Wiggin' With Wig (Dig)・GERALD WIGGINS
『ウイギン・ウイズ・ウイグ』を取り出して、ジャケットを眺めながら夏原は溜息をついた。
「これを見て一体どれだけの人が買う気になるのだろうか。こんな悪趣味のデザインじゃ、折角の好盤も台無しじゃないか」
それでも夏原は、ジャケットに目をつぶってでも、度々このレコードに針を落としてきた。それはウイギンスが醸し出す枯淡の境地に、曰く言い難いものを感じてきたからだ。この他にも、稚拙なジャケット・デザインで損をしているレコードは幾つもあった。そうは言っても夏原と他人とでは、評価が違うものもあるにはあるが。
「他のレコードもそうだけど、それにしてもウイギンスはジャケット・デザインには恵まれていないなぁ」
夏原が独り呟やいていると、ヒゲ村がやって来た。
「渋いのかけてるじゃない」
「せっかくの内容がこのジャケットじゃ、とつい独り言を口走っていたのさ」
「そういうのって、けっこうあるよね。この前、ウォルター・ビショップの『サマータイム』もジャケット・デザインが最悪だからどうしようかと思ったけど、安かったし結局買って帰って聴いたら中身は良かったよ」
レコード棚からレコードを出して夏原が言った。
「これだろ」
白地と青ベタ地に、タイポグラフィー感覚がまったく欠如した文字組みだけのデザインを見て、
「まるで間に合わせの試聴盤ジャケットのようだね」
ヒゲ村が言った。
「恐らくミュージシャンは、そんなところまで関知していないだろうから、下手なデザイナーにあたると不運だね」
そんな夏原の言葉に、ヒゲ村は少し笑いながら言った。
「もしかしたら、ミュージシャン本人も良し悪しが判らないかもしれないし、判ったとしてもそれに言及できないだろうから」
「ヒゲ村の言うように音楽的には鋭い感性があっても、それとこれとは違うって事も当然ありうるよね」
ヒゲ村は夏原の発言を受けて言った。
「これは別の考え方にも通じるってことなんじゃない」
「そうさ、今の仕事がうまくいかないって悩む人が多いけど、もともとその仕事が向いていないのかもしれない。他の仕事に変われば才能が開花して自信がつくケースは、枚挙にいとまがないよ」
「そういうパッと切り換えができる人とできない人がいるからね」
言ったヒゲ村自身、あっという表情をした。
「ヒゲ村もそろそろフリーターを卒業して、生涯の仕事を見つける時期かもしれないぜ」
「来ると思ったよ。すぐオレに振っちゃうんだからマスターは」
ヒゲ村はあわてて、ジャケットの話題に戻した。
「逆のケースもあるよね。ジャケット負けしているのがね」
「そうだね。ついジャケ買いしてしまうケースは断然ブルーノートだよ」
「一番恵まれている代表格は、ジミー・スミスかな」
オルガン嫌いのヒゲ村が、不満そうに言った。
「たしかにジミー・スミスのジャケットは出来のいいのが揃ってるね」
「ブルーノートの売上げに、リード・マイルスが相当貢献しているのは間違いないよ。特に日本ではね」
「プレスティッジも、いいと思うのはやはりリード・マイルスが多いんだ」
「それで失敗しないために裏面をよくチェックしないとだめだね」
ヒゲ村が物知り顔で言った。
「その上で直感で判るようになったら一人前だ。それにはたしかな経験で裏打ちされていなければならないからね」
「つまりジャケットに限らず何事も、ってことでしょ」
ヒゲ村はどうだといわんばかりの顔で先手を打って、夏原の口を封じた。
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