仙台に本社を置く新聞社「河北新報」の本日付朝刊のコラム欄に
とても共感できる文章が掲載された。
皆様にも是非お読み頂きたく、河北新報に無断で転載。
河北春秋
元駐米大使の故松永信雄さんが「あんな堂々とした日本の外相はいない。一見ソフトだが、気迫がある」と感嘆した人がいる。元首相の故宮沢喜一さんだ▼1974年末、外相に就任してすぐにソ連を訪問。北方領土問題でソ連の外相が「現実的に処理すべきだ」と持ち掛ける。即座に宮沢さんは「悔しかったら戦争で取り返せということか」
▼翌秋、国連総会の際にニューヨークで行われた日ソ外相会議。領土問題に話が及ぶとソ連外相は「時間がない」と席を立とうとする。宮沢さんは「一番大事な話をするんだっ」と一喝し、座り直させたという▼歴代内閣が困難な外交交渉を重ね、一時は返還に大きく近づいた北方領土である。民主党政権になって問題がこじれた。大統領時代の2年前に続き、ロシアのメドベージェフ首相がまた、国後島を訪問した
▼与党分裂という内政の混乱に乗じての訪問だ。ロシアは実効支配の既成事実を重ね、交渉に臨む狙いだろう。二枚舌の老練な外交に対し、日本側に対抗できる政治家はいるか。かつての宮沢さんのような▼唱歌『蛍の光』には4番まで歌詞がある。4番は<千島の奥も沖繩も八洲(やしま)の内の護(まも)りなり…>。今では忘れ去られた詞だが、領土問題まで忘れるわけにはいかない。