キ上の空論

小説もどきや日常などの雑文・覚え書きです。

ひとり

2006年12月10日 | みるいら
 一人暮らしをはじめてすぐ、思ったより家事能力がない自分に気がついた。
 大学がそれほど家から遠くないのに家を出たのは、何となく家にいる気がしなかったからだ。少しでも自立したいとか、一人暮らしがしてみたかったとか、前向きな理由はなかった。家にいても、下宿にいても、一人でいる感じは全く変わらない。
 家事は少しずつ覚えて、少しずつ慣れた。大して楽しくもなかった。
 GWも、夏休みも、バイトを入れて家には帰らなかった。もともと連絡もそう来なかったし、こっちから連絡を入れることもない。
 母はぼくに興味がなかったし、ぼくは母に干渉しないでいれば楽だと分かって以来、話しかけることもあまりない。存在を主張するとうるさそうにされるので、お互いに関わらない方がいいと思うようになった。
 類は一回りも年が違うこともあって、一緒に遊んだ記憶もない。
 父は家に帰ってくることもそうなかった。たまに帰ってきてなんやかや人の進路のことだとか、成績のことだとか、言っていたけど。ぼくはいつも通り「はい」と返事だけして聞いていなかった。進学先が勝手に決まっていたのは、多分父の影響だろうけど、他人事みたいに思っていた。
 家族よりも、ときどき親戚の集まりに来る河合さんの方が、よほど親しみがわくのは、普通だったら「どうかしている」と言われるようなことだろう。
 幼い頃、ぼくは河合さんに「お父さんが河合さんみたいな人だったら良かった」と言ったらしい。河合さんは苦笑いして「ありがとう」と応じた。その声が優しかったので、苦笑いの意味を考えなかったのだけれど。
 大学に通い始めて二年目の冬、河合さんから手紙が届いた。
「成人おめでとう」
 達筆で、そう始まっていた。入学式もさぼった(でもオリエンテーションには出たから困らなかった)ぼくが成人式に行こうと思ったのは、このハガキのせいだ。
 結構、現金だな。
 入学式に着そこなったスーツをみて、ぼくも苦笑いしてみた。

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