こんにちわ~^0^
ぷち旅記録の続きを書きまぁす☆~(ゝ。∂)
奈良・三輪山にある大神神社のご神体は三輪山だと前回お話しました。
ご神体=神様 が、山そのものが神として崇めた三輪山信仰は、
奈良に邪馬台国が有ったとするならば、当然 卑弥呼も三輪山を神様として崇めたであろう。
古代の人々は、ご神体=仏像のようにかたちあるものがなくても、自然に接し、自然に敏感だったのだと感じとれますね。
三輪山は山そのものに神霊が宿る神山=神様であるからして、入山を禁ずる禁域を持ちます。
禁域には一体何があるのでしょうか。
(禁域に入山するには、狭井神社の許可が要り、入山券を購入して入る事ができるようですが、撮影はもちろん、火気・食べ物の持ち込みは禁止です。)
三輪山の頂上には、高さ2mほどの巨岩がいくつも露出している箇所があるそうです。その周囲は禁足地であることを示すしめ縄で囲まれており、奥津磐座(おくついわくら)という。
その中心にある石は珍しい形で、中央部が凹み、そこへ別の巨石がうまく落ち込んだように乗っかているのだそうだ。
古代の原始自然信仰では、これらの巨石群は神霊が降りてきて鎮座する神座、すなわち磐座(いわくら)とした。
大神神社には、山頂にある巨石群を奥津磐座(おくついわくら)、中腹にある巨石群を中津磐座(なかついわくら)、山麓にある巨石群を辺津磐座(へついわくら)と呼ばれており、それぞれの磐座に、大物主神、大己貴神、少彦名神が鎮まるとされ、三輪山祭祀の中心場所とした。
巨岩や巨木は、原始信仰では神が降臨する依り代だったと考えられる。
三輪山の山麓に住んだ古代人は、何か起きる度に、この山頂に集い、供え物を捧げて神の降臨を請い、神官が神託を聞いたのだと考えられる。
そして、その神託(神様と交信し、神の言葉を伝える)をしたのは、巫女である卑弥呼の役目だったのかもしれないね。
巫女とは、現代の神社の境内でお札やお守りを売っている巫女さん姿の女性ではなく、古代は、神様の代理人であり、神を身体に憑依(降臨)させるシャーマン(超自然的存在と直接接触・交流・交信する呪術者・祈祷師)でありゅ。
神道・古神道にはそういう役割の人が中心となり、神留(かんづま)・神降ろし・神懸り・神宿りの儀式を行うのが基本形でありゅ。
卑弥呼は三輪山で神託を聞き、自宅で 先に書いた2000個の桃の種を使って、割れ方や開き具合を見て占い、予言をしたりしてたんだろうね。
卑弥呼は使ったかどうかはわからないけれど、貝なども開き具合でど~たらこ~たらと占いに使われていたとか聞いた事があるから、桃の種もそんなトコロだろうと思う。
大神神社の拝殿の隣には、参集殿・祈祷殿・儀式殿・宝物収蔵庫がある。
さらに進むと、
奥には磐座(いわくら)神社
少彦名(すくなひこな)神の磐座の岩があります。
また鳥居をくぐって、
鎮女池(しずめいけ)があり、
再び狭井(さい)神社への鳥居をくぐり
やっと到着~ ふぅ~
この狭井神社は、大物主神さんの荒魂(あらみたま)をお祀りしています。
(大神神社は大物主神さんの和魂(にぎたま)をお祀りしているから、正反対の魂ってワケ。
神様は、元々二面性を持っており、それを二つの魂とする神道の概念でありまする。
荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂でして、怒らせると天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てるっちゅうヤバイ系。
それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面である。神の加護とかそういうナゴミ系なのネ。
ですから、荒魂を怒らせないように鎮め奉ると、
病を治したりしてくれちゃったりするワケょ(=^エ^=)w
で、この狭井神社は薬の神様なの。
ココには、大きなペットボトルを何本も持った人が何人も居ました。
う~~む。。飲んでみましたが、イマイチ美味しい水には感じなかった^^;(カミサマ ゴメンネ ^人^)
清浄(しょうじょう)の音(ね)が聞こえる竹筒。
水のチョロチョロと湧き出る音が聞こえます。癒し系の音でした(=^エ^=)w
すぐ側に神域への道があります。
この縄の鳥居の向こうからは禁域なので、お許しがなければ入山できません。
手前に小さな社がありました。(小さな神さまが住んでるのかな?^^)
16時までに下山しないといけないので、今回は諦めました。
ここから見る限りは、楽かな?という道ですが、行った人の情報では
結構険しい道になるそうです。
さて、もう一つの久延彦(くえひこ)神社へも行っておきましょう^^
知恵の神さまなのだそうで。。。ホイミには必要かと。。。(笑)
・・・と、矢印のある方へ進み、小高い所へ延びる階段が有ったので進んでみたのですが、なぜか展望台に出てしまいましたょ???
