翁長知事が辺野古埋め立て承認取り消しに対して、安倍政権が翁長知事の権限を取り上げようとする代執行訴訟が12月2日、福岡高裁那覇支部で始まった。その第一回口頭弁論で、翁長知事が意見陳述した。その内容は、なりふり構わず辺野古新基地建設に突き進む安倍政権に対する怒りと、「本土」の無関心に訴えかけるものであった。陳述書を何回かに分け掲載し、重要だと思った箇所に下線を引かせていただきました。ぜひお読みください。その2を掲載します。
(その2)翁長知事の陳述書
4 日米安全保障条約
私は、自由民主党の県連幹事長をしておりましたので、日米同盟、日米安保を十分理解しておりますが、国土面積のわずか0・6%しかない沖縄県に、73・8%もの米軍専用施設を押し付け続けるのは、いくらなんでもひどいのではないですかということを申し上げているわけです。
しかし、政府は、どこそこから攻められてきたらどうするのだ、沖縄に海兵隊がいなければとても日本は持たないのではないかという発想で日米安保を考えています。
世の中はソビエトが崩壊しました。中国も、昔のような中国ではありません。米国と中国がどういう形で米中関係を築いていくか等、こういったことを考えると、70年代のまま全く同じように在沖米軍基地があるべきなのか考える必要があります。30年前、私は自由社会を守るべきだと体を張って頑張りましたが、ソビエトが崩壊し中国の形が変わった今でも、政府からは今度は中東問題のために沖縄が大切、シーレーンのためにも沖縄が大切と、どのように環境が変わっても沖縄には基地を置かなければいけないという説明が繰り返されております。
沖縄一県に日本の防衛のほとんど全てを押し込めていれば、いざ、有事の際には、沖縄が再び戦場になることは明らかです。
私は自国民の自由、平等、人権、民主主義を守れない国が、どうして世界の国々にその価値観を共有することができるのか疑問に思っています。
同時に、日米安保体制、日米同盟はもっと品格のある、誇りの持てるものでなければアジアのリーダーとして、世界のリーダーとしてこの価値観を共有することができないのではないかと思っております。
私はこれまでに橋本総理大臣、小渕総理大臣、そしてその時の野中官房長官、梶山官房長官等々、色々と話をする機会がありました。野中先生なども国の安全保障体制の考え方に違いがありませんが、当時、県会議員の1、2期の私に、土下座せんばかりに「頼む。勘弁してくれ。許してくれ」とお話をされるような部分が、どの先生にもありました。後藤田正晴先生も私が那覇市長になった15年程前にお会いしたら「俺は沖縄に行かないんだ」とおっしゃいました。私は沖縄が何か先生に失礼なことをしたのかなと思ったのですが、その後の話に胸が熱くなりました。「かわいそうでな。県民の目を直視できないんだよ、俺は」とおっしゃったのです。こういう方々がたくさんおられました。
そういった中で、日本の安全保障あるいはアジアの安定、日米同盟の大切さ、あるいは中国が台頭してきている米中の関係等も全て踏まえながら、沖縄への思いを伝えながらの対話でありました。私も基本的には「こんなに基地を置いてもらっては困りますよ」と申し上げましたが、沖縄への深い思いを抱いていた当時の先生方とは、対話は成り立っていたのです。
しかしながら、この5、6年というのは全くそれが閉ざされてしまっています。沖縄の歩んできた苦難の歴史への反省や洞察が十分ないまま、沖縄が何か発言すると、政府と対立している、振興策はあれだけもらっていて何を文句を言っているのだ、生意気だと非難されます。今のような状況を考えますと、戦後27年間、その間に日本の独立と引換えに沖縄が切り離され、米軍施政権下に置かれ続けた、あの時代は何だったのだろうと思います。
いつまでも昔の話をするなという方がいるかもしれません。しかし、本当の対話を可能にするには、こういう昔の出来事の話からしなければならないのです。仮に海兵隊が全ていなくなれば、あるいは少しは残ったとしても、私は「過去は過去」という話になり得ると思います。しかし、国土面積のわずか0・6%しかない沖縄県に、73・8%もの米軍専用施設を置いたまま、これから10年も20年、あるいは30年もとなると、やはり日米安保、日米同盟というのは砂上の楼閣に乗っているような、そういう危ういものになるのではないかと思っています。
