A Night At Birdland With The Art Blakey Quintet (Blue Note)・ART BLAKEY
カン高い声がスピーカーから響き渡った。
熱気であふれた店内は、いやがうえにもボルテージが上がっていく。
火付け役はピー・ウィー・マーケットだ。 ’50年代のジャズのメッカとなっていた52ストリートで、ひと際異彩を放っていたジャズ・クラブが『バードランド』だ。
この店でドア・ボーイ兼司会者として雇われていたのが、この男ピー・ウィー・マーケット。
風采が小人故に、好奇の目で見られることを逆手にとるしたたかさ。この男がひとたび声を発すると、脳天から飛び出る言葉の弾丸が聴衆を撃つ。演奏に入る前のひと時、その快感に酔うのがこの店の流儀だ。普段と違って実況録音があるので、この日のマーケットの張り切りようがわかろうというもの。
そしていよいよ紹介が始まり、アート・ブレイキー、クリフォード・ブラウンなどの名がテンポよく飛び出す。こんな盛り上げ方をしてもらえば、ジャズメン冥利に尽きる。当然ながらこの日の演奏が、後世に残らない理由がなかった。
「熱いねマスター、すごい時代だね」
「まさにジャズがジャズであった時代だね」
ヒゲ村の興奮気味の言葉に、夏原が応えた。
「こんな凄いアナウンスされりゃ、ミュージシャンは凡演などできないね」
カラヤンという渾名をつけられた唐沢も加わった。渾名のとおりクラシック好きなのだが、近頃はジャズにも食指を伸ばし始めて、夏原の店に通いだしていた。クラシックとはまた違うジャズの醍醐味に、彼も興奮を隠せなかった。
その時、スミちゃんが慌ただしく入って来た。
「あれっ、何という偶然なの」
プレー中のジャケットを見て言った。そして、手持ちのビニール袋から『バードランドの夜 2』を取り出した。
「西荻にちょっと用事があってさ、終わった後ブラブラしてたら中古屋さんを見つけたので入ったらあったの」
「スミちゃんはブレイキーのファンだったの」
ヒゲ村の質問に、手の平を顔の前で大仰に振ってスミちゃんは答えた。
「実は演奏よりも、ピー・ウィー・マーケットのファンなのよ。マーケットの声が入っているのはほとんど持っているけど、これだけなかったのよね」
「勿論演奏も素晴らしいけど」
極端すぎたと思ったのか、少し間を置いて付け加えた。
「それは知らなかったね、スミちゃんがマーケット好きだとは」
毎日のように来ているのに、知らない事もけっこうあるものだと、夏原は思った。
「この喋りはジャズ感そのものよ」
「いやぁ、ジャズもいいもんですね」
誰かのセリフみたいに、カラヤンがうっとりとした表情で言った。
「じゃ、これが終わったらスミちゃんのも聴いてみよう」
そう言って、夏原はカウンターのレコードを手にした。
掲示額のレコードが、薄紫から薄緑に変わった。
またまた、ピー・ウイー・マーケットの猥雑ともいえる声が店内に響いた。短いスピーチが終わって演奏に入ってからも、四人の耳にあの声が焼き付いて離れなかった。
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