夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

35. 野球ソングとジャズ

2009-03-07 | ジャズ小説

Img_3872Swing… Not Spring ! (Savoy)・FRANK ROSOLINO他


 マジ村が大きなバッグを肩に背負って、いつもとは違うカジュアルな格好でやって来た。

「どうしたんだい。そのバッグは」
「草野球ですよ。今までグランドでやってたんです」
「へえ、チームに入ってるの」
「チームはもうないんです。からっきしだめですね、銀行マンて。同僚たちでチームをつくってたんですが、数試合やっただけで空中分解ですよ」
 苦笑いしながらマジ村が言った。
「じゃ、どうして試合をやってたの」
「それそれ、面白いことを思いついたんです。草野球は当日になると誰かが来なくなったりして、9人に足りない場合があるんです。グランドに行ってそんなところに声をかけるんですよ」
「つまり助っ人」
「そういうことです。急造のチーム員として参加するんです。人数が足りないチームは大喜びですよ。チームから歓迎されるし自分も野球が出来るので、双方の利益が合致するというわけです。チームをつくってた時みたいに、人員集めやグランドの手配に苦労する事から解放されました」
「なるほどね。うまい事考えたなぁ」
 夏原は、マジ村に感心して言った。そして、まじまじとその顔を見た。
「野球なんてルールは同じなんだから、初めてのチームに入っても不都合はないわけです。どうせ草野球なんですからね。他のチームとで二試合頼まれる時もあります。まったく空振りの日もありますがね」
「草野球の助っ人とは面白いね。あっ、そうそう」
 そう言って夏原は一枚のレコードを取り出して来た。
「これ何の変哲もないオムニバス盤なんだけど、球場で例の “セブンス・イニング・ストレッチ” でかかる『テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボール・ゲーム』が入ってるんだよ」
「へぇ、それは知らなかったです」
「中古屋で曲名を見て、これは珍しいと思ったんだ」
「テリー・ギブスとビリー・ミッチェルのグループとカップリングになっているんですね。フランク・ロソリーノか。聴かせてください」
 夏原からジャケットを手渡され、裏面を見たマジ村が興味を示した。夏原はすでにターン・テーブルを回転させていた。
「もうかけてるよ。まあ、聴いてみて」
 通常のテンポとはガラリと変えた急速調のトロンポーンが、唸りをあげてスピーカーから飛び出した。切れがよく緊張感が漲る演奏だ。それに応えるバリー・ハリスのピアノも軽快だ。原曲のもつ和やかな曲調は微塵もなかった。
「いやぁ、球場で聴き慣れた感じとはひと味違いますね。トロンボーンをこんなスピードで吹き鳴らすって難しいと思いますが」
「それだから難しいだろうね。同じような演り方じゃ面白くないというのは、ジャズメンでなくとも分かるよね」
「そういう意味では手際よくこなしていますよね。ロソリーノは」
 感心しきりのマジ村が言った。
「それはそうと助っ人するからには、巧くなければ務まらないだろ。自信があるんだね」
「まっ、そういうことにしときましょ」
 満更でもない表情を浮かべてマジ村が応じた。夏原はいままでにない、意外な側面を見たような気がした。
「じゃ、ユニフォームはどうしてるの」
「最初は銀行のチームのをそのまま使っていたんですけど、あまり格好よくないので新たに作り直したんです」
 マジ村はバッグを開けて、土で汚れたユニフォームを取り出した。
「こんな名前を入れたんです」
 胸のネームの部分を広げて、夏原に見せた。そこには深紅の文字で ASSISTANT と刺繍されていた。
「銀行の時のチーム名なんだったと思います。BANKERS だって。ホント厭になっちゃいますよ」
 マジ村はあきれ顔をのぞかせた。

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