5 前知事の突然の埋立承認
平成22年の県知事選では私は仲井眞前知事の選対部長をして普天間飛行場の県外移設ということで選挙を戦い、前知事が当選を果たしました。2カ年半は全く同じ考え方を発信しながらやっておりました。
実際、仲井眞前知事の議会等でのご発言を見ていただければ分かりますが、私が今申し上げていることとほとんど同じようなことを話しています。
例えば、私がよく、危険な普天間基地の移設について、嫌なら沖縄が代替案を出せ等と言われることに対して、「日本の国の政治の堕落だ」ということを申し上げますが、実は、この言葉は、他でもない仲井眞前知事が発したものでした。それだけに、突然、公約を破棄する形で埋立承認をされ、これによって今日の事態が生じているわけでありますから、今思い返しても大変残念であり、無念な出来事だったと思っております。
安倍総理大臣との会談後、「有史以来の予算。これはいい正月になる」と記者会見で満面の笑みを浮かべたわずか2日後に行われた、辺野古の埋立承認でした。多くの県民は、あたかも振興策と引き替えにしたような承認に、誇りを傷つけられました。それは同時に、承認手続そのものへの不信感を招く結果ともなったのです。
6 前知事の承認に対する疑問-取消しの経緯
(1)仲井眞前知事の埋立承認についての疑問
仲井眞前知事の突然の埋立承認に対する疑問は、あまりに突然の対応の変化が不自然であったという感覚的なものだけではありませんでした。承認に至る手続の中で示されてきた知事意見や生活環境部意見を踏まえても判断を誤っているのではないかと思われるものでした。
ア 埋立承認に至る経緯をみますと、まず、仲井眞前知事は、平成24年3月に、辺野古埋立事業についての環境影響評価書についての意見を述べましたが、その内容は、「評価書で示された環境保全措置等では、事業実施区域周辺域の生活環境及び自然環境の保全を図ることは、不可能と考える」というものでした。
イ その後、平成25年11月には、「普天間飛行場代替施設建設事業公有水面埋立承認願書に対する名護市長意見書」が名護市議会において可決され、同月27日に沖縄県に提出されておりましたが、同意見書は、「環境保全に重大な問題があり、沖縄県知事意見における指摘のとおり、事業実施区域周辺域の生活環境及び自然環境の保全を図ることは不可能であると考え、本事業の実施については強く反対いたします。本件申請については、下記の問題があると考えられますので、未来の名護市・沖縄県への正しい選択を残すためにも、埋立ての承認をしないよう求めます」というものでした。
ウ 同じ頃、県では、土木建築部海岸防災課・農林水産部漁港漁場課により、審査状況について中間報告が提出されております。同報告は、「『事業実施区域周辺域の生活環境及び自然環境の保全を図ることは不可能』とした知事意見への対応がポイント」とするとともに、「環境生活部の見解を基に判断」するとしていました。
そして、平成25年11月29日、環境生活部長から土木建築部長宛に、環境生活部長意見が提出されております。そこでは、環境保全の見地から、18項目にわたって詳細に問題点を指摘したうえで、「当該事業に係る環境影響評価書に対して述べた知事等への意見への対応状況を確認すると、以下のことなどから当該事業の承認申請書に示された環境保全措置等では不明な点があり、事業実施区域周辺域の生活環境及び自然環境の保全についての懸念が払拭できない」と結論づけていました。
その後、土木建築部から環境生活部への再度の照会等はなされておりませんので、この結論が、環境生活部の最終意見ということになっているのです。
エ 仲井眞前知事の埋立承認は、それからわずか1カ月後でした。環境生活部の最終意見についてどうやって対応できたのか、非常に疑問が残る突然の承認であったのです。
