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ごきげんよう。
表紙の三つ編み美少女は、由乃さんではありません。
うつむきがちなこの角度が、憂いを秘めていてとてもいいからって、由乃さんではないのです。
家ではフリルのついたエプロンつけてクッキー焼いたり、レースのテーブルクロスを編んだりしていそうで、好きな飲み物はミルクティー、白い猫を飼っていそうだからって、由乃さんの魅力はそんな外見にはありません(大切なことなので、三度言いました)。
未読の人は、以下の文章は読まないほうが、楽しめます。物語の完成度は、『マリみて』史上5本の指に入るでしょう(いや、その日の気分で変わるんだけどね)。
この作品では、山百合会も薔薇さまもスール制度も出てきません。一冊丸ごとそうだというのは、『マリみて』史上たぶん初めてではないかしら。しかし、この作品はリリアン女学園以外ではありえないお話なのです。それはたんにマリア像や銀杏並木や桜亭が出てくるからだけではありません。『いばらの森』P27ならびにP139参照。
以下、核心部分は触れないようにしますが、微妙に(かなり?)ネタバレがあります。
右の三つ編み少女は、律さん。
左のプチ三つ編み少女は、佳月(かづき)さん。
ひびき玲音さん描く、この天使のような美少女の神々しさ。ため息をつきながら、いつまでも眺めていたいです。この絵のシーンは、『いばらの森』の「白き花びら」で、お互い別々の個体に生まれてしまったことを嘆き悲しみながら、お互いの髪を手にとって三つ編みにするあの方を思い出させます。
この作品も、いきなり波乱万丈の始まり。なんと、佳月さんが親友の律さんに、おつきあいしている男性がいることを打ち明けられるシーンから始まります。
男性が主要キャラで登場するどころか男性との恋愛がメインになるなんて、短篇を除けば、『いとしき歳月』の黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)こと鳥居江利子さま以来の衝撃です。
男性に免疫がなく、パニックにおちいる佳月さん。
「二人の友情は永遠だと、つい五分前までは疑うことすらなかったというのに」
いきなりシリアス展開か? まさか「白き花びら」の再現?
と、思いきや、この先がいいんですね。二人は昼休みになると、お弁当をいつものように一緒に食べるのです。もちろん、お互い、混乱しまくりです。しかし今は物理的に離れることができない二人なのです。
こんな日に限って、おべんとうのメニューは、なぜか二人とも肉じゃが。
しかしふだんのように、「奇遇ね!」と無邪気に喜びあうことができない二人。沈黙の間を恐れて、なぜメニューが一緒になったのか、当たりさわりのない会話に努め、お互いの肉じゃがを交換します。佳月さん家はメークインに牛肉、律さん家は男爵芋に豚肉。種類もちがったので、スーパーの特売日説は却下。
佳月さんのお母さんは、関西出身なのかな。肉じゃがも関西では牛肉で、関東は豚がメインだといいますね。肉じゃがに牛肉というのは、関東にいた頃は、思いもよらなかったです。
以上は佳月さん視点のsideA。次章は律さん視点のsideB。同じ場面が今度は律さんの立場から語られます。そこで初めて明らかになるナゾもあります。たとえば佳月さんが混乱しながら、なぜ律さんのそばを離れようとしなかったのか。親友を守りたい一心の、自分でも気づいていなかった佳月の本当の気持ち。しかしお互いすれちがいのまま、親友とはいえ踏み込めない恋の迷宮。出まかせの「タカクラケン」「ヨシナガサユリ」が、エンディングまで尾を引いてしまうのでした。このあたりの伏線が絶妙ですね。
学園祭のお化け屋敷のエピソードがいいな。『めぞん一刻』の響子さんの化け猫はかわいかったけれどね。親友のためにひと肌脱いだ佳月さんが、自分のことはすっかり忘れているのもかわいい。
STEP2に入る頃には、『マリみて』ファンには、もう説明の必要はないでしょう。。佳月さんの苗字はラストで明らかにされます。あとがきで今野センセが出題している人の苗字は、いわぬが花。運命的な出会いを果たす前のあの人のお父さんも、ちらりと会話のなかに出てきます。気になるのは佳月さん・律さんを見守り、時に有益な助言を与える綿子さん。……何か蔦子さんぽいけれど、もしかして、そうではなくて、あの人の叔母さんかな?
