めずらしく、どうしたの?
うん、最近ね、ぼくいがいの思想家の思想なんて、どうでもいいや、って感じるようになってね。どうせぼくと似たようなことを書いているんだろうし、それならぼくはぼく専門になったほうが、ぼくとしてもいちばん緻密になれるんじゃないかってね、そう思うんだ。
高田先生は、思想がぼくと軌を一にしているから、人物としてその世界を探求することは、いまでもしている。ぼくがぼくとして生きることが既にそうなんだよ。 はやく仕事来ないかな。
ぼくは基本的にぼく専門、っていうのは、ぼくの書いた本の題名にも現われているよね。なるほど。大先生のルオー論が実質でも、それを入れる枠は、ぼくの哲学であり、その枠を題名に堂々と示している〔『形而上的アンティミスム序説
―高田博厚による自己愛の存在論―』〕。
ねえ、わたしはどうなの?笑
きみはね、この世からぼくを護る砦なんだよ。きみなしでは、ぼくは愛の力をなくして無防備になってしまう。この世の人間らへの憎しみで、自分を失ってしまうんだよ。 仕事をするにも、きみへの愛が必要なんだ。でないと、ぼくは荒廃してしまう。