四国に住むF叔母から電話がありました。
兄の体調についてお尋ねでした。
1月半ばまでの治療は一段落して、兄本人は安堵したのか、声が明るくなってきたよ。しかもちょっと太って来たって、1週間くらい前に本人が言ってたよ。
そうF叔母に教えたら、F叔母も安堵した様子です。
いまだ兄はF叔母などの外戚には持病を隠しているからねぇ。
F叔母は兄が10歳まで一緒に暮らしていたし、初甥っ子だし、心配で仕方がない様子。
とはいえ、まだ兄の通院や経過観察は続くのでまだまだどうなるか分からないのですけれどね。
昨年は父の老化への心配から、入院、死去までがありました。
とくに入院からCVポートの埋設までの期間が繁忙期と丸かぶりだったので、兄の心労は計り知れませんでした。
それにこれまでの兄は困難にぶつかったとき、父に励まされてきたようです。
でももう父は亡くなったので、私が励ましたところで「お前ではない」状態なんだろうな、と痛感しています。
F叔母には父の相続で農地が少し減ること、とくにこれまで手をつけなかったメイン農産物の果樹園が少くなる予定だと伝えました。
これまで実家では、他の農産物の畑からメイン農産物の果樹園へ開墾することはあっても、減らすのは初めてのことなので、兄が涙を流して説明していたことも教えておきました。
F叔母は果樹園の縮小に賛成しているので助かります。
相続は、当主である兄が決めたことが全部正しい、としないと、農家の相続は揉めるンですよねぇ。
とくに相続権がない外戚が揉め事を持ち込むことが多いのでね。
私は揉め事に巻き込まれたくないンだよなぁ。
F叔母も70代に突入して、この先は次第に上京してくるのが億劫、くたびれる、難儀となっていくであろうお年頃。
あと何回会えるだろうか、とも思いますが、いい思い出を作りたいと願う叔母なので、F叔母には長生きしてほしいな、と思っています。