「買ったの、ライカ」
手持ちのカメラをカウンターに置くカラヤンを見て、夏原が言った。
「�Fですよ。前から欲しくて探していたら、いい出物があったんだ。M型の方が使い勝手はいいけど、ライカのDNAを堅持しているのはこのバルナック型ですよ」
「いいね、やはり。カメラとしての基本形というのか、そういうものを感じるよ。ちょっと見せてね」
夏原は�Fを手に取りファインダーをのぞいた。エルマーの50ミリが付いていた。
「デジタル全盛時代に抗って、あえてフィルムカメラを持つ心理ってのはどんなもの」
「クラシックカメラなんて言い方されてるけど、ボクは全然そんな意識はないですよ。今でも現役のバリバリって感じ」
モノにこだわるカラヤンらしい。
「しかし、一番困るのはフィルムをはじめ、暗室用品が手に入りにくくなって高価になった事なんだ。需要と供給の論理がここでもまかり通っているわけ」
「カラヤンは音楽もクラシック好きでアナログ派だから、デジタルものは似合わないよ」
そう言って夏原が取り出したレコードは、アル・ヘイグの『インビテーション』だ。
「クラシックといえば、このヘイグのピアノはまるでそんな感じだね」
「’70年代の中頃に復活して、久々の録音をロンドンでやったものですね」
カラヤンの記憶に間違いはなかった。
「ロンドン録音や久方ぶりという要因もあってか、’60年代に録音した『トゥデイ』とは明らかに違っているよね」
取り出した盤をターン・テーブルに置いて回転させると、夏原は『トゥデイ』のヘイグを頭に浮かべて比較していた。
「この『インビテーション』の方は、クラシック的な手法を駆使していると思わないかい。ドラムとベースのいないソロ演奏だともっとその感があるだろうけど。ピアニストとして備わった表現力は並じゃないのが判るレコードだよ」
「けれん味のない堂々たるヘイグの世界を聴かせてくれるね」
カラヤンがライカを磨きながら言った。
「オレの新境地を聴いてくれという、ヘイグの声がまさにこの音なんだよ。およそ十年の隔たりがあるからね。ただボクは『トゥデイ』のヘイグの方が好みだが」
「ペッパーも復帰以前と以後の論議がかまびすしい。ブランクがあると、どうしても前と後のどちらかって事になるよね」
「1曲目の『ホリー・ランド』を作曲したシダー・ウォルトン自身の演奏と聴き較べると、ヘイグの方が格調があって曲想がよく表現されているように感じるね」
夏原は同曲が収められた、シダー・ウォルトンの’85年イタリア録音の『ザ・トリオ』を棚から抜き出して言った。
「作曲した人の演奏が必ずしもベストといえないのは、枚挙にいとまがないよね」
空シャッターを切りながらカラヤンが応じた。
「カメラからレコードに話が飛んじゃったけど、ライカを何台持ってるの」
「これを入れて4台ですよ。M3とM2にM6とM型が多いんだ。マスターは」
「ライカはM3だけだけど、故障がないので一台あれば充分だよ。あとはレンズだね」
「ほんと、それがね」
そこにマジ村が姿を見せた。
「ライカですね。クラシックカメラは存在感がありますね、やはり」
いかにも銀行員らしい第一声だった。
「ボクのは親父から引き継いだニコンSPですよ。普段使うのはデジカメですけど」
「それライカよりも高価で取引されているよ」
毎日のように銀座の中古カメラ屋に通うカラヤンが即座に言った。
「店に来る人の話を側聞すると、多くの人がコレクション目的なのが残念だけどね。クラシックカメラなんて言うからだめなんだ。まだまだ現役で使えるのに。デジタルのカンタンさが当たり前になって、それを享受するのが当然だと思う世の中が恐ろしいね」
まくしたてるカラヤンを見て、マジ村は気にさわった言い方をしたのかと恐縮した。
「そうは言っても安くて便利だからな。正直ボクも記念写真やメモがわりに使うのはこっちだよ」
カラヤンがポケットから小さなデジカメを出して見せ、真面目な顔で言った。