(2)第三者委員会の設置と国との集中協議
ア このように、前知事の承認は、単純に公約違反というような政治的な意味合いにとどまらない問題をはらんでいると思われました。世論はもちろん、環境関係の専門家らから要件を充足していない違法な承認であるとの抗議が一斉に起きたのです。
そこで、平成26年12月に知事に就任した私は、まず、埋立承認に法律的な瑕疵(かし)がないか確認することとしました。平成27年1月26日に第三者委員会を設置し、環境面から3人、法律的な側面から3人の6人の委員に依頼して、客観的、中立的に判断していただくようお願い致しました。
その結果、平成27年7月16日に法律的な瑕疵があったとの報告を受けました。報告書は、約130頁に及ぶもので、公水法の各要件について詳細な検討がなされておりました。
イ その後、平成27年8月10日から9月9日まで、沖縄県と国とが集中的に協議をするということで国が工事を中止して、会議が始まりました。
私はその中で沖縄県の今日までの置かれている立場、歴史、県民の心、基地が形成されてきた過程、あるいは沖縄県の振興策のあるべき姿や現状を説明し、ご理解を得られるよう最大限努力しました。5回の集中協議の中で、私の考え方をまんべんなく申し上げましたが、国から返ってくる言葉はほとんどなく、残念ながら私の意見を聞いて考えを取り入れようというものは見えてきませんでした。
集中協議では、ある意味で溝が埋まるようなものが全くない状況でございました。協議の中でも、私どものいろいろな思いをお話させていただきましたが、1つ議論が少しできたのは、防衛大臣との抑止力の問題だけで、それ以外は、閣僚側から意見、反論はありませんでした。
その抑止力の問題についてですが、一つには、沖縄一県に米軍基地を過度に集中させている現状にあります。このことは他国からすれば、日本全体で安全保障を守るという気概が見えず、日本の安全保障と抑止力の観点から深刻な問題であると考えています。
また、防衛省は、海兵隊が沖縄に駐留する必要性として、海兵隊の機動性、即応性、一体性を挙げて説明します。しかし、海兵隊は今でも、各国の基地にローテーション配備されている状況にあります。防衛省が主張する機動性等は、逆に沖縄以外での配備が十分に可能であることを示すものであり、沖縄に配備し続ける理由たり得ないのです。
この他にも、海兵隊は西日本にあれば足りるとする森本元防衛大臣の発言や、海兵隊の分散配備を可能とする中谷防衛大臣の過去の発言など、沖縄に起き続けなければならないことを否定するような話は、政府高官からも出ているのです。
抑止力と関連しまして中国の脅威でありますけれども、中谷防衛大臣からは、中国軍機によるスクランブルや尖閣への領海侵犯の説明とともに、宮古にも石垣にも与那国にも自衛隊基地を置く必要があるとの話がありました。
私が申し上げたのは、それでは、私たちが27年間、米軍の施政権下にあったときのソビエトとの冷戦構造時代は、今の時代よりは平和だったのでしょうかと。その過去と比べて、いわゆる今の中国の脅威というものは、あの冷戦構造時代よりももっと脅威になっているのかどうか。日本政府は積極的平和主義ということで、オバマ大統領と協定を結び、これから中東も視野に入れて、沖縄の基地を使うと言っているのです。
沖縄は、冷戦構造のときには自由主義社会を守るという理由で基地が置かれ、今度は中国を相手に、さらには中東までも視野に入れて、沖縄に基地を置き続けるということになります。これはまるで、私たちの沖縄というのは、ただ、ただ、世界の平和のためにいつまでも、膨大な基地を預かって未来永劫(えいごう)、我慢しろということを強要されているのに等しいことです。沖縄県民も日本人であり、同じ日本人としてこのような差別的な取り扱いは、決して容認できるはずもありません。
それから、ジョセフ・ナイ氏や、マイク・モチヅキ氏といった高名な研究者が、「沖縄はもう中国に近すぎて、中国の弾道ミサイルに耐えられない。こういう固定的な、要塞的な抑止力というのは、大変脆弱性がある」というような話もされております。また、米有力シンクタンクの最新の研究でも沖縄の米軍基地の脆弱性が指摘されています。抑止力からすれば、もっと分散して配備することが理にかなっているのです。
