243頁
(つづき)ヴィオレット、あの晩、私は、あなたの処を出ると、私があなたに及ぼした身体的不具合の感覚のようなものを懐いたのよ — 私があなたを呑み込んだあの文句を、私は自分に許すことができないでいたの。私はその晩のうちにあなたに電話しようと試みたけれど、応答されなかった。私、あなたに手紙を書いたわ…
(ヴィオレット) わたし、あなたの手紙の封印をはがしませんでした、アリアーヌ…
(ジェローム) 真実が恐かったからだ。
(ヴィオレット) 何を言いたいの?
(ジェローム) きみは、どんなにしてでも、アリアーヌの振舞いを、最も低劣で、最も品が無く、最も恥ずべき動機に帰することが出来ることを欲していたからだ。きみが自分のために形成するきみ自身のイメージが、きみの自尊心にとって余りに情けなくはないようにするために。
(ヴィオレット) ジェローム!
(ジェローム) この件のすべてにおいて、もし誰かが、つまらない役を演じたとすれば、それはきみだよ。アリアーヌ… ぼくは彼女を裁けない。ぼくたちはそのことを実にしばしば言った。彼女は全く、ぼくたちと同じ世界には住んでいない… しかしきみ、きみは彼女の要請に自分を譲る必要はなかったんだよ。きみは事細かくぼくを騙した。なぜだ? (つづく)
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(つづき)ぼくはそのことを再び自問するに至っているところなんだ。弱さによってなのか — あるいは、ぼくの苦手な計算によってなのか。
(ヴィオレット) つれないひとね! わたしは、あなたを失うのが恐かったのよ、まったく正直なところ…
(ジェローム) なんとまあ、きみは、脆いものと見做していたんだ、ぼくたちを結びつける絆を!
(アリアーヌ) ふたりとも聞いて。ジェローム、あなたは私に肩入れしてヴィオレットに対立しなくてよいのよ。もし誰かがこの件で責任があるなら、それは私なの。そして私だけなの。私はあなたたちと同様に現世的よ。それどころか! 多分私のほうがもっと現世的でしょう。私に拒否されたもの、私から取り上げられたものの、どんなものも忘れてはなりません。それらは、生活において存在する最も凄まじいものです — 私はこのところずっと、長い時間、このことを考えていました — なぜなら、私たちから取り上げられた良きものは、単に私たちに不足しているものではないのです。それら良きものは、私たちの内に在るのです。ただ、裏返された影として、夜の状態にある荒れ果てた力として… 今、ジェローム、あなたは私を超人間的だと思っているわね — ああ! ほかの時期には、あなたは私をエゴイストで我慢のならない人間だと思っていたことを、私、分かってるわ — それにしても、私の内には、超人間的なものなんて何も無いのよ。精霊が私の願いを容れたように、突然私に思われるときというのは、私の悲惨さと至らなさの深さが、私に示されるときなの。私の行為はひどかったわ。私、そのことで絶叫したい… あなたに、その証拠が要るかしら? (つづく)
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(つづき)私はヴィオレットに、彼女にはいちばん関係無い内容の打ち明け話をしたわ。私は彼女に言った、私たちの結婚を前にして、あなたの傾向がふさわしくなかったことを… それを彼女に言う権利は私には無かったのに。どうして私はそういうことをしたのかしら? 私、何も分からない。多分、私が従っていたのは…
(ヴィオレット、熱っぽく。) ということは、あなたは理解していないのですか? 彼が、あなたがわたしにその話をしたことを知らずにいるかぎりは、あの打ち明け話は重大なものではなかったけれども、わたしたちの今のこの瞬間にこそ、あの話は破壊的なものになるのだ、ということを。あなたは、ちょっと前から大いに努力なさっているように、ご自分を引き受けて咎めながらも、あなた自身を、ご自分の目にとって偉大にし、反対にわたしを、一層つまらないもの、卑しいものにすることしか、目指していない、ということを、あなたは分かっていません。というのは、けっきょく、咎めているのはあなたであって、この論告を発しているのは天の声ではないからです。論告を発しているのはあなた自身なのです。
