4月になっちゃったな。年齢を重ねると1日1日が早いというのはみんな言う。1週間も1ヶ月も1年も本当に早く過ぎていく。小学生だった頃の夏休みは永遠に続くかと思うくらい長かったんだけどな。
わたしはこれから友人と神社巡り。とりあえず、西大井へ向かう。ミルキーは表参道でランチだそうだ。


忙しいのかというとそうでもない。わたしは春休み中だ。
今朝はミルキーが家にいたので、星乃珈琲でモーニング。コーヒーの代金にパンやゆで卵が無料でつくというのは名古屋発祥の文化とのことだけれど、コメダ珈琲の関東進出ですっかり埼玉にも定着している。星乃珈琲はドトール系。コメダの真似っ子だけどね。
わたしはこれから友人と神社巡り。とりあえず、西大井へ向かう。ミルキーは表参道でランチだそうだ。
さて。泣いてばかりいる仔猫ちゃんではなくおばちゃんの話。わたしはもともと涙腺が脆弱。最近はそれが加速していて本当に些細なことで涙腺崩壊している。
ミルキーのお引越しまであと10日。自宅から徒歩5分の離れに住むみたいなものだけれど、遠くにお嫁に出す気分。
先日、家電選びをしたいからヤマダ電機に一緒に行こうとミルキーに誘われ、それはそれで楽しかったのだけれど、購入した小さな細々としたもの、トースターとか炊飯器とか電気ケトルなどが配達され玄関に山積みされたのを見て寂しくなり崩壊。
テレビで地方から上京する若者とその家族の番組を見た。お母さんが「元気でいてくれたらそれでいい」と言うのを見て、わかるーと涙。お母さんが渡してくれたお金の入った封筒手に「感謝しかないっす」という息子を見て、そうだよねーと涙。
池江璃花子選手の闘志に泣き、入江陵介選手のモチベーションに泣き、渡辺一平選手の悔し涙に泣いた。
極めつけは、プールでの悲しいお知らせ。ハービーが挨拶もそこそこに言った。
「くるりさん、今日は悲しいお知らせがあります」
ハービーの言う「悲しいお知らせ」はこれまでも何回かあったが、いつも全く悲しさを伴わない業務連絡。大学の授業の都合やらがあるからトレーニングできません、僕と会えなくて寂しいでしょ的な、なぜか上から目線のもの。僕と会えなくてじゃなくて、わたしと会えなくて僕が寂しいんじゃないのか?的な。
「なに?なに?なんなのー?」とカモン、ベイビー的に軽く応じていたら。
「T橋さんが・・・」
「亡くなったの?」
「はい」
わたしの中では超ド級の本当の悲しいお知らせだった。
T橋さんはプールでよく顔を合わせていた人。わたしの救急車騒ぎの時にもその場にいた人だ。息継ぎがうまくできなくて、なかなか泳げるようにならないわたしに、うまくなるコツ、できるようになるコツは止めないこと、続けることだと励ましてくれた人。
安定して泳げるようになったわたしに、上手になったね、もうかなり距離を泳げるようになったんじゃない?と声をかけてくれた人。
ハービーが医大に合格したときもすごく喜んで頑張れと言ってくれた人。ちゃんとした医者になれと言ってくれた人。
2、3年前から乳がんを患い治療中だったけれど体調の良いときにはやってきて、ヨガのクラスに出たり、泳いだりもしていた。もともと体育の先生でスレンダーな人。でも、ずいぶんと痩せてしまっていた。今年に入ってからは指先に力が入らなくてペットボトルの蓋も開けられなくなっていた。
特に親しいわけではなかった。ただの顔見知り。わたしは彼女の名字を知っていたけれどきっとわたしの名前は知らなかったと思う。それでも、わたしを見守り、声を掛けさり気なく励ましてくれた人。
ご家族が退会手続きに来てハービーは知ったそうだ。わたしにいの一番に知らせたかったらしい。多分、自分だけで抱えられなかったんだと思う。
涙が止まらないわたしに、早く潜れとハービーは言う。おまえのせいじゃ!
「なんでレッスンの前にそういうこと言うんだよぅ、あとでもいいじゃん。。。」
「すいません、僕ちょっと一人じゃ耐えられなくて」
「悲しみを分かち合う相手にわたしを選ばないでよ」
せっかく教えてくれたのに逆ギレして水の中で泣いた。
「僕、くるりさんのこと何回泣かしてるんでしょうか」
「知らんわ!」
「くるりさん。僕たちはT橋さんの応援に応えないといけないですね」
「そうだね」
「じゃ、レッスン始めますか」
「そうだね」
T橋さんにはもう会えないけれど、ロッカーで会った時に泳げるようになった報告とコツを教えてくれたお礼を言ったことがある。それが唯一の救い。
今日が元気でも明日元気とは限らない。わたしが、相手が急にいなくなってしまうかもしれない。別れは突然やってくる。ありがとうとごめんねは出し惜しみしちゃいけないと思った。
ハービーにもT橋さんのこと、教えてくれてありがとうと逆ギレしてごめんねと言わなくちゃだ。小学生の夏休みだって必ず終わる。永遠なんてないんだから。