大鳥居が中央に見えます。
その左側に2つ、こんもりとした小山がありますね。
こちらの1つが、卑弥呼の墓とされる箸墓古墳です。
この場所には、古い地図が刻まれていました。
久延彦神社は山の上の方ではなくて、下へ下った所でした^^;
どの神様も知らなかった少彦名命(すくなひこなのみこと)の神名を教えてあげた神様で、動かずとも世の中の事を全て知っていたという賢い神様なので、合格祈願にどうぞっ!
また進むと、ボケ封じ地蔵尊がありました。
父のボケっぷりが進みませんようにとお願いを終えて写真を撮ろうとしましたら、数人のかしましい奥様達が、あら!ココは私達にはまだ早いわね~と通り過ぎかけ、いえいえ私はお参りしとこうかしら~ともう一方の奥様が笑いながら言いますと、では私も♪私も♪私も♪おほほほほ~~♪とぞろぞろと入って行かれました。(結局皆様お参りしとくんじゃないですか( ̄∀ ̄*)w
可愛らしい奥様ばかりでしんみりと佇んでいらしたお地蔵様がにっこり^^とされた気が致しましたょ^^
隣には若宮社(大直禰子神社・おおただねこじんじゃ)がありました。
王子信仰(若宮信仰)は熊野権現で流行し、神祇での文献の初見は「日向王子」とされる。非業の死を遂げた者の霊魂を(そのような霊魂は激しく 祟るので封じる為に)屋敷神として祀りあげたものとあるが・・・・
石で何かを封じた様にも見えるが・・・
どうやら、ココは、崇神(すじん)天皇がらみで、3つの神様をお祀りしてあるらしい。
細い小道を歩くと、素敵なお店に吸い込まれちゃいました(;´▽`A``
ちょっぴり肌寒いけど、三輪に来たら素麺でしょう!!
三輪そうめん 森正さん
中は、古い蔵を改造し、中庭でお素麺をいただけるようになってます。
小さな庭も素敵でした。
素麺にしてはイイお値段でしたが、なかなか風流なお素麺♪
透明の氷がとても綺麗でしたし、麺も好みの弾力感でした^w^
一緒に柿の葉寿しもいただきました^^
あぅ~>< また 長くなりましたね^^;ゴメンヨー;;
実は、これだけ回ったのに、もう一ヶ所やっぱ行っておこうとなりました。
続きは次回に。(最終回でっす)
ぷち旅記録の続きを書きまぁす☆~(ゝ。∂)
奈良・三輪山にある大神神社のご神体は三輪山だと前回お話しました。
ご神体=神様 が、山そのものが神として崇めた三輪山信仰は、
奈良に邪馬台国が有ったとするならば、当然 卑弥呼も三輪山を神様として崇めたであろう。
古代の人々は、ご神体=仏像のようにかたちあるものがなくても、自然に接し、自然に敏感だったのだと感じとれますね。
三輪山は山そのものに神霊が宿る神山=神様であるからして、入山を禁ずる禁域を持ちます。
禁域には一体何があるのでしょうか。
(禁域に入山するには、狭井神社の許可が要り、入山券を購入して入る事ができるようですが、撮影はもちろん、火気・食べ物の持ち込みは禁止です。)
三輪山の頂上には、高さ2mほどの巨岩がいくつも露出している箇所があるそうです。その周囲は禁足地であることを示すしめ縄で囲まれており、奥津磐座(おくついわくら)という。
その中心にある石は珍しい形で、中央部が凹み、そこへ別の巨石がうまく落ち込んだように乗っかているのだそうだ。
古代の原始自然信仰では、これらの巨石群は神霊が降りてきて鎮座する神座、すなわち磐座(いわくら)とした。
大神神社には、山頂にある巨石群を奥津磐座(おくついわくら)、中腹にある巨石群を中津磐座(なかついわくら)、山麓にある巨石群を辺津磐座(へついわくら)と呼ばれており、それぞれの磐座に、大物主神、大己貴神、少彦名神が鎮まるとされ、三輪山祭祀の中心場所とした。
巨岩や巨木は、原始信仰では神が降臨する依り代だったと考えられる。
三輪山の山麓に住んだ古代人は、何か起きる度に、この山頂に集い、供え物を捧げて神の降臨を請い、神官が神託を聞いたのだと考えられる。
そして、その神託(神様と交信し、神の言葉を伝える)をしたのは、巫女である卑弥呼の役目だったのかもしれないね。
巫女とは、現代の神社の境内でお札やお守りを売っている巫女さん姿の女性ではなく、古代は、神様の代理人であり、神を身体に憑依(降臨)させるシャーマン(超自然的存在と直接接触・交流・交信する呪術者・祈祷師)でありゅ。
神道・古神道にはそういう役割の人が中心となり、神留(かんづま)・神降ろし・神懸り・神宿りの儀式を行うのが基本形でありゅ。
卑弥呼は三輪山で神託を聞き、自宅で 先に書いた2000個の桃の種を使って、割れ方や開き具合を見て占い、予言をしたりしてたんだろうね。
