MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2570 どうしたら個人消費を拡大できるか

2024年04月12日 | 社会・経済

 政府は、2月21日に発表した2月の「月例経済報告」において、国内の景気判断を1月の「このところ一部に足踏みもみられるが、緩やかに回復している」から、「このところ足踏みもみられるが、緩やかに回復している」に(一見よく判りませんが)一段階下方修正したということです。

 その原因は、賃金上昇が生活必需品等の物価上昇に追いつかず、個人消費が低迷していることにある由。先行きは、堅調な企業業績と春闘での賃上げ期待から緩やかな回復基調にあるとされていますが、その足取りは力強さに欠けいまだ目の離せない状況にあるようです。

 実際、日本の個人消費は、景気の持ち直しが顕在化した2023 年以降も依然弱い動きが続いており、世帯タイプ別にみると、引退世帯の消費は堅調を維持する一方で、特に勤労者世帯の消費が弱含んでいると指摘されています。

 こうした背景には、(第一に)引退世帯では食料などの生活必需品の支出割合が高いため価格が上昇しても購入数量を減らしにくいこと、一方の勤労者世帯では、選択的支出への割合が高く、物価高で消費が抑制されやすい傾向にあることなどが挙げられています。

 また、引退世帯では年金給付額が政策的に引き上げら、金融資産を多く保有する世帯を中心に株高による財産所得の増加が可処分所得を押し上げる一方で、勤労者世帯は賃上げ幅にバラツキがあるため、多くの低所得世帯で所得の増加が物価上昇に追いついていないことなども指摘されているところです。

 コロナ禍以降のこの数年、財政負担を省みず次々と(時には「バラマキ」とも取られるような)経済対策を打ち出してきた政府ですが、それでもなぜ日本の個人消費は大きく回復しないのか。

 3月25日の日本経済新聞のコラム『経済教室』に、京都大学教授の宇南山卓(うなやま・たかし)氏が「個人消費、低迷脱却の条件 現役世代重視した再分配を」と題する論考を寄せていたので、参考までに一部を紹介しておきたいと思います。

 氏によれば、今年1月の家計調査では、消費支出は前年同月比で実質マイナス6.3%だったとのこと。11カ月連続のマイナスで、特に勤労者世帯でマイナス7.7%と大きく下落し、引退した高齢者がメインの無職世帯ではマイナス1.9%だったということです。

 個人消費はなぜ低迷するのか。ライフサイクル理論における「消費の決定」では、大きく2つの前提を置いていると氏はこの論考で話しています。

 第1に人間は「消費の変動を嫌う」ということ。多くの人は贅沢と貧困を繰り返す不安定生活よりも、一定の生活水準を保つ方が望ましいと考える。言うなれば、「アリとキリギリス」で言えばアリの人生の方が望ましいと考えるのは、経済学の教える「人間の普遍的な性質」だということです。

 第2に、家計は常に予算制約に直面しており、生涯を通じた合計の消費は利用可能な経済資源の量(生涯可処分リソース)の範囲に限定されることが前提だと氏は説明しています。生涯可処分リソースとは、預金などの手持ちの資産や現在の所得に加え、受け取り予定の将来の賃金や年金なども含む「自分が使える(と見込む)お金」のこと。これを人生のどのタイミングで使うかを決めることこそが消費の決定だというのが氏の指摘するところです。

 それでは、この2つの前提から導かれる「最適な消費行動」とは何なのか。それは、生涯可処分リソースを一定のペースで使う行動だと氏は話しています。単純化すれば、各時点での消費は生涯可処分リソースを生涯の長さで割ったものになる。例えば大卒の平均生涯賃金がおおむね3億円なら、それを使い20歳から80歳まで生きるとして、毎年500万円を消費するのが望ましい形になるということです。

 さて、こうした構造を前提にすれば、消費回復のために政府ができることは(実はそれほど)多くない。特に、近年繰り返される消費刺激策には効果がないことは明らかで、政府からの所得移転は生涯を通じて平準化して使われるため、消費には大きな影響を与えないというのが氏の見解です。

 一方、(例え消費を政策的に増やすのは難しくても)政府にはできることもある。それは、世帯間での資源配分を変更する「再分配」だと氏はこの論考で指摘しています。 マクロ全体で生涯可処分リソースを引き上げるのは無理としても、税や給付金を使って再分配はできる。結果、長期的には消費水準にも影響を与える可能性があるということです。

 経済学で再分配政策といえば、高所得者から低所得者への所得移転のこと。本来は累進課税などの制度的な仕組みで考えるべきだが、実際は簡易な「制限付き給付政策」が実質的な再分配政策を担っていると氏は説明しています。

 氏によれば、近年の日本で特に採用されるようになっているのが「住民税非課税世帯」を対象とした政策とのこと。2021年には子育て世帯に給付金が支給されたが、同時に住民税非課税世帯にも1世帯あたり10万円の給付があった。22年には光熱費や食料品価格の高騰に対応して1世帯あたり5万円が給付され、今回の定額減税でも「減税の恩恵がない」として1世帯あたり10万円の給付が決まったのは記憶に新しいところです。

 確かに、住民税非課税世帯は所得が一定以下の低所得世帯なので、(こうした政策は)一見すると妥当な選択に見える。しかし、ライフサイクル理論の観点からは必ずしも適切な政策対象ではないと、氏はここで(この手法に)疑問を投げかけています。

 それは、「ある年の所得」が適切な政策対象の選択基準ではないから。所得水準はライフステージに応じて異なる。その違いを考慮しない一律の基準を用いれば、低所得者は高齢者に偏り、若年貧困世帯の多くは除外されてしまうと氏はしています。

 対象を細かく見ていくと、この「住民税非課税世帯」の実に75%が65歳以上の世帯で占められていることが判る。逆に65歳以上の世帯に占める割合で見ても35%と、決して例外的な貧困高齢者だけが給付対象となるわけではないということです。

 実際、この「住民税非課税世帯」の約半数は1500万円以上の資産を持っている。生涯可処分リソースの観点で見れば彼らは決して「貧困層」とはいえず、再分配の対象としては不適切だと氏は指摘しています。

 氏によれば、むしろ再分配すべきは「現役世代」とのこと。社会保障の負担、コロナ禍による経済活動の低迷、急速なインフレなどで現役世代の生涯可処分リソースは停滞する一方。現役世代内での格差や高齢者の貧困も重要な課題だが、年金などの安定した所得のある高齢者と現役世代との差は消費動向にも表れているということです。

 高齢者を優遇する「シルバー民主主義」の懸念が指摘される昨今ですが、「少子化対策」の名の下に、政府もようやく現役世代に目が向いてきたところ。この際、高齢者の御機嫌取りのような給付に見切りをつけて、政策目的に応じたEBPM((エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:証拠に基づく政策立案)を重視していく必要があるということでしょう。

 その意味で言えば、減税という枠組みを使ったり児童手当を拡大したりすることは、現役世代を重視した再分配となり望ましいと、氏はこの論考の最後に話しています。お年寄りにお金を渡してもただ貯金の額が増えるだけ。消費動向を考えれば、世代間の再分配に(もっと)注目していく必要があるとこの論考を結ぶ宇南山氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。



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