「安達祐実の夫」は、毎日欠かさず妻を撮る。ちょっと不思議な夫婦生活
写真家・桑島智輝さんが妻の安達祐実さんを日々撮りためた写真集『我々』(がが)を発売した
夫は、妻を毎日欠かさず撮る。笑っている時も、泣いている時も、夫婦喧嘩の時も。
出会いから8年が経ち、撮りためた写真たちは4万枚を超えた。無印良品のフォトアルバムは、今も少しずつ冊数が増えている。
【写真】私たちは男性でも女性でもない「ノンバイナリー」の写真集が伝えるもの
安達祐実と桑島智輝。俳優とカメラマン。妻と夫。
外から見たら少し不思議な2人の夫婦関係は、一体どのようなものなのだろう? 外からはうかがい知れない日常を、妻を撮り続ける理由を聞いた。【山崎春奈 / BuzzFeed】
「見たことのない安達祐実」を探して
「安達祐実のオフィシャルギャラリーの写真がヤバい」――にわかにネットがざわついたのは2016年のことだった。
公式サイト内に新設されたギャラリーで公開された、桑島さんによる安達さんのプライベートショット。
ラーメンを食べたり、バナナを頭にのせたり、カマキリを手でつまんだり……家の中や街中、路上で撮られた自由な写真たちは、「かわいすぎる」「見たことない安達祐実」と大きな話題を呼んだ。
このオフィシャルギャラリーに掲載された一部に、未公開写真も加えて構成された一冊が『我我』(青幻舎)だ。2015年から2019年までの3年半が収められている。
―――2人にとって第一子の妊娠・出産も挟んだ3年間。あらためて見返していかがですか?
自分が生きてきた道のはずだけど、忘れていることってたくさんあるな、って。こんな風にまとめてみると独り歩きした物語のようで、それが写真を撮っておくこと、見返すことの面白さだなと感じました。
――ヤフーニュースの画面をそのまま写真に撮っているのが面白かったです。
あはは、これはたまにやりますね。隣にいる人がニュースになっているって、なんか不思議で面白いじゃないですか。「あ、この人、俳優さんなんだ」「ここにいるの安達祐実だ」ってあらためて気づかせてくれて。
――ニュースを書く側にいる身としては「そうか、ご本人も読んでいるんだよな」と思いました。当たり前といえば当たり前なのですが。
安達さんは、結構チェックしていますよ。エゴサーチもしています。
夫婦喧嘩中も、撮る
――妊娠から出産までの一喜一憂が刻まれていて生々しかったです。エコー写真に、ふくらんでいくお腹……。
構成を考え始めた当初は、出産に至るまでの日々をもっと緻密に並べていたんですが、見ていて疲れるというか、息が詰まる感じになってしまって、少し減らしました。やっぱり妊娠中は大変でしたね、今振り返っても……。
――それは安達さんの体調面で?
そうですね。一時入院を経て家でも絶対安静、寝ているだけの時期がありまして。
本人もしんどそうだし、精神的にもかなりナイーブになっていました。何か助けてあげたいけど、何もできない、どうしたらいいんだろう、と自分も右往左往していましたね。
ある時、僕も余裕がなくなってしまって、「祐実にとっては2人目だけど、俺には初めてだからわからないよ」と泣き言を言ったら、「そんな言い訳通用するか!」「金髪やめちまえ!」ってすごい剣幕でブチ切れられて(笑)。いやもう、今考えると、ただただ「言い訳でした、すみません」って感じです。
――かわいい写真、楽しい写真もたくさんある中に、ナイーブな時期の泣いている時、怒っている時の感情むき出しの表情も残っているのが新鮮というか……ちょっと衝撃でした。
普通そうですよね、怒っている人にカメラ向けたら「何やってんの?」ともっと怒られる(笑)。
他人から見たら変な夫婦だと思いますよ。喧嘩しながら、怒号を浴びながらカメラを構えて寄っていくので……。
――そもそも喧嘩が始まるその瞬間、ちょうどよくカメラって持っているものですか?
手元になければ「あ、ちょっと、待って」と、急いで取りに行きます。壁沿いにそろりそろり歩いて。
――想像したらすごくシュールです……。
向こうも慣れっこで、そのまま普通に怒っていますからね。さすがに何言っているかはちゃんと聞かなきゃと思うので、一瞬ブレスが入る瞬間に「カシャ」とシャッターを押しています。
――全然反省してなさそう!