卑弥呼は使ったかどうかはわからないけれど、貝なども開き具合でど~たらこ~たらと占いに使われていたとか聞いた事があるから、桃の種もそんなトコロだろうと思う。
大神神社の拝殿の隣には、参集殿・祈祷殿・儀式殿・宝物収蔵庫がある。
さらに進むと、
奥には磐座(いわくら)神社
少彦名(すくなひこな)神の磐座の岩があります。
また鳥居をくぐって、
鎮女池(しずめいけ)があり、
再び狭井(さい)神社への鳥居をくぐり
やっと到着~ ふぅ~
この狭井神社は、大物主神さんの荒魂(あらみたま)をお祀りしています。
(大神神社は大物主神さんの和魂(にぎたま)をお祀りしているから、正反対の魂ってワケ。
神様は、元々二面性を持っており、それを二つの魂とする神道の概念でありまする。
荒魂は神の荒々しい側面、荒ぶる魂でして、怒らせると天変地異を引き起こし、病を流行らせ、人の心を荒廃させて争いへ駆り立てるっちゅうヤバイ系。
それに対し和魂は、雨や日光の恵みなど、神の優しく平和的な側面である。神の加護とかそういうナゴミ系なのネ。
ですから、荒魂を怒らせないように鎮め奉ると、
病を治したりしてくれちゃったりするワケょ(=^エ^=)w
で、この狭井神社は薬の神様なの。
ココには、大きなペットボトルを何本も持った人が何人も居ました。
う~~む。。飲んでみましたが、イマイチ美味しい水には感じなかった^^;(カミサマ ゴメンネ ^人^)
清浄(しょうじょう)の音(ね)が聞こえる竹筒。
水のチョロチョロと湧き出る音が聞こえます。癒し系の音でした(=^エ^=)w
すぐ側に神域への道があります。
この縄の鳥居の向こうからは禁域なので、お許しがなければ入山できません。
手前に小さな社がありました。(小さな神さまが住んでるのかな?^^)
16時までに下山しないといけないので、今回は諦めました。
ここから見る限りは、楽かな?という道ですが、行った人の情報では
結構険しい道になるそうです。
さて、もう一つの久延彦(くえひこ)神社へも行っておきましょう^^
知恵の神さまなのだそうで。。。ホイミには必要かと。。。(笑)
・・・と、矢印のある方へ進み、小高い所へ延びる階段が有ったので進んでみたのですが、なぜか展望台に出てしまいましたょ???
大鳥居が中央に見えます。
その左側に2つ、こんもりとした小山がありますね。
こちらの1つが、卑弥呼の墓とされる箸墓古墳です。
この場所には、古い地図が刻まれていました。
久延彦神社は山の上の方ではなくて、下へ下った所でした^^;
どの神様も知らなかった少彦名命(すくなひこなのみこと)の神名を教えてあげた神様で、動かずとも世の中の事を全て知っていたという賢い神様なので、合格祈願にどうぞっ!
また進むと、ボケ封じ地蔵尊がありました。
父のボケっぷりが進みませんようにとお願いを終えて写真を撮ろうとしましたら、数人のかしましい奥様達が、あら!ココは私達にはまだ早いわね~と通り過ぎかけ、いえいえ私はお参りしとこうかしら~ともう一方の奥様が笑いながら言いますと、では私も♪私も♪私も♪おほほほほ~~♪とぞろぞろと入って行かれました。(結局皆様お参りしとくんじゃないですか( ̄∀ ̄*)w
可愛らしい奥様ばかりでしんみりと佇んでいらしたお地蔵様がにっこり^^とされた気が致しましたょ^^
隣には若宮社(大直禰子神社・おおただねこじんじゃ)がありました。
王子信仰(若宮信仰)は熊野権現で流行し、神祇での文献の初見は「日向王子」とされる。非業の死を遂げた者の霊魂を(そのような霊魂は激しく 祟るので封じる為に)屋敷神として祀りあげたものとあるが・・・・
石で何かを封じた様にも見えるが・・・
どうやら、ココは、崇神(すじん)天皇がらみで、3つの神様をお祀りしてあるらしい。
細い小道を歩くと、素敵なお店に吸い込まれちゃいました(;´▽`A``
ちょっぴり肌寒いけど、三輪に来たら素麺でしょう!!
三輪そうめん 森正さん
中は、古い蔵を改造し、中庭でお素麺をいただけるようになってます。
小さな庭も素敵でした。
素麺にしてはイイお値段でしたが、なかなか風流なお素麺♪
透明の氷がとても綺麗でしたし、麺も好みの弾力感でした^w^
一緒に柿の葉寿しもいただきました^^
あぅ~>< また 長くなりましたね^^;ゴメンヨー;;
実は、これだけ回ったのに、もう一ヶ所やっぱ行っておこうとなりました。
続きは次回に。(最終回でっす)