キ上の空論

小説もどきや日常などの雑文・覚え書きです。

雨が降ったあと

2006年11月26日 | みるいら
 手紙に書かれた住所は合併で変わっていた。
 調べて何度か行こうと思ったけど、十五年前の住所にまだ住んでいるとは思えなかったので、眺めるだけにしておいた。

 暗い雲がそのまま落ちてきそうな色合いだった。
 傘を持って、石飛が時々いる喫茶店を覗いた。
 石飛は来ていなかった。中を覗くだけなのは気が引けたので、コーヒーを注文した。
 飲みきる前に、雨が降り出した。
 手紙のことを石飛に相談してみたかったけど、この雨じゃ来ないだろうなと思った。
 カップを置いて、会計をすませ、外へ出ようとしたとき、傘立てにほうりこんだはずの傘がないことに気がついた。

 まあいいや。
 雨の中を歩いていくことにした。

 ぼんやり歩いていて気がつくと、手紙の住所の場所まで来ていた。
 あの部屋にはもういないだろうなと思いながら眺めた部屋。
 半ばやけになったついでに、インターフォンを押してみることにした。
 きっといないだろうけど、何か聞けるかもしれない。
 何も聞けないかもしれないけど、何か聞かせてくれそうなひとを教えてくれるかもしれない。
 変な人が来たと警察を呼ばれるかもしれないけど、話を聞いてくれる警察官がいるかもしれない。
 とにかく、押してみた。
 爆弾のスイッチを押すような気持ちって、こんな感じなんだろうか。
「はーい」
 ドア越しのくぐもった返事のあと、チェーンをはずす音がし、鍵を開ける音がして、ドアが開いた。
 その人はずぶぬれのぼくを見て呆気にとられているようだった。
「……実鳥?」
 けれど、一目でぼくの名を呼んだ。
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この手紙が届くかなんて

2006年11月23日 | みるいら
 記念品だけもらって(じゃないとちゃんと出席しなかったことがばれるので)さっさと帰ろうと思っていたら、声をかけられた。
 誰だろう、思い出せない。
「こないだ家の中大掃除したんだけど、そのとき出てきたんだ。一応、渡した方がいいかな、と思ってさ」
 と、古そうな封筒を差し出す。
 宛名は「ふゆさかみどり」。
 確かにぼく宛だ。ひらがなだけど、知る限りで他に「ふゆさかみどり」はいない。
「たぶん、幼稚園の時だかに渡してくれって頼まれて、そのまま忘れてたんじゃないかと思うんだ。ごめん」
 封筒の古さに納得。十五年近く前だ。
 気にしないように言うと、安心したように離れていった。
 あれは誰だっけ。
 幼稚園の時にと言ったんだから、同じ幼稚園に行ってたはずだ。
 卒園アルバムでも見たら思い出すかもしれないが、どこへやったか忘れた。
 封筒を裏返し、差出人の名前を見る。
「……ふゆさかとうま」
 身に覚えのない名前だった。
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何となく気まずくなる

2006年11月22日 | みるいら
 石飛から借りた『エースをねらえ!』を読んでボロ泣きしていたら、珍しく定時で仕事を終えた兄さんが帰ってきた。
「ただいま」
 ぼくは平静を装って、ティッシュで顔を拭く。
「おかえり」
 兄さんは普段通りに、洗面所へ行く。うがいと手洗いを欠かさないのは、昔からじゃなかったと思う。仕事柄かな、と自分で首をかしげていた。

 油断してた。
 ここのところ、帰ってくるのは次の日になってからが多かった。
 とはいえ、兄さんの職場にも一応定時ってものがあった。ついさっき思い出したところだけども。

