山から下りてきたら、ゆっくりと湯に浸かりたい。
そして何より、悲鳴を上げている筋肉をほぐそう。
何しろここは、湯の町湯布院なのだ。
ひとつ問題がある。
長崎の義兄が提案するその温泉は、
「混浴よ。」
「ぬっ!」
私はその手の肝の据わり方を、皆目持ちあわせていない。
出来たら、普通の温泉がいい。
「面白かよ。話のネタにはなるたいね。」(長崎義兄)
「あー、金鱗湖のところやろ。」(博多義兄)
「俺、話のネタより・・・」(私)
結局のところ、
私は湯布院の町を、金鱗湖に向かって歩く事になる。
コロナ禍以前に戻ったかのような、中国人臭くなった雑踏を進むと、
ここか。
この藁葺き屋根こそが、長兄お勧めの温泉だ。
「雰囲気あるやろ。」
「雰囲気はね。」
下ん湯
無人の温泉である。
300円を入口の筒に入れたら、勝手に扉を開けて入るシステムらしい。
種も仕掛けもないただの筒だ。お釣りなど出てこない。
小銭がない人は、お釣りは寄付しよう。
さて混浴問題である。
これを乗り越えねば始まらぬ。
「混浴?いいじゃん。」
そんな無責任な事を言ってはいけない。
もし先に、湯船に女性が入っていたとしたら、貴兄は眼の前でパンツを下ろせるだろうか?
私は無理だ。
恐る恐る扉を開けると、
いきなり、湯船と脱衣場が一緒になった空間が現れた。
『眼の前でパンツを下ろす』の意味がお分かりだろうか。
幸いにも先客は、30代の男性が一人だ。
思わず湯船に飛び込み、「あなたが先客でよかった!」と、危うく抱きつくところだった。
無論、通報されたら困るので、そんなことはしない。
さっさと裸になり、
ドポン
入ってしまえばこっちのもんだ。
露天風呂の方は、若干ぬるめだ。
長兄は以前、この湯に入っていた際に、後から来たオバサンに、
「こんなにぬるくして!」
と、やってもいない事で叱られた経験があるらしい。
想像しただけで、震え上がる光景である。
出来たらそんな経験、生涯真っ平ご免だ。
客が入ってくるたび、入口に鋭い視線とばし、それが男だと分かると安堵し、肩までお湯に浸かり直す私だった。
妙に緊張した温泉だった。
山の疲れが取れたかどうか。
因みに、
この日の入浴客の全てが、男性であった事を追記しておく。