(アリアーヌ) あなたは私の心を突き刺します、ヴィオレット。私がすべての高慢、すべての人間的な自尊の念を捨てて、自分の惨めさと傷跡とで自分を示している、この今の瞬間にすら、あなたは私を、得体の知れない計算に従っている、と非難するのです…
(ヴィオレット) わたしは、あなたが不誠実だと主張しているのではありません。
(アリアーヌ) そのことですが、私は、不誠実でもあったかもしれません。(つづく)
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(つづき)その、暴力と不公正の精神態度は、あなたには余りにも本性的に縁遠いものです、可愛いヴィオレット。そういう態度があなたを占領したのは、きっと私のせいです。
(ヴィオレット) あなたはご自分の奥底から語っておられると、わたしは確信します。でも、もしあなたが芝居を演じてらっしゃって、あなたが最も計算高くて最も不実な女性の役であるのなら、あなたは、これ以上巧みに、ジェロームとわたしとの間に飛び越えることのできない溝を穿つために、振舞うことはできないだろう、ということが、あなたには分からないのですか…
(アリアーヌ) 私は、あなたたちの間にそのような溝を穿つことはしません。ジェローム、すべてはあなた次第です。ヴィオレットは私よりも価値があるわ。彼女は私よりも本物だわ。彼女は女だわ。彼女はひとりの子供を持った。ほかの子供たちも持つでしょう… 私は、ない… (アリアーヌ、もう話せない) 私はもう現実に存在していない。(アリアーヌは嗚咽で震えている。ジェロームは彼女の許へ行き、その傍に坐り、その手を取り、愛撫する。)
(ヴィオレット、立って。) もし、あなたが、ほんとうにゲームをしたかったのであれば、それにしても何故ゲームをしたかったのでしょうか? 唯一つの方法しか無かったのです。すなわち、ご自分が、やきもち焼きで、要求が多く、こせこせした人間であることを示せば良かったのです。一言で言えば、わたしをライバルとして扱えば良かったのです。あなたは、いかさまをすること無しには、その方法を拒むことが出来なかった。あなたのサイコロには、ごまかし細工がありました… ああ! でも、わたしはあなたへの深い感謝を保ちます、アリアーヌ。あなたは、わたし自身では決して見いださなかったであろうものを、わたしに教えてくれました — (つづく)
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(つづき)冷笑主義(シニスム)の価値と徳を。真理と美とは互いに無関係であり、この二つの一致を許すような人間的芸術は存在しない、と理解することを。… そう、それは最初の段階です… あなたの友人マダム・デランドがわたしに届けさせていた金額は、最速の期限であなたに戻されるでしょう。 (調子を変えて。) さようなら、アリアーヌ… ああ! わたしは知っています… わたしは多分、不正義で忘恩の怪物です… 祈りがあなたには授けられたのですから… ほかの残りすべてと一緒に… 時々はわたしのために祈ってください — そしてモニクのために、とりわけモニクのために。なぜなら、もしあの子が治らないなら、その時は… その時は… わたしには分からない… (ヴィオレット、アリアーヌの手を取り、痙攣的に抱擁して、外へ出る。)
(長い沈黙。)
(アリアーヌ、ジェロームを見た後。) なんてこと! すべては彼女が正しかったかのように経過しているわ。あなたは彼女を見なかった… ジェローム、あなたは心を持ってないの?… そして今、私にはもう死ぬことすら許されないでしょう… 自分のすべての親しい取巻きを埋葬する女性病人、彼女は(つづく)
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(つづき)書く、彼女は書く… クラリス! クラリス! (クラリス、ドアを僅かに開ける。)
(クラリス) 怖かったわ。邪魔したくなかったのよ。あの婦人は帰ったの?
(アリアーヌ) ええ、ええ、それで、明朝にね、最初の時間帯に、あの紳士連に電報を打たねばならないの…
(クラリス) あなたは拒否する、と。
(アリアーヌ) 私はひじょうな感謝で受け入れる、と!… クラリス、未完成の死後刊行よ。よく覚えておきましょう、未完成の死後刊行、と…
1935年。7月-9月
(つづく? なぜなら、やっと愛(?)が動き出したから)