロゲンの量が多いの。だから、もしも、男性が性ホルモンのバランスを崩してしまうと、胸が女性化してしまう事例だってあるのよ。それと、テストステロンは性欲を高めてしまうの。だから、女性は年齢が重なるに連れて性欲が増すともいわれてるわ。」
「そうなんだ。ヒロコと結婚して10年以上経つけど、益々性欲が強くなって来てる感じなんだ。でも、僕がさ、無精子症だから子供が出来ないだよ。ヒロコには申し訳なく思うよ。でも、求められたらしっかり答えるし、僕も求めるのを怠らないようにしてるんだ。ヒロコと一生を遂げたいからね。だから、喧嘩もするんだ。」
 マスオは赤裸々に堂々と夫婦の性生活を語った。
「やだ、マッスゥ。いやいや、だから、二人の年齢を考えると、圧倒的にテストステロン量が多いのはソウスケだと思うわ。ナギサちゃんは、より少ない時期だと思う。言い換えれば、ソウスケはナギサちゃんよりも数倍性欲があるっていっても過言ではないの。要するに、女性的な事象には過敏に反応するんだと思う、無意識にね。」
 ヒロコは若い二人が分かり易いように遠慮なく話した。
「うん、僕もそう思う。ナギサちゃんが、男性に対して、自分自身の身体の変化に対して、怪訝に思うのは、そのホルモンの影響もあると思うし、大学は第一希望に受かったんでしょ。自分の将来に期待したいだとか、志し強い時期だと思うから、セックスにあまり関心持てないってのも、性欲を高めない要因じゃないかな。それも有って無意識に自分の身を守りたいって防衛本能も働いてるのかもしれない。」
 マスオは理詰めで客観性を高めるようとした。
「うん、そうかもしれない。私、将来は一級建築士になりたいの。サクラダファミリアとか身近でいうと国立競技場とか設計できるような建築士になりたい。だから、彼氏とかそういう方面は二の次、三の次かな。」
 ナギサの表情は冷静を取り戻した。
「ハハ、何だか俺独りただのスケベみたいだ。確かに性欲は強いと思うよ。」
 ソウスケは困り果てそうだった。
「自然なことよ。大丈夫、うちの看護師さんは、身籠った奥さんが性欲低くなるから、その旦那さんが口説こうなんてされる時もあるのよ。男はただスケベなのよ。ホルモンがそうさせるんだから。でも、理性は忘れないでね。」
 ヒロコはソウスケをフォローしたつもりでいた。
「ソウスケ、ごめんね。そんな意識は持ってなかったってこと、信じるわ。」
 ナギサは二人の医師の話を信じて従兄弟を許す気持ちへ変わった。
「ふう、良かった。じゃあ、ボタンちゃんと上まで閉めて、自ら対策してくれよ。」
「はーい。でも格好悪ぅ。」
 ナギサがそういうと、笑い声が響き渡り、テレビに集中してた祖母までも応接間から笑顔を向けてきた。
 
 人は知識や経験の不足で、自分の思い込みだけで、判断しようとしてしまう。それが、誤解だと気がつかないことは少なくないだろう。
 


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