五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

穂波のはし  夜鳴き橋(猫橋)のこと

2011-03-23 04:44:48 | 五高の歴史

習学寮十二境の五 穂なみのはしである。「大門のうち通路の中らに細江ありて、石のはしかかれる、是なり、その江、ながれずして、麦のはなみよろ学びの園にして、郊垧きの趣を兼ねたものというべし、頃もやよいの春になれば雲雀あがり、胡蝶まいてこがねの花、袖にくんじ、緑の風、あやを織る、そのうちに賤の煙にすき、両にかえす、林宗が葱もあり、信民が菜もあり、朝夕,葉末の露わきて、その中をいきかうを見る、さながら、青海原の浪路をかちわたりするがごとく、その間に丘巌わのさしいでたる殆ど中洲の形なせり、もと江湖の詠めなきは、ひとつの滅なるに、このけしきの海なして橋さえかかれるも所がとて、いとめづらしかり、ましてこの裏には、不言のをへしありて、林宗か恵みては、これをつみて、友情あつくすべきをみては、信民が菜をみては、これを味て万事のなすべきをしりぬし」
   をしえ草生うというなり風よする麦のほなみのみわたしの橋


   石橋のあったところから中門を望む



   正門から中門を望む

これはいわゆる五高七不思議や怪談話に登場してくる石橋のことである。この橋のことはすでに紹介したことがあると思うがここで改めて下記のことを紹介する


五高の正門、第一校門と第二校門その間の距離は約100メートルあるそこまでの道をサインカーブと言ってそれに交差して校内を走る用水路が流れていた。その上に石橋が架かっていた、その橋にまつわる話

サインカーブは五高創立以来のもので、この道路周辺は古色蒼然であって、その下には小さい川がわずかに流れて檜林に入っていた。真夜中その橋の上に立って手を叩けば、猫の声がするという。サインカーブには電燈がなく真っ暗であった、道の両側には樹木が茂繁している。その声たるや誠に真の臓にしみいるとの話。
事のおこりは、その昔、ある酔払った寮生が野良猫の大きいのを捕らえて来て撲殺し、これを橋下の小川に蹴り込んだ。ところがその殺し方が余りにも残酷であったため何時までも成仏せず、
夜な夜な鳴くという。そのためこの橋を[夜鳴き橋」「猫鳴き橋」と呼ぶようになったという。

現在、小川は埋められ橋は取壊され道路(サインカーブ)は舗装されて,この周囲一帯は学生のための広場にされもちろん電灯も設置され、昔の面影を偲ぶよすがは何も無い。