さて、以下は、本作『ステップ』が西暦にして何年ごろかという考察です。
『マリみて』の舞台が西暦何年かは、考えたことがありません。漠然と、インターネットが家庭にも普及して、iモードのサービスも始まった、無印刊行の1997-1998年以降だろう、という程度の認識でした(仏像好きの乃梨子ちゃんは仏像サイトにはまり、メル友もいる。大学生以上はケータイでメール交換)。
しかしこの作品に限っては、いろいろ考察のネタがあって、つい探究心を刺戟されてしまいますね。お約束のプロローグからして、いつもと微妙にちがうのです。これは普通の人なら読み飛ばしてしまうでしょう(私もそうでした)。
「時代は移り変わり、元号が明治から二回改まった昭和の今日でさえ……」。
つまり『ステップ』は昭和のリリアン女学園が舞台なのです。
この作品に登場するある登場人物が、実はあのアイドルグループのファンだったという話が、『くもりガラスの向こう側』P97に出てきます(今のはネタバレですが、大人なら見て見ぬふりをすること)。
普通に考えれば、あのシーンはピンクレディーですね。もちろん、『恋のインディアン人形』のリンリン・ランラン、80年代後半のウィンクかもしれないし、マニアックなところではあみんかも。「グループ」であって二人組ユニットに限定しているわけでないので、キャンデーズやおニャン子クラブの可能性もあります。
しかし、振り付けマスターのビデオまで市販されているのは、たぶんピンク・レディーだけでしょう(調べたわけでないけれど)。『とめはねっ!』にも出てきましたが、ピンク・レディー世代は今の高校生世代の親世代です。
さて、佳月さん・律さんと、律さんとお付き合いしている男性は五歳差です。リリアン組が「二年菊組」で、その男性の大学同期の親友が、今は卒論と就職等に忙しいという記述から、そうわかります。この男性をピンクレディー世代である今野センセと同年生まれと仮定すれば、
(A説)
男子2名 1965年度生まれ (現46歳)
佳月さん・律さん 1970年度生まれ (現41歳)
こう考えないと厳しい面があるんですね。佳月さん・律さんはリリアン女学院短期大学に進学予定です。結婚は卒業後とした場合、佳月さんは22歳、律さんは23歳までに出産したと仮定すると、『リトル・ホラーズ』『私の巣』などは2011年になります。逆にそうでないとリアルタイムに間に合わず、近未来の話になってしまいます。不敬なことをいえば、来年が「平成の今日」である保証はありません。
このA説にもとづけば、『ステップ』の世界は、1987年です。
仮に無印が1998年(祐巳ちゃん1年生)として、二人の出産年齢が同じとすれば、11年さかのぼり、
(B説)
男子2名 1954年度生まれ (現57歳)
佳月さん・律さん 1959年度生まれ (現52歳)
この計算だと、『ステップ』の世界は1976年ごろです。例のアイドルグループは、リンリン・ランランか、キャンデーズあたりですね。いま振り付けのマスタービデオが出ているかどうかは別として。
しかし1970年代と考えるのは厳しい。「缶ビール」も「自動販売機の缶コーヒー」もこの時代にはないことはありませんでした。しかし「苺パフェ」はともかく、修学旅行が海外というのは、いくら名門私立でも考えにくい。(『ステップ』の修学旅行の行き先は、九州でしたね。完全にぼけていました。あとがきで『チャオ ソレッラ!』のタイトルが出たことで、イタリアと思い込んでしまいました。しかし指定されたページを読むと、「十数年前は九州だった」とリリアンのOGの鹿取先生たしかに、イタリアに「カステラ」も「ご当地キーホルダー」も「巾着袋」もないだろう。。)「お洒落なカフェ」「トレンドファッション」は完全に1980年代の風俗。「ブリーダー」も高級ペットがブランド化したバブル以降、「モスグリーン」も70年代には早すぎる。シャープペンが出てくるところです。学校でも一般的になるのは、ゼブラが1本100円の低価格製品を発売した1980年代以降ではないでしょうか。
もちろん、結婚してすぐ出産とは限らない。A説・B説の中間で、リリアン組が今野センセと同世代……つまり『ステップ』は1982年という考え方もあります。
80年代後半かなと考えるのも、「神様の視点」をコンピュータにたとえているあたり。電脳空間をジャックする天才ハッカーが、文学上初めて登場したのが、ウィリアム・ギブスンの『ニュー・ロマンサー』(邦訳1986年)、村上龍『愛と幻想のファシズム』(単行本1987年)の頃。女子高生の話題にランドサットを思わせる衛星画像の話まで出てくるのは、「コンピューターおばあちゃん」(1981年)ではちょっと早すぎて、つくばの科学万博(1985年)以降じゃないかなと思いました。
と、いろいろ空想して遊べますね。真実はマリア様のみぞ知る。正解がないからこそ楽しいのが『マリみて』時代考証の楽しさです。しばらくあの人のルーツを求めて、『マリみて』月間が続きそうです。それでは、ごきげんよう。