当寺には戦前に書かれた明治神宮宮司の額があります。
熊本県の正法寺さんにも同じ書がありました。
当寺の額の画像も添付してあります。
ブログを書く前に、いろいろネットで調べてから書かれたのでしょう。
戦前の書の額であることは、間違いありません。先々代の住職の時からあります。
由来は聞いたと思うのですが、忘れてしまいました。
何かの講演を担当者として依頼したおり、書いていただいたのだと思います。
大文字は「睦」で、仲が良くて良いです。深い意味もあると思います。
小さな仮名文字は明治天皇の皇后・昭憲皇后の和歌です。
「み可〃須者 玉もか〃ミもも 奈尓可せん 学ひ乃道も 可くこ楚有 介連」(みがかずば、玉も鏡もなにかせん。学びの道も、かくこそありけれ)
下の印は、右が乾徳(けんとく)で左は?徳で、私には読めません。乾徳は天子の徳、進んでやまない立派な精神だそうです。
昭憲皇后は明治天皇の眠る伏見桃山陵隣の伏見桃山東陵に埋葬されました。
45年ほど前にお参りしたことを思い出します。
渋谷区にある明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祀ります。
明治神宮
熊本県の正法寺さん同じ額です。ブログlink
色々な方に依頼されて書いているのでしょう。
まだ各地にあると思います。
熊本県の正法寺さんにも同じ書がありました。
当寺の額の画像も添付してあります。
ブログを書く前に、いろいろネットで調べてから書かれたのでしょう。
戦前の書の額であることは、間違いありません。先々代の住職の時からあります。
由来は聞いたと思うのですが、忘れてしまいました。
何かの講演を担当者として依頼したおり、書いていただいたのだと思います。
大文字は「睦」で、仲が良くて良いです。深い意味もあると思います。
小さな仮名文字は明治天皇の皇后・昭憲皇后の和歌です。
「み可〃須者 玉もか〃ミもも 奈尓可せん 学ひ乃道も 可くこ楚有 介連」(みがかずば、玉も鏡もなにかせん。学びの道も、かくこそありけれ)
下の印は、右が乾徳(けんとく)で左は?徳で、私には読めません。乾徳は天子の徳、進んでやまない立派な精神だそうです。
昭憲皇后は明治天皇の眠る伏見桃山陵隣の伏見桃山東陵に埋葬されました。
45年ほど前にお参りしたことを思い出します。
渋谷区にある明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祀ります。
明治神宮
熊本県の正法寺さん同じ額です。ブログlink
色々な方に依頼されて書いているのでしょう。
まだ各地にあると思います。
明治天皇が日本各地に行幸に出かけると、名家の娘さんが夜の相手をしたそうです。
子が生まれると跡取りとして大事に育てられました。30人はいると聞いています。
お妾さんの話も聞きます。
批判する人もいるかも知れませんが、子孫を確保することも大事な務めだったのです。
子孫を継ぐことが、天皇の勤めの一つでしょうから、「睦」とは意味深な言葉です。