仮定のまま、話をすすめて、考えてみたい。
大和族が日向族(ウガヤフキアエズ王朝)を
ほろぼしたものの、
天から、みれば、正統な後継者でない。
と、宣言されるような天変地異が起きる。
その天変地異が、正統な後継者でないという意味だと悟ることができるのは、
過去に同じことがあったからだと、考えたくなる。
そこで、大和族を仮にシュメール人だと考えると
つじつまが有ってくる。
過去、アークを略奪した国が、天変地異や疫病などが
立て続けに起こり、
アークを略奪したせいだ。と、いうことで、
元のシュメール国家?に返却したという話が伝わっている。
アークは正当な統治者に伝わっていくものであるということなので、
正統な後継者でないものが、
後継者になると、神罰?天罰?がくだる。
と、いうふうな考えがあれば、
当然のことながら、天変地異はまずい状態であり、
いかにこれをいいくるめ、
いかに民を納得させていくか
と、いうことで、
山幸彦と海幸彦がスケープゴートに成ったと思う。
そして、おそらく、
ウガヤフキアエズ王朝の正統性である、
日本神話のくだりも
天照大神もそのまま頂いたのではないかと思う。
その昔、どういうことか?
アカシックレコードが働いたとしか思えないような文献を目にしたことがある。
それによると、
例えばスサノオ(正式な名前が書かれていた)5代天皇。
アマテラス11代天皇というふうに、
古代天皇の名前・即位期間など、など、非常に細かく書かれていた。
真偽はともかく、
古代天皇の名前がそのまま、伝わってきて、
それをそのまま、素戔嗚尊にあてはめたりしたのではないかと思えた。
と、いうのも、
出雲風土記には、素戔嗚尊にあてはまる人物はいるが、
名前が全く違っていて
古事記や日本書記などは、風土記をよんだか
伝わってきた話をもとにして、
古事記や日本書記を書いたのだろう。
と、いう言い方をしているのも見たことがある。
と、なると、やはり、ウガヤフキアエズ王朝のときに
日本神話、起源のようなものは出来上がっていたと思われる。
そこで、
正統な後継者にならないとやばいww大和族は
新たな神話を作るよりも
むしろ、神話・伝承・血統をつないでいかなければならなくなる。
そこで、
奇妙なのが、異種婚が出てきていることである。
母 豊玉毘売命
八尋のわに・・と、いうのだから、10m以上ある鮫である。
さすがにその姿をみられては、山幸彦のそばにいられないと、
海原にかえってしまい、
残したわが子 (鵜草葺不合命)のために妹を養育係としてつかわす、の、だけど、
鵜草葺不合命は、この母の妹、叔母と結婚して、神武天皇(ほか3人)が産まれている。
こういう異種婚の話はおおくあるのだけど、
通常、母親がさってしまうと、父親ひとりで子供を育てるということになる。
そして、成長した子供はまあ、どこかから嫁さんをもらうということになるのだろうけど・・・。
それでは、まずい。
と、いうことだろう。
母親の妹という、海族の人間が介在しなければならなかったわけ。
と、いうのが、奇妙である。
と、なると
海幸彦が隼人族で
山幸彦が大和族であるというのならば、
つまるところ、隼人族を滅ぼすために日向族と大和族がいったんは手を握ったと考えられる。
そして、海族として登場する豊玉毘売命は、
大和族の政略結婚だったと考えてもいいかもしれない。
だが、それでは、異種婚でぬぐった天変地異であっても、
鵜草葺不合命が、大和族の血統をうまないとなると、
ここもまずい。
と、いうことで、苦肉の策で、叔母と結婚したということにしたか?
そして、伏せこんだ海族の血筋というのが、
のちに、
周三見の海戦の時につながってきます。
八尋より大きい気もしますが、おばばさま???参戦???
と、まあ、その当時は大和族の政略結婚ということだったのか、
はたまた、神武天皇自体が挿げ替えられた存在だったのか、
じつに、わからないことですが、
多くの正当性で、敷き詰めていっているのは間違いがないと思います。
海族・海神の血統をつぎ
アマテラスのうしろだて(かつぐというべきか)
金色のとびにやたがらすに、上の絵では天狗?もでてきていますので
山の神のうしろだてもある。
と、受け止められます。
その正真正銘な継承者であるはずなのに、
神武は饒速日という天孫に遭遇するわけです。
ここまで、正統であるとおぜん立てて置いて
饒速日の存在をうやむやにできなかったということは、
饒速日の存在をもみ消すことができない戦いがあったか
饒速日が超有名人だったか・・・。
まあ、天磐船でとびまわっていたなら、
皆さま、ご存じの天孫であって、おかしくないわけですが・・・・
この段も奇妙に、感じるのは
代理が普通に考えたら、と、思うせいでしょうか?
普通に考えたら、汗水たらして近畿?一帯をおさめ
後から来たものに
先に来ている天孫であるものが、
ほいほいと、国をゆずるだろうか?
あとからきて、なんだ、ずるいやん。
と、単純におもうわけです。
ですので、当然、その読み手(民・国民?)の感情も考えたら
わざわざ、天孫を出してこなくても良いはずで
地方豪族くらいの表現で良かったのではないかと思うわけです。
それをあえて、天孫と書かざるを得なかったのはなぜか?
・・・・・続きます・・・・
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