「何読んでたの?」
 定時で帰っても普通より遅い夕食の支度をしつつ、こっちを見ないで問う。
「漫画」
「タイトル」
「……『エースをねらえ!』だけど」
「ふうん。実鳥、晩ごはんは?」
「食べた」
「了解」
 兄さんの晩ごはんの残りが、ぼくの明日の朝ごはん。
「そういえば」
「何?」
「ドストエフスキー」
「ドストエフスキー?」
「本棚に一冊だけあった」
「ああ」
 あれね、と小声が返る。
「高校のときの課題図書」
「そのまま持ってきたの?」
「他のと一緒くたになってたんだと思う」
「ふうん」
 今度はぼくがうなずく。
「あれで感想文書いたの?」
「覚えてないけど、多分」
「面白かった?」
「憎々しかった」
 笑っているような口調で、さらりと。
「さっきの漫画、どんな話?」
「昔の漫画だよ。テニスの」
「面白い?」
「うん。それなりに」
 石飛が貸してくれる漫画は、今のところはずれがない。そして、七割が少女漫画だ。本屋さんで手に取りにくい身としては、大変ありがたい。
「そっか」
 同じ口調だけど、今度は毒がない。
「読んでみる?」
「借り物だろ?」
「うん。来週まで大丈夫だから」
「じゃあ、土日にでも」

 ぼくらは、気まずくなるとその分会話が増える。


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『エースをねらえ!』集英社公式サイトはこちら
※FLASHから始まりますのでご注意ください
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名作がいつも書店にあるとは限らない

2006年11月22日 | みるいら
 本棚の半分は、ぼくの漫画だ。
 残りの半分のうち、三分の一が大学の先生が印税収入のために生徒に買わせた本で、三分の一が新書本(ぼくは自分では買わないだろうなあ、と言うラインナップ。小難しそう)、あとは児童書だ。
 児童書と言っても絵本はあまりなく、だいたいが新書と同じサイズの「文庫本」と、文庫本だ。
 よく見ると、児童文学でないかもしれない文庫本もいくつか。背表紙の色が変わっているのもある。

 とくに古そうなのを手に取ると、ドストエフスキーだった。
 用事はないように思えて、棚に戻した。

 大きな本棚の、半分が漫画。
 本棚は人柄を写すと言う人がいるけど、これで人柄をはかられたら、どんな人になるんだろう?
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正解は円柱形

2006年11月21日 | みるいら
 機嫌良く掃除機をかけながら、兄さんが歌っている。
 ぼくは、邪魔にならないように避けながら、何を歌っているやらと聞き耳をたてる。

 日曜日の午前中は、だいたいが掃除だ。
 手伝うと困った顔をされるので(こだわりがあるらしい)、その間は出かけていてもいいような気がするけど、出かけたい場所もない。
 そういうわけで。

 掃除機の音に紛れて断片的に聞こえてくる歌詞が、何だか変だ。

 兄さん、エンチュー系って、何?

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 ちなみに、歌っていたのはこの曲。
『生きものは円柱形』作詞/作曲 本川達雄

 名曲です。友人の薦めで聴いたのですが、聴いていると何だか楽しくなってきます。
 この曲が収録されたCDは、以前調べたら廃盤になっていたのですが、今はオンデマンドで(R盤というのだそうです)買えるそうです。

本川先生についてはこちら↓
東京工業大学 生命理工学部 本川研究室
http://www.motokawa.bio.titech.ac.jp/
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本当のことを言えば。

2006年11月20日 | みるいら
 何でこの部屋に居ついたのか、自分でもわからない。
 気がつけば、本棚の半分をぼくの漫画が埋めている。
 夜遅くならないと帰ってこないことを除けば、この部屋の住人は、まっとうな人の部類に入るはずだ。
 こんな風にぼんやりと毎日、その帰りを待つことになるとは思ってもみなかった。
 今でも、実感が薄い。

 時々、不安になる。自分は邪魔ではないのか、と。突然押しかけてきて、結局負担にしかなっていないのではないか、と。

 ただ一度、会って話がしたかった。それだけだったはずなのに。
 ただ今は、帰りを待っている。それが当たり前という顔をしてくれる人の。

 あと何時間かの、静寂と。
 暗くなってゆく部屋と。
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