[映画紹介]
珍しいチリの映画。
実在の独裁者、アウグスト・ピノチェトを描く、
コメディ、ホラー。
アウグスト・ホセ・ラモン・ピノチェト・ウガルテ・・・
第30代チリ共和国大統領(在任:1974年--1990年)。
1973年、
社会主義政権としては
史上初めて自由選挙によって樹立された
サルバドール・アジェンデ政権を
クーデターで転覆することに成功。
独裁者として、16年にわたり君臨した。
その間、沢山の市民が拷問され、虐殺された。
その人物、アウグスト・ピノチェトが
実は吸血鬼だった、という奇想天外な話。
フランスにいた青年クラウド・ピノチェトは、
首筋を噛まれて吸血鬼になり、
フランス革命に遭遇。
マリー・アントワネットの処刑にも立ち合い、
ギロチンについた血をなめたりする。
自分の死を偽装し、
マリー・アントワネットの首を持って、
ハイチ、ロシア、アルジェリアで
反革命的な行動をし、
1935年に、
王のいない南米の国・チリに移住。
アウグスト・ピノチェトという名前で、
軍人として頭角をあらわし、
将軍にまで登りつめ、
クーデターで独裁者になる。
家族から「伯爵」と呼ばれることを要求し、
退任後、当局が不正に得た富と
人権侵害の調査を開始すると、
再び死を偽装して、
人里離れた農場に隠棲する。
映画は、その経緯を足早やに描いた後、
南米大陸南端の寒村にある
廃墟のような邸宅で、
ひっそり暮らすピノチェトと
遺産相続のために
訪ねて来た家族との日々を描く。
主な登場人物は、ピノチェトと妻のルシア、
5人の子どもたち、
執事のフョードル、
それに加えて、会計士を装って、
教会から送り込まれてきた
エクソシストのカルメン。
その9人の葛藤と軋轢。
描かれるピノチェトは既に老人。
(吸血鬼も歳を取るんだ! )
250年も生き延びて、
生きることに倦んだため、
永遠の命を手放すことを決意する。
その方法は、これ以上血を飲まずに死ぬということ。
遺産を巡っての家族たちの確執。
執事の暗躍、
カルメンの悪魔払い。
カルメンに欲望を感じたピノチェトは、
若返るため、血を求めて
再び「狩り」に出かける・・・
何とも奇妙な物語だが、
特筆すべきは、その映像美。
大自然の絶景の上と、
高層ビルが立ち並ぶ都会の夜景の上空を、
マントをひるがえし、
コウモリのように飛ぶ吸血鬼の姿の美しさ。
隠棲先の建物の中の
複雑怪奇な構造。
それらが目を奪う。
しかも、モノクロ。
今回のアカデミー賞の撮影賞にノミネートされたのも
納得の出來。
妻と家族の首を噛まず、
吸血鬼にしていないという不思議。
そこに、吸血鬼の悲哀を感ずる。
ピノチェトが吸血鬼であることは、
暴君として国民の血を吸い続けてきたことへの隠喩。
家族たちも、愛情よりも財産が大事という、
父の血を吸う行為。
カルメンがピノチェトに篭絡されてしまった時、
もう一人の吸血鬼が
大西洋を飛んで現れる。
この新登場人物も実在の有名人。
イギリスでは上映されたのだろうか。
観客は驚いてざわめいたのではないか。
人間の欲望の愚かしさ、
権力への執着、
老いと性の問題、
暴力と弾圧の歴史など、
様々なテーマが重層的に描かれる。
吸血鬼映画の新たな地平で、
画面に釘付けにされる。
背後に流れるクラシック音楽が効果的。
ピノチェト役に「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」のハイメ・バデル。
監督は、「ジャッキー/ファーストレディ最後の使命」、
「スペンサー ダイアナの決意」などで、
チリを代表する映画監督、パブロ・ラライン。
脚本はララインとギエルモ・カルデロン。
ヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映され、
最優秀脚本賞を受賞し、
アカデミー賞では、
現在、撮影賞にノミネートされている。
Netflix で2023年9月15日から配信。