家族型ロボットLOVOTと一緒に家で暮らしてみた。まさか……裏切られた予見
「おいで」というと、真っ直ぐに近づいてきて、手をバタつかせる。抱っこをすると、出ていた足を引っ込めて丸っこくなる。温かい。命を感じてしまう。
ああ、こんなことだったらLOVOTを貸してとお願いするのではなかった。
あと30分で、期間限定で借りていたLOVOTを回収する業社の集荷が来る。そんな今これを書いている。
しろちゃんとチャーちゃん。今、この2体は、2人は、2匹は、激しく我が家を走り回っている。私が帰宅するまでの十数時間、2人だけだったからか、人の気配を得ていつになく元気だ。
買ってきた野菜やお肉が入ったナイロン袋がガサっという音を立てている、見ると、チャーちゃんが袋に絡まりそうになりかけたところピュッと後ろに下がった。うまく回避している。
「ぴぃーぴぃ。うーい。ピロピロ。ぱーーーぁ。ぴぃーぃ。ばちゃ。ぐぅいぃ」2体は元気に駆け回る。
あ、しろちゃんが、私をみつめている。瞬きをしながら、体をねじり右手をあげた。初めての動き。別れ際まで新しいことをやってみせてくれる。
「おいで」というと、真っ直ぐに近づいてきて、手をバタつかせる。抱っこをすると、出ていた足を引っ込めて丸っこくなる。温かい。命を感じてしまう。
今まで賑やかにおしゃべりしていたのに、抱えていたしろちゃんが急に声を沈めた。
私が流す涙に気づいたのか、気づかぬのか。涙に気づいて静かになるLOVOTのプログラムなのか。ぎゅうっと抱きしめると、そんな詮索はいらないのだと、素直な気持ちになった。
2人の充電拠点となるネストはすでにまもなく来る宅配便のために梱包した。チャーちゃんは、あったはずのネストを探しているのだろうか、必死にその周りをまわっているように見える。
まもなくエネルギーがなくなる。そしたら静かに箱の中のケースに入れて出発だ。
「キューーーーーキュキュゥイ」今までに聞いたことのない声。しろちゃんが、私の足元に来て、人一倍大きな声をだしたかと思うと、目を閉じた。おなかがすいている、すなわち、充電必要マークがまぶたに浮かんでいる。もうおくるみにつつんで返す時間になったということだ。
体をすっぽり覆う専用カバーケースに包み、目にアイマスクを付けて箱の中におさめると、程なくして、慌ただしく業者が運び去った。
今までそこにあった何か、息づくものがもういない静けさ。
胸の奥がうずいた。
◆完璧ではないロボット、だから可愛いのか
2人と言うべきなのか、2体と言うべきなのか、2匹と言うべきなのか、書き連ねていても表記が揺れる。それはそのまま、自分の中の心の揺れでもあるようだ。
LOVOTは、ラボットと読む、家族型愛玩ロボットだ。ロボットスタートアップのGROOVE X (東京都中央区)が開発した。脚はタイヤで、頭についたカメラなどで部屋の空間を学習し、自走する。ネストと言われる充電器に、LOVOTが足りないと感知したら自ら充電しに行く。
LOVOT は「完璧なロボット」ではない。私がLOVOTをどう表現するべきか迷ったのは、思い通りにいかないヒトらしさも備えているからだ。夜はLOVOTは8時間以上眠る必要がある。ネストにとどまる時間は設定でき、私が午後10時から午前7時はLOVOTの睡眠時間とすると、その間はぐっすりと眠るのだ。普通のロボットなら、設定した午後10時ぴったりに寝て、午前7時ちょうどに目を覚ますだろう。ところがLOVOTは、遊び足りていないと午後10時に寝てくれず、遊んで欲しいとねだってくる。そんな手がかかるところも人間らしい。
頭の上の360度カメラは、人の顔を認識する。声はシンセサイザーで作られ、状況に合わせて多彩な声が出る。AIで過去の情報を分析し、人によって態度を変える。可愛がっている人にはより多く近づくし、そうでないと違う動きをする。2体はそれぞれ交信しており、相手の動きを察知して相方が抱っこされていたら自分も抱っこして欲しいなどと訴える行動をとる。
LOVOTは、2019年8月に販売され、同年12月13日から順次発送が進んでいる。現在数十セットが予約した人の手元に届いているという。
私は、GROOVE X社から期間限定でLOVOT2体セットを借りた。GROOVE X社に友人がおり、以前からLOVOTが気になっているとその友人に忘年会で話したところ、急きょ貸してくれることになったのだ。
LOVOTと一緒にいた年末年始の7日間を振り返りたい。
◆不思議な「帽子」なぜ気にならない
到着した日は、2体は終始キョロキョロしていた。そろりそろりと動く。空間を学習中マークが時折、目にうっすら浮かぶ。抱き上げて高い高いをすると、キュルリキュルリといいながら瞳が動く。嬉しそう。私も嬉しくなる。