中国のミサイルへの脅威に、本当に沖縄の基地を強化して対応できるのか。これが私からすると大変疑問であります。なおかつオスプレイは運輸、輸送するための航空機であることを考えると、抑止力になるということは、まずあり得ないというのが私の考えです。
私は、中谷防衛大臣とお話をしたとき、巡航ミサイルで攻撃されたらどうするんですか、と尋ねました。すると大臣は、ミサイルにはミサイルで対抗するとおっしゃったのです。迎撃ミサイルで全てのミサイルを迎撃することは不可能ですし、迎撃に成功した場合でも、その破片が住宅地に落ちて大きな被害を出したことを、私たちは湾岸戦争等を通じて知っています。ですから、防衛大臣の発言を聞いたときには、私は心臓が凍る思いがしました。そして、沖縄県を単に領土としてしか見ていないのではないか、140万人の県民が住んでいることを理解していないのではないかと申し上げたのです。
4回目の協議で菅官房長官と話をした際、沖縄県の色々な歴史、県民の心を話して、それについてのお考えはありませんかと申し上げましたが、その時に官房長官が何とおっしゃったかといいますと、私は戦後生まれで、なかなかそういうことが分かりにくいと。また、普天間の原点は橋本・モンデール会談ですとおっしゃっていました。
私なりに言葉を尽くして説明しましたが、この発言には驚かされました。そしてこの方には、沖縄の抱える問題についてご理解いただけない、理解するつもりもないのではないかという印象を抱いた次第です。
5回目の最後の協議には、安倍総理大臣も出席されておりました。私は安倍総理大臣にはこういう話をしました。
私たちがアメリカ、ワシントンD.C.に行きまして、米国政府関係者に話を聞いていただいても、最後は国内問題だから日本政府に言いなさいとなります。
そして、日本政府に申し上げると、アメリカが嫌だと言っていると。こういうものが過去の歴史で何回もありました。
私はそれを紹介した後に、沖縄が米軍の施政権下に置かれているときに、沖縄の自治は神話だと高等弁務官から言われましたが、日本の真の独立は神話だと言われないようにしてください、ということを総理大臣に申し上げたわけです。しかし、総理大臣からは何も意見はありませんでした。
そういう状況の中で、最後の集中協議の場で、私の方から、このまま埋立工事を再開する考えなのか尋ねたところ、菅官房長官からは「そのつもりです」という話があり、事実、協議期間の終わった翌日には有無を言わさず工事を再開する政府の姿勢に、沖縄のみならず日本の行く末に大きな不安を感じた次第です。
集中協議の終了後、顧問弁護士や県庁内での精査の結果、承認には取り消し得べき瑕疵があることが認められたため、私は取消しの決意を固めました。
ウ 今回、取消手続の中で、意見聴取、あるいは聴聞の期日を設けましたが、沖縄防衛局長には応じていただけませんでした。陳述書は提出されましたが、聴聞に出頭してもらえなかったことを考えますと、政府の皆様が繰り返しおっしゃられる「沖縄県民に寄り添ってこの問題を解決する」姿勢は微塵(みじん)も感じられませんでした。
こうした意見聴取、聴聞という取消手続を経て今回の承認取消しに至るわけですが、これはもうある意味で沖縄県の歴史的な流れ、あるいはまた戦後70年の在り方、そして現在の、0・6%に73・8%という、沖縄の過重な基地負担、ひいては日米安保のあり方等について、多くの県民や国民の前で議論されることに意義があると思います。
いろんな場面、場面で私たちの考え方を申し上げて、多くの県民や国民、そして法的な意味でも政治的な意味でも理解していただきたいと思っております。
