五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

声すむ河 清響灘・・・・白川のこと、河川改修に思う

2011-03-26 03:08:12 | 五高の歴史
習学寮12境の六番目は熊大(工学部)の南側を流れる白川のことである。現代ではもちろん蛍の飛び交いもなく、岩瀬の音もない、
特に昭和28年に起きた熊本大水害以降は大々的な河川改修が行われ、川幅の拡大、堤防の設置が続けられている、水害からも既に約60年を経過している。

この川の下流にある俺の家の裏など未だに堤防の改修が行われている、梅雨時期になると水害の心配の種は尽きない、
河清百年を待つと言われているが、完成するのは何時のことになるやら。
我家裏のこの公共工事というしろもの、国が机上で計画してから既に30年にもなろうか、(国)役人は自分らが担当の時代にただそれを行うだけである。

特に現在工事が行われている(自分の屋敷の三分の一を供出してから既に七年)一帯の具体的な住民説明の時など直接対象になる家・屋敷は俺一人であったので、
付近の住民の参加者からさえ俺たちには直接関係はないと言うことで、あいつは「やかましもん」といわれる位が落ちであった、これまたながいものにはまかれろという熊本人の性格だろうか、如何に全体を見通した計画であろうが、質問でもすれば個人のエゴとしか見られない、

それ故その後のこのような国の住民説明会等には一切出ないと決めている。それはいったん国が定めたことは善し悪しは別としても住民一人くらいがいくら注文しても先ず修正もされないと言うことを痛感しているからである。考えてみると俺自身も人のことについてはだんだん無関心になって来ていることに気がついた。これも年齢的な問題もあるのではなかろうか、

以下に12境六の「声すむ河」を計上する
夜に入りて、人もしつまり、空もさえ行く月のよろこにもなりゆけば、たちたぎつ、流れの音の一入たかく、鉾々瀟々として千代の林の松風に和し、
余音のかのもこのもをわたりて椎の軒端にしぐるる、一気清空、心の底もすみぬべし、

これぞ名高きこの国の白川なりける、夏も半々すぎて、蛍飛び交う、河風の袖すずしくさし昇る、月のよすずみ、
さらにまた、羽化の登仙の想いありぬべき、ここら尽くせぬ楽しみあれど、そのけしき、この辺よりは、見ゆべきもあらず、
只さやけき岩瀬の声、すみわたりて、耳も心もあらう所なれば、今はその声をとりて、この境の名たぐいには、加えつるなりけり、
物には、声あり、色あり、色のみ物のけしきならんや、迅速、水煙で声妄想の夢を洗い青嵐風譲て響く
      はい空の秋を伝う、このうちの味をだれがしる、
      誰かしる声すむ川の声きけばむねなる月もすみのはるとは