夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

49. ジャマイカの血

2009-07-08 | ジャズ小説

Img_4049Progress Report (Jasmine)・DIZZY REECE


「ジャマイカの血を感じてしまうなぁ」
 ヒゲ村はそう思った。奇を衒わない一直線のトランベットが次第に大きくなっていき、カリブの海を突き抜けるのが1曲目の『コーラス』だ。
 その音は、溜まりに溜まった若きトランペッターの鬱憤を一気に晴らすかのようだった。このジャマイカ出身のディジー・リースを、当時のマイルス・ディヴィスが絶賛した。
「マスター、ニューヨークで観たんでしょ」
「あれはたしか、’92年に正木と一緒に行った『コンドンズ』でだった。店内はガランガランで、一番前に居座った酔客に野次られて反発していたのを憶えているよ。ボクらはせいいっぱい拍手をして盛り上げようとしたんだけどね。そんな状況だから演奏自体は今ひとつ精彩を欠いていたようだったね」
 夏原は当時のリースの苛立った姿を思い浮かべていた。ステージが終わると拍手のお礼にリースが話しかけて来たが、英語ができない夏原は会話ができなくて残念だった。多分「ここによく来るのか」というような事を言ってきたようだった。野次る客に対して、あいつがうるさくてといった態度も示した。
 2曲目の『ベイシー・ライン』に入った。
「わ、これもいいわっ」
 ヒゲ村があっけらかんとして言った。
「ブルー・ノートにもいいアルバムがあるけどボクはこれが一番だと思うよ。『プログレス・リポート』なんてアルバム・タイトルやジャケット・デザインが冴えないけどね」
 夏原は額からジャケットを抜くと、しげしげと眺めながら言った。おまけにこの再発盤は腰の弱い薄紙でつくられているため、持つとふにゃと折れ曲がるのだった。
「ヨーロッパの特に再発盤はジャケットが貧弱だね」
「ジャケットなんて取りあえず盤の保護だけでいいと考えてるんじゃない。ヨーロッパ人は」
 ヒゲ村らしい考えを述べた。
「そこが日本人とは大いに違うようですね」
 ヒゲ村と同じ頃来ていた北見が、沈黙を破って口を挟んだ。中古店で言い争いをしていた時、夏原の仲介がきっかけで店に来るようになったあの若者だ。夏原の店からそう遠くないK大学の学生で、学業の合間に時々やって来るようになっていた。
「ぼくなんか最初からCDの時代だったので、レコードは逆に新鮮なんです。紙ジャケが人気だなんて言っていますが、それならレコードにしろと言いたいです。あの小さいCDじゃ紙もプラスチックもないですよね。そりゃふにゃふにゃのジャケットより日本製のしっかりした方がいいけど、大きなジャケットに真っ黒なLPレコードが入っているだけで満足です。ぼくは絶対アナログ派です」
 一気にまくしたてた。
「それで中古屋通いをしてるんだ。どっかで逢ってるかもしれないね」
 ヒゲ村が先輩風を吹かせた。
「北見君何か聴きたいのある?」
「そうですね。リースの『スター・ブライト』をお願いします。これ今探してるんですけどなかなか見つからなくて」
「どっちの面にする」
「おまかせします」
 夏原はA面をかけた。
「ハンク・モブレーがいいですね」
 1曲目の『ザ・レイク』でモブレーのソロ・パートになると、それまで黙って聴いていた北見が目を輝かせて言った。
Img_4055_2 「たしかにいい。モブレーらしくない流暢なフレージングだよね。逆に言えばいつものたどたどしいモブレーじゃなくて不満だけど」
 ヒゲ村らしい言い草だ。
「リースを聴くためかけたレコードで、サイドのモブレーに着目する。よくあることだよ」
 夏原が言った。
「ジャズってそういうところが面白いですね.聴く方もアドリブ的というか」
 北見もいっぱしのジャズ通を気取る発言をした。
「ジャズってそういう自由さがいいんだ。決まりはないし何をかけようが自分の勝手だし。そこがボクに合ってるんだろうね」
 夏原はなんだかんだ言っても自分はこの稼業しかできないんだなあと、思わざるを得なかった。
「儲からなくったって。自分と2匹の猫が生きていけりゃいいんだ」
「マスター、聞こえなかったけど何か言った」
 ヒゲ村が夏原に聞き返した。  


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