「あたし、この店いやだ。中華(ちゅうか)にしよ」彼女の気紛(きまぐ)れが、また始まった。
「でも、イタリアンがいいって言ったろ」僕(ぼく)は、ここまで来たんだからと引き止める。
「でも、あたし、今は中華の気分(きぶん)なの。行きましょ」
もう、こうなったらどうしようもない。仕方(しかた)なく、彼女について行く。幸(さいわ)い近くに中華の店があったので、僕はホッとした。彼女はああだこうだと、注文(ちゅうもん)するのも一苦労(ひとくろう)。やっと料理(りょうり)が並(なら)んで、いただきますになった。ところが、僕が食べはじめると、ピーマンとかニンジンとか、僕の皿(さら)にどんどん増(ふ)えていく。
「だって、あたし嫌(きら)いだもん。食べてもいいよ」彼女は何でもないように言い切る。
何だよ、それ。僕の彼女への愛情(あいじょう)がどんどん減(へ)っていくような気がする。ほんとに、この娘(こ)と付き合ってていいのかな? 僕は彼女に訊(き)いてみた。
「なあ、どうしてそんなに嫌いなものが有るんだ?」
「嫌いなんだから仕方ないでしょ。それと、この間(あいだ)の山口(やまぐち)って娘(こ)、もう連(つ)れて来ないで」
「何でだよ。彼女は大切(たいせつ)な友だちで、とってもいい奴(やつ)なんだ」
「何よ。あの娘(こ)、あなたのこと変な目で見てるじゃない。そんな人と、一緒(いっしょ)にいたくない」
この時、僕の好きという気持ちが、一気(いっき)に吹(ふ)き飛んでしまった。もう、こいつとは絶対(ぜったい)に結婚(けっこん)しないし、会うのもこれが最後(さいご)だと決めた。
<つぶやき>周りに気配(きくば)りができないと、あなたの傍(そば)から誰(だれ)もいなくなってしまうかも。
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「なにぐずぐずしてるのよ。早く行くわよ」優子(ゆうこ)は急(せ)かすように言った。
「何で、僕(ぼく)が行かなきゃいけないんだよ。お姉(ねえ)ちゃん一人で行けばいいだろ」
「あんた、あたしに口答(くちごた)えするわけ。どうせ、休みは家でゴロゴロしてるだけでしょ」
「そんなことないよ。僕だって、いろいろ予定(よてい)が…」
「なに言ってるの。彼女もいないくせに。ほら、今日のは韓国(かんこく)コスメの無料(むりょう)サンプルなのよ。お一人様一個(こ)だけなんだから。急(いそ)がないと無(な)くなっちゃうでしょ。これを逃(のが)したら…」
「何で、男の僕が、そんなとこに…。恥(は)ずかしいだろ。誰(だれ)かに見られたら」
優子は不気味(ぶきみ)に微笑(ほほえ)むと、弟(おとうと)の方へ詰(つ)め寄って言った。
「じゃあ、女装(じょそう)していく? あんた、ママに似(に)てるから、きっと美人(びじん)になると思うわ」
「ちょっと、待ってよ」弟は後ずさりして、「分かった。行くよ。行けばいいんだろ」
「まったく、手のかかる子なんだから。急ぎなさいよ。それと、向こうでは私たち他人(たにん)だからね。絶対(ぜったい)、話しかけちゃダメよ」
「何でだよ。そんなことまでしなくても」
「どこで誰が見てるか分かんないでしょ。化粧品(けしょうひん)を買ってる弟がいるなんて分かったら、なに言われるか分かんないじゃない」
「何だよ、それ。お姉ちゃんがやらせてるんだろ。もう…、イヤだぁ」
<つぶやき>強すぎる姉(あね)がいると、弟は苦労(くろう)するのです。優しい彼女を見つけましょうね。
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冴子(さえこ)はいつも冷静(れいせい)で、どんな仕事(しごと)でもテキパキとこなしてしまうやり手の社員(しゃいん)だった。そんな彼女の前に現れたのは、彼女の過去(かこ)を知る幼(おさな)なじみ。まさか同じ会社(かいしゃ)にいたなんて、思ってもいなかった。彼の出現(しゅつげん)で、彼女の調子(ちょうし)は狂(くる)いっぱなし。
冴子は彼を呼び出して言った。「ねえ、余計(よけい)なことは言わないで」
彼はキョトンとして答えた。「何の話だよ? 俺(おれ)は別に…」
「兼子(かねこ)さんに言ったでしょ。あたしのこと」
「いや…。あ、この間(あいだ)、飲(の)みに誘(さそ)われちゃって。あの人、いい人だね」
「その時ね、しゃべったのは。何で教えたのよ。あたしの小学生の時のこと」
