先日の麻生氏の発言にあった「ナチス憲法」なるものは、実際には存在していませんでした。 その代わりにワイマール憲法を骨抜きにし、ナチスの独裁を正当化したのは1933年に定められた「全権委任法」でした。
これはワイマール憲法に大統領に強権を与える規定があったことをさらに押し進め、国家権力を縛るという近代憲法の基本原理を根本から覆すものでした。こうした法律を定めるには、総議員の3分の2以上が出席し、かつ出席議員の3分の2以上が賛成しなければなりませんでした。この法案には共産党(81議席)と社会民主党(120議席)が反対しており、中央党(73議席)も最初は反対していました。したがって、数の上では647議席の総議員の3分の2の賛成を得られないはずでした。しかし、この直前に起こった国会議事堂放火事件をヒトラーは共産党の組織的犯罪と見なし、共産党員らを逮捕・拘禁していきました。これにより、共産党員の全員と社会民主党員の26人が出席できなくなり、さらに欠席議員を総数から差し引くなどの評決のルールの変更をおこない、強引に賛成多数の形を作ったのです。
さて、現在出されている自民党改憲草案では、内閣総理大臣の権限を強化する規定が新設されています。
Q&Aによれば、次のように解説されています。
内閣総理大臣は、内閣の首長であり、国務大臣の任免権などを持っていますが、そのリーダーシップをより発揮できるよう、今回の草案では、内閣総理大臣が、内閣(閣議)に諮らないでも、自分一人で決定できる「専権事項」を、以下のとおり、3 つ設けました。
(1)行政各部の指揮監督・総合調整権
(2)国防軍の最高指揮権
(3)衆議院の解散の決定権
これはそれぞれ新設された以下の条文に相当するものです。
第七十二条 内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その総合調整を行う。
第七十二条3項 内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する。
第五十四条 衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する。
ナチスを生み出してしまった反省から、戦後のドイツ連邦共和国の憲法であるボン基本法では、大統領個人への権力の集中を解体する方向での規定がおこなわれました。
しかし、自民党憲法草案では、戦後のドイツとはまるで逆方向の権力集中に向かっています。麻生氏の発言はどれほど取り繕うとも──たとえ撤回しようとも──自民党改憲草案が目指すものを示しています。(鈴)