●スイミングマスクのこと
「くるりさん、見てくださいよ」
ポニョトレーナーHくんがゴーグルと一緒に床に転がっている透明マスクを指差す。
プールインストラクターにスポーツクラブから支給されたものだそうだ。フニャフニャマスクで黒いゴムがついている。塩ビ製かな。
職場に似た素材の取次用の袋があるから作ろうと思えば作れそう。イメージとしてはガッチャマンの大鷲のケンって感じ。
「あー、これ、この間バタフライのクラスでトレーナーの子がつけてるの見たよ」
「くるりさん、つけてみていいですよ」
「これで泳げるの?」
ちょっとだけつけさせてもらった。軽くて装着に違和感はないけれど、明らかに苦しそう。これで息継ぎができるのかな?素人には無理だ。
「お水は鼻から顎に流れて行くので呼吸はできるんですけど、あんまり空気が入ってこないんですよ。息継ぎができない苦しさを始めて知りました」
(そう。息継ぎできないと苦しいんだよ、わかった?)
「いいじゃん、心肺機能が強化されるよ」
でもって。水泳時の呼吸ではなく、普通の呼吸は鼻から吸うので、フニャフニャマスクは鼻にくっついて曇って常に高地トレーニング。
「大丈夫?」
「大丈夫ですけど、たまに外させてください」
「しなくてもいいよ」
「ありがとうございます。でも、そういうわけにもいかないんですよねぇ」
スイミングチーフだからね。みんなのお手本にならないといけないものね。
●早くも弱音
「くるりさん、次のパーソナルは木曜日にしてもらってもいいですか?」
わたしは週に2回はパーソナルトレーニングを受けている。月曜日と水曜日か木曜日。水木についてはわたしの仕事との兼ね合いと気分で決めている。
「お勉強?」
「レポート間に合いそうもないんで」
「まだ始まったばっかりじゃん」
「僕、やばいんですよ、ついていけてない気がして。今解剖学やってるんですけど、トレーナーになるときにかじった知識が邪魔するっていうか、頭に入って来ないんです、覚えられないっていうか」
あるよね、そういうこと。予備知識が土台になる時と邪魔する時が。わかる、わかる。
「そりゃあさー、19歳と32歳じゃ脳みその鮮度が違うんだから吸収率は違うだろうけど、大丈夫だよー賢いんだから」
「そんなことないんですよう」
彼は数学と物理で入試を突破したようなもの。医学部は入るまでは理系だが入った途端に文系になると聞いたことがある。多分、暗記物が苦手なんだろうな。
「大丈夫だよー、周りの子もわかってないよ、平気、平気!Hくんには経験があるよ!」
何の根拠もないただの励まし。
「そうですかね?」
「そうだよ、そうだよ!」
ソースだよ!焼きそばのCMみたいな感じで終わった。まだ始まったばかり。自信過剰よりもそれくらいの方がいいと思う。頑張れ。頑張るのだ!
●僕の体
「くるりさん、僕の体どうですか?」
「どうって。う、うーん。。。女子みたい」
「そうですよね、筋肉だいぶ落ちました。。。」
「体重増えたの?」
「やっぱり増えましたね」
「触ってもいい?」
「どうぞ」
うっすら乗った脂を手でどければ、元の腹筋は見えるけれど、お世辞にもトレーナーのお腹ではない(人間の腹筋は赤ちゃんでも割れていて、割れているように見えるかどうかはその上に乗った脂肪と腹筋の大きさが左右するとか)。
三角筋も小さくなってるし、わたしの好きな前鋸筋は見えない(よっぽど鍛えないと見えてこない部分だとは知っている)。上腕二頭筋も三頭筋もその辺のちょっとばっかり鍛えてる兄ちゃん程度だ。
全体的に小さくなっている。
「くるりさん、僕、1ヶ月で元に戻すんでくるりさんも一緒に頑張りましょ」
わたしがよっぽどがっかりした顔をしていたんだろうか?
でも、一緒には頑張らないよ、まずは先に頑張ってお手本見せて。
●類友
「クラブに来る人、まだ少ないよね」
「そうですねー常連さんもそんなには戻ってきてないです」
「よかったねー、わたしは早々に戻ってきて」
「そうなんですよー、僕のお客様は自粛前後で全く減ってないんですよ」
「あー、自粛要請前もぎりぎりまでみんな来てたもんね」
「類は友を呼ぶってやつですかねえ」
「そうだよねぇ、みんなトレーナーに似て、ちょこっとおかしな人ばっかりだもんねぇ」
「え。。。?」
「類は友を呼ぶんだよ」ルイルイ!