Bud Shank Quintet (Pacific Jazz)・BUD SHANK
「てめえ、なんで横取りするんだ。この野郎」
「ちがうよ、ぼくが先に見つけて手をつけたじゃないか」
「おれが先に見つけて、少しだけ浮かせておいたのをお前が引き抜いたんだ」
店内の目がいっせいにそこに集中した。
夏原が見ていたダンボール箱の二つ向こうで小競り合いが始まったのだ。首を伸ばして見ると『バド・シャンク・クインテット』だった。俗にいう『昼と夜のシャンク』を二人の男が掴んで取り合いをしていた。
駆けつけた店員が仲裁に入り、事情を訊いているが両者とも譲り合わず、ますますエスカレートするばかりで収まりそうになかった。
声高の屈強そうな方が、やくざ言葉を連発して自分のものにしたがっていたが、もう一方のおとなしそうな青年も全く引きさがろうとしなかった。店員がほとほと困り果てていた。
見るに見かねた夏原は、二人の間に割って入った。見ると夏原が持っている二枚のうち、同じ国内盤のものを取り合っているのが判った。
「これと同じものをどちらかの方にボクが譲りますから、それでどうですか」
少しの間があって、青年の方が夏原に言った。
「じゃ、お願いします」
それを聞いた屈強そうな方がざまあみろという表情を浮かべ、レコードをひったくってレジに向かった。店員が夏原に頭を下げた。
「そんなわけで、今日その青年がうちに来る事になってるんだ」
「よくある話ね」
夏原から昨日の話を聞いていたスミちゃんは、コーヒーをひと口飲んで言った。
「それが原因で殴り合いになる事もあるんだよ。冗談じゃなくて」
「レコードの恨みは、ミゾが深いってわけね」
「何だいそれ、レコードのミゾにひっかけたシャレかい」
スミちゃんは黙って笑った。
「もうそろそろ来る頃だから、バド・シャンク出しておいたんだ」
夏原がカウンターの隅に立てかけたレコードを見て、スミちゃんが言った。
「二人ともよほど欲しかったのね、これ。でも少し時間が経つと、なんであんな取り合いをしたのかと思ったりもするのよね」
「まあそういうこともあるけど、それは手に入れたから言える事なんじゃない」
その時、ドアが開いて昨日の青年が現われた。店内をひと渡り見回して、夏原に軽く頭を下げた。
「どうぞこちらに」
夏原の言葉に従いカウンターに座った。
「ぼく北見といいます。昨日は恥ずかしかったです。仲に入ってもらってよかったです。あの時、心の中は恐怖心でいっぱいだったんです。本当の事を言います。あの男の方が先だったんです。でも、いきなりあんな言い方するもんだから、ぼくもついカッとなっちゃって。欲しくて、やっと見つけたと思った時だったもんですから」
青年は一気に心のうちを吐露してほっとしたのか、すぐに表情が和らいだ。
「あっ、ボクにもコーヒーください」
「はいこれ、ボクが予備に買っておいたものだから新品同様ですよ。手に取って見てください。その後でかけてみますから」
夏原は青年にレコードを渡した。
「ほんと新品みたいですね。ぼくこれのA面2曲目の『カサ・デ・ルズ』が好きなんです。ぜひ、ここで聴いてみたいです」
今までかかっていたのが丁度終わったので、夏原は再びレコードを受け取ってA面を回した。
1曲目の軽快な『シャンクス・プランクス』がかかり、次にお目当ての『カサ・デ・ルズ』に移ると、青年はさらに身体をスイングさせた。
「ドラムの、このドライブ感が何ともいえないですよ」
身体を揺すり続ける青年を見ていた夏原とスミちゃんは、思わず顔を見合わせて笑った。
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