月岡芳年 月百姿
『吉野山夜半月 伊賀局』
明治十九年届
伊賀局(いがのつぼね)は南北朝時代の勇女とされる女性。
新田義貞の家臣、篠塚伊賀守重広の娘。
生年不詳~元中元年/至徳元年(1384年)10月13日
後醍醐天皇の女院阿野廉子に女官として出仕する
後に楠木正成の三男楠木正儀の妻となった。
国立国会図書館デジタルコレクション 072
< 『吉野拾遺』 10 伊賀の局化物に逢ふ事 > より
時は正平二年(1347年),後村上天皇の母として新待賢門院となった
廉子の吉野の御所に化け物がでるというので皆が恐れた。
その化け物がどんな形をしているのか誰もはっきりと見たものはいないが
出会った者は皆暗い気持ちになった。
水無月十日の大変暑い夜のこと 伊賀局が庭に出て涼んでいると、松の梢に天狗がいる。
局は少しも恐れず、天狗の名を尋ねた。天狗は、自分は藤原基任であるが
女院のために生命をなげうって忠節を尽くしたのにあとを弔うても下さらないので
このことを申すために近頃ここにあらわれるようになった。
しかし、人々が恐れて聞こうとしてくれないと、かこった。
局はこれを聞き、女院に申し上げて供養をおさせ申したので、あとには変異はなかった。
それにしてもこの局は大層頼もしいこと。
< 藤原基任(ふじわらのもととう)の霊 >
阿野廉子が吉野の宮から忍んで京都の行き、また吉野に戻るときに
基任は右衛門太夫としてお供していた。
高師直(こうのもろなお)はかねてからこの君(廉子)の容貌が美しいことから
懸想していたため、これ幸いに奪おうと人を連れ狼藉に及ぼうとしたが
基任がどうにか防ぎ、廉子はなんとか戻ることができた。
しかし、基任はこの時討ち死にしてしまった。
ArtWikiより
3/28日の月百姿「垣間見の月」に出たのに
ここでも名前が出てくる 高師直って人は根っからの性悪ですね。
ある意味ブレない人か。