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辻真先『たかが殺人じゃないか』

2024年04月06日 | 読書
辻真先『たかが殺人じゃないか』読了。いわゆる昭和24年、敗戦から4年の1949年、共学の新制高校となったばかりの名古屋の県立高校を舞台にした青春ミステリ。推理小説研究部と映画研究部の男子二人と女子三人が、夏休みの「修学旅行」先で、主人公たちが密室殺人事件に遭遇するという話。


「辻真先」の名前を知ったのは『デビルマン』のEDだった。当時再放送で見た70年代の「テレビまんが」の脚本家としてよくお見かけした。

ツイッターでご健在なことを知り、『焼跡の怪人二十面相』を手に取ったのは昨年のこと。

名古屋に5年暮らしていたので、いろいろ発見がある。舞台の東名学園の所在地はどこだろう? 市電の東山公園から徒歩20分とある。

あのまま名古屋にいたら入学していたかもしれない県立高校に、千種高校なる学校があったことを思い出して、グーグルマップを見てみた。東山公園駅からふた駅離れた一社駅が最寄り駅だった。高校生の足でも東山公園から徒歩20分は厳しいかもしれないが、十分に舞台候補だろう。千種高校の歴史を調べるのもおもしろいかもしれない。

旧制中学と高等女学校が合併した某県立高校の百年史を編集・執筆したことがある。戦後の男女共学の混乱は、太宰風にヴェルレーヌを引用すれば「恍惚と不安」そのままで、面白エピソードが尽きず、一章を割いたものだ。段ボール三十四箱の史料に埋もれて、明治・大正・昭和・平成、百年の青春に思いを駆け巡らせたあのころが、ライターとしてはいちばん充実していたかもしれない。


本作を読んで、いろいろ発見があった。以下、アトランダムに。


・B29は名古屋では「ビーニク」と呼ばれていたのか!(後記。いつも行くお店のお母さんにこのはなしをすると、大阪では「びーにじゅうく」だったとのこと)
・「探偵小説」が「推理小説」になったのは、「偵」が常用漢字じゃなかったから。
・修学旅行が男女共学反対派の教師たちにより中止になることもあった。
・名古屋に「栄区」なんてあったんだ。
・公営住宅の「民主一号」のネーミングには笑ってしまった。
・ボラギノールは戦前からあったのか。
・戦後はGHQの検閲で映画のチャンバラは禁止? 検閲対策の当時の苦肉の策がおもしろい。
・『三本指の男』なんて、片岡千恵蔵主演の金田一耕助作品があったの? 矢口高雄にも伝説のニホンカモシカと三本指の猟師が対決する『飴色角と三本指』って名作があったよなあ。


本書には、エラリー・クイーンの「読者への挑戦状」ならぬ「読者への質問状」がある。

ん? このクイーンの挑戦状のはなし、最近、読んだぞ?と思ったら、『涼宮ハルヒの直観』だった。

ミステリ好きというほどでもない私にも、犯人はすぐわかった。第二の事件のトリックもおおよそ予想したとおりだった。しかし第一の事件の密室トリックがわからず、動機も想像だにしないものだった。

『焼跡の怪人二十面相』がおもしろくて手に取った本作だが、実はしばらく積読だった。私は以前のようにミステリを楽しめなくなっている。イスラエルのジェノサイドから京アニ放火殺人事件まで、死の大特売セールの時代にあって、殺人犯と探偵の謎解きなど、楽しむ気になれなくなっているのである。

それでも本作を手に取ったのは、『たかが殺人じゃないか』というタイトルに、本作の5年後の洞爺丸事故を背景にした『虚無への供物』を思い出したからだ。本作は、あの辻師の作品である限り、殺人事件をたんなる「娯楽」「ゲーム」で終わらせないだろうという期待があった。そして、その期待は裏切られなかった。

しかし辻師のセンスはなんと若々しくみずみずしいことだろう。『焼跡の怪人二十面相』の「鉄」ネタには、綾辻行人×佐々木倫子『月館の殺人』へのオマージュ?と思うようなシーンが出てきた。本作の「修学旅行」の宿の大浴場の入浴シーンは、『氷菓』の合宿のエピソードを思い出させた。薄壁一枚で男女が仕切られた浴場で、『氷菓』のホータローはえるの姿を想像してのぼせてしまうのだが、本作の男子高校生たちは、女生徒や顧問の女性教師の胸のサイズの品定めをあけすけに始め、「聞こえているわよ」と嘲弄されてしまう。

男女共学間もない新制高校を舞台にしたミステリ作品には、山田風太郎の『青春探偵団』という名作がある。しかし『青春探偵団』があくまで明るく朗らかな青春讃歌であったのに対し、本作はあの戦争によって傷つけられ虐げられ死に追いやられた小さなものや女たちの物語であると同時に、男たちの醜くおろかな『罪と罰』の物語でもある。


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