の交換をしなきゃいけない時期が来ていた
日本ひとり帰国から戻り、翌日早速サン・ジョバンニ病院の気管支科と連絡を取り、、、
月曜日の午後から入院が決定した
月曜日はオットが透析の日なので、なるべく遅い時間(4時半)の入院をお願いしたら、病院到着から

入院手続き(カルテ作成)

血液検査

胸部レントゲン撮影

心電図

までをすごい勢いでやった
だから、イタリアだってやる気にさえなれば、やれるんじゃん
久しぶりにサンジョバンニ病院の病院食を食べ、、、

夜中の12時からは絶食して、翌日のステント交換手術にそなえた
手術開始も早かった・・・
9時には、お迎えが来て歩きで気管支科病棟に移動、まずはいつもの部分麻酔をし、手術台にも自分で乗っかってから全身麻酔をかけられた
呼ばれて目を覚ますまで、、、時間的なことはその場では把握できなかったけど、
医者に『実はステント交換できなかった』と言われ
『冗談言ってるの

』とはっきり返事した
でも、それは質の悪い冗談でもなんでもなかった。。。

早い話が、
事故からずぅぅぅっと診てくれていたヴァレンティーニ先生が、この3月ちょっと早目だけど都合で定年に入られた
病院だから、色々多々事情があったと思う(ヴァレンティーニ先生自身はどうしても辞めたいわけじゃぁなかった)
ヴァレンティーニ先生がいなくなった後、すでに一度、このカンパナーリ先生から気管支検査は受けている
ステント交換なんて、ヴァレンティーニ先生は簡単にやってたから、自分にだってできるだろう、、、と軽く考えてたカンパナーリ先生が、実際やってみるとできなかった
・・・というあらすじ
ベッドで病室に戻り、段々部分麻酔も取れてくると、唇と舌と喉が全部痛い

珍しく出勤していたオットに報告すると、、、すでに半ドン勤務のくせに更に早退して駆けつけてきた

で、イタリアのおばちゃんの顔を見るや否や、気管支科にすっ飛んでった


いや、、、それほどすごい形相していたらしい
これ、日本語のブログだから書けるけど、
実はその後、ヴァレンティーニ先生が内緒で電話くれ、『心配するな、今休暇中でローマに戻るのは7月10日になるから翌日電話して来なさい』『会って対策を一緒に相談しよう』『自分はサンジョバンニ病院では手術できないが、いざとなれば、自分の恩師がまだ現役だからブレーシャで手術してもらうことも考えてる』と慰め励ましてくれた
手術は結局は行われなかったけど、麻酔もかけたし、一応もう1泊し、翌日(水曜日)回診を受けてから退院し、ひとりでタクシーに乗って帰ってきた