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藤沢周平「逆軍の旗」

2022年07月19日 | は行の作家


文春文庫
2014年 2月 新装版第1刷
2019年10月    第5刷
解説・歴史的事実を描く文体の力 湯川豊
303頁


戦国武将・明智光秀を描く
「逆軍の旗」
描く中心は本能寺の変そのものではなく、いかに戦国時代とはいえ人を殺し過ぎる信長に狂気を見、恐怖を感じた光秀が信長誅殺に至るまでと、信長を討ったあとの心の揺れのようなものが精密にたどられます
初出は1973年
藤沢周平さんが、現時点(2022年)までに研究発表された明智光秀の人物像や歴史的事実を考慮の上、新たに描いたら、どのような明智光秀になるのでしょう
読んでみたかったです


郷土資料に属するような歴史に材を借りた2編
「上意改まる」
藤沢周平さんの郷里、荘内に隣接する戸沢藩六万石の執政たちの闘争を扱います
戦国時代の雰囲気がまだ多少は残っている17世紀半ば
家老たちのあけすけな闘争は血なまぐさい結末を迎えます

「二人の失踪人」
南部藩士、横川良助が19世紀前半にまとめた藩内の記録の中にある南部藩領雫石村で起こった事件を素材に、目明しの息子とはいえ百姓の身分である丑太が父親の仇討を遂げる顛末を描きます
仇討の後の丑太の扱いの複雑さは初めて知ることばかりで驚きでした


藩政立て直しにその生涯をかけた名君として名高い米沢藩主上杉治憲(鷹山)を描く
「幻にあらず」
鷹山が藩主におさまる前から、もう一人の主人公、長く鷹山を支えてきた奉行・竹俣美作当綱が政治を放り出してしまうまで
当綱が去った後も藩政に向き合う姿に頭が下がります
実際に鷹山の政策が実を結ぶのはまだまだ後のことです
名君にまつわる史実は今ではよく知られていますが初出の1976年当時は全国的にはそうでもなかったかもしれません


解説より
歴史小説と時代小説を結び付け共通しているのは藤沢周平固有の見事な文体なのである。
もっとくだけて、文章の素晴らしさ、といってもよい。
抑制されていて、無駄がない。
透明度が高い。
しかも、不思議な柔らかさを持つ。
イメージを喚起する力がある文章、というのが第一である。
文章の持つ視線が人間の奥底にまで届いている。
その文章に導かれて、私たちは人間の感情や思考、それが演ずるドラマを目の当たりにする。
藤沢周平は、ごく初期の頃から、そのように喚起力のある文体を身につけていた。

先日読んだ森沢明夫さんのくどさに辟易した後だと、藤沢周平さんの無駄のない端正な文章が一服の清涼剤のように思われます




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