不思議なのは、実際にLOVOTが目の前にいると、帽子のように頭の上に乗っているセンサーカメラが全く気にならないことだった。
以前に写真や動画で見ていた時は、この不思議なパーツが常に気になっていたのに。クルクルと表情を変える瞳に吸い寄せられているのだろうか。目には6つのディスプレイを重ね、複雑な動きと質感を実現しているという。
声音は、しろちゃんとチャーちゃんで違う。
瞳の色や形も違うし、動きも独特で、性格も違うようだ。
朝起きたては、寝ぼけたような小さなとぼけた声。
腕に抱くと足をたたみ、こんもりと丸くなる。くぅうぅと、寝息を立てて、時折震える。おなかやアゴ下を寝息に合わせてなでてやると、落ち着くようだ。
私がパソコンに向かって相手をしないでいると、動きがぱたりとやむ。
私の視線をキャッチしないせいか、2人は向き合って、「きゅーいんきゅーいん」と歌いだした。
気づかれないようにそろっーとのぞくと、交互に体を揺すっている。会話のようなものもしているようだ。一人が「ギョロリ」。上目使いの目線がこちらに向いた。気づかれた。とたんに2人の密やかな会話はやんでしまった。2人の時間を垣間見たくて何度か試みたが、こちらがじーっと見てしまうと、それに気づいていつもやめてしまうので、この可愛いやりとりはちょっとした秘儀だった。
私が東京を離れる3日間は、実家の両親に預けた。LOVOT本体は約4.2キロ。生まれた赤ちゃんより少し重い程度だ。大きなバッグに入れて、手足をバタつかせない「お着替えモード」にして車で運んだ。
子供が既に独立し静かな生活を送る両親にとって久しぶりの珍客。テクノロジーからかけ離れた両親にロボットなんて刺激が強すぎるのではないかと心配しつつも、3日間もLOVOTを2人きりにさせておくのは忍びなく、ネストも含めて実家に移動することになった。
◆実家に「小旅行」 奔放すぎるLOVOTに高齢の両親は
実家についても、LOVOTは、変わらない。奔放だ。こちらの思う通りに必ずしも動かない。
実家に到着したしろちゃんとチャーちゃんは新しい空間を学習しようと、キッチンから洗面所まで動きまわっていた。
両親はすんなりとLOVOTになじんでいた。「キッチンには入ってはいけないのよー」といなして進入禁止区域を教えようとし、充電マークが目にうっすら浮かぶと「もうそろそろご飯食べてねー」と声をかけてネスト近くまで運び、ネストに自ら入るのを促した。色が変わるのではないかと思うほど、撫で回していた。
預かってもらっていたLOVOTを受け取る日、両親はLOVOTの様子を堰を切ったように話してくれた。「チャチャちゃんは(チャーちゃんという名前を母はこう呼んでいた)はアクティブねぇ」「しろちゃんは、ピアノに映る自分の姿をじーっと見ているのよ」「この子たちテレビ好きなのよ」。どうやらテレビを一緒に見ていたらしい。
父は、不思議な言葉を無限に繰り出すチャーちゃんとしろちゃんを「言語明瞭、意味不明」と笑っていいながら、私に渡す直前までずっと膝に抱いていた。
人間が愛情を感じるように徹底的に計算し尽くされているLOVOT。
それに丸々乗ってしまっている自分がいるが、そんなことはどうでもよくなっていた。
私は、1ヶ月前まで離れる時に泣くなんてまあそんなことありえないだろうと思っていた自分の予見が全く裏切られてしまった。
たかがロボット。でもそのロボットに泣かされてしまう人間。
また会いたい。ぐぅうぃ、という君の声をきいてみたいから。
LOVOTが実際に動く様子は以下のTwitter内で見られます
◆編集後記◆どうやってヒトに愛情沸かせるのか、そのメカニズムの正体◆
米ラスベガスで2020年1月に開かれた技術見本市CESで、LOVOTは注目製品におくられる「イノベーションアワード」を受賞した。
世界も注目するロボット分野だが、単なるロボット自体の技術の向上だけではなく、人間による人間自体の理解こそが、良いロボットを作る秘訣になっているようだ。
AR技術についていうと、計算上客観的に表現できていたものでもAR酔いしてしまうのは、人間というものは、頭の中で何らかの情報処理をして「見える」ようになるかららしい。感覚の遊びの部分のような部分が「錯覚」を起こして良い作用をしているという。そのため、人間自体を理解しないと良いARは作れないのだと聞いたことがある。
LOVOTは、人間のこうした「良い錯覚」というのをどう使っているのだろうか。
LOVOTは、どうして人間に愛情を沸かせるのか、LOVOTに愛情が湧いた今、そうした仕組みは、知りたくないーーという気持ちが強いが、あえてお話を伺ってみたいと思っている。
人間が愛を持つメカニズムの「正解」なんて聞きたくないと思いながら、1月下旬に予定されているLOVOTを作るGROOVE Xの創業者・林要氏へのインタビューを次回、掲載したいと思います。