夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

25. 思わぬ映像

2008-12-07 | ジャズ小説

Img_3735_5Time Out (Cbs Sony)・DAVE BRUBECK

「マスター、どうも似てるんですよ」
 マジ村がさっきから何か言いたくて、うずうずしている感じだったが、やっと口を開いた。
「かつてヒットした名曲ばかり集めたCDの宣伝番組があるでしょ、テレビで。聴かせどころだけ流して、後はCDを買ってじっくりと堪能してほしいって、あれです」
「ああ、知ってるよ。あの時間帯は仕事中だからあまり見られないけど、けっこう面白いよね」
 夏原は、それがどうかしたの、という顔をした。
「音楽じゃなくて映像なんですよ」
「映像って、バックに流れる懐かしい風景なんか映ってるやつ」
「そうです。歌謡曲のバックに流れていた映像に、実はマスターそっくりの人が映っていたんですよ」
「えっ、ボクが」
 夏原は驚いた。しかしよく考えてみると、マジ村がそんな昔の顔を知っているはずがないと思った。
「いつ頃のもの」
「モノクロでまだ都電が走っていた時代ですよ。多分銀座あたりだと思うんですが、アイビー・ルックの若者が集っている中に、よく似た人がいたんです。と言っても映っている時間は2、3秒くらいかもしれませんが」
 夏原は記憶を辿ってみた。それなら昭和四十年前後かもしれないと思った。当時は平凡パンチが発刊され、VANのファッションに身をつつんだ若者が街を闊歩していた時代だ。夏原は信奉者ではなかったが、多かれ少なかれアイビーの影響を受けていない人は皆無ではなかったはずだ。
「しかし、当時はヘアー・スタイルも似通っていたし、大体ボクの若い頃の顔を知らないだろ。でも、偶然映っていたとしても年代的にはおかしくはないが」
 そう言って、夏原は照れくさい話題を切り替えようと1枚のレコードを取り出した。デイブ・ブルーベックの『タイム・アウト』をマジ村に見せた。
「流行ったんだよ、これが。ちょうどそんな頃かもしれない」
「『テイク・ファイブ』ですね」
「ジャズなんてまったく縁のない頃、ある日ラジオのスイッチを入れたら、流れてきたのがそれだったんだ。まだ、十七、八だった。勿論,曲名なんて判らない。初めて聴いた時の驚きは今でも憶えているよ。それまで聴いたどんな音楽とも違って、自然にスウィングしてたんだ。おおげさに言えば、その1曲で開眼して今の商売に繋がっているんだと思うよ」
「初耳ですね。ジャズ喫茶をやるきっかけの話を聞いたのは」
 レコードをかけると、あの日のことが瞼に浮かんできた。
「こんな有名な曲なのに、ポール・デズモンドという名さえ知らなかったんだからね。まったく冷や汗もんだよ。でもどういうわけか、リー・コニッツとかスタン・ゲッツは演奏を聴いたことさえないのに名前だけは知っていたんだ」
Img_3736 やがて、『テイク・ファイブ』になり、ブルーベックの変拍子ジャズがクライマックスをむかえた。やはり今聴いてもいい曲で、色褪せることはない。
 このアルバムを知って購入した当時、何度も繰り返し聴いたのでさすがに食傷気味になったことも思い出した。通を気取って、このレコードを馬鹿にする人も多い。
「そういえばこの『テイク・ファイブ』も、名曲集に取り上げられていたように思いますよ」
「もうそんな扱いになったんだね。初めて聴いてから四十数年か。まさに光陰矢の如しだ」
「マスター、今度録画するから観てくれますか。絶対マスターだと思うんです」
 また最初の話題に戻したマジ村は、ニコッと笑って言った。
「なんだかドキドキするじゃないか。ほんとにボクだったらどうしよう」
 夏原は、年甲斐もなく脈拍が速くなっていた。まるであの頃のように。

無断で、複製・転載等を禁止します