Grand Encounter (Liberty)・JOHN LEWIS
「そういえばカラヤンの推薦盤だったわね」
「ああ、皆でイントロ遊びをした時のね」
スミちゃんの問いかけにヒゲ村が応えた。つい先程、夏原がレコード額に入れたジャケットを二人は見ていた。
1曲目の『ラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー」がかかり、ビル・パーキンスの導入部になると、ヒゲ村が口走った。
「ここ,ここなんだよ。カラヤンの言うようにたしかにいいよね」
「カラヤンがいたらうるさいわね」
スミちゃんがそう言った時、ドアの音がした。
「あれっ、なんだどうしたの」
入って来た客が驚いた様子で、振り向き顔のスミちゃんに声をかけた。
「どうしたのじゃないわよ。わたしここの常連さんよ」
「なんだ。知り合いなの」
ヒゲ村が気を利かせて席を移動した。スーツ姿の客は礼を言ってスミちゃんの隣に座った。
「海雲堂京介さんといって、広告代理店のアート・ディレクターよ。よくお呼びがかかって、スタイリングの仕事をさせてもらってるの」
夏原とヒゲ村に紹介した。
「そういえば時々お見えになりますね。お名前はお聞きしていませんでしたが。それにしても小説の主人公のようですね」
「よくいわれます。本名なんですけどね」
海雲堂が頭をかきかき言った。
「じゃ、たまたま会ってなかったのね。私はほぼ皆勤よ。仕事の時はジャズの事を話す機会もなかったので知らなかったわ」
「ジャズ喫茶に皆勤するほど好きだったとはボクも知らなかったよ」
「レコードのタイトルは、大いなる邂逅だけど、さしずめ小さな邂逅ってとこかな」
ヒゲ村の冗談で皆が笑った。
「そうかもしれないわね。私たちの出会いじゃ」
スミちゃんは笑顔を消して、口惜しそうな表情でヒゲ村を見やった。
「ははっ、そりゃそうだよ。このレコードのように東と西の名手たちに較べたら我々の出会いなんて。それにしても、このパーキンスはのびやかで気分がのった演奏だよ。やはり西の代表として期するものがあったんだろうけど、その割には全然力んでいないしね」
コーヒーをひと口飲んで、海雲堂が言った。
「ジョン・ルイスもいいよね。研ぎ澄まされた一音一音が、典雅さをさらに醸し出してるよ。パーキンスの好演はルイスの影響大かもね」
ヒゲ村も言った。
「それはジム・ホールにもいえるわね」
「チコ・ハミルトンにパーシー・ヒースにも。って事は全部じゃないか」
ヒゲ村は自分の言葉に自分で笑った。
「たしかにこのセッションの出来は格段にいいよね。ジャケット写真もセンスがいいし。ここにカラヤンがいたら騒々しくて大変だよ」
夏原も相槌を打った。
「いやぁ、実に楽しい店ですね。いままではあまり喋る事もなくただ聴いて帰るだけでしたから。今日はスミちゃんと会えてよかったですよ。これからは一緒に仲間に入れてください」
海雲堂が率直な気持を吐露した。
「マスターの人柄がいいからみんな来るのよ」
スミちゃんのひと言にヒゲ村は頷き、夏原は黙って聞いていた。
「終わったね。海雲堂さん、何か聴きたいものがありますか」
そう言って夏原が、『グランド・エンカウンター』を仕舞おうとした時、カラヤンが入って来た。夏原が手にしているジャケットを見て言った。
「あれ、タイミングがいいね。来て早々パーキンスが聴けるなんて」
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