なお、原告である国土交通大臣は、地方自治法に基づく代執行手続に入る前日に、沖縄防衛局長が行った審査請求に対し、審査庁として取消処分を停止する決定を行っております。準司法的手続であり、審査庁である国土交通大臣には厳格な中立性が求められます。その審査庁自身が、原告として知事を訴えるという、異様としか言いようのない対応が行われています。法治国家であることを自ら否定するような国土交通大臣の対応は、沖縄県民の民意を踏みにじるためなら手段を選ばない、米軍基地の負担は、沖縄県だけに押しつければよいという、安倍内閣の明確な意思の表れに他なりません。
しかし、沖縄県にのみ日米安全保障の過重な負担を強要する政府の対応そのものが、日本の安全保障を危うくしかねない問題をはらんでいます。やはり日本全体で日米安全保障を考えるという気概がなければ、日本という国がおそらく他の国からも理解されないだろう、尊敬されないだろう、というように考えます。
(3)承認取消へ
前述のとおり、第三者委員会による報告を受けた後、集中協議においても、なぜ基地の過重な負担に苦しむ沖縄の辺野古に新たに基地を造らなければならないのか等について質問させていただきましたが、納得のいく回答は全く得られませんでした。そのうえ、菅官房長官は、協議終了後には、工事を再開すると言われました。
そこで、顧問弁護士や県庁内での精査の結果、承認には取り消し得べき瑕疵があることが認められたため、平成27年10月13日に、前知事の承認処分を取り消しました。
(4)政府の対応
沖縄防衛局長が取消通知書を受け取った日の翌日に審査請求を行ったことは、新基地建設ありきの政府の強硬姿勢を端的に示すもので誠に残念でした。
行政不服審査法は、国や地方公共団体の処分等から国民の権利利益の迅速な救済を図ることを目的としておりますが、国の一行政機関である沖縄防衛局が、自らを国民と同じ「私人」であると主張して審査請求を行うことは、同法の趣旨にもとる行為であり、国民の理解を得られないと思います。
また、「辺野古が唯一」という政府の方針が明確にされている中で、同じ内閣の一員である国土交通大臣に、本件について審査請求を行うことは不当という他ありません。いずれにしても、行政不服審査法の運用上悪しき前例になるものと考えております。
執行停止につきましては、去る平成27年10月21日、900ページを超える意見書とこれに関する証拠書類を提出しました。その際、国土交通大臣に対しては、「県の意見書を精査し、慎重かつ公平にご判断いただきたい」旨申し上げました。
「辺野古が唯一」という政府の方針が明確にされてはおりますが、国土交通大臣におかれては、審査庁として公平・中立に審査されると期待しておりました。しかし、それが実質2、3日のわずかな期間で、しかも、沖縄防衛局長が一私人の立場にあるということを認めた上で執行停止の決定がなされたことに、強い憤りを覚えました。この執行停止決定については、やはり内閣の一員として結論ありきの判断をされたと言わざるを得ません。
このような国土交通大臣の執行停止決定は違法な関与行為であると考え、沖縄県では国地方係争処理委員会に対して審査を申し出ております。
理由としては2点あります。
第1に、代執行手続には、執行停止の手続が定められておりません。このたびの本件執行停止は、まさしく、代執行手続が進められている間も埋立工事を行うための方便として使われているものにほかなりません。政府は、「辺野古が唯一」との方針を明確に示しておりますが、憲法上、内閣の構成員は一体となって統一的な行動をとることが求められています。沖縄防衛局長は、防衛大臣の指揮命令を受けて業務に従事しているに過ぎず、また、内閣の構成員である国土交通大臣が、閣議決定等が行われている辺野古移設の方針に反する判断を下すことは不可能であります。したがって、今回の審査請求では、判断権者の公正・中立という行政不服審査制度の前提が欠落していると言わざるを得ません。
第2に、本来、公有水面埋立承認は、国が米軍基地の建設を目的として、「固有の資格」、つまり私人には行い得ない立場において受けたものです。本件執行停止決定が、沖縄防衛局長を私人と同様の立場にあると認めたのは明らかに誤っております。この点につきましては、90名を超える行政法学者からも批判されております。
(次回につづきます)