今日はジオラマの続きです。京王百草園の中にある、松蓮庵という建物があるのですが、萱葺き屋根でできていて、今はおそばやお休みどころとして使われているところです。
(松蓮庵)
江戸時代の亨保年間(1716年~)、小田原城主大久保候の室、寿昌院殿慈覚元長尼が徳川家康の長男・岡崎三郎信康追悼のために松連寺を再建し、それに伴ってつくられた庭園が百草園です。また、園内の有名な寿昌梅は寿昌院殿慈覚元長尼がこの時自ら植樹したと伝えられています。明治初期に廃寺となり、地元出身の生糸商人が所有し、昭和32年に京王電鉄に移管され、現在に至っています。





実物の写真を撮り九十分の一の大きさで作り、それを元に設計図を書き材料を集め作成にかかりました。
目が疲れるので休み休みやりましたので3ヶ月くらいかかりました。
萱葺き屋根の材料がなくて苦労しました。
作業手順の一部を載せました。

出来上がったものです。正面から見た所で部屋の電気もついています。
大きさ(幅18・5センチ・奥行き10・5センチ・高さ10・5センチ)

部屋の電気が消えているところです。

少しアップにしてみました。

建物の内部を上から撮りました

座敷の床の間も作りました。

お店の入り口です。中のいすなども作りました。

お店の中の様子です。


正面より右横です。

正面左横からうらに続く外廊下です。
(松蓮庵)
江戸時代の亨保年間(1716年~)、小田原城主大久保候の室、寿昌院殿慈覚元長尼が徳川家康の長男・岡崎三郎信康追悼のために松連寺を再建し、それに伴ってつくられた庭園が百草園です。また、園内の有名な寿昌梅は寿昌院殿慈覚元長尼がこの時自ら植樹したと伝えられています。明治初期に廃寺となり、地元出身の生糸商人が所有し、昭和32年に京王電鉄に移管され、現在に至っています。





実物の写真を撮り九十分の一の大きさで作り、それを元に設計図を書き材料を集め作成にかかりました。
目が疲れるので休み休みやりましたので3ヶ月くらいかかりました。
萱葺き屋根の材料がなくて苦労しました。
作業手順の一部を載せました。

出来上がったものです。正面から見た所で部屋の電気もついています。
大きさ(幅18・5センチ・奥行き10・5センチ・高さ10・5センチ)

部屋の電気が消えているところです。

少しアップにしてみました。

建物の内部を上から撮りました

座敷の床の間も作りました。

お店の入り口です。中のいすなども作りました。

お店の中の様子です。


正面より右横です。

正面左横からうらに続く外廊下です。
