ゆっくりした時間に、ふと本棚から本を抜き出して、パラパラとめくる時、思いがけず新鮮な言葉に出会うことがありませんか?
先ごろ亡くなられた、ノーベル物理学賞受賞された益川先生の本ですが、含蓄のある、そして私自身にも当てはめられる言葉が書かれています。
ところで、先月から、高校二年性の生徒の数学を個人的に教えています。東大を目指しているというので、個人的に数学を教えて欲しいということで、週1回日曜の午前中に教えることになりました。
本人の高校のこともよく知っているので、半分ボランティアの気持ちで教えています。高校の授業と重複することではなく、授業ではなんとなく素通りされるところなどを補強するようなスタイルで、講義をしています。講義録も後で渡す形で、高校の数学を横断的に復習しながら、数学的な基礎をつけようという狙いです。
入試問題を掴みに用いて、そこからいくつかの分野を復習したり、深掘りしながら講義するものです。昨日は一意性の証明について、例をあげながら講義しました。
高校の数学の教科書の中にも、一意性に言及したところが何箇所かありますが、証明は書かれてなくて、授業でもほとんど行われていないのが高校の教育現場であると思われます。
具体的な例としては、教科書から
❶一次独立なベクトルによる表現での一意性
❷素因数分解の一意性
❸多項式や整数の割り算での商と余りの一意性
に関しても、「知られている」と書かれていて、曖昧で、少し考える生徒が、疑問に思っても授業では証明されてないことがほとんどです。こんなところを復習の意味も兼ねて証明しながら、復習をしています。その生徒はほとんで高校の範囲の教科書も終えているのですが、新鮮な眼差して聞いてくれています。
今回の後半からと次回で、放物線と直線で囲まれた部分の面積の公式の話から、ベータ関数、空間ベクトルと外積について話します。
これまでは先生と生徒という立場で学校で話すことがすべてでしたが、そこでは生徒も本音を話すことはできにくい環境ですが、今は、生徒も本音を話してくれて助かりますが、そこからは、なるほどと思われることなど、生徒と先生の関係では見えなかったことも窺い知れます。また、昨日は生徒の母親も来て、ゆっくり話を聞けて、保護者の本音の聞けました。意外と保護者には学校の内部は理解されていまいのもよくわかりました。久しぶりに新鮮な気持ちになりました。