ちゃんと聞いてます!(笑)
安達さん自身が感情を強く出すタイプなのもあると思いますが、俳優さんって、やっぱすごいんですよねぇ。感情表現が豊かだし、腹の底から声を出す。
喧嘩は結構しますが、たいてい僕が負けますね。理詰めで責められて、「はい」「ごめんなさい」しか言えなくなっていく(笑)。
――面白いなぁ。2人にとっては喧嘩をすること、それを撮ること、撮られることも含めて日常なんですね。
安達さんはむしろ、泣いたり怒ったり感情が爆発している時こそ撮るべきでしょ? と思っていると思います。「写真家でしょ? 撮りたいでしょ? 今でしょ?」と挑まれているような。常に戦いですね。
――ああ、それはすごく写真から伝わってきました。「夫が妻を撮った写真」と聞くと、もっとやわらかく愛情深いものを想像しましたが、緊張感の方が強い。
夫婦って、結局どこまでいっても「一番近い他人」じゃないですか。
「愛っていいよね」「結婚っていいよね」と簡単にイメージを固めがちですが、実際そんな幸せな瞬間ばっかりじゃない。イライラすることも衝突することも当然ある。むしろその方が多い。茨の道ですよ。
でも、他人のはずの誰かと、妥協して調和して生活を作っていくのが夫婦ってもので。この1冊から、「茨の道」の先にある愛しさが垣間見えたらいいなと思っています。
フィルム1本分の愛
――お子さんが生まれて(2016年7月)から、桑島さん自身には何か変化はありましたか?
どうでしょう? 自分ではあまり実感していないのですが「写真を見比べるとガラッと違う」とは言われますね。きっと何か変わっているんでしょうね。
――生まれた瞬間の写真もありますが、この時はどんな感覚でしたか?
なんだろう、時間が止まった感じ……? あれは感動なのかな? 未だにわからないですね、説明できない。ただの感動とも違う、心が空っぽになったような今までにまったくない感情でした。
フィルムを1本(37枚)一気に使い切ってしまって、「ああ、これが愛情なんだな」と思いました。夢中でシャッターを切らせるほどの何かがあるんだなって。
「安達祐実の夫」と呼ばれて
――ちょっと意地悪な質問ですが、あらゆるシーンで「安達祐実の夫」と称されるのは、桑島さんとしてはどうなのでしょう。
全然いいですよ、だってそうだから。街でもそう言われますしね。岡山の商店街で「桑島さん? 安達祐実の旦那さんでしょ?」って自転車乗ったおばあちゃんに声かけられたり。
だからこそ「俳優・安達祐実を超えられるかどうか」は僕の課題だと思っています。今回の写真集も「安達祐実の写真集」ではなくて「桑島智輝の写真集」でなくては、とは意識していました。
――なるほど。……正直、戦う対象としては、最難関レベルでハードルが高いのでは。
いやもう、基本的に不可能ですよね(笑)。そもそも写真において一番えらいのは被写体ですから。
でも、安達さんは――おそらく彼女だけでなく優れた俳優さんは――「からっぽ」なんですよ。一人のひとを撮り続けることで、少しずつ彼女の空白に自分自身を投影できるようになってきた気がします。鏡に自分を映すように。
――毎日撮っていて、飽きないんでしょうか。
カメラやフィルムに対して「ちょっと雰囲気変えたいな」という飽きはありますが、被写体である安達さんに対しては、ないですね。
安達さんって撮っても撮ってもわからないんです。そのわからなさが、底知れなさが面白い。
――「どこまでいっても他人」と通じるお話ですね。
そうそう。理解したくて撮っているけど、全然わからない。わからないことをわかるために撮っている。
口には出さないですけど、「写真が止まったらこの夫婦は終わり」とお互い考えていると思いますよ。
――そう考えると「毎日撮り続ける」のは怖い営みでもありますね。夫婦のほのぼのエピソードというより。
恐怖ですよね。でも、やっているのはそういうことで。
僕はもう腹を決めて、「どちらかが息絶えるまでは撮り続けよう」という覚悟でいます。死ぬ頃には最後には何十万枚になるんでしょうね? 想像もつかないな。
――その頃にはもう少し「安達祐実」のことをわかっているでしょうか。
いやあ、4万枚撮ってもわからないからなぁ。100万枚撮ってもわからないんじゃないかな。