夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

71. ジャズの語り口

2010-05-20 | ジャズ小説

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Magnificent! The Barry Harris Trio (Prestige)・BARRY HARRIS


「いいね」
 久し振りに顔を見せた海雲堂が唸った。
 急速調の『ビーン・アンド・ザ・ボーイズ』の後、2曲目の『ユー・スウィート・アンド・ファンシー・レディ』がかかった時だった。
「人生においてありとあらゆる経験を積んだ人が、「そういえばこんな事もあったなぁ」と自らの過去を回想し、しみじみと語り出すのに似た趣きが感じられるんだ。このバリー・ハリスのピアノには。そんなに口上手ではないけれどね。長く生きてきた人でしか持ち得ない味わいがあるんだね」
「そうね。それを自慢にひけらかすってタイプではないわね、ハリスは。顔だって極めて地味よね」
「人柄がにじみ出る独自の語り口を持っている一人に違いないね」
 スミちゃんの後を受けて夏原も一言挟んだ。
「こういうのを聴いていると酒の味も良くなるってのは本当だね」
 海雲堂がロックのウイスキーが入ったグラスを目前まで持ち上げて透かし見た。
「何かいいことあったの」
「当たり。実はこの前やった5社コンペの結果がでて、これがいただきってわけなんだ。この一週間ほどマスターとこのジャズを封印して、毎日遅くまで会社に居残った甲斐があったよ。今日のウイスキーはことのほか美味いよ」
「道理でね。入ってきた時の足取りが違っていたな」
「マスターにはお見通しだったんだね」
 海雲堂はぐいっと一息でグラスを空にして、お替わりを頼む仕草をした。
「今日はマスターとスミちゃんにもご馳走しますよ」
「おっと、もう一人忘れてやいませんか」
 ドアが開いたと思うと、タイミングよくヒゲ村が来た。
「嗅ぎ付けるようにしてやって来るよな、ヒゲ村は」
 海雲堂は苦笑いをしたが、満更でもなさそうだった。四人でグラスを合わせあらためて乾杯をした。
「おめでとうございます」
 三人の混じった声のなかから、ひと際大きいヒゲ村の声が躍り出た。
「これには訳があってね。中古屋で広告主のプレゼン担当者を偶然見かけたんだ。脇目もふらずジャズ箱に首を突っ込んでいたんだ。見つからないようにこっそりと店を出たんだけど、あの様子じゃ余程のジャズキチだとにらんだのさ。ジャズをネタにした広告アイデアのものもプレゼンの一案に入れたのがまんまと図にあたったってわけなのさ」
「敵を知り己を知れば百戦危うかざる。それとも犬も歩けば棒にあたる」
 ヒゲ村が御託をならべた。
「どっちかというと後の方だろ。それよか、ジャズをどういうふうに使ったの」
「まさにマスターがさっきもらした言葉を切り口にしたんだ。語り口、つまりミュージシャンによってそれぞれの演奏スタイルが違うように、商品のポテトチップスにもそれぞれの味があって、それらを三人のミュージシャンの特長にからませて表現したんだ」
「よく通ったね」
「難しいかなと思ったけど、今回のはテレビがメインなので音楽がからむから。しかし何といっても決め手は、担当者がジャズを使いたがっていたからじゃないかと思うよ。そんなもんですよ、広告なんて」
「なるほどね」
「なかでもロランド・カークはやりやすかったな。色々な味が混ざっているタイプのチップスにはぴったりだから」
「そのものじゃない」
 スミちゃんが笑った。
「日頃、店に通っていた成果が実を結んだんだね。ということはオレたちも少なからず貢献してんじゃん。じゃ、もう一杯おごりだ」
 ビケ村らしい勝手な論理に皆が笑った。


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