「えっ? 俺、そんなこと話したかなぁ」
「あなたしかいないでしょ。あんな、恥(は)ずかしい失敗(しっぱい)を知ってるのは」
「ああ、あれか。何だよ、そんなことまだ気にしてるのか?」
「あたしは、この会社では優秀(ゆうしゅう)な社員なの。兼子さんだって、そんなあたしを…」
「お前さ、兼子さんと付き合ってんだってな。いつ結婚(けっこん)するんだよ」
「な、なに言ってるのよ。そんなこと…」
「あの人、お前に向いてるかもな。お前のこと話したら、ニコニコしてたぞ」
<つぶやき>子供の頃は失敗をするもの。全てひっくるめて好きになってもらいましょう。
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料亭(りょうてい)の座敷(ざしき)で若い男が倒(たお)れていた。その男のそばで介抱(かいほう)している女性。心配(しんぱい)そうに彼の顔を見つめていた。どのくらいたったろう、男が目を覚(さ)ました。すると女性は、
「もう、ほんとバカね。呑(の)めもしないのに、あんな無茶(むちゃ)して」
「あの…、商談(しょうだん)はどうなりました? 社長(しゃちょう)さんは…」
「あれくらいの酒(さけ)、私が呑めないとでも思ったの? 私が呑んでたら楽勝(らくしょう)だったのに」
「あっ、すいません。やっぱ、ダメでしたか?」
「あの社長ね、私を女だと思って見下(みくだ)してるのよ。あなたにだって、それくらい分かるでしょ。今度こそ、あの社長の鼻(はな)をへし折(お)ってやれたのに」
「すいません。でも、そんなことさせられません。身体(からだ)こわしたらどうするんです」
「あのね、自分のこと心配しなさいよ。あなたに、そんなこと言われる筋合(すじあ)いはないわ」
「ありますよ。だって、僕(ぼく)……。先輩(せんぱい)のこと、心配しちゃいけませんか?」
「もう、なに言ってるのよ。半人前(はんにんまえ)のくせに」
「そうですけど。でも、僕、先輩のことが好きなんです。だから…」男は自分の言ってしまったことに気づき、「あれ…、これって告白(こくはく)ですよね。あの…、今の、なかったことにしてもらえませんか? もっと、ちゃんとしたとこで…」
女性は恥(は)ずかしさを誤魔化(ごまか)すように言った。「もう帰るわよ。いつまで寝(ね)てるのよ」
<つぶやき>誰(だれ)かを好きになると、相手(あいて)のことが気になりますよね。でも、告白は慎重(しんちょう)に。
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「いい、お姉(ねえ)ちゃん。変なこと口走(くちばし)らないでね」妹(いもうと)は姉(あね)の服(ふく)を選(えら)びながら言った。
「あーっ、あたし、どうしてハイって言っちゃったんだろ」
「なに言ってるのよ。柏木(かしわぎ)先輩(せんぱい)のこと嫌(きら)いじゃないんでしょ」
「うーん、好きとか嫌いとか、思ったことないもん。今から断(ことわ)ってもいいかな?」
「せっかく先輩から誘(さそ)ってもらったんでしょ。断ってどうすんのよ」
妹は姉の洋服(ようふく)を全部(ぜんぶ)引っぱり出すと、「ねえ。お姉ちゃんさ、何で可愛(かわい)い服とか持ってないのよ。そんなんだから、今まで彼氏(かれし)とかできなかったのよ」
「じゃあさ、古墳(こふん)めぐりとかしても…」
「ダメ! 初(はつ)デートよ。何で古墳なのよ。そんなことしたら、速攻(そっこう)振られちゃうでしょ」
「別にいいよ。それならそれで…」
「言っとくけど、古墳の話とか、オカルト的な話なんか絶対(ぜったい)ダメだからね」
「えーっ、そんな。じゃあ、なに話せばいいの? そんなんじゃ、間(ま)が持(も)てない」
「先輩の言うことに相(あい)づち打(う)ってればいいのよ。お姉ちゃんさ、普通(ふつう)にしてれば充分(じゅうぶん)美人なんだから。何で、もっと可愛くできないかなぁ」
「だって、そんなのめんどくさいし。発掘(はっくつ)とか、古文書(こもんじょ)読んでる方が楽しいじゃない」
<つぶやき>趣味(しゅみ)が合うかどうかも大切(たいせつ)。共通(きょうつう)の話題(わだい)があると、二人の距離(きょり)も縮(ちぢ)まるかも。
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