手持ちのカメラをカウンターに置くカラヤンを見て、夏原が言った。
「�Fですよ。前から欲しくて探していたら、いい出物があったんだ。M型の方が使い勝手はいいけど、ライカのDNAを堅持しているのはこのバルナック型ですよ」
「いいね、やはり。カメラとしての基本形というのか、そういうものを感じるよ。ちょっと見せてね」
夏原は�Fを手に取りファインダーをのぞいた。エルマーの50ミリが付いていた。
「デジタル全盛時代に抗って、あえてフィルムカメラを持つ心理ってのはどんなもの」
「クラシックカメラなんて言い方されてるけど、ボクは全然そんな意識はないですよ。今でも現役のバリバリって感じ」
モノにこだわるカラヤンらしい。
「しかし、一番困るのはフィルムをはじめ、暗室用品が手に入りにくくなって高価になった事なんだ。需要と供給の論理がここでもまかり通っているわけ」
「カラヤンは音楽もクラシック好きでアナログ派だから、デジタルものは似合わないよ」
そう言って夏原が取り出したレコードは、アル・ヘイグの『インビテーション』だ。
「クラシックといえば、このヘイグのピアノはまるでそんな感じだね」
「’70年代の中頃に復活して、久々の録音をロンドンでやったものですね」
カラヤンの記憶に間違いはなかった。
「ロンドン録音や久方ぶりという要因もあってか、’60年代に録音した『トゥデイ』とは明らかに違っているよね」
取り出した盤をターン・テーブルに置いて回転させると、夏原は『トゥデイ』のヘイグを頭に浮かべて比較していた。
「この『インビテーション』の方は、クラシック的な手法を駆使していると思わないかい。ドラムとベースのいないソロ演奏だともっとその感があるだろうけど。ピアニストとして備わった表現力は並じゃないのが判るレコードだよ」
「けれん味のない堂々たるヘイグの世界を聴かせてくれるね」
カラヤンがライカを磨きながら言った。
「オレの新境地を聴いてくれという、ヘイグの声がまさにこの音なんだよ。およそ十年の隔たりがあるからね。ただボクは『トゥデイ』のヘイグの方が好みだが」
「ペッパーも復帰以前と以後の論議がかまびすしい。ブランクがあると、どうしても前と後のどちらかって事になるよね」
「1曲目の『ホリー・ランド』を作曲したシダー・ウォルトン自身の演奏と聴き較べると、ヘイグの方が格調があって曲想がよく表現されているように感じるね」
夏原は同曲が収められた、シダー・ウォルトンの’85年イタリア録音の『ザ・トリオ』を棚から抜き出して言った。
「作曲した人の演奏が必ずしもベストといえないのは、枚挙にいとまがないよね」
空シャッターを切りながらカラヤンが応じた。
「カメラからレコードに話が飛んじゃったけど、ライカを何台持ってるの」
「これを入れて4台ですよ。M3とM2にM6とM型が多いんだ。マスターは」
「ライカはM3だけだけど、故障がないので一台あれば充分だよ。あとはレンズだね」
「ほんと、それがね」
そこにマジ村が姿を見せた。
「ライカですね。クラシックカメラは存在感がありますね、やはり」

「ボクのは親父から引き継いだニコンSPですよ。普段使うのはデジカメですけど」
「それライカよりも高価で取引されているよ」
毎日のように銀座の中古カメラ屋に通うカラヤンが即座に言った。
「店に来る人の話を側聞すると、多くの人がコレクション目的なのが残念だけどね。クラシックカメラなんて言うからだめなんだ。まだまだ現役で使えるのに。デジタルのカンタンさが当たり前になって、それを享受するのが当然だと思う世の中が恐ろしいね」
まくしたてるカラヤンを見て、マジ村は気にさわった言い方をしたのかと恐縮した。
「そうは言っても安くて便利だからな。正直ボクも記念写真やメモがわりに使うのはこっちだよ」
カラヤンがポケットから小さなデジカメを出して見せ、真面目な顔で言った。
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