「ねえ、あなたのバッグ素敵(すてき)ね。私にくださらない?」
綾(あや)は見ず知らずの女性から声をかけられた。それと同時に、どこからかカウントダウンが始まった。10、9、8――。綾は日頃(ひごろ)から何かを決めることが苦手(にがて)だった。ましてや、知らない人から言われたものだから、慌(あわ)てふためいてしまった。
3、2、1――。綾は思わず目をつむった。ブッブーと、どこからかブザーの音。綾が目をあけると、持っていたバッグがスーパーのレジ袋に変わっていた。
「何なのよ。どうなってるの」綾はさっきの女性を捜(さが)したが、どこにもその姿(すがた)はなかった。
その時、良太(りょうた)が声をかけた。彼は綾の恋人(こいびと)で、付き合い始めて一ヵ月になる。
「ねえ、聞いてよ。変な人が…」綾は必死(ひっし)に訴(うった)えた。
そこへ、別の若い女性が声をかけた。「あなたの彼氏(かれし)、素敵ね。あたしにちょうだい」
またカウントダウンが始まった。綾は、どういうことか理解(りかい)できず、何も言えないままブザーが鳴った。綾が目をあけると、良太とその女性が腕(うで)を組んで歩いていく。綾は必死に駆(か)け出した。良太に追いつくと、彼の腕をつかんで息(いき)を切らしながら言った。
「なにやってるのよ。この人は誰(だれ)なの?」
良太は綾の顔を見て言った。「君こそ誰だ? 人違(ひとちが)いじゃないの」
<つぶやき>10秒ルールの世界。もし即断(そくだん)できなければ、すべてを失うかもしれません。
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