キ上の空論

小説もどきや日常などの雑文・覚え書きです。

青い

2007年01月26日 | みるいら
 ぼくは目の前でよくわからないことを説教口調で言う人の名前を思い出せずにいる。
 そういえば類は皮肉屋だ。あまり話さないけど、それだけはわかっている。冬坂家の当主がどうのって言い方は、兄さんの親戚の名士気取りが気に入らないからだろう。気取りと家の規模が一致していないから尚更。
 ぼくらの父親は冬坂のお嬢さんと結婚した。でも、ぼくらの母親は冬坂のお嬢さんではない。お嬢さんの弟の健之さんがぼくらを追い出さなかったので、一応、ぼくらの名字は冬坂。親戚の「名乗らせてもらってるだけありがたいと思え」と言わんばかりの態度には辟易している。
 ぼくはエトワール佐沢町の屋上で見た空の青を思い出した。冬らしい青。
 兄さんは何も言わなかったけど、きっと類は違ったんだろう。だからぼくに当たるわけだ。類がこんな所を見たら、鼻先で笑われるだろうな、この人。
 ぼくは何か言い返そうと思ってやめた。きっと言葉は通じない。しばらく黙っていれば嫌な気分になる捨てぜりふを置いて、どこかへぼくの態度への不満をぶちまけに行くのだ。
 空は青いけど。きっと、この人には関係ない。
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にちようび

2007年01月20日 | みるいら
 ドアを開けると、タバコのにおいがした。やっぱりいた。
 ぼくに気づくと手にしていた小さなポーチみたいなものの蓋を開け、タバコの先で内側を何度かつつくようにしてから、中に入れ、蓋をする。灰皿代わりなのだろう。
「珍しいな」
「お互いね」
 冬坂家の法事では、大体ぼくらに居場所はない。だから、昔から法事というと、本宅の様子が見える、近くのアパートの屋上にいて時間をつぶしている。
「どこに引っ越した?」
 柵に両手を載せて、ぼくを見ないで問う。下宿を引き払ったのはずいぶん前だ。でも仕送りは止まっていない。
 ぼくは答えないことにした。多分、それで通じる。たぶん。
 良い天気だ。少し、風が冷たい。
「ここにいるのは、ちょうどいいのかもな」
「何が?」
「今日だから」
 ぼくより物覚えが良い分だけ、よくわからないことを言う。
「最初にここに来たのは、伊津子さんの一周忌。ここに連れてきたのは、……覚えてるか?」
 伊津子さんは兄さんのお母さんだ。ぼくは会ったこともない。顔は写真で見たことがある。名前は知っていても、頭の中でさえ、イツコサンと呼んだこともない。
「ううん」
 正直に言うと、ため息が応じた。
「今日はその人の十三回忌だ」
 集まる人の都合もあって、祥月命日と日付がちょっと違う日曜日。
 兄さんの母方の親戚と、そうでない人が集まっている。
 いつもより早く起きた兄さんが、礼服に着替えてから、「実鳥も来るか?」と聞いたので、今日は法事と気づいた。一緒には行かないし、一緒にはいないのだけれど、「行く」と返事してから、ゆっくり起きた。
 あそこにいる大多数にとっては、ぼくらはいない方が良い。だからここにいる。
「思い出した方がいいのかな」
 七回忌は六年前。三回忌が十年前。その二年前。
 記憶がはっきりしない。
「十三回忌って、礼服着たっけ?」
 類は振り返ってぼくのいでたちを確認した。どう見ても普段着だ。
「親戚がうるさいんだろ」
 ぼくが誰のことを言ったのかわかったんだろう。さっきまでの姿勢に戻って、言う。
「まだ結婚しないのかとか、いい加減まともな仕事に就いたらどうだとか、言われてるんだろうな」
 口調に多少の同情が滲んでいる。
「兄さんは、ちゃんと働いてると思うけど」
 類は鼻先で笑った。
「連中にしてみたら、大学出てるのに高卒女子並みの給料で、ボーナスも残業代も出ないのはまともな仕事じゃないんだろ」
 ええと、それは仕事というより職場の問題な気がする。
「て言うより、冬坂の当主の仕事じゃないんだろうな」
 ぼくは類と並んで大きな本宅の屋根を見た。広い家だ。
「ところで、その給料から税金と年金と健康保険と雇用保険を引くとだ。えらいことになる。そう思わないか?」
「計算がわからないんだけど」
 高卒女子並みの給料の金額とその基準がまずわからない。
「仕送りはとめてないんだから、自分の食費くらいは出しとけ」
「うん。でも、受け取ってもらえるかどうか、自信ない」
 今まで何も言われなかったし。兄さんはどうも、そういうのを嫌っている感じがする。
「本人に直接じゃなくても良いだろ」
「どうやって?」
 類は、それは深いため息をついた。何から説明したものか、話しあぐねているようだった。
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昔話をされても

2007年01月10日 | みるいら
 冬はこたつに限る。
 ぼくの向かい側に座った安藤さん(男性の方)は、ぼくをまじまじと見たあと、兄さんの方を向いて声をかけた。
 兄さんは振り向きもしないで返事をした。まだ食器の水洗いが残っている。
「今更思ったんだけど、あのちっこいのか?」
 ぼくにはわからない話だ。あのちっこいの。
「そうだよ」
 兄さんの声が笑っている。
 なんだろう、あのちっこいの。
 思わず笑ってしまうような、あのちっこいの。
 安藤さんはいきなりぼくの方に向き直った。にやにや笑っている。
「覚えてるかな、うちに来たことあったんだけど」
 はい?
「親がちょうど帰ってきて『あらかわいい』なんて抱き上げようとしたら、ヒモリにしがみついて『やだー!』て泣きわめいて、しばらく泣きっぱなしだった」
 はい?
 安藤さんも笑っている。
「覚えてないと思うよ」
 ぼくが何も言わずにいると、兄さんはそれだけ言った。やっぱり声が笑っている。
 確かに全然覚えていない。実際、その時分のことは記憶がほとんどない。兄さんのことだって、思い出したのはごく最近だ。
 物心ついていなかった頃の話をされるのは、何ともこそばゆい。そのまま黙ってよそを向いていることにした。
「今度実家に行ったら、その時の写真さがしてみるよ」
 兄さんは水道の蛇口を閉め、手を掛けてあったふきんで拭く。ちなみに、うちにエプロンはない。服が汚れそうな調理をするときは、汚れてもいい服を着ることになっている。
「写真なんて撮ったっけ?」
 洗った食器を棚に戻す。数はないからすぐに終わる。
「撮った撮った。どうせなら、西嶋さんや石飛さんがいるときに公開しよう」
 今年のお正月は、例年になく人口密度が高かった。兄さんは忙しくこたつと台所を往復するのが楽しそうだった。
 安藤夫妻だけでなく、西嶋さんも来た。石飛があんこ入りの餅を五つ持って来てくれたので、ぼくは実家にいるときと近い味の雑煮を堪能できた。石飛の実家も、雑煮はあんこ入りの餅を使う。
「そう何度もは来ないと思うよ」
 石飛は呼べば来ると思うし、多分、西嶋さんも大丈夫。そう何度も正月気分とは行かないだろうけど。
「休みがあえば問題ないだろ」
 その写真を見たら、ぼくも昔を少しは思い出すかな?
 気にはなる。でも、やっぱり話に参加しづらいので、そっぽを向き続けることにした。
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年も明けた

2007年01月02日 | みるいら
 実家ではお雑煮にあんこの入ったお餅を入れるのだと言ったら怪訝そうな顔をされた。
 兄さんの母さんと、ぼくの母さんはきっと食文化の違う地域出身なんだろう。
 今年のおせちは買うことにした。作っている暇がないからだ(と言っても作るのはぼくじゃないけど)。
 大体は作れるという兄さんも、おせちは作らないそうだ。ああいうのは大勢で食べるものだよ、とクリスマスのシチューをかき回しながら言っていた。これまでは一人暮らしだったわけだし、必要も感じなかったんだろう。おせち料理。
 それが大晦日も夜になってから買い出しに行く羽目になったのは、いくつか理由がある。いちいち挙げても仕方がないので、単純かつ素直に、おせちのある正月を楽しもうと思う。
 買い出しから帰って年越しそばを食べたあと、お雑煮の話になった。お餅はいくつ入れるのかと聞かれたついでに、実家での正月の話をした。
 帰らないのかと聞かれたので、挨拶には行くつもりだと言っておいた。もちろん嘘だ。兄さんが気にした様子もなかったので、内心ほっとしつつ。
 日付がかわって少ししてから、新年の挨拶をした。
「あけましておめでとう」
 初詣の帰りついでに遊びに来ると予告した安藤夫妻の到着予定時刻まで、あと九時間と少し。
 
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告げ口

2006年12月20日 | みるいら
 電話口の兄さんの言葉はやけに歯切れが悪い。
 レポートを書く手が留守になっているのは、盗み聞きのためではなく、単に書くことを思いつかないからだ。
 哲学は男の学問だとか言った人がいたけど、嘘っぱちなんじゃなかろうか。石飛に「イデア論て、分子の構造図を思い出さない?」と言われたとき、ぼくは彼女の思考回路を本気で疑った。何語で話しかけられたかわからなかった。多分、高校で化学は習わなかったせいだと思う。思うことにした。
「実鳥」
 突然呼ばれて顔を上げると、兄さんが手招きしている。
 仕方なくこたつを出て、受話器を受け取る。
 電話は河合さんからだった。どうして歯切れが悪かったのか、なんとなくわかった。
 近況と、今レポートに詰まっていることを伝えると、
「そんな風に悩めるのは学生のうちだけだからね」笑っているのが伝わって来るような声だ。
 それから「なんだか決まり文句みたいだけど」と言い添えた。
 ぼくが鼻をすすったのに気づいたのか、「風邪かい?」と問う。
 河合さんの声を聞いていると何だか安心する。
「寒いだけです。エアコンないんで」
 兄さんがハッとぼくの方を向いたのが気配でわかった。
 ごめん、もう言っちゃった。

 二つの部屋両方にエアコンが設置されたのは、その翌日。
 河合さん、行動が早すぎ。でも、ありがとう。


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2007年1月10日ジャンルを変更。
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身も蓋もない

2006年12月16日 | みるいら
 風呂上がりに急いで寝間着を着て、こたつに潜り込む。ついさっき浮かんだレポートの続きを書き込むべく向きを変えて、筆記具を引き寄せる。
 できればこたつからは出たくない。
 夕食後の片づけをして、机を拭く兄さんは素足だ。
「足、寒くないの?」
 見ているだけで寒い。
「寒いよ」
 のんびりと返る。それほど気にしている様子もない。
 机を拭いた台ふきんをそのまま流しに持ってゆく。この部屋は畳だけど、台所は板張りだ。
 夏は扇風機、冬はこたつ。
 兄さんは、ぐうたら学生のぼくと違って、一日のほとんどが仕事で、この家(下宿だから〔部屋〕の方が正しいかも)に用事があるのは朝食と夕食と就寝のときだけだ。
 だからって。
「何でここエアコンないの?」
 レポートに書く内容を忘れた腹いせのように言うと、兄さんはちょっと考えたあと、やっぱり何でもないように答えた。
「貧乏だから」
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ひとり

2006年12月10日 | みるいら
 一人暮らしをはじめてすぐ、思ったより家事能力がない自分に気がついた。
 大学がそれほど家から遠くないのに家を出たのは、何となく家にいる気がしなかったからだ。少しでも自立したいとか、一人暮らしがしてみたかったとか、前向きな理由はなかった。家にいても、下宿にいても、一人でいる感じは全く変わらない。
 家事は少しずつ覚えて、少しずつ慣れた。大して楽しくもなかった。
 GWも、夏休みも、バイトを入れて家には帰らなかった。もともと連絡もそう来なかったし、こっちから連絡を入れることもない。
 母はぼくに興味がなかったし、ぼくは母に干渉しないでいれば楽だと分かって以来、話しかけることもあまりない。存在を主張するとうるさそうにされるので、お互いに関わらない方がいいと思うようになった。
 類は一回りも年が違うこともあって、一緒に遊んだ記憶もない。
 父は家に帰ってくることもそうなかった。たまに帰ってきてなんやかや人の進路のことだとか、成績のことだとか、言っていたけど。ぼくはいつも通り「はい」と返事だけして聞いていなかった。進学先が勝手に決まっていたのは、多分父の影響だろうけど、他人事みたいに思っていた。
 家族よりも、ときどき親戚の集まりに来る河合さんの方が、よほど親しみがわくのは、普通だったら「どうかしている」と言われるようなことだろう。
 幼い頃、ぼくは河合さんに「お父さんが河合さんみたいな人だったら良かった」と言ったらしい。河合さんは苦笑いして「ありがとう」と応じた。その声が優しかったので、苦笑いの意味を考えなかったのだけれど。
 大学に通い始めて二年目の冬、河合さんから手紙が届いた。
「成人おめでとう」
 達筆で、そう始まっていた。入学式もさぼった(でもオリエンテーションには出たから困らなかった)ぼくが成人式に行こうと思ったのは、このハガキのせいだ。
 結構、現金だな。
 入学式に着そこなったスーツをみて、ぼくも苦笑いしてみた。
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2006年12月07日 | みるいら
 そういえば。
「兄さん、『エースをねらえ!』はどうだった?」
 ぼくがぐうたら二度寝をしている間に、朝食と伝言と、きっちりそろえた漫画単行本を置いて、兄さんは出勤してしまった。
 というわけで、今は遅い夕食を作っている兄さんに聞いている。
 こういうのは気がついたときに聞かないと、絶対に忘れる。
「宗方コーチの謎が解けた」
 だし汁の味見をしたあと、鍋にふたをする。
「謎?」
「うん」
 兄さんはそれ以上何も言わなかった。
 ぼくには、兄さんの謎は増えるばかりだ。

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12月13日訂正。「文庫」を「単行本」に修正しました。設定年考えたら、多分、まだ文庫版は出ていなかったかと思いましたので。

『エースをねらえ!』集英社公式サイトはこちら
※FLASHから始まりますのでご注意ください
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伝説の先輩

2006年12月04日 | みるいら
「ヒモリ?」
 不意に呼びかけられて、ぼくは思わずその人を怪訝そうにみた。
 年上かな。社会人っぽい。
「すみません、人違いでした」
 その人はそう言って、軽く頭を下げたあと、多分元々みていただろう棚の方へと歩いていった。
 ヒモリ。
 聞き覚えのある名前だと思った。確か、高校の頃、誰かから聞いた名前だ。
 似てない? いや、でも似てる? と、くだんの棚の方からブツブツ言う声。
 自分でも何の気まぐれかと思ったけど、話しかけてみることにした。
 思い出せそうで思い出せない名前が、何だか気になる。
 ヒモリ。漢字だと桧森なのかな。それとも違う字かな。いまいちピンと来ない。
 高校の名前を挙げて尋ねると、ヒモリは高校の同級生だと答えた。それからその人は、アンドウと名乗った。安藤さんかな。
 それからヒモリは桧森ではなく、
「灯台守から台を取っ払って。ヒモリって読めるから、そう呼んでた」
 そう言われても、頭の中でうまく漢字に変換できなかった。ずっとカタカナのように思ってきたからかな。
 安藤さんは、目的の本を数冊手に取りながら、軽く説明してくれた。
 聞いているうちに、ぼくはぼくで、その名前に付随する〈伝説〉を思い出していた。
 ヒモリという人とぼくは、通りすがりの人に間違えられるくらいに似ているのかな?
 安藤さんは少し考えてから、「似てない」と断言した。間違えておいて、それはない。
 ところで、とぼくの名前を聞く。
 ぼくが名乗ると、安藤さんは目を丸くしたあと、笑い出した。そしてそのまま、ハテナに捕まっているぼくを置き去りにして
「それじゃ、君の兄さんによろしく」
 とレジへ去っていった。
 どっちの兄ですか、と聞く暇はなかった。
 どっちの兄ですか、安藤さん。
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今更気がついた

2006年11月30日 | みるいら
 なんでわかるの?
 ぼくは<アカネちゃん>がどうして疑問に思わないかが疑問だった。
 アカネちゃんが兄さんと顔を合わせたことがあるのは、彼女が幼児だった頃のはずだ。面影はあるにしても、一目でわかるのはおかしくないかな。
「久しぶりって、何年ぶりなの?」
 怖々聞くと、二人は顔を見合わせる。
「八年くらいかな」
「うん、そのくらい」
 だから、それはおかしいんじゃないかな。
「何でわかるの?」
 思い切った。やっぱり、聞いてみないと解決しないだろう。
 二人はもう一度顔を見合わせた。
「どうみてもアカネちゃんの顔なんだけど」
 兄さんは怪訝そうな顔をするぼくの方を不思議がる。
「八年前と、だいぶ顔が違わない?」
 もう一歩、踏み込んでみる。
 兄さんはあっさり頷く。
「それはそうだよ。同じ顔をしてたら、それはそれで面白いけど」
「面白くないよ」
 アカネちゃんが兄さんを肘で軽く突いた。
 そう? と機嫌良さそうに、アカネちゃんの方に少し向き直ったあと、
「実鳥だって、十年以上もあいてただろう」
 あ。
「結構、わかるもんだよ」
 ……いや、そんなことはない。
 どう考えてもそれは特